狂愛

王妃様の秘め事

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 我々は古来よりカレーク王家に仕える影の一族である。
 間者と呼ばれる我らの存在は主人となる王とその後継者たる王太子のみに知らされ、彼らの命令だけを聞き、決して表舞台に出ることはない。
 主な役目は諜報活動であり、王に正確な情報を伝え、時として陰謀の証拠を盗むことや暗殺を命じられることもある。
 だが、現在のカレークは平穏そのものだ。
 間者に命じられる仕事も、官僚達が陛下に持ってくる報告の裏づけや、各国の動向を探る等のさほど危険の少ない任務ばかり。
 いつ呼ばれるかわからないので、常時一名が王のお傍に控えているが、一日何も命ぜられないことも多く、少々退屈に思っていたところだった。

「影よ、いるか?」

 ふいに呼ばれ、私は音を立てることなく陛下の御前に降り立った。
 初めて先王に引き合わされた時、まだ十になられたばかりの幼子は、今や四児の父でもある三十過ぎの壮健な王となられた。
 私は間者の中でも古株である。
 この王が一人の女性に執着し、后とするまでの経緯を知っている。
 大昔のことだが、愛しい彼女の持ち物が欲しいと強請られ、屋敷に忍び込んで窃盗を働いたこともある。(もちろん代わりの品は置いてきたが、使われた形跡はなかった。当然ではあるが……)
 当時を振り返り、幾つもの複雑な感情が胸に去来したが、今は王のお言葉に集中せねば。
 今回はどのような命を下されるのだろう。

「最近、ヒルデの様子がおかしいのだ。子供達にも口止めをしているらしく、誰に聞いても知らぬと言うばかりで気になる。後宮に行き、様子を探ってくるのだ」
「承知いたしました」

 私は闇に紛れて陛下の御前を辞した。




 我らは王の影。
 当然、後宮に立ち入るのは陛下がおられる時だけだが、お許しが出たので侵入する。
 中庭では王子様達が遊んでいて、王妃様は彼らの近くで、まだ赤子の末王子を腕に抱えてあやしながら誰かと話していた。
 おや、あれはブランシュ将軍ではないか。
 お二人は親友同士。
 戦場で築かれた絆は、王妃と将軍という立場になっても変わらないようだ。
 時々面会して話すことは陛下も渋々承知なされているが、それには第三者の同席が必須条件。今回も近くに女官達が複数控えている。

 王妃様は椅子に腰掛けておられていて、将軍はその傍らに立っていた。
 耳を済ませて会話を拾う。
 子供達の歓声を意識して締め出すと、二人の声が聞こえてきた。

「じゃあ、次は四人ほど寄越せばいいのか?」
「ああ。できれば若くて活きのいい男がいいな。なるべく体力がありそうなのを選んで欲しい」
「オレが相手できればいいんだが、生憎忙しくてな」
「残念だな。時間が空いた時は知らせてくれ、いつでも待っている。産後の休養も十分取らせてもらったし、体調も良好だ。今はたっぷり体を動かしたい気分なんだ」

 うーむ、どうやら王妃様は体を使う何かの相手を所望されているご様子。
 そして相手は若くて活きのいい、体力のある男が希望。
 しかも、一人ではなく複数必要。
 将軍でも相手はできるが、忙しいので無理……と。
 必要な情報を整理して暗記する。
 まだまだ情報が足りぬので、もうしばらく様子を窺おう。

「陛下にはくれぐれも悟られないようにな」
「わかってるって、バレねぇように気をつける」

 ん?
 内密にことを運ぶとは穏やかではないな。
 王妃様のことだ。
 陛下にとってよからぬことではないだろうが、私の主は陛下だ。
 やはり、報告するべきだろう。
 いや、しかし……。

 私は一日悩んだが、やはり報告しようと翌日、王の許に参上した。




 私の報告を聞いた陛下は、顔色を変えて執務途中の書類を放り出された。

「体力のある活きのいい男を所望しただと! しかも、私には悟られぬようにとは何事だ!」

 とりあえず、耳にした会話を一語一句間違えることなく伝えたのだが、陛下の中では何かの符号がぴたりと当てはまったようだ。

「出産の後では当分は辛かろうと気遣って我慢していたのが裏目に出たか! そうはさせんぞ、私はまだ枯れてはおらんということをその身を持って思い知らせてやる!」

 陛下は久しぶりに妻に対する執着を露わにして興奮されている。
 こうなった陛下は誰にも止められない。
 唯一効力があるのは王妃様の諌めのお言葉だが、場合によっては無効になるので成り行きを見守るしかない。

