わたしの黒騎士様・番外編

27・悪夢

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(side キャロル)

 気がつくと、わたしは広場の隅に座っていた。
 屋敷を抜け出して、抜け殻みたいに無気力に、虚ろに景色を見ながら座っていたあの場所で。

 大勢の人の話し声が、絶えず聞こえてくる。
 全ての人がシェリーを褒めて、笑っている。
 その輪の中には両親や貴族の人達はもちろん、街の人達もいた。
 わたしと遊んでいたはずの少年達も、シェリーが現れるとそちらに駆けていってしまう。

 賑やかな明るい場所から離れた闇の中で、わたしは一人取り残されている。
 誰もわたしを見てくれない。
 わたしという人間なんて、始めからいなかったみたいに、その場にいる誰もが楽しそうにしていた。

 立ち上がり、光に近づこうとしても、彼らの姿は近づくだけ遠くなる。

「やだ、置いていかないで」

 怖くて不安で心細くて、必死で走る。

「待ってよ、みんな! わたしはここにいるよ! どうして誰も気がついてくれないの!」

 足下なんてみることもできないほど暗い道。
 あの光を見失ったら、わたしは永遠に闇の中で一人ぼっちになる。

「シェリー、シェリー! 待ってぇ!」

 唯一の救いを求めて、妹を呼ぶ。
 だけど、彼女は気づきもしない。
 笑顔を振りまいて、周囲の人を喜ばせている。

 彼女の傍に男の子が立っていた。
 出会った時の少年の姿で、レオンはシェリーに微笑みかけていた。
 わたしに光をくれた人。
 彼までもがシェリーに惹かれ、わたしを見捨てた。

「なんで……、どうしてぇ……」

 追いかける気力が尽きて立ち止まる。
 わたしは誰にも必要とされていない。
 シェリーがいれば、全てが満たされる。
 どんなに努力しても、無駄な足掻きだったんだ。
 結局、わたしは役立たずで、存在さえ邪魔なお荷物なんだ。

 絶望でその場に崩れ落ち、泣き伏した。
 泣き声は闇に吸い取られ、わたしの存在を徐々に消していく。
 どうしてわたしは生まれてきたんだろう。
 闇に呑み込まれながら、ぼんやりとそんなことを考えた。




「キャロル。おい、どうした?」

 闇の世界からわたしを救い出したのは逞しい大人の男性の声だった。
 肩を揺すられて、覚醒していく。

「……ん、あ…れ? レオン?」

 シェリーと一緒に消えたはずの少年は、すっかり青年の姿となり、なぜかわたしの隣で寝転んでいた。
 しかもお互い裸だ。

 そ、そうだった。
 今夜はレオンの部屋で泊まってたんだ。
 寝る前にされた恥ずかしい愛撫の数々を思い出して赤面した。

「お前がうなされていたから目が覚めた。嫌な夢でも見たのか?」

 汗で濡れたわたしの額を、彼は手の平で撫でた。
 あれは夢だったんだ。
 現在のわたしは黒騎士団の従騎士で、レオンは一級騎士。
 そして、彼はわたしの恋人。

 確認するために、腕を伸ばして彼に抱きつく。
 温かい身体は本物だ。
 レオンはちゃんとここにいる。

「怖い夢、見たの。みんながシェリーの周りに集まって、わたしのことを見なくなるの。レオンもシェリーと一緒に行ってしまうの」

 夢が与えた恐怖と絶望は、まだ鮮明に残っている。
 安らぎが欲しくて、レオンの身体にしがみついていた。
 彼はわたしを抱き寄せて、大丈夫だと囁いてくれた。

「キャロルとシェリーは別の人間だ。片方だけがいれば、もう一人はいらないなんて、そんなことはあり得ない。安心しろ、お前のことを見ている人間は大勢いる。この騎士団にいる人間や故郷の仲間達と親交を深めているのは、シェリーではなくキャロルだろう。それに誰が必要としなくても、お前の居場所はオレの傍にある」

 レオンの言葉は、いつでもわたしに力をくれる。
 そうだよね、わたしとシェリーは別の人間。
 少なくとも、剣を習い始めてからのわたしは、彼女とは別の道を歩いてきた。
 もう、多くの人が知っている。
 わたしとシェリーが比べるべき対象ではないことを。

