束縛

冬樹サイド

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 【8】

 春香の写真を手に入れて浮かれていたところに、注文していたメイド服が届いた。
 サイズを確かめて、手に持って広げてみる。
 カタログ通りのかわいい服に、顔がニヤけていく。
 春香に着せるのが楽しみだ。

「冬樹、ちょっといい?」

 母さんが部屋のドアから顔を覗かせた。

「何それ、女物の服じゃないの?」

 母さんは部屋に入ってくるなり、服を奪い取って、オレの体に当てた。
 オレと服を見比べて、難しい顔をする。

「やめときなさい。似合わないわよ、あんたには」
「着るのは、オレじゃない!」

 春香に着せるというと、母さんは納得したようだ。
 だけど、嘆かわしそうに、ため息をつかれた。

「この子ってば、彼女にコスプレをさせたがる妙な性癖を持っちゃって、どこで育て方を間違えたんだろう」

 女王様には言われたくない。
 妙な性癖は遺伝だ。
 所詮オレは、ノーマルえっちだけでは満足できない男なんだ。

「わたしもお父さんも、あんたと春香ちゃんが勉強だけしてるわけじゃないことは薄々気がついているけど、お隣ではバレないようにしなさいよ。あちらのご両親は、真面目な上にノーマルなんだから」

 それはオレもわかっている。
 春香が言うとは思わないけど、万が一バレたら、おじさんとおばさんがオレを見る目も一気に変わるだろうな。

「そうそう、忘れるところだった。週末は旅行で留守にするから、その間の食費を渡しにきたの。春香ちゃんを家に呼んでもいいけど、浮かれすぎてボロは出さないようにね」

 お金が入った封筒を渡された。
 週末は春香を家に呼んで一日一緒にいようと思っていたが、母さんは全てお見通しのようだ。
 忠告は肝に銘じておこう。




 土曜日の朝、両親を送り出した後、オレは春香に電話した。

「んん……、冬樹くん、おはよぉ……」

 寝起きのぼやぁとした声が聞こえてくる。
 こういう声もいいなぁ。
 パジャマ姿の春香を想像して、笑みを浮かべた。
 話しているうちに、春香の声も徐々に覚醒してはっきりしてきた。

「どうしたの? 今日はバイトじゃないの?」
「受験もあるし、やめたんだ。それよりさ、今からうちで勉強会しないか? うちの親、旅行で留守なんだ。夕飯まで一緒に食ってくれると嬉しいんだけど」
「行く行く、すぐ行くから待っててね」

 通話を切ると、隣家からバタバタ階段を駆け下りる音が聞こえた。
 慌てなくてもいいのに。
 オレも携帯をポケットに突っ込んで部屋を出た。
 玄関を開けて、待っていよう。

 しばらくして春香が家から出てきた。
 オレが待っているのを見て、彼女は嬉しそうに手を振ってくれた。
 一緒に家の中に入り、鍵を閉める。
 これで完全に二人っきり。
 邪魔者は誰もいない、今日は春香を独り占めできる。




 春香を自室に案内して、飲み物を入れようと一階に下りた。
 紅茶を入れて、部屋に持って上がる。
 春香は何かを一生懸命読んでいた。
 あんな本あったかな?
 テーブルに紅茶を置いて、首を傾げる。
 いや、本じゃない。
 あれは、アルバムだ!
 ベッドのマットの下に隠しておいたのにっ!

「うわあっ! 見るなぁ!」

 慌ててアルバムを奪い取ったが遅かった。
 春香の視線が痛い。
 ああ、そんな目で見ないでくれ。

「こんな写真、いつ撮ったの?」

 問いかけてくる春香は笑顔だったけど、目が笑っていない。
 お、怒られる! アルバムも取り上げられてしまう!