「ヒルデ! ヒルデはどこだ!」

 私の存在など忘れ去ったかのごとく、陛下は執務室を出て行かれた。
 後を追うか。
 万が一、王妃様や王子様方に危険が及びそうなら、体を張って止めねばなるまい。




 陛下を追って後宮に忍び込む。
 女官達が戸惑った様子で迎えに出てきたが、陛下は無視して王妃様のお部屋へと踏み込まれた。

「ヒルデ!」
「陛下、どうなされました?」

 室内におられた王妃様は驚いた顔で陛下を見つめた。
 彼女の衣服は騎士が訓練時に着る布の服で、普段は王妃の装いに相応しく結い上げてある髪は三つ編みで一つに束ねられている。
 陛下は猛り狂った獣さながらの勢いで王妃様に詰め寄られた。

「そなたは私に黙って後宮に男を招き入れたのか!? 正直に答えよ!」

 王妃様はハッとしたように目を見開かれたが、観念されたのか頷かれた。

「はい。ですが、彼らに許したのは庭までです。部屋には入れておりません」
「庭……? に、庭で?」
「ええ」

 落ち着いて受け答えされている王妃様とは対照的に、陛下の顔色は急激に悪化し、激情が浮かび上がる。

「なんということだ!」

 陛下はその場に崩れ落ちるように蹲り、泣きながら拳を振るって床を殴り始めた。
 王妃様はさらに驚いて陛下に駆け寄られた。

「なぜだ! それほど不満だったのなら、なぜ真っ先に私に言わないのだ! 他の男を呼びつけるぐらいなら、幾らでも私が相手をしてやったのに!」
「おやめください、陛下! 大切な御身に怪我をなされてしまいます!」

 王妃様がすがりついて宥めるが、陛下の慟哭は止まない。
 王妃様は陛下の手を押さえ、懇願と弁解を交えて語りかける。

「どうか落ち着いてくださいませ。陛下はお忙しい身、私ごときのことでお心を煩わせてはならぬと考えたのです。勝手なことをして申し訳ありません、ですが陛下を思えばこそ……」
「私を思うのなら、もっと甘えればいいのだ。そなたのためであるならば、この身はいつでも空けておく。今からでもいいぞ、存分に相手をしてやろう」

 王妃様は苦笑を見せて、陛下のお手を握り締めた。

「陛下がお望みならお願いいたします」
「ああ、ヒルデ」

 瞳に情欲の炎を滾らせて、陛下が王妃様を抱き寄せる。
 情熱的な陛下の口づけを受けた王妃様は幸せそうに微笑まれた。

「正直言って、若い騎士では物足りなくて。でも、兵の訓練にもなりますから、彼らを鍛えるつもりで呼んでいたのです」
「訓練?」

 困惑顔の陛下が、王妃様に手を引かれて外へと連れて行かれる。
 私もそっと後をつけた。
 王妃様は庭に出ると、待っていた四人の騎士達に声をかけられた。

「せっかく来てもらったのに申し訳ないが、今日は陛下が直々にお相手してくださることになった。もし良ければ見ていかないか?」

 王妃様の誘いに騎士達は喜びの声を上げた。

「よろしいのですか?」
「ヒルデ様と陛下の手合わせが見られるなんて感激です!」
「陛下のお支度をしなくては! 剣と鎧を持ってきます!」

 ばたばたと駆け去った騎士達は、陛下の装備を持って戻ってきた。
 思わぬ成り行きに当惑したままの陛下に、彼らは持ってきた鎧をてきぱきと装着していく。
 その横では王妃様がご自身の愛用の鎧を身に着け、修練用の剣を振って体を解しておられた。
 喜び騒ぐ騎士達の声を聞きつけたのか、乳母や侍従に付き添われた王子様方も集まってくる。