「わたし、ここにいていいんだね。レオンがずっと傍にいてくれるんだよね」
「ああ、約束しただろう。何が起ころうとも離さない」

 レオンがわたしの肩口に顔を埋めた。
 くすぐったい舌の感触に肌が震える。

「信じられないなら、オレの匂いや味を身体に覚えこませてやる。まだ日が昇るまでには時間があるからな」

 彼はニヤリと唇を歪めると、わたしの胸を撫で回した。
 揉みしだく手の平の熱を感じて、乳首がきゅっと突き出てくる。
 硬くなった乳首が指で触られる。
 擦られたり、弾かれたりして、その度に悶えた。

「……んん…ぁあ……、だめぇ、朝……早いのにぃ……」

 下っ端の従騎士は、一番早起きをしなければならない。
 特に明日は料理当番だから、身支度をしてすぐに朝食作りにかからねば。
 でも、こんなことしてたら、起きられなくなる。

「ぁ…ん……、ごは…ん、作らな……い…と……、起きなきゃ…いけない…から…、んぅ…も…寝るのぉ……」

 レオンの愛撫は下半身に移り、足を抱え込まれて秘所を舌で舐め回されていた。
 やぁ…もう……、力…入らない……。

「あぁん……、やぁ…ん……ああっ!」

 舌が泉をかき回す卑猥な水音が聞こえてくる。
 時々、敏感な部分にまで舌が伸ばされて弄ばれる。
 次第に快楽で頭がぼんやりしてきて、股間に埋まっている彼の頭に手を置いて喘いだ。

「ここは正直だぞ。オレを迎えられるように、たっぷり濡れている」

 舐めていた場所から顔を離して、レオンはそこを指で拭った。
 愛液が指に絡まってぬるっと糸を引く。

「口も素直になることだ。キャロルはオレが欲しいか?」

 意地悪。
 ここまでしてやめるって言うの。
 そんなの我慢できないよぉ。

「う…うん……。欲しいの、入れてぇ……」
「いい返事だ。すぐに気持ちよくしてやるからな」

 濡れた秘裂に、レオンは自身の欲望を突き入れた。

「あんっ! ……あぁ、うぅ……」

 彼のものしか知らないけど、太くて大きいそれはゆっくりと中を往復して快感を与えてくれる。
 最初のうちは痛いだけだったこの行為も、今では気持ちよさを伴い始めている。

「んぁあんっ、あっ……、レオ…ン、ああ…、はぁ……っ!」

 別の世界に飛んでいきそうなほど、繋がりあう下半身から熱が伝わってくる。
 レオンの呼吸も乱れ、打ち付ける腰の早さも徐々に上がり始めていた。
 
「キャロル……、痛む…か?」

 ふいうちに頬にキスがきて、気遣いの言葉をかけてもらった。
 声が出せなくて、首を横に振った。
 目を開けて、上に乗っている彼を見上げると、柔らかな優しい表情で見つめられていた。
 愛されていることを実感して、頬が緩む。
 その途端、レオンは急に顔をしかめた。

「お前……、くっ、……もう耐えられんっ!」

 レオンは口を閉じて、唸り声を上げた。
 激しく体を揺すられて、奥を深く貫かれる。
 快楽を運んでくる大きな波に翻弄され、わたしの身体は達した。

「あはぁっ、ぁああんっ!」

 わたしの中から抜かれた彼自身が白い精を放ち、お腹の上にかかる。
 充実感と疲労で、身体の力が抜けた。

 汚れた体はレオンが拭いてくれたけど、身動きするのも億劫で眠りに落ちる。
 気持ちよかったけど、疲れた。
 明日、起きられるかな……。




(side レオン)

 キャロルが寝付くのを見届けて、横になった。
 無茶をさせたか。
 明日の朝は気をつけて起こしてやらないとまずいな。

 だが、オレがいなくなる夢を見たとすがりつかれ、不安で泣きそうな顔をされると抑えが効かない。
 最後は微笑みを見せられただけで達してしまった。
 これが初恋というわけでもないのだが、ここまで惚れこんだのはキャロルが初めてだ。

 しかし、日に日に色気が増している気がするのは、決して気のせいではないだろう。
 今は男だと周囲に認識されているからいいようなものの、油断できないな。
 それに気に入れば、男も女も関係ないヤツもいるし……。
 脳裏に憎き宿敵の顔を思い浮かべ、ムカつく出来事を色々回想してしまった。
 ちらっとキャロルの寝顔を見て、苛立つ心を鎮めた。
 ……癒される。

