束縛

女王様と下僕

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(side 冬子)

 普段はOLをやっているわたしには、人には言えない秘密がある。
 もちろん恋人の吹雪くんにも言えない。
 わたしは秘密を知られて彼に嫌われることを恐れている。

 恋人の雪城吹雪(ゆきしろ・ふぶき)くんは、大学の三回生。
 彼の高校時代に、当時大学生だったわたしが家庭教師のアルバイトを引き受けたのが知り合ったきっかけだ。
 わたしに一目惚れしたという吹雪くんに、合格したら付き合って欲しいと迫られて約束してしまった。
 彼は約束通りに志望校に合格し、わたしは付き合うことを承諾した。
 そして、現在に到る。

「んはぁ、冬子さぁん」

 甘えた声を出しながら、わたしの胸に顔を埋めている吹雪くん。
 乳房を舐めながら胸や脇へと手を這わせて、わたしを高めようと頑張っている姿が健気だ。
 高校時代からアイドルタレントも顔負けの美少年だった彼は、大学生になっても母性本能をくすぐるかわいらしさを持っている。
 体は年相応に育っていながら、線の細い印象を受けるしなやかな手足、女の子より綺麗な肌。
 ホテルの一室で戯れながら、嫉妬と羨望の眼差しで彼の裸体を見つめた。

「冬子さん、ボク……、もぉダメ…入れたいよぉ」

 赤く上気した顔で吹雪くんがお願いしてきた。
 泣きそうな表情が、わたしの隠れた性癖を刺激する。
 だめ、彼にあんなことをしてはいけないのよ。

「ごめんなさい、我慢させすぎたかな。いいわよ、来て」

 吹雪くんは律儀にも、わたしの許しを得るまで愛撫を続けていた。
 一生懸命な彼が愛おしい。
 足を開いて導いてあげると、吹雪くんのモノが急くように入ってきた。
 痛みを微かに覚えるほど、余裕のない挿入。
 吹雪くんがわたしを夢中で味わっている。
 求められていることが嬉しくて、多少乱暴に突かれても許せてしまう。
 お世辞にも巧みとは言えないぎこちない交わりでも、彼とのセックスは好きだ。
 そう、好きだけど……、体はやはり物足りなさを感じている。

「冬子さん、ああっ」

 吹雪くんはなるべく長く持たせようと頑張っている。
 わたしも共に快楽を得ようと、腰を一緒に動かして彼の体を抱きしめた。

「吹雪くん、好き、好きなのよぉ」

 本心から叫んでいたけど、わたしの体は満たされない。
 ホテルから出て吹雪くんと別れたわたしは、バイト先に向かった。
 この火照った体を鎮めるために。




 世の中には、常識から外れた性癖の持ち主がいる。
 わたしもその一人だ。
 OLを勤めながら、このバイトをしているのはお金に困っているからではない。
 気を抜けば最愛の人に向けてしまいそうになる異常な性癖を満足させるために、わたしは夜の仕事に手を染めた。

「まだ足りないの!? お仕置きが大好きなんて、いやらしい変態ね!」

 手にしたムチで、半裸の男の尻を叩く。
 わたしは黒のボンテージ衣装をまとい、ムチを振るって男をいたぶっていた。

「ふぁあっ! この変態奴隷に、もっともっと罰をお与えください、女王様ぁ!」

 男は仰け反りながら、腰をくねらせた。
 異様な光景だが、わたしとこの男は同類だ。罵りながらも嫌悪や蔑みの感情は湧いてこない。
 あるのは、仲間意識のようなものだろうか?

 このムチは派手な音の割に、衝撃が少ない作りになっている。
 本格的なSMではなく、痛みより雰囲気を楽しむのがこの店の売りだ。
 高飛車な女王様にいじめられたい酔狂な男が、主に客として訪れる。
 本番やお触りもない。
 この店では、女王様が奴隷をいたぶるシチュエーションだけが望まれているのだ。

 わたしに罵られて尻を打たれて恍惚としている男を見下ろす。
 常連だが、名前も知らない男だ。
 男を満足させたものの、わたしは虚しさを覚えていた。
 どんな男も愛しの彼の代わりにはならない。
 激情は抑えられても、落ち込むだけだ。
 心からの満足は得られない。
 わたしがいじめて罵りたいのは、最愛の彼だけなんだから。

「ああ、吹雪くん」

 自宅に戻って、ベッドに潜り込むと、両腕で体を抱きしめて身悶える。
 あのかわいい顔を泣き顔で歪めたい。
 懇願させて、奉仕させて、跪かせたい。
 でも、わたしのこの性癖を知れば、吹雪くんは軽蔑するだろう。
 本心からの罵りの言葉と共に別れを告げられては立ち直れない。
 そうなる前に別れよう。
 彼を愛しているから、嫌われる前に目の前から消えてしまいたい。




