欲張りな彼女

知恵の本命チョコ

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 英賀秀は成績優秀、運動神経抜群、眉目秀麗な容姿と、三拍子揃った優等生である。言動は多少乱暴だが、活発で明るく、常に人の輪の中心で騒いでいるような少年だ。
 彼は双子の兄である優と、幼なじみの知恵という少女と、いつも三人で遊んでいた。
 兄弟は少女に想いを寄せていたが、少女は二人を同じぐらい好きだった。

 これは彼らが中学二年の二月に起きた出来事だ。


 

 二月に入ってすぐの休日。
 秀は友人達と街に出かけた。
 冷えた体を温めるために入ったデパートでは、バレンタインセールが行われており、女性客を中心に人々がチョコレートを買い求めていた。

「なあ、あれってうちの学校の女子じゃねぇ?」
 友人の一人が指差した先に、見知った顔の少女達がいた。
 チョコレート売り場の一角に固まり、品定めをしているようだ。
 秀はその一団の中に、幼なじみの才木知恵の姿を見つけた。
 知恵はごく普通の女の子で、目を引くものといえば、同年代の少女より少し大きい胸ぐらいだ。

 チョコレートを選んでいる知恵に、友人らしき少女が話しかけている。
「ねえ、知恵はどれにする。本命なんだから、これぐらいは奮発しないとね」
「うん、そうだね。どれも高いだけあって、おいしそう」
 どうやら彼女達は本命チョコを買うつもりらしい。
 秀は目を凝らして、知恵の腕に掛けられている買い物カゴの中に義理チョコの存在を数点確認した。
 いつもなら、あの内の一つが自分達兄弟に渡される物のはずだ。

 やがて知恵は選んだ本命チョコをカゴに入れた。
 義理の物とは大きさも包装の豪華さも全然違う、紛れもない高級ブランドチョコ。
 本命は一つ。
 もらえるのは一人。
 秀は落ち着かなくなって、友人達に急用ができたと断りを入れ、急いで家に帰った。




「優、大変だ! 知恵が本命チョコを買ったぞ!」
「何だって!?」
 秀の知らせを驚愕の面持ちで聞いたのは、彼の双子の兄、英賀優。
 容姿は秀とそっくりで、能力もコピーのように競り合っている。さらに好きな女の子も同じ。
 彼らの特徴を分けるとすれば、性格ぐらいだろう。
 直情型ですぐに行動を起こす秀とは違い、優は品行方正で真面目、読書を好み、理知的に物事を分析して行動するタイプだ。

 彼らの好きな女の子とは、今の会話で分かる通り、幼なじみの知恵である。
 だが、彼女は鈍く、さりげないアプローチ程度では彼らの恋心に気づく様子はまったくなかった。
 その知恵が本命チョコを買ったのだから、彼らにとっては大事件だ。
 どちらがもらえるのか、兄弟の間に緊張が走った。
「……どっちが選ばれても恨みっこなしだよ」
「おう、約束だぞ。選ばれなかった方は、潔く知恵を諦めるんだ」
 優と秀は互いを見つめ、頷きあった。




 そしてバレンタイン当日。
 優と秀は、朝から校内での知恵の動向を見張っていた。
 彼女が男子生徒と接触をはかるたびに後をつけ、チョコレートの受け渡しではないことを確認しては安堵する。
 兄弟にチョコレートを渡して告白をしようと近づく女子生徒がいなかったわけではないが、鬼気迫る形相で休み時間を尾行に費やする姿を見て、幻滅したり、その気が失せて断念する者がほとんどだった。

 そんな調子で一日が終わり、放課後になった。
「ついに放課後だ。やっぱり、知恵の本命はオレ達のうちのどっちかみたいだな」
「うん、覚悟を決めよう。結果は二つに一つだ」
 重い空気を背負い、二人は昇降口の隅で知恵を待つ。
 しばらくすると、帰り支度を終えた知恵が駆け寄ってきた。
「優ちゃん、秀ちゃん、お待たせ! 帰ろう!」
 知恵の態度はいつも通りで、とてもこれから重大な告白を行うようには見えない。
 兄弟は不安に包まれた。