 瞼を閉じて、故郷にいた頃を思い出す。
 キャロルには黙っていたが、オレはあの頃、シェリー=フランクリンに一度だけ会ったことがある。
 確かに彼女は綺麗な少女だった。
 祭事で遠目に見かけたシェリーの印象は、母である領主夫人に似た整った顔立ちをしていて、キャロルと同じ金の髪と蒼い瞳は神々しささえ感じるほど美しく、微笑みは天界の使いと見まがうほど愛らしかった。
 しかし、実際に相対した時の彼女はその微笑みを消し、嫉妬と苛立ち、憎しみのこもった目でオレを睨んだ。
 あれはキャロルが広場に剣の稽古に来るようになった半年後のことだ。

「レオン、支度できたよ」

 オレのお古の服に着替えて、キャロルが家の中から出て来た。
 ドレスでは剣の稽古ができないので、シャツとズボン、それに靴を貸した。
 長い金の髪はポニーテールに結わえてある。
 オレの母が結い上げたものだ。

「おばさん、ありがとう!」

 家の中にキャロルが声をかけると、母さんが笑顔で表に出てきた。

「どういたしまして。気をつけて、行ってきてくださいな。レオン、あんたがお勧めしたんだから、お嬢様がお怪我をなさらないように、責任持ってしっかりお守りするんだよ!」

 キャロルには優しく笑いかけ、オレには厳しい顔で釘を刺す。
 実はキャロルに剣をやれと勧めたことがバレた時には、両親にこっぴどく叱られた。
 領主の娘に傷でもつけたら縛り首にされると脅されたのだ。

 だが、翌日キャロルを家に連れて帰ると両親の態度は軟化した。
 キャロルが涙ながらに自分の境遇を語り、居場所が見つかりそうだから剣を習いたいのだと懇願すると、母はすっかり彼女に同情して、それならと協力を承知してくれた。

 半年も経つと、キャロルは広場の仲間達と打ち解けて、笑顔もよく見せるようになった。
 死人のように無気力だった少女は、本来の明るさを取り戻して生き生きしている。
 彼女が笑うたびに、オレは満足した。

 始めは賑やかな広場に相応しくない、暗い空気をまとっていたあいつが気になった。
 誰よりも恵まれているはずの領主の娘が、この世の不幸を一身に背負った人間みたいに、深く俯いているのが不思議だった。
 その疑問は街の大人達の噂話で解けた。
 キャロルの双子の妹は美しく優秀で、なぜこちらが長女として生まれなかったのかと、大人は口にする。
 それがどれだけキャロルを追い詰め、才能の芽を潰していることに気づかないのか。
 目先のものしか見えていない愚か者達に苛立ちを覚えた。

 手を差し伸べた理由は、同情だった。
 暗い闇の中を彷徨っている、幼い子供を見捨ててはおけないと思った。
 だから、オレは嬉しかった。
 キャロルが徐々に生きる喜びに気づき、オレ達に心を開いてくれることが。




 キャロルを連れて広場に行くと、もうみんな集まってきていた。

「レオン、キャロル! 早くおいでよ!」

 オレ達に気づいた仲間達が手を振って呼ぶ。

「うん!」

 キャロルも手を振り返して、みんなの輪の中に駆け込んでいく。
 元気な背中を見て、微笑が漏れた。

 ふと、背後から視線を感じた。
 振り返ると、広場の入り口に少女が立っていた。
 鍔の広い帽子を被り、服は上質の白いワンピース。肌も白く、服装こそ控え目にはしているが、どこかの金持ちの娘がお忍びで家を出てきたという印象を受けた。

 彼女はじっと広場の一点を見つめている。
 視線の先にいたのは、キャロルと仲間達。
 少女の眼差しに寂しさを感じ取ったオレは、この子もキャロルと同じなのかと思った。
 孤独を抱え、手を差し伸べられることを求めているのかと。