(side 吹雪)

「別れましょう」

 喫茶店での別れ話なんて、よくあることだ。
 でも、その当事者に自分がなるなんて、ボクは思いもしなかった。

「ど、どうして?」

 震える声で尋ねると、テーブルを挟んで目の前に座っていた彼女――霜村冬子(しもむら・ふゆこ)さんは顔を曇らせた。

 冬子さんはボクより年上のOLさんだ。
 切れ長の目に整った鼻筋、モデルのような長身に豊満で引き締まったボディラインを誇る、いわゆる綺麗系の美人だ。
 冬子さんは、大学受験のために親が雇った家庭教師で、ボクは一目惚れというヤツをしてしまった。
 そして、勉強の合間に熱烈なアプローチを続けて、大学に合格したらお試しで付き合うという約束を取り付けた。
 お試しだから、合わないと判断されてしまえば交際は終わる。
 それでも交際は三年目に入っていたし、うまくやってきたつもりだった。
 ついこの間だって、体を重ねて、熱い夜を過ごしたばかりだったのに。

「吹雪くんが嫌いになったわけじゃないんだけど。……体の相性かな」

 人前だからか、冬子さんは小声で呟いた。
 だけど、その言葉はボクの心にグサリと突き刺さった。
 それって、つまり、下手だってこと?
 ボクは気持ち良かったけど、冬子さんは不満だったんだ。

「ご、ごめんなさい。でも、ボク、冬子さんのこと諦められないよ。冬子さんのこと満足させられるように頑張るから、捨てないで」
「続きは外で話しましょう」

 ここで突き放されたら、きっとボクは泣いただろう。
 冬子さんはそれがわかったのか、ボクを促して店を出た。

 通りを颯爽と歩く冬子さんを見て、道行く男達が振り返る。
 黒いミニのタイトスカートから覗く、すらりとした長い足は誰でも一瞬目を奪われてしまうだろう。
 冬子さんはモテる。
 もしかして、会社で好きな人ができたのかな。
 エリート商社マンで、あっちのテクニックも抜群な、理想の男性が現れたとか。
 やだよぉ。
 せっかく恋人になれたのに、冬子さんと別れたくない。

「冬子さん、ボクのどこがダメなの? 直すから何でも言って。大学も頑張って卒業して、いい会社に就職する。冬子さんのためなら何でもするよ」

 ボクの言葉を聞いて、冬子さんは立ち止まった。
 困った顔をして、フッと息を吐いた。

「嫌われる前に別れたかったけど、それじゃ吹雪くんは納得できないよね」

 え?
 嫌うって、ボクが冬子さんを?
 そんなことあるはずないのに。

「ついて来て。本当のわたしを見せてあげる」

 冬子さんはそう言って、再び歩き始めた。
 本当のわたしって、彼女は何を隠していたというんだろう。




 冬子さんがボクを連れて入ったのは、何やら怪しげな装飾の店だった。
 ピンクのライトで店内が照らされていて、風俗店みたいな感じだ。
 店の奥の方から、ビシッ、バシッと、何かを叩くような物音と、男の悲鳴のようなものが聞こえてくる。
 一体ここは何なんだ?
 怖くなって、冬子さんにすがりついた。

「ここで待ってて、すぐ着替えてくるから」

 冬子さんはボクをとある部屋に放り込んだ。
 部屋の中には先客がいて、あり得ない光景が目の前で展開されていた。
 そこにいたのはパンツ一枚の男達と、女王様だった。
 露出の激しい赤のボンテージ衣装に身を包んだ女王様が、ピンヒールで男を踏みつけている。
 ボクは腰を抜かして床に座り込んだ。

「遅かったわね、冬子。その坊やは新しいお客さん?」
「いいえ、見学者よ。免疫のないお子様だから、手を出しちゃダメよ」

 女王様と冬子さんの会話をボクは蒼白になりながら聞いていた。
 ま、まさか、冬子さんは……。

 しばらくして冬子さんが戻って来た。
 予想通りに漆黒の女王様となって。

「さあ、下僕共! わたしの前に跪きなさい! 順番にかわいがってあげるわっ」

 冬子さんがムチで床を叩くと、男達はうっとりとした顔で従った。

「女王様ぁ! 我々はあなた様の奴隷です! メチャメチャにしてくださいぃ!」
「ええいっ、この変態ども! お望み通りにイジメてあげるっ!」

 彼女のムチと罵りの言葉で、男達は次々と昇天していった。
 その様子を眺めて、真紅の女王様が微笑む。

「冬子ってば張り切っちゃって。あなたの前だからかしら? 恋人なの?」

 女王様に問われて、ボクは頷いた。
 冬子さんはボクにこのことを知られたら嫌われるって思ったんだろう。
 でも、男を踏みつけてムチを振るう彼女はちっとも楽しそうじゃなかった。
 泣くのを堪えて、八つ当たりしているみたいだ。