「ごめん。春香のブルマ姿がどうしても見たかったんだよ。そしたら穂高が写真持ってるって言うから、譲ってもらったんだ」

 オレはアルバムをしっかり抱えて謝った。
 春香は穂高がこの写真を所持していたことを知って、二度びっくりしたようで、ぺたんと床に座り込んだ。

「秘蔵のコレクションだからって、穂高のヤツ足下見やがって、二万で買わされたんだ。頼む、処分はしないでくれ。こいつは春香に会えない時のオレの憩いのオアシスなんだ」

 と、とにかく許可をもらわないと。
 オレの宝物である、この写真は絶対に死守しなければっ。

 オレの必死の訴えに、春香は呆れながらも許してくれた。
 良かった。
 よし、気を取り直して、あの服を着てもらおう。
 オレは部屋の隅に置いていたメイド服を春香に渡した。





「ちょっと派手かな? お人形さんみたい」

 変わった服だと言いながらも、春香は着替えてくれた。
 髪を飾るレース付きのカチューシャに、腰に巻かれた純白のエプロン。
 紺色のミニのワンピースの胸元は大きく開いて、白いブラウスに包まれた豊満な胸が強調されている。
 ひらひらのスカートの下からはむっちりした太腿が見え隠れしていて悩ましい
 かわいいメイドさんの誕生だ。
 オレは感激して、春香に抱きついた。

「やっぱり似合う! ネットでカタログを見てから春香に着せたかったんだ。残ってたバイト代をはたいて買った甲斐があった!」

 かわいい、似合うと褒めたのに、春香は怒り出した。
 オレの体を押して、離れようとする。

「冬樹くんの変態! こんなもの買うのに、大事なバイト代を使わないの!」

 あ、脱がれてしまう。
 そうはさせるか!

 取り出したのは、いつかに使った手錠だ。
 こんなこともあろうかと、また両親の部屋から失敬してきたのだ。
 素早く春香の手首にはめて、動きを封じる。
 どうだ、これで着替えられまい。

「春香が自分の思い出を使うなって言うから、わざわざ買ったんだぞ。オレの気が済むまで着てもらうからな」
「そ、それとこれとは別だよ、着たんだから気が済んだでしょう。勉強しに来たんだから、もう着替えるよ」

 早く手錠を外してと懇願する春香を無視して、お触り開始。
 キスをして、太腿を撫でたり、服の上から胸を揉んだりと感触を楽しんだ。

「勉強なんて口実に決まってるだろ、何のために朝から呼び出したと思ってるんだよ。今日は夜までたっぷり時間があるからな。近頃の春香は穂高とイチャついてばっかりだから、一度腰がくだけるほど抱いて、お前が誰の物かわからせてやらないといけないよな。浮気できないように、オレしか見えないようにしてやるよ」

 おっと、演技を忘れるところだった。
 まずは呼び方だな。

「春香はオレの専属メイドだから、ご主人さまって呼べ」
「ば、ばかぁ」

 春香は乗ってきてくれなかった。
 仕方ない、気持ちよくさせてから言うことを聞かせよう。
 後ろにまわって胸を揉み、反応しているオレの股間を尻の辺りにわざと押し付けてみた。
 耳の裏から首筋を舌で嬲り、感じる箇所を責めていく。

「はぁ…ああん……、いじわるしないでぇ」

 床に膝をつかせて四つんばいにさせる。
 手首に手錠はつけたままだ。
 いつもと違うシチュエーションに気分が盛り上がってくる。

 ショーツを脱がせて、ブラウスは胸の下までボタンを外し、ブラジャーのカップをずらして膨らみを外に出した。
 もう乳首が尖っている。
 赤く色ずくそこを指先でいじってやると、春香の息が荒くなった。
 乳首を弾きながら、膨らみ全体を揉み解す。
 もちろん他の場所への愛撫も忘れていない。
 届く範囲の肌という肌に舌で触れて舐めまわした。

「ああん…んふぁ……、あん、やぁん、早くぅ」

 トロトロの秘所を見せ付けるように、春香が腰を動かした。
 まずは気持ちよくしてあげよう。
 でも、一回だけだ。
 次からはご主人様っておねだりするまでやってやらないぞ。

 避妊具を着けて、バックから春香の中に侵入する。
 待ち焦がれていたそれを受け入れて、春香が声をあげた。

「あ、あ、す…ごい……。冬樹くん、ああっ、あんっ!」

 春香の腰を掴んで突き上げる。
 慣れた体は自然に一体となって動く。
 春香の中は気持ちがいい。
 相性だけではなく、愛しいという感情が得られる快感を増しているんだろう。
 春香を抱ける喜びが、オレを高みへと導いていく。
 そう思って間もなく、オレと春香は最初の繋がりを終えた。




