憧れの騎士様

エピソード4・リン編・前編

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 それは、わたしが冒険者になるために、村を出る少し前のことだ。

 わたしの父さんは、若い頃は凄腕の冒険者だった。
 剣の達人で、村の近くに現れた大きな魔物を倒すところも見たことがある。
 父さんは、わたしが生まれたことをきっかけに、両親の跡を継いで農夫になった。現在は畑を耕しながら、護身のために剣を教える教室も開いている。
 わたしはその熱心な生徒だった。
 父さんみたいに剣で身を立ててみたい。
 その夢を叶えるために、木刀を振って剣の腕を磨いた。
 周りの同年代の女の子達が、おしゃれや恋に夢中になっている横で、わたしだけは剣一筋の色気のない青春を過ごしていたのだ。




 体力をつけるために、村近くの森まで走る途中だった。
 通りかかった村の広場では、女の子達が集まって雑談をしていた。
 新しい髪飾りを買ってもらったとか、流行の服のデザインはどんなだとか、そんな話で盛り上がっていた。

「ねえ、ルーサーってさぁ」

 会話の中にルーサーの名前が出て、わたしは思わず立ち止まって聞き耳を立てた。
 建物の影にいるから死角になってて、彼女達からはこちらが見えていない。

「最近、カッコ良くなったよね。背も伸びたし、泣かなくなったし、村の会議に出て、大人に混ざって意見も言えるほど頼もしくなったって、うちの父さんが言ってた。村長の跡取りだもんね」

 この村の村長は基本的に世襲制。
 どうしても跡継ぎがいない時だけ、村内会議で次の人を決める。
 ここ何代かは、ルーサーの家が村長をしていた。
 今はルーサーのお父さんが村長さんだ。
 だから、よほどのことがないかぎり、ルーサーが次の村長になるんだ。

「小さい頃からかわいかったけどさ。はっきり言って、あんないい男に育つなんて思ってなかった。わかってたら、リンみたいに、もっとかわいがってたのになぁ」

 くすくすと笑い合う彼女達。
 わたしの名前まで出てきて、ぎくっと体が強張った。

「で、あの二人ってどうなの? 付き合ってるのかな?」
「ルーサーの片思いって感じだよ。リンは剣の練習ばっかりしているし、いずれ冒険者になるって言ってるから、村を出る気なんじゃない?」
「うわぁ、じゃあ、まだチャンスがあるよね。ルーサーもそのうち気がつくって、女は強い子より、かわいい子がいいって」

 彼女達に気づかれないように、その場を走り去った。
 そんなこと、わたしが一番良くわかってる。
 ルーサーがどうして慕ってくれているのか、わからないほどバカじゃない。
 頼りになる幼なじみだから好かれているんだってことぐらい知っている。

 森に行く気が失せて、家に戻った。
 家の前でルーサーに会った。
 彼はにっこり笑って「寄っていく?」って、自分の家を示した。

 ルーサーの部屋は、いかにも魔法使いの部屋って感じになっていた。
 本や紙がたくさん棚に詰まっている。
 壁には魔方陣を描いたタペストリーが飾ってあり、机の上には調合用のビーカーとか薬瓶が置いてあった。

「はい、ホットミルク」

 湯気の出ているミルクを差し出されて、受け取って口をつけた。

「あのね、ルーサー」

 わたしは話を切り出した。
 冒険者になること、村を出ること。
 今夜にでも、両親と話をする気だってことも。

「もうすぐお別れだから、ちゃんと言っておきたくて。わたしがいなくなっても、しっかりやるんだよ。これからは、泣いても助けてあげられないからね」

 飲み終えたカップを置いて立ち上がった。

「ごちそうさま。旅立ちの日には、見送りに来てね」

 別れはまだ先だと言うのに、寂しさが襲ってきた。
 ぐっと堪えて、笑顔を作る。
 ルーサーが立ち上がり、真剣な顔でわたしを見つめた。

「オレも一緒に行くよ」
「は?」

 彼の予想外の申し出を、わたしは間抜けな顔で聞いていた。




 その後は、わたし抜きで話が進んでいった。
 両親はルーサーが一緒じゃないと、村から出さないと言い張るし、ルーサーの家でも反対されるどころか、社会勉強になる、息子をよろしくとか言われて、住む場所まで世話してもらった。
 旅立ちの日は、村人総出で見送られた。
 女の子達も結婚式は村でやってねと、温かく声援をくれた。
 ルーサーがついていくことが知れ渡り、わたしと彼は公認のカップルになってしまったようだ。