 帰路は普段とまったく変わらなかった。
 他愛のないことを喋りながら家路を辿り、知恵の自宅前まで帰り着く。
 知恵は通学カバンから、二つの包みを取り出した。
 それは寸分違わず同じもので、秀が見た本命チョコではなかった。
「忘れるところだった。はい、これ、バレンタインのチョコ。今年もよろしくね」
 義理だと言わんばかりの受け渡しの言葉。
「じゃあね、また明日」
 兄弟は呆然として、知恵が家に入っていくのを見送った。
 とぼとぼと重い足を引きづりつつ、優と秀は数軒先の自宅へと向かった。




 夕食後に自室に入った二人は、暗い顔を突き合わせて、別れ際にもらった知恵の義理チョコをもそもそ食べ始めた。
 ハート型の大判チョコは、値段もお手頃な義理用だ。
「も、もしかしてお父さんにあげるチョコだったのかもしれないね」
「そ、そうだな、知恵はまだまだ子供なんだ。恋より親父さんの方がいいんだよ」
 義理チョコを食べつつ、互いに慰めあっていた二人だが、チョコがなくなると重いため息をついた。
 堪えきれずに優が叫ぶ。
「やっぱり気になる、確かめないと今夜は寝られないよ!」
「同感だ! 行くぞ、優!」
 二人は立ち上がり、上着を羽織って外に出た。
 知恵の家を目指し、彼らは脇目も振らずに走って行った。




 知恵の家の呼び鈴を鳴らすと、彼女の母が応対に出てきた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「あ、あの、知恵に言い忘れたことがあって……」
「そうなの。あの子なら部屋にいるから上がってちょうだい」
 優がごまかして、中に入る了解を得る。
 通り過ぎ様にリビングを覗くと、知恵の父が嬉しそうな顔でチョコを眺めていた。
 予想を裏切り、そのチョコも双子のものと同じ義理チョコだった。
 知恵は本命チョコを誰に渡したのだろう?
 優と秀は絶望的な思いで、知恵の部屋のドアを開けた。

「あれ? 優ちゃん、秀ちゃん、何でいるの?」
 部屋の中にいた知恵は、目を丸くして彼らに問いかけた。
 その手には数粒の光り輝くチョコレートが入った箱が握られていた。
 秀が見た本命チョコだ。
「知恵、そのチョコレートは?」
 優が戸惑い気味に、彼女が食べようとしていたチョコを指差す。
「まさか、本命じゃなくて自分用?」
 秀の呟きに、知恵はバツが悪そうに言い訳めいた言葉を返してきた。
「だって、おいしそうだったんだもん。あたしも食べたかったの。友達は本命だって言ってたけど、値段は高いし、一個しか買えなくて、それなら自分でって思って……」
 知恵はチョコに視線を落とし、顔を上げると、気まずそうに二人の顔を窺った。
「二人とも、こっちのチョコが良かったよね。ごめんね、一粒ずつだけどあげる」
 差し出された箱から、一粒ずつ受け取り、三人同時に口へと運ぶ。
 程よい甘さのチョコレートが蕩けるように口の中に広がり、彼らの味覚を満足させた。
「お、おいしい」
「柔らかくて、ちょうどいい甘さだな」
「さすが高級ブランドチョコ」
 すっかり和やかになった空気の中で、もぐもぐ口を動かす。
 絶望から復活した優と秀は笑顔を知恵に向けた。
「来月のホワイトデーには、ボクもこれと同じぐらい良い物用意しておく。一緒に食べようね」
「オレもだ。今から楽しみにしとけよ」
「うん、忘れちゃやだよ」
 知恵も彼らと同じぐらい、屈託のない笑顔で受け答えた。


 END

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