お嬢様のわんこ

子供

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 真夜中に、目が覚めて見えたものは、丸くなって眠る黒い毛に覆われた我が子だった。
 それも一人ではなく、大勢の子狼が尻を俺の体にくっつけて寝入っている。
 長男が生まれた後、年子で双子や三つ子が次々と誕生し、子供の数は二十人に届こうとしている。十二番目に生まれた娘はかつてのリュミエールそっくりな人族だが、他の子供は見事に黒狼族の特徴を持つ狼の獣人だ。
 長男のクラージュが狼に変身できるようになると、下の子供達も兄に続けと獣化能力に目覚め、小さな黒い狼の群れが城内を疾走する光景は日常的になりつつある。
 子供達が獣化能力を会得するに至った一番の動機は、小さくなれば全員で父母の寝室で共に眠れるからである。
 現にこの場にいる子供は十一人。しかし、必要なスペースは人間一人分以下で済んでいる。ちなみに十二番目以降の子供達は狼に変身できず、まだ小さいこともあって我を通すことなく、おとなしく乳母達と一緒に休んでいる。
 横たわる俺とリュミエールの間に隙間なく入り込み、子供達は毛玉の集団となって眠りについた。それはいいのだが、なぜか全員が頭をリュミエールに向けて俺に尻を向けていた。団子になっているのだから、何人かは俺の方に頭を向けていてもいいのではないだろうか?




 寝ている我が子の集団から三人ほど持ち上げると、頭をこちらに向けてそっと置き直す。
 やがて方向を変えられた三人は寝ながら鼻を動かし始めた。
 ふんふんっと、先ほどよりも荒い鼻息が聞こえる。
 起きたのかと思ったが、やはり寝ているようだ。
 目を閉じたままの三人は、苦悶の表情を浮かべて鼻を動かし、次第にずりずりと這うように動き出した。密着している周囲の兄弟に動きを邪魔されながらも、体を回転させていく。
 やがて完全に頭と尻が、俺が動かす前の元の位置に戻った。
 しきりに動いていた鼻も、リュミエールの匂いを嗅ぐと落ち着いたようだ。
 すぴすぴと安らかな寝息が聞こえてくる。

 念のため、他の子供も動かしてみる。
 皆、同じように寝ながら回転していき、元の位置に戻ると安心したようにぴたりと動かなくなった。
 そんなことを全員分繰り返していると、ぶふっと小さく噴き出す声が聞こえた。
 部屋の隅に控えている侍女が口を押さえて俯いている。同じく警護のために、室内の扉の側に立っている騎士二人も、噴き出す直前の変顔を披露している最中だった。
 咎める気はないので、無視して再び我が子に手を伸ばす。
 今度は反対側の俺の隣に置いてみた。
 一人だけでは反応の違いがわからないので、また三人ほど並べてみる。
 そうして仰向けに寝転がって観察を始めた。

 再び、子供達の鼻が激しく動き出す。
 先ほどよりもさらに長く匂いを探している様子だったが、動き始めると迷いはなかった。
 彼らは俺の体をよじ登り始めた。
 向こう側に求める匂いがあることを、本能でわかっている。
 上る途中、ずり落ちそうになる体に手を添えて押し上げてやる。
 そこまでやっても誰一人起きる気配はなかった。
 三人とも、目標となる匂いを嗅ぎつつ、定位置まで戻っていく。
 到着後、熟睡している子らを眺めると、一仕事終えたような満足げな顔をしているように見えるのは気のせいだろうか。
 まだこちらも眠くならないので、全員同じように試してみる。
 子供達は一人も例外なく俺をよじ登って行き、見事に母の下までたどり着いた。

 ちらりと見やると、侍女も騎士達も壁の方を向いて蹲っていた。
 笑い声を上げればさすがに全員起きるだろうから、必死に我慢しているのだ。
 寝ている子供達に目を戻せば、少し寂しくなった。
 こうして我が子全員に尻を向けられている俺は、実は嫌われているのではないだろうかと。
 起き上がり、寝台から下りて反対側へと向かう。
 寝台は広く、子供達がいない方のリュミエールの隣は俺一人が入り込んでもまだまだ余裕があった。
 隣に寝ころび、愛しい彼女の匂いを嗅ぐと、傷ついた俺の心は癒される。
 君に愛されていれば、他には何もいらない。
 そう思っていたはずの俺は、随分と欲張りになっていたようだ。

 しばらくすると、きゅうきゅうと悲痛な響きを持つ小さな鳴き声が複数聞こえ始めた。
 声はリュミエールの向こうからする。
 すると、眠っていたリュミエールが目を開けた。

「あなた達、どうしたの?」

 リュミエールが子供達に手を伸ばす。
 背を撫でられた子供達は一人、二人と彼女の体の上に乗り上げてきて、次々と俺との間に落ちて来た。
 寝ぼけているのか目は半開きや閉じたままで緩慢に動きつつ、また最初のように全員俺とリュミエールの間に挟まると、やっぱりこちらに尻を向けてみっしりと収まった。

「クロ、意地悪しちゃだめよ」

 再び熟睡し始めた子供達を撫でながら、リュミエールは俺を咎めた。

「意地悪なんてしていない。皆、俺に尻を向けて邪魔にしているじゃないか」

 拗ねて訴えると、リュミエールは苦笑した。

「これは邪魔に思っているからじゃないのよ。私達の間にいることで安心して寝ているの。後ろを守ってくれていたお父様の匂いが急に消えたから、眠りながらでも不安に思ったのね」

 そうなのか?
 俺は我が子に嫌われているわけじゃない。
 理由がわかれば機嫌も直る。
 そうか、俺は頼られているのか。
 除け者にされているんじゃないんだ。
 リュミエールの背中に手を伸ばして、子供達ごと抱え込む。
 大好きな匂いがたくさん混ざって、頬が自然に緩んでいく。
 可愛いとか、愛しいとか、温かい感情が胸に広がって幸せに浸った。
 心がほっとすると眠くなってくる。
 大切な家族を腕に抱いて、静かな闇に意識を落とした。




 朝になって目覚めると、先に起きていた子供達が俺の体の上に乗って泣いていた。

「お父様がいなくなる夢を見たのー!」
「怖かったよー!」
「父上、いなくなっちゃ、嫌だよう」

 眠りながらでも不安は感じていたらしい。
 ほぼ全員が、俺がいなくなる夢を見ていた。
 罪悪感が芽生えて、順番によしよしと頭を撫でてやる。

「色々ごめんな。もう大丈夫だから、どこにも行かないから泣くんじゃないぞ」
「はいー」

 素直に頷く我が子らが可愛くて、頬擦りしてしまう。
 傍らで俺達のやりとりを眺めていたリュミエールが微笑んでいる。
 家族に囲まれた日常なんて、幼い頃には想像もしなかった。
 こんなに幸せでいいのかな。
 いいんだって、自分に言い聞かせて、目の前にある幸福に浸ることにする。


END


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