 焦らしプレイで誘導したところ、昼前には春香はオレの言いなりになっていた。
 ベッドの上に寝転び、半脱ぎで手錠付きという格好で、春香がオレを涙目で見つめる。
 一度目の挿入から、もう二時間近く愛撫だけで責め続けた。
 そろそろ欲しくなっているはずだ。

「お願い……。ご、ご主人様ぁ」

 おねだりしながら、羞恥で顔を真っ赤にしている。
 かわいくて愛おしい。
 だけど、まだだめ。

「お願いはちゃんとしなくちゃ、入れてあげない」

 わざと意地悪を囁いて、秘所に指で触れた。
 反応して体を震わせ、春香はぎゅっと目を瞑った。

「お願いします。ご主人様のあれを、春香のあそこに入れてください」

 小さな声でお願いが聞こえた。
 これで許してあげよう。
 あんまりイジメたら後が怖いし。

「よくできました。春香はいい子だから、ご褒美あげようね」

 手錠をつけた腕を頭の上まで上げさせて、体を押さえつけて足を開かせる。
 ぐちゅぐちゅに濡れて待っていたそこに、オレのものを入れていった。

「あん、あぁん、ご主人様ぁ……。ご褒美…嬉しいですぅ」

 オレの体の下で声を上げている春香は、従順なメイドさんになりきっていた。

「そんなに嬉しいなら、もっとイイことしてあげるよ」

 腰を動かすたびに揺れる乳房を両手で揉み、口に含んで舌でもかわいがった。
 上と下から同時に与えられる愛撫に、春香は我を忘れて喘いでいた。
 春香の全てがオレに火をつける。
 夢中になって、彼女と体を重ねる。
 途中からご主人様プレイのことはどうでもよくなっていた。
 春香が欲しい。
 際限なく湧き出す欲望を満たすべく、オレは春香を抱き続けた。




 満足した頃には、昼はとっくの昔に過ぎていた。
 一緒にベッドで寝ているんだけど、春香は向こうを向いていて、オレの方を見てくれない。
 怒ってるみたいだ。
 手錠はとっくに外してあるけど、半ば無理やりしたからな。

「春香、機嫌直してくれよ」

 片手を彼女の体にまわして抱きつく。
 まわした腕をきゅっとつままれた。

「いてっ」
「冬樹くんのバカ。何がご主人様よ、変態!」

 むくれた声もかわいい。
 きっとまた頬っぺた膨らませてるんだろうなぁ。

「春香がかわい過ぎるのがいけないんだ。こんなことしたくなるのも、春香だからだよ」

 強引にこっちを向かせてキスをした。
 胸に手を伸ばして、豊かな膨らみを持ち上げて揺する。

「やぁ、も、もうやめてぇ」

 ちょっとしたイタズラにも過剰に反応する姿に笑みがこぼれた。
 かわいいよ。
 何でこんなにかわいいんだろう。

「オレは春香が大好きだから、幾らでもこうしていたい」

 イタズラはやめて、抱き枕みたいに抱きしめた。
 春香もオレの胸に寄り添って、頬をくっつけてきた。

「いじわるしちゃ嫌だけど、わたしも大好き。離さないでね」
「わかってるだろ? 嫌がったって離さない」

 その証しにと、数え切れないほどのキスマークを春香の肌に散らした。
 お前は身も心もオレのもの。
 そしてオレの全てはお前の物だ。




 こんな調子で日々は過ぎ、高校の卒業式を迎えた。
 式は滞りなく終わり、後は帰宅するだけ。
 だが、オレは同級生や後輩の女子に取り囲まれていた。

「雪城先輩、卒業おめでとうございますっ」
「卒業記念に制服のボタンをください!」

 彼女達は興奮した面持ちで、手を伸ばしてきた。

「え? ボタンて、ブレザーなんだけど……」

 ああいうのはガクランのボタンでやるもんだろ?
 第二ボタンは心臓に一番近い位置にあるからとか何とか言って……。
 戸惑っている間に、オレの体は複数の手によって取り押さえられていた。
 目の前で裁縫用の糸切り鋏が光る。