「んああっ! いいっ! 女王様ぁ!」
「冬子様は最高だぁ!」

 ムチと言葉で激しく責められて、男達は陶酔しながら冬子さんを褒め称えた。
 ボクは彼らのその姿を見てメラメラと嫉妬に胸を焦がした。
 そんな目で彼女を見るな。
 ボクの中で何かが弾けた。

「ちょ、ちょっと、坊や?」

 いきなり立ち上がったボクに、真紅の女王様が驚いている。
 女王様の制止も聞かず、ボクは冬子さんに駆け寄った。

「やめて、冬子さん!」

 すがりついたボクを、冬子さんは振り払った。

「やめないわ! これがわたしなのよ! わたしは男をいじめて喜ぶ変態女なのよ! 軽蔑したでしょう!? わかったら帰りなさい! あなたとは二度と会わないから!」

 悲鳴みたいな声で叫ぶ冬子さんを、ボクはしっかりと抱きしめた。

「いじめたいなら、ボクをいじめて! 他の男なんか見ないで! ボクは冬子さんが好きだよ、君のためなら何でもするって本気だよ!」

 負けじと大声で叫んだら、冬子さんはまじまじとボクを見つめた。
 恐る恐る顔を覗き込んできて「本当?」って、頼りなさそうな声で尋ねた。

「うん、本当だよ。ボクは冬子さんにいじめて欲しい」

 冬子さんはぽろぽろ涙をこぼして、ボクをぎゅうと抱きしめ返した。

「お店はやめる。吹雪くん以外の奴隷なんかいらない。どんな男をいじめたって虚しいだけだった。吹雪くんの代わりなんて誰にもできなかったのよ」

 冬子さんの引退宣言を聞いて、男達は泣き喚いた。

「そんな、冬子様!」
「やめないでください!」

 すがりつこうとする男達の前に、真紅の女王様が立ちはだかった。

「お黙り! 未練がましい奴隷ども! わたしじゃ不満だってのかい? 奴隷の分際でご主人様に逆らうなんて、いい度胸じゃないか!」

 ぱぁんと、幾重にも先の分かれたムチが鳴った。

「ひぃいい! お許しを、女王様ぁ!」
「あうっ、うひいいっ」

 彼らはたちまち真紅の女王様の虜となった。
 ムチ打たれて、別の世界に飛んでいってしまっている。
 彼らは女王様であれば誰でもいいようだ。でも、ボクは冬子さん以外の人は嫌だ。
 ボクと彼らは、その点では違うタイプなのだ。

 女王様はボク達を振り返ると、ウインクを寄越してきた。

「お幸せにね」

 真紅の女王様に見送られて、ボク達は部屋を出た。
 冬子さんはその足で店を辞めてくれた。
 店を出たボク達は、近くのラブホテルに入り、SMグッズが置いてある部屋を選んだ。

「本当にいいの?」

 冬子さんは再び黒のボンテージを着て、ボクの前に立った。
 ボクはトランクス一枚の姿で正座していた。

「はい、ボクは冬子様の奴隷となることを誓います」

 冬子様と口にした途端ドキドキした。
 彼女はボクの支配者だ。
 踏まれても蹴られても、それが彼女の愛なら快感に変えられる。

「いじめられたいなんて、吹雪はとんでもない変態ね。そんな変態坊やには、たっぷりお仕置きしてあげなくちゃ」

 冬子さんの手の中でムチがしなった。
 ばしんと床に振り下ろされる。
 あれで叩かれるんだ。
 お尻とかなら、痛くないかな。

「さあ、下僕になった証しに、ここを舐めなさい」

 差し出されたのは、冬子さんの綺麗な長い指だった。
 あれ?
 こういうのって、靴を舐めるんじゃないの?
 ためらっていると、再びムチが床に叩きつけられた。

「早くおし! グズな下僕ね!」
「は、はい、ただいま!」

 慌てて、ぺろぺろ指を舐める。
 舐めるだけじゃなく、口に含んだりしながら、ちらっと冬子さんの顔を盗み見た。
 彼女は蕩けた顔で、ボクを見つめている。
 あわぁ、そんな顔されたら、ボク……。

