狂愛

長男の独り言

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 私の名はフランツ。
 カレークの賢王クラウスの長子であり、王太子である。
 年は十七になった。
 現在は国王補佐として、外交や政務に携わっている。

 父は偉大な王だ。
 人々が褒め称えるのも頷けるほどの人格者であり、戦時下にあっては知略と武勇を駆使して国を守り、平時においては見事な采配で国政を有益に動かす。
 いずれ私も父のような王になりたいと、幼い頃から憧れの念を抱き、目標として邁進してきた。
 このように、私は公の父をとても尊敬している。
 だが、公私の私の部分となると少し認識が変わる。

 王家の顔ぶれは父クラウスと母ヒルデ、そして私を含めた子供四人のみである。
 父は側室を持たず、王の後宮には私達親子しか住んでいない。
 我々兄弟は、広い後宮の中でそれぞれ部屋を割り当てられ、別々に寝起きしている。
 それでも昔は家族六人で寝ていた時もあった。
 当事のことを懐かしく思い返す。

 昔は六人で寝ていた寝室も、今では父母だけが休んでいる。
 我々兄弟は十才になると、独り立ちせよと父に言われて、次々と寝室を追い出されていったのだ。
 一番下の弟エーベルなどは、姉のジークリンデが十才になると同時に一緒に出された。

 子供の自立を促すためだと最もらしいことを述べながら、実のところ父は母を独り占めしたかっただけなのだと気がついたのは、つい最近のことだ。
 父は母を愛している。
 二人の仲が睦まじければ、子供としては喜ばしいことであり、歓迎すべきことであろう。
 だが、父の愛は何かが違う。
 狂気に近い、異常な執着を感じるのだ。




 ある日のことだ。
 家族揃って和やかに夕食を食していた時、母が父に話しかけた。

「陛下、お願いがございます」

 最愛の妻にお願いと言われて、父はにこにこ笑いながら顔を向けた。

「ヒルデが何かを所望するとは珍しいな。申してみよ。そなたの願いなら、私はどのようなことでも叶えてみせるぞ」
「ええ、実家に帰らせていただきたいのです」

 にっこりと微笑みを返しながら、母は強烈な一撃を父に見舞った。
 ご自分の発言がどのような威力を放っていたのか、母上はわかっておられないのだろう。穏やかに、いつもと変わらぬ慈愛の笑みを浮かべておられた。

「な……、な……」

 父は驚愕に満ちた表情で呻きつつ、ゆらりと席を立った。
 ナイフとフォークが手から滑り落ち、金属特有の音を立てて床に落ちる。

 私は目配せして、給仕の女官やお付きの者達を下がらせた。
 護衛の騎士は残っているが、これは仕方がない。

 父の異変に気づき、母の顔つきが驚きを交えたものに変わっていく。

「あの、陛下? どうなされました?」

 問う母の声を遮って、父は叫んだ。

「なぜだ、ヒルデ! わ、私が嫌いになったのか!? 実家に帰るなど、死んでも許さぬぞ!」

 絶叫する父を横目に、すぐ下の弟クリストは黙々と食事を続けてこちらに小声で話を振ってくる。

「父上も少し落ちついて考えればわかるだろうに。実家に帰るイコール離縁なんて、被害妄想が過ぎるというものだ」
「まったくですわ。父上は母上が少しでもお離れになると、まるで子供のように浅慮な言動をなされますものね。私達には早く母離れをとせっついておきながら、一番母上から離れられないのはどなたなのでしょう」

 ジークリンデも呆れ顔だ。
 エーベルも苦笑している。
 我々の目の前にも関わらず、父は席に座ったままの母の傍に飛んで行き、床に膝を着いて腰にすがりついた。

「我慢できないところがあれば直す! 捨てないでくれ! それが叶わぬというのなら、そなたを部屋に閉じ込めて、行かぬと言うまで抱いてやる!」

 父が狂い始めている。
 他者の存在など目に入っていないに違いない。
 子供が近くにいるのに、憚ることなく不埒な発言をするのもどうかと思う。

「陛下、陛下! 落ち着いてください! 実は父の体の具合が思わしくなく、様子を見に帰りたいだけなのです!」

 母上が理由を話すと、興奮していた父の気が静まっていく。
 
「そ、そうであったか……。私に愛想を尽かして出て行くのではないのだな」
「そのようなことはありません。わたしは生涯陛下のお傍におります。父の容態が落ち着けば、すぐに帰ってまいります」

 母上の言葉に、父上は何度も頷かれた。

「ヒルデ、約束したぞ。必ず、必ず、我が許に帰ってまいるのだぞ」
「はい、陛下」

 実は母上がご実家に帰られるたびに同じやりとりが繰り返されているのだ。
 母上のご実家である祖父母が住む土地は、田舎といっても王都から馬で三日もあれば往復できる距離だ。
 離れるといっても、せいぜい数週間のことだ。
 なのに、父上ときたら、それすら我慢ができないらしい。




 母上が出かけられてから数日後。
 父上に呼ばれ、執務室を訪ねた。

「お呼びですか、父上」
「ああ、フランツ。よく来てくれた。実はそなたに重大な仕事を任せたいのだ」

 そわそわと落ち着きのない父の様子を見た瞬間、私は呼ばれた理由を悟った。

「母上の許に行くので、父上の仕事を代わりにやれとおっしゃるのでしょう? 構いませんよ、いずれ引き継ぐ仕事ですからね。クリストやエーベルもいますからご安心ください」
「おお、そなたは本当に孝行息子だ! 兄弟力を合わせて頑張るのだぞ! 私はそなた達の大切な母を守りに行ってくる!」

 私の肩をがしっと掴み、父上は喜びで目を輝かせた。

「では、頼んだぞ!」

 別れの挨拶もおざなりに、父は執務室を飛び出して行った。
 荷造りもすでに終えてあったようで、数分後には馬に乗って城を出て行く姿が窓から見えた。
 警護の騎士が十騎ほど後を追っていくが、父の駿馬には追いつけず、大声で待ってくださいと声をからして叫んでいるのが聞こえた。

 あれほど伴侶に執着できる父上が、私には理解できない。
 育った環境の違いがあるのはわかっているが、私は妻にあそこまで依存はしないだろう。

「フランツ様、陛下はどちらに?」

 側近が決裁を仰ぐ書類を抱えてやってきた。
 父上が置いていった山のような仕事を、私はこれから処理せねばならない。
 だが、それでも十三で即位し、たった一人で国を導いてきた父上と比べれば楽なものだ。

 やはり、我が父は偉大な人だ。
 その父が心を許し、無条件で甘えられる唯一の存在である母も、また偉大な人なのだ。


 END

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