「やっぱり親がいると遠慮しちゃうもんね。存分に新婚生活楽しんできなよ」
「いいなぁ、彼と都会で二人暮らし。わたしもそうしようかなぁ」

 違うのに。
 わたしは冒険者になるために、村を出るのであって、決してルーサーとのラブラブ同棲生活のために村を出るんじゃないのよ。
 反論したかったけど、声は見送りの言葉でかき消されてしまう。
 ルーサーが、ぽんと肩を叩いた。

「本当にしちゃえばいいじゃない」

 耳元で「好きだよ」って囁かれて、ぼんっと顔が赤くなった。

 思えばあれが、彼を男として意識し始めたきっかけだった。
 守らなければいけない弟分は徐々に姿を消していき、代わりに頼りがいのあるパートナーが隣にいる。
 憧れの騎士様と、隣にいる相棒。
 どちらが大切な人か、わたしは気づき始めていた。




 ルーサーは冒険者仲間に相談を持ちかけられたとかで、先ほど出て行った。
 お酒を飲めないわたしは、酒場にはいけない。
 だから、アパートに残ってくつろいでいる。
 以前、酒場がどんなところかルーサーに聞いたら、お酒を飲む店だからリンは楽しめないかもって言われた。それを聞いて、わたしには向かない店だと思い込んでいた。

 ふと、キッチンのテーブルの上にぽつんと置かれた袋に気がついた。

「あ、サイフ。ルーサーのだ、忘れていったな」

 お金の詰まった皮袋は、出かける前にルーサーが用意していたものだ。
 しょうがないなぁ。
 出かけて、いくらも時間が経ってないから、届けてあげよう。

 酒場が建つ歓楽街は柄が悪いと聞いたので、皮鎧と剣を装備する。
 お店の名前は聞いてないな。
 いいや、片っ端から当たっていこう。




 夜の歓楽街は賑やかだ。
 夕食時ということもあって、通りは人で溢れている。
 娼館への呼び込みや、娼婦らしき女性が街角に立っていて、どこかいかがわしい雰囲気も垣間見えた。
 深夜になれば、彼らは本格的に商売を始めるのだろう。

 酒場をまわってルーサーを探す。
 思っていた以上に店の数が多くて、なかなか見つからなかった。

「ルーサーか、知ってるけど、今日は来てないよ」

 これで何軒目だろう。
 マスターの答えに、がっくりと肩を落とす。

「じゃあさ、行きそうなお店知らない?」
「さあね。客の行きつけの店までは把握してないからなぁ」

 頭を掻くマスターは、せっかくだから一杯飲んで行ってくれと酒を勧めてきた。

「ごめんなさい、お酒飲めないんです。だから、いつも留守番で……」

 苦笑して辞退すると、マスターはオレンジの果実を絞ったジュースを出してくれた。

「飲み物ならこんなのもあるよ。料理もうまいし、酒が飲めないお客さんでも大歓迎するよ」
「え……?」

 愛想よく笑うマスターを、わたしは戸惑いの目で見つめた。

「えっと、その……。それってどこのお店でも?」
「もちろんだよ、連れが酒を飲めるなら問題ないね。だって、そうでないと宴会に参加できなくて寂しいじゃないか。食事だけしていく客も珍しくないよ」

 どういうこと?
 お酒が飲めない人は、楽しめないんじゃなかったの?
 だから、誘ってくれなかったんじゃないの?

 しょっちゅう出かけるくせに、わたしを誘わない理由。
 わたしを連れて行きたくなかったってこと?
 どうして?
 初めからだったもの。
 知らない人ばかりだからは、理由としては弱すぎる。

 考え込んだわたしの肩を、誰かが後ろから叩いた。
 振り向いたら、柄の悪そうな男が二人ほど立っていた。
 一人は口の周りを髭だらけにした山賊っぽい風貌で、もう一人はその子分って感じだ。むさ苦しいけど年は若そう、二十代ってところかな。一応訂正しておくと、山賊ではなく冒険者のようだ。