 下半身に熱が集まってきた。
 ああ、まずい。
 息子よ静まれ。
 気になって、奉仕ができなくなっちゃうよぉ。

「あら、もう勃たせているの? こらえ性のない子ね」

 ふふっと妖しく微笑み、冬子さんはボクを見下ろした。

「もういいわ。次は手を後ろにまわしなさい」

 言われた通りに後ろに手をやると、手錠をはめられてしまった。
 うわ、動けない。
 テントのように張り詰めている股間を隠せなくて、恥ずかしくて泣きそうになった。

「いいわ、その顔よ。ゾクゾクする」

 顎を指で撫でられて、囁かれる。
 冬子さんは嬉しそうだ。
 ここまで喜びを露わにした彼女を、今まで見たことがない。

「坊やのここは正直ね。いじめられて喜んでいる証拠よ。ご主人様に見せてみなさい」

 股間をまさぐられて、勃起した状態の息子が取り出された。
 冬子さんはそれを握って撫でたりしながら、ボクの耳を軽く噛んだ。

「ああんっ」

 女の子みたいな喘ぎ声を上げながら息を荒げた。
 ボクの息子は刺激を受けてさらに大きくなる。
 冬子さんは泣きそうなボクにキスをして、手の中でボクの股間のモノを弄んだ。

「まだ出しちゃだめ。わたしがいいって言うまで我慢しなさい。ご主人様の言うことを聞けない悪い奴隷には、ひどいお仕置きが待っているのよ」

 彼女の手の平の動きは優しく、着実にボクを絶頂へと導いていく。
 も、もう、我慢なんてできないよぉ。

「あ、あっ、冬子様。ボク、イッちゃう。ごめんなさい、許してぇ」
「いいわよ、吹雪。ご主人様が許してあげる。いっぱい出して、命令よ」
「うあっ、わあああっ」

 ボクは冬子さんの手の中で射精した。
 命令なんて言われて、感じてしまったのだ。
 いつものセックスよりも数十倍の快感。
 言葉責めと、軽いお触りだけで達した自分に愕然とした。

 冬子さんは、すぐに手錠を外してくれた。
 もっと痛いことをするんだと思ってたのに、気持ちよかっただけだった。
 最初だから、手加減してくれたのかな。

「やっぱり嫌だった?」

 冬子さんは、暗い顔をして俯いた。
 ボクは首を振って、代わりに疑問を口にした。

「気持ちよかったです。でも、もっと痛いことすると思ってた。奴隷は女王様の靴を舐めて、ムチで叩かれるんでしょう? 冬子さん、あの男の人達にはしてたじゃない」

 冬子さんは顔を上げると、ボクを抱きしめた。

「吹雪くんにそんなことできない。泣き顔は好きだけど、痛い思いや嫌な思いをさせたくないの。あなたとなら普通のセックスも好きよ。だけど、たまにはこうしていじめさせてね」

 泣かせたいけど、傷つけたいわけじゃないという、どこか矛盾しているような不思議なことを言われた。
 わかったことは、ボクは冬子さんに愛されてるんだってこと。
 彼女の奴隷になら、なってもいい。
 この日から、冬子さんはボクだけの女王様になった。




(side 冬子)

 嫌われる覚悟でサディストの性癖を告白したものの、吹雪くんは自分だけをいじめて欲しいなんて言ってくれた。
 かわいいこと言ってくれるじゃない。
 週末の今日も、会社帰りに吹雪くんとデートの約束をしていたわたしは、ウキウキと一日を過ごして退社した。
 待ち合わせ場所に到着すると、彼は先に来て待っていた。

「冬子さん!」

 瞳を輝かせて駆け寄ってくる姿は子犬みたい。
 思わず微笑みが浮かんだ。
 飛びついてきた彼を抱きしめる。

「冬子さん、今夜もかわいがってね」
「わかってるわよ、しょうがない子ね」

 人前にも関わらず、キスを交し合った。
 これだけでは、わたし達が女王様と奴隷の関係だなんて、誰も思わないだろう。

 わたしのかわいい下僕ちゃん。
 今夜もたっぷりいじめてあげる。
 これがわたしの最上級の愛情表現なんだから、しっかりと受け止めてね。


 END


■あとがき。
冬樹サイドを書いていて、お気に入りキャラになってしまった冬樹の両親の話です。
吹雪は初の受け身ヒーローかも。女性が攻め側なのも面白かったです。
変わったラブコメになったかなと思います。

SMについては関連サイトなどをまわってみましたが、実態はよくわからないままでした。
そういうわけで、巷に溢れている女王様のイメージで書きました。
色々誤解しているのかもしれませんが、素人の創作ということでお見逃しを。

INDEX

Copyright (C) 2006 usagi tukimaru All rights reserved

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