束縛

再会

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 【5】(side 秋斗)

 買い物から帰るなり、和泉を母さんに取られてしまった。
 母さんは用意した部屋に和泉を連れて行き、寝具やカーテンなどの備品について、カタログを見せて希望を聞いていた。
 一緒に洋服を買いに行こうとも言っている。
 昔から、女の子も欲しかったって言ってたこともあるけど、親を亡くして頼れる親戚もいないと知って、和泉のことが気にかかっているみたいだ。
 オレがいても邪魔なだけなので、嵐の部屋に行くことにする。
 勉強を見てやる約束だからな。




 和泉の前ではどことなく不機嫌だった嵐も、機嫌が直ったのか笑顔で出迎えてくれた。

「やっと来てくれた! はい、ちゃんと課題やったよ!」

 オレが出した課題の問題集と解答を書いたノートを差し出された。
 受け取って目を通す。
 復習用に出した課題は全て正解していた。
 これなら次に進んでも大丈夫だな。

「合格だ。次は予習だな、数学からか?」
「うん、やっぱ理数が弱いや。計算とかって苦手なんだよ」

 勉強机に向かう嵐は、今でこそ普通の中学三年生だが、三年ほど前までは学校にも行かず、ケンカや引ったくりなどで、何度も補導されるほど荒れていた。
 嵐の親はいないも同然だ。
 父親は刑務所を出たり入ったりを繰り返し、母親はよそに男を作って貢いだあげく、借金を作って夜逃げして行方知れずだ。
 引き取られた親戚の家で虐待を受けて家出していたことから、そちらには帰さず、親父が警察の少年課に勤める友人に頼まれて後見人として引き取り、オレは家庭教師を任された。
 親に見捨てられ、親戚からは犯罪者の子と厄介者扱いされて、自暴自棄になって暴れていた嵐を、親父もオレも家族みんなで根気よく諭し続けた。
 時には殴りあいもしたけど、本音でぶつかったのが良かったのか、次第に嵐は心を開いてくれた。
 今ではすっかり懐いてくれて勉強にも精を出し、高校にも進学する気でいる。
 嵐はオレの弟みたいなヤツだ。
 だから、和泉にあんな態度を取るなんて思いもしなかった。

「秋斗さん、あの彼女と付き合ってるってマジ?」

 急に嵐はそんな質問をしてきた。
 そういえば、和泉と早めに打ち解けるように言い聞かせるつもりだったんだ。
 ちょうどいいと、オレは会話の糸口を掴むべく問いに答えた。

「本気だよ、オレは和泉が好きだ。大学時代からの片思いがようやく実ったんだ。嵐も喜んでくれよ」
「どこに惚れたんだよ。全然、似合ってねぇ」

 何なんだ。
 似合ってないって、オレが和泉にか? いや、口ぶりでは逆だな。
 和泉の良さは外見だけではわからないか。
 それにしたって、言いすぎだろ。
 今日の嵐は妙に反抗的だな。

「笑顔だな、幸せそうに微笑む顔に惚れた。彼女が笑うとオレまで幸せな気持ちになれるんだ」
「はぁ? 意味わかんねぇ。秋斗さんにはもっと綺麗で他の男が振り向くような女が似合う。あんなガリガリで気の弱そうな女じゃだめだ」
「お前、それ本気で言ってるのか? オレを怒らせたくないなら黙れ」

 さすがに腹が立ってきたので黙らせた。
 嵐はめちゃくちゃ不満そうに口を尖らせた。
 容姿に拘るなんて、ガキくさい。

「お前が納得するような美人にもたくさん出会ってきたよ。だけど、オレが惹かれたのは和泉だった。メンクイじゃなくて悪かったな。お前が顔で人間を判断するなんて幻滅した。今みたいなことを和泉に言ったら、容赦なくぶん殴るからな」