「うっぎゃあああっ!」

 オレが悲鳴を上げている間に、元手芸部部長だったと記憶する女生徒が手際よくボタンの糸を切り取った。
 しかもブレザーだけでなく、カッターシャツのボタンまで全て奪われた。
 宙に舞う数個のボタンを掴むべく、さながらバーゲン会場のごとく激しい争奪戦が展開されている。
 その隙にオレは逃げ出した。
 記念すべき門出の日に、なぜオレはこんな目に合わねばならないんだ。

「冬樹くん、こっちだよ!」

 カメラを手にした春香が、手を振ってオレを呼んでいた。
 数人の生徒と共に、穂高と夏子もいる。
 みんなで記念撮影をしていたようだ。

「うわあ、すごい有様ね。全部とられたの?」

 前がすっかり開いて、下に着ていたタンクトップまで見えているオレの間抜けな姿を見て、夏子がくすくす笑った。
 笑い事じゃない!

「冬樹くん、カッターシャツなら、おばさんから預かってるから着替える?」

 春香が紙袋から、着替えのシャツを出してくれた。
 助かった。
 これで何とか、カッコがつく。

「じゃあ、冬樹くんも入って。写真撮るよ」

 卒業生組の中に入れてもらって、春香に写真を撮ってもらう。
 オレと春香の写真は、夏子が撮ってくれた。
 他の在校生や同級生とも、交代で撮り合う。
 穂高とも一緒に写した。
 その後、二人で少し話をした。

「春香とは写真撮ったのか?」
「もちろんだ」

 二人だけの写真を撮ったと聞いても、特に嫉妬はしなかった。
 今日が最後だって、知っていたから。
 横目で穂高の様子を窺うと、ばんと強く背中を叩かれた。

「今日が区切りの日だ。おかげで、いい思い出ができた」

 妙にすっきりした顔で、穂高は笑った。

「彼女ができたら真っ先に雪城に言うよ。それで、嫌になるぐらい惚気話を聞かせてやるから、覚悟しておけ」
「望むところだ。幾らでも聞いてやるから、頑張れよ」

 穂高が春香を見つめる眼差しは、愛しい者に対するものだ。
 だけど、そこには寂しさも悲しみの色もない。
 今の穂高は、過去を見ていない。
 昇華できた想いは、きっと人生を彩る記憶の欠片になるんだろう。
 その記憶は、オレにとっても大事なもの。
 春香がどれほど大切な存在か、教えてくれたのはあの出来事だったんだ。
 オレは一生忘れない。




 あれから数年が過ぎ、オレは大学を卒業し、就職をした。
 春香とは婚約している。
 今は来年の挙式に向けて、色々準備中。
 夏子は土倉先生と結婚して、新婚ほやほやだ。
 そして穂高にも、ようやく春が訪れた。

 出勤前に携帯のメールチェックをすると、穂高からのものを一件受信していた。
 また彼女のことかな。
 初カノができたからって浮かれすぎ。
 相手は大学時代に叶わない恋をして、ずっと忘れられなかった人で、穂高に会う度に彼女の話を散々聞かされていたから、面識もないのによく覚えている。
 その彼女と最近になって再会し、うまくいったらしい。
 春香はすでに会ったそうで、かわいい人だと言っていた。

 今度はどんな惚気メールを送ってきたのやら……。
 メールを開いてみて苦笑し、背広の内ポケットに入れる。
 近々会って話したいってさ。
 朝まで語り明かす気のようだ。

 高校時代の思い出が蘇る。
 決して楽しいことばかりではなかったのに、微笑が浮かぶほど、それは綺麗な思い出だった。
 今なら笑って話せるだろう。
 それから未来のことも。

 道が分かれても、オレ達の絆は繋がっている。
 穂高とも、夏子とも。
 そして、いつも隣にいる春香とは、永遠に離れることのない強固な絆で結ばれている――。


 END

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