 だが、それは思い違いだった。
 少女はオレの視線に気がつくと、目を鋭く細めた。
 親の仇でも見つけたように、睨みつけてきたんだ。

 彼女はパッと身を翻して走り出した。
 反射的に追いかけていた。
 心に何かが引っかかっている。
 オレは彼女を知っている。
 いや、良く似た誰かを……。

 路地の行き止まりで、ついに彼女に追いついた。
 息を切らせて、オレ達は向かい合った。
 害を成す気はなかったが、向こうは警戒心と敵意を剥き出しにしていた。

「広場でオレ達のことを見ていただろう? どうして逃げる? 言いたいことがあるなら言えばいい」

 オレ問いに、少女は帽子をとって顔を上げた。
 そこでようやく彼女の正体を知る。
 シェリー=フランクリン。
 キャロルの双子の妹だ。

「キャロルを迎えに来たのか? それならもう少し待ってくれ。日が暮れるまでには必ず帰らせる」

 早口でまくしたてながら、ついにバレたのだと焦った。
 キャロルは無断で屋敷を抜け出して、広場に来ていると言っていた。
 領主がこのことを知れば、すぐに連れ戻される。
 もう二度と、広場に来ることができないかもしれない。

「さっきのキャロルを見ただろう? ここに来るまで、笑うことも忘れていたんだ。あいつにはオレ達が必要なんだ」

 シェリーは心優しい子なのだと、キャロルは我がことのように語っていた。
 だから、話せばわかってくれるはずだ。
 そう思ったのに、シェリーの表情は変わらない。

「……どうしてなの?」

 シェリーが初めて声を発した。
 彼女はオレを憎しみに燃えた目で見据えた。
 いや、オレだけじゃない。
 彼女は周囲の人間全てを憎んでいる。
 根拠は無かったが、そう直感した。

「どうして、みんな邪魔をするの。わたし達のこと、放っておいてくれればいいのに。わたしはこんなこと望んでなかった。みんな嫌い、こんな街、消えてしまえばいいんだわ!」

 シェリーの言っていることは支離滅裂で、何に対して怒りをぶつけているのかがわからない。
 八つ当たりで癇癪を起こした子供みたいに、彼女は目に映る全てのものを罵り続けた。

「あの人達もいなくなった。あなた達もよ。わたしとキャロルを引き離すものは全部消すの!」

 呪詛を吐き出すように叫ぶと、シェリーはオレの脇をすり抜けて走り去った。
 誰もが愛さずにいられないと謳われた少女が見せた激情。
 オレは彼女に底知れぬ闇を見た。




 後日、シェリーが言った『あの人達』が家庭教師達を指していたことがわかった。
 キャロルの指導をおざなりにしていたことが領主に伝わり、即座に全員解雇されたのだ。
 詳しい経緯は不明だが、恐らくシェリーが告げ口をしたのだろう。
 その上、キャロルが屋敷を抜け出して剣の稽古をしていると知った領主は激怒し、広場を閉鎖すると言い出して、オレを含めた仲間達にも処罰の手が伸びかけた。
 この危機を救ったのはキャロルだった。
 あいつは父親を説得して、オレ達のことや剣の稽古のことも認めさせた。
 どんなやりとりがあったのかは、その場にいなかったのでわからない。後で聞いた話では、キャロルは屋敷での修練も頑張ることを条件に、剣の稽古を続けさせて欲しいと願い出たそうだ。
 領主がどんな考えで認めてくれたのはわからないが、一応の平穏がオレ達に戻って来た。
 キャロルの前でシェリーが口を出すことはなかったそうだが、広場を潰すように領主に進言したのは彼女だと確信している。

 シェリーの心に闇があることは、キャロルでさえも知らないはずだ。
 天使のような笑顔は、それらの感情を巧妙に隠す仮面。
 だが、その事実をキャロルに伝えることはできなかった。
 キャロルは妹を、負の感情とは無縁な、穢れのない真っ白な存在だと信じていたからだ。

「わたし、シェリーのことは大好きなの。みんながシェリーを好きになるのは当たり前のことだってわかってる。それなのに、妬ましく思う自分が嫌い」

 キャロルはシェリーを愛し、自慢にしていた。
 比べられて嫌な思いをしてきたとしても、妹に罪はないことを彼女はわかっている。
 シェリーの闇を見たオレは、キャロルの心の方が何倍も澄んでいることを知っていた。
 キャロルはオレがシェリーに惹かれる心配をしているようだが、それこそ天と地が逆さまになっても、シェリーの崇拝者になることはないと断言できる。
 多分、オレはシェリーにとって、世界で一番嫌いな部類に入る人間のはず。
 こうしてキャロルを手に入れた今は、最も憎まれる存在となった。
 彼女が昔と変わらぬ感情を持っているなら、いずれ対決しなければならない。
 近い将来、必ず訪れるその瞬間を想像すると、少し気が重くなった。


 END

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