 ここまでくれば、私にも王妃様が何を希望されていたのかがわかった。
 剣の稽古相手だ。
 なるほど、それで体力のある活きのいい男か。

「陛下、準備は整いました。よろしくお願いいたします」

 あ然としている陛下と向かい合って立ち、王妃様は剣を構えた。
 二人を遠巻きにして、この場に集った観衆がわくわくと瞳を輝かせて注目している。
 陛下は自らの装備と、勇ましき姿となった王妃様を見て、ようやく状況を把握なされたようだ。
 あの方にしては珍しく、ひどくうろたえている。
 だが、王妃様はすでに臨戦態勢。
 あれはかつて騎士だった頃の彼女の目だ。
 闘志を宿し、目の前の相手に全力でぶつかる戦士の眼差し。

「ヒ、ヒルデ……、少しま……」
「はああああっ!」

 気合を込めて王妃様が剣を振るう。
 陛下は反射で腕を動かし、剣の刀身で攻撃を受けた。

「やあっ!」
「くっ!」

 容赦のない連続攻撃。
 閃く剣は鋭く、目にも止まらぬ速さで打ち込まれていく。
 それを全て受け止める陛下もかなりの腕だが、この方も世界に広く名の知られた武人であるからこそ驚くことではない。
 しかし、これが現役を退いて久しい者の動きだろうか?
 戦乱の世にあってカレークの英雄と称えられた女騎士の姿を、若い騎士とお子様達は羨望の眼差しで見つめていた。

「母上、強い!」
「ヒルデ様、素晴らしいです!」
「父上も頑張れー」

 盛り上がる観衆の前で、国王夫妻は剣を交える。
 生真面目な王妃様にとって修練は常に真剣だ。
 陛下がお相手だというのに、まったく手を抜いている素振りはない。
 彼女の相手を申し出た時点で、主君であろうとも例外ではないのだ。
 いや、逆に全力で挑まねば無礼であるとさえ考えておられるに違いない。

 ご愁傷様です、陛下。
 影は影に徹して御身のご無事をお祈りいたします。




 翌日、陛下の足取りは重く、全身が痛むご様子だった。
 私は黙してお声がかかるまで見守るのみ。
 影に潜み、息を殺して命が下るのを待つ。

 どうやら陛下は筋肉痛を起こされているようだ。
 王妃様の稽古は、我が国が誇る英傑揃いの将軍達のものよりも激しく厳しいのだ。

 陛下は身動きする度に苦痛にお顔を歪めながらも執務に取り掛かり、夕方まで采配を振るわれた。
 その日は大事を取って早めに執務を切り上げて後宮に赴かれた陛下を、王妃様が心配そうに出迎えられた。

「陛下、昨日は申し訳ありませんでした。あれほど手応えのある稽古は初めてでしたので、つい夢中になってしまって」
「いや、そなたが満足したのであれば良い。ところで、初めてとは本当か? 私以上の男はいなかったのだな?」

 陛下の問いに、王妃様はぱっと顔を輝かせて頷かれた。

「はい、もちろんです。陛下以上にわたしを満足させてくれる男性などおりません」
「そうか、これからも時々は……うむ、相手をしよう。いや、だが、レギナルトや他の騎士にも稽古をつけてやるが良いぞ。庭までなら入れても文句は言わぬ」
「ありがとうございます」

 王妃様から最高の男だと言われた陛下は満足そうに微笑まれた。
 体に走る痛みも飛んでいったかのごとく背筋を伸ばして王妃様の腰を抱き寄せ、耳に何事か囁くと、二人は顔を見合わせてくすくす笑った。

 夫妻は仲睦まじく寄り添って屋内へと消えていく。
 しかし、騎士達の庭への立ち入りにお許しが出るとは、さすがの陛下もあの稽古には耐えかねたようである。
 王妃様の喜び溢れる笑顔を思い返して、私も嬉しくなった。
 王を守る騎士であり続けることは彼女の望みなのだ。
 修練の機会を与えられ、王妃様はますます輝くだろう。

 この後、夫妻の間に起こることを、私は当然見聞きすることができるが、それについては口を噤む。
 私は陛下の忠実な影。
 我らの生まれ育った国を守り、民を導く王だからこそ、影は従い、主の幸福を望む。
 王妃様がお傍におられる限り、我らの王が道を誤ることはない。
 王が彼女を失わぬように、我ら影も全力を尽くして今後もお仕えしていく所存である。


 END

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