「ネェちゃん、ルーサーを探してるんだって? よせよせ、あいつの周りには、いつもすげえ美人が侍ってんだ。アンタの器量じゃ、行っても視界にも入れてもらえねぇよ」

 男達はそう言って、品のない笑い声を立てた。
 そして山賊風の男が、馴れ馴れしくわたしの肩に腕をまわした。

「あいつは諦めて、オレ達と遊ぼうぜ。よく見りゃあ、いいカラダしてるじゃねぇか。ベッドのお供もしてやるぜ」

 胸元に伸びてきた手を掴んで捻り上げた。
 怒り心頭に発するわたしは、力任せに男を投げ飛ばした。

「うげぇ!」

 背中を打った男が悲鳴を上げた。

「こ、このアマ!」

 もう一人の男が殴りかかってきたのを、素早く避けて、懐に入って腹に肘を打ち込み、飛び離れる。
 父さんからは、剣だけじゃなくて、体術も習ってたんだから。

「お、おい、店の中で暴れないでくれっ」

 マスターが止めに入ってきた。

「オレ様をなめるなぁ!」

 最初に倒した男が、マスターを突き飛ばし、雄叫びをあげて突進してきた。
 腹を押さえていた男も、わたしの背後から飛び掛ってくる。
 挟み込む形で向かってくる彼らを、わたしは足を使ってかわした。
 男達が勢い余って正面衝突して、鼻血を吹いてよろけた所に蹴りを入れ、拳を叩き込み、交互に完膚なきまでにぶちのめした。




「まいりましたぁ!」

 男達は揃って、白旗を揚げた。
 山賊風の男はガッド、その子分はボブと名乗った。
 わたしは降参した彼らに店内の片づけを命じた。
 テーブルや椅子がひっくり返ったが、幸いそれらの大きな物は壊れていない。
 割れた食器などは、当然のごとく彼らに弁償させた。

「それであんた達は、ルーサーの居所を知ってるの?」

 店内が綺麗に片付くと、足を組んで椅子に腰かけ、二人を前に座らせて問いかけた。
 まるで女王が家来に命令しているような構図だった。
 マスターを始め、他の客は遠巻きにこっちを見ている。

 わたしの顔は怒りで引きつっていた。
 これは目の前にいる二人への怒りではない。
 ルーサーへの憤りだ。

 ガッドとボブは頷き、ルーサーを見かけた時の様子を話し始めた。
 彼は女性の冒険者を数人ほど連れて歩いていたらしい。

「今夜はブーンブルドに行くと言っていました。でも、さっきも言いましたが、やめといた方がいいですよ。ルーサーは見ての通り、女に不自由していない色男です。何も無駄に失恋しに行かなくてもいいじゃねえっすか。ここにいる野郎共は、姐さんの勇姿を見てファンになりました。選り取りみどりですよ」

 彼らだけではなく、店内にいた男達が熱い目でわたしを見つめる。
 何だこの異様な雰囲気は。
 ああ、まさしく女王様になった気分だ。
 頭痛がしてきて、こめかみを押さえた。

「あんた達、勘違いしてる。わたしはルーサーの相棒なの。剣士のリンよ。ルーサーの知り合いなら、名前ぐらいは知ってるはずだよね?」

 問いかけると、信じられないことに男達は全員が首を横に振った。
 しかも、相棒は男だと聞いたヤツもいるという。
 賑やかなところが嫌いで、誘ってもこないとか言って、ルーサーは相棒について多くを語らないらしい。

 ぷつんと切れたわたしは、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。

「ガッド! ボブ! わたしをその店に案内しなさい!」

 ひいいいっと、怯えた空気が店内をかけめぐる。
 それだけ恐ろしい顔をしていたんだろう。
 ルーサーのヤツ。
 どういうつもりなのか、問い質さないと気がすまない。
 返答次第によっては、村に追い返してやる!
 わたしは二人を追いたてて、道案内をさせた。




 ブーンブルドは歓楽街で一番大きな酒場だそうだ。
 窓からは煌々と明かりが漏れていて、大勢の笑い声が聞こえてくる。
 足を踏み入れ、店内を見回す。
 椅子は革張りのソファで、ボックス型になっている。
 他の店に比べると、高級感が漂う内装だ。
 流れてきたタバコの煙を手で払い、奥へと進んだ。

 いた。
 奥の方の席でルーサーを見つけた。
 彼の周りにいたのは女性ばかりだった。
 一般客に冒険者、ドレスを着た商売女まで、美女の展覧会のごとくタイプの違う女が集まっていた。
 両隣に腰掛けた女が、彼の肩に手を置いたり、しなだれかかったりと、べったりくっついている。
 ルーサーも彼女達にもたれかかって甘えている。
 酔っているのか、とろんとした目で話に相槌を打っていた。