 嵐はぐっと唇を引き結んで、ぷいっと横を向いた。
 慕ってくれるのは嬉しいけど、変な方向に曲がってるな。
 和泉がどんな子かわかれば、嵐も納得してくれるだろう。




 和泉についてはゆっくり打ち解けさせることにして、いつも通りに嵐の勉強を見てやり、自分の部屋に戻った。
 母屋の二階に上がると、ちょうど和泉も母さんから解放されたところだった。

「和泉、オレの部屋においで」

 誘ってみると、和泉はためらいを見せたものの応じてくれた。
 掃除はしたばかりだし、見られてやばいものは巧妙に隠してある。

「綺麗に片付いてるね」

 和泉は物珍しそうに部屋を眺め、壁に下げてあったコルクボードに目を留めた。
 ボードには写真が張ってある。
 高校の時に雪城や春香ちゃん達と撮った思い出の写真だ。
 和泉の視線はその中の一枚に注がれていた。
 無意識にど真ん中に張っていたそれは、春香ちゃんとのツーショット写真だった。
 しかも、腕を組んでいる。
 やばい、もしかして誤解されてる?

「あ、それさ。高校の時の友達との写真だよ」

 和泉はオレを振り返り、また写真に視線を戻した。

「仲良かったんだね」

 不機嫌とも怒っているとも判断のつかない、静かな声だった。
 正直に話した方がいいのかな。
 下手に隠して誤解されるよりはいいか。

「その写真の子はね、オレの初恋の人なんだ」

 後ろから和泉の肩に手を置いた。
 触れた肩がぴくりと動く。
 オレは別の写真に写っていた雪城を指差した。

「こっちに写ってるのが雪城っていって、オレの親友だ。彼女はこいつの恋人なんだ。出会った時からね」

 和泉は驚いた顔でオレを見つめた。

「それじゃあ、秋斗くんとこの人は……」
「色々あって、オレは振られた。……というか、彼女はずっと雪城しか見てなかった。入り込む余地なんて最初からなかったんだ。それでも好きで諦められなくて、二人の仲がこじれた時チャンスだと思った」

 オレは和泉に初恋の話をした。
 春香ちゃんを好きになったきっかけから、奪おうとしたことまで。
 彼女と雪城が元鞘に納まってから、残りの高校生活でたくさん思い出を作ったこと。

「高校の卒業式の日に、オレは気持ちに決着をつけた。春香ちゃんのことは思い出なんだ。今ではいい友達だよ。来年結婚するんだってさ」

 和泉を引き寄せて、唇にキスをした。

「信じて、和泉。今、オレが好きなのは君だけだよ」

 唇が離れると、和泉はオレから視線を逸らした。

「どうしてなの?」
「え?」
「どうして、わたしのことを好きになったの? わたしには何もない。好かれる要素なんて、一つも思いつかない」

 失恋のショックが、和泉から愛される自信を奪っていたことに気がついた。
 いくら言葉で愛していると伝えたところで、実感が湧かないと不安になる。
 一つ一つ言葉と行動を積み重ねて、オレの想いが偽りでないと証明するしかないんだ。

「知り合ったばかりの頃、和泉はいつも幸せそうだった。オレにまで幸せがやってくるような、そんな笑顔だった」

 和泉を好きになったきっかけを語り始める。
 オレは欲しかったんだ。
 隣で温かく笑ってくれる人を。
 和泉の笑顔は、初恋に決着をつけて以来、ようやく見つけた輝きだった。

「もちろん、好きになった理由はそれだけじゃない。頑張り屋なところも、人を気遣える優しいところも、知ることができたから好きになった。恋人がいるとわかっていても諦めきれないほどにね。オレは和泉の笑顔に惚れた。オレの前でもう一度、幸福に満ちたあの笑顔を見せてくれたなら、オレは幸せになれる。和泉のことを愛しているから、いつも笑顔でいて欲しいんだ」

 和泉は逸らした視線をオレに戻して微笑んだ。

「秋斗くん、ありがとう。嬉しいよ」

 和泉の手がオレの胸に触れた。
 瞳を見交わした後、彼女の瞼は閉じられた。
 吸い寄せられるようにキスをした。
 夢中で唇を重ね、彼女の体を抱きしめて、スカートをめくりあげて足に触れる。
 足に触れたことは予想外だったのか、和泉の瞳が驚きでぱちっと開いた。

「秋斗くん、だめ。誰か来たら……」
「足音でわかる。それに滅多に誰も来やしない」

 戸惑う彼女を抱き上げてベッドまで運んだ。
 和泉は軽い。
 細くて華奢で、羽みたいにものすごく軽い。
 壊してしまわないかと不安になる。
 ブラウスの前をはだけて、白い肌に浮き出る赤い痕――昨夜、オレがつけた痕を感慨深く観賞した。
 肌への口付けも、手で触れる時も、じっくりと優しく行う。

「あ…あはぁ…ああっ」

 喘ぐ和泉のスカートの中に手を入れて、太腿から秘所へと愛撫していく。
 ショーツには手をつけず、指を滑り込ませて手探りで中をいじった。

「秋斗くん、いやぁ……」

 淫らな水音をさせながら、和泉がよがる。
 オレは指を抜いて、彼女の額にキスをした。

「じゃあ、やめる。和泉が嫌がることはしたくない」
「え……」

 和泉は戸惑い、上気した顔で瞳を潤ませた。
 もじもじと股間に手をやって、オレを上目遣いで見る。
 その表情がツボに入って、思わず飛び掛りそうになったが何とか堪えた。
 和泉はなおも恥らっていたが、起き上がるとオレに抱きついてきた。

「続きして、秋斗くんが欲しい」

 望む言葉を得て、オレは喜んで抱きしめ返した。

「和泉、可愛いよ。君がすごく欲しい」
「秋斗くん、来て。抱いてぇ」

 和泉は自分からショーツを脱いで、オレを誘った。
 普段の彼女からは想像もつかない大胆な行動にオレの興奮も高まる。
 和泉の足を持ち上げて、腰を引き寄せ、準備のできたオレ自身を目指す場所に入れた。

「ふぁああ…ああん…あんっ!」

 オレを迎えて、和泉は恍惚とした表情で声を出し、腰を動かした。
 全身でオレを感じている。

「秋斗くん、秋斗くぅん……」

 今の和泉の頭の中にはオレしかいない。
 愛しい人がオレの色に染まっていく。
 両思いの幸福をついに味わう。
 和泉、オレは幸せだ。
 この幸せが永遠に続くように、君も応えて。
 オレは君を裏切らない。
 生涯愛しぬくと約束するよ。




 勢いでえっちになだれ込み、最後までやってしまった。
 我に返った和泉は気まずそうに服を着なおして、ベッドに腰掛け直したオレの背中に顔を埋めた。

「秋斗くんが悪いんだからね。あんなことされたら抑えられないじゃない」

 和泉は真っ赤な顔でオレを責める。
 自分から求めたことが、かなり恥ずかしかったらしい。

「自分の気持ちに正直になって何が悪い。和泉はオレが好きで、オレも和泉が好きで、お互い求め合っただけだ。何も恥ずかしがることないだろ」
「秋斗くんとだからだよ。普段はあんなになったりしないからね」

 オレの服を掴み、和泉は念を押した。
 淫乱でえっちな子だと思われたくないみたいだ。
 かわいいな。
 かわい過ぎて、いじめたくなる。

「オレの前でなら、いくらでも大胆になっていいぞ。そういう和泉も好きだ。むしろ大歓迎」
「やぁ、もう! 秋斗くんの意地悪!」

 和泉がぽかぽか背中を叩いてくる。
 恥ずかしさで真っ赤になってて、それがさらにかわいさにプラスされている。
 オレってば、完全に色ボケ入ってるな。
 春香ちゃんに夢中になってる雪城より、ひどいかも。
 今までのお返しに、あいつにはたっぷり惚気話を聞かせてやらなきゃ。
 春香ちゃんもずっと気にしてくれてたから、報告したら喜んでくれるはずだ。
 オレはもう大丈夫。
 一緒に歩ける素敵な人を手に入れた。
 結婚式にも、心からの祝いの言葉を携えて会いに行くからね。

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