 わたしはサイフを握り締め、ドンッと足を踏み鳴らした。
 音は大きく響き、店内が静まり返る。
 わたしに注目が集まり、ルーサーもこっちを見た。
 彼の瞳が驚きで大きく開かれていく。
 お化けでも見たみたいな顔だ。
 わたしはこめかみをぴくぴく引きつらせながら、唇を無理やり笑みの形に歪めた。

「忘れ物を届けに来てあげたの。ずいぶん楽しそうじゃない。かわいい子に囲まれて飲めるからって、浮かれてサイフを忘れるなんて、ルーサーは慌てん坊だね」

 先ほどまでのぼうっとした間抜け面はどこにいったのか、ルーサーは覚醒して青い顔をしていた。
 ぱくぱくと口を開け閉めしている。
 言い訳も出てこないんだろう。
 握り締めていたサイフを振り上げる。
 そのままルーサーめがけて、勢い良く投げつけた。
 お金が詰まった皮袋は、ルーサーの胸に当たって膝の上に落ちた。

「今夜は存分に楽しんでおきなさい。心残りがないようにね」

 冷たく言い放ち、背中を向けた。
 外へ出ても、ルーサーは追いかけてこなかった。
 弁解する気もないんだ。
 わたし達の共同生活も今日で終わりだ。
 ルーサーは明日にでも村に帰そう。
 駄々を捏ねても、蹴りだしてやる。

「あ、あのう、リンの姐さん」

 ガッドがおどおどと声をかけてきた。
 機嫌の悪いわたしは、彼をジロリと睨んだ。
 これって単なる八つ当たりだ。最低だな。

「ブーンブルドはヤバイって評判の店でしてね。オーナーのグラディスって女が大の美形好きで、好みの男を掻っ攫って自分のモノにした後、飽きたら売り飛ばすって噂があるんです」
「ルーサーがあの店に行ったのは、今日が初めてなんです。それにいつもは女が寄ってきても適当にあしらって、オレ達とばかり飲んでいて、遅くなる前には必ず帰っていくんです。今夜のアレはちょっと様子がおかしいと思うんですよ」

 ガッドとボブは、ルーサーの弁護を始めた。
 彼らがルーサーを庇ってもメリットはない。
 だとすると、本当なんだろうか。

 胸騒ぎがして、店に戻った。
 奥の席には、ルーサーの姿がなかった。
 あれからちょっとしか経っていない。
 店から出てきた様子もなかった。
 わたしはテーブルの後片付けをしていた店の女に近寄った。

「ルーサーはどこ?」

 わたしの問いに、女は嘲るような笑みを浮かべた。

「さあ、存じません」

 とぼける女の胸倉を掴み、握った拳を顔の前に突き出した。

「言わないと、その綺麗な顔をぐちゃぐちゃにして、商売できなくしてあげる」

 本気を滲ませたわたしの脅しに女は顔色を変えた。

「た、助けて! 誰か、この女をつまみだして!」

 女の叫び声を聞きつけ、用心棒らしき厳つい男達が出てきた。
 わたしは女を突き飛ばし、向かってくる男達に備えて構えをとった。

 ――数分後。
 見掛け倒しだった男達を床に転がして、わたしは店の責任者だという小太りの男を尋問していた。
 用心棒を全て一撃で倒したわたしに恐れをなしたのか、小心者の男はすぐに口を割った。

「か、彼はオーナーの屋敷へ連れて行かれました。薬を盛って動けなくして、裏口から馬車で運んだんです」

 そうか、さっきは弁解もできないほどフラフラだったんだ。
 見抜けなかったなんて迂闊だ。
 ルーサーは助けを求めていたのかもしれない。
 グラディスとかいったな。
 わたしの大事な弟分を誘拐するなんて許さない。
 待っててね、ルーサー。
 すぐに助けに行くからね。




 店から出ると、そこにはガッドとボブを始めとした、冒険者の男達が十数人ほど集っていた。
 彼らは口々にわたしを姐さんと呼び、跪いた。
 外野からは「何あれ」と好奇心に満ちた声が飛んできた。
 ちゅ、注目されている。
 まるでどこかの教団の教祖になった気分だ。
 恥ずかし過ぎるぅ。

「姐さん、ルーサーを助けに行くんでしょう? オレ達もついて行きますぜ!」
「リンさんのためなら、幾らでも力を貸すぞ!」

 盛り上がって団結している彼らを、あぜんと見回す。
 助けてくれるの?
 味方になってくれる人がこんなにいるなんて、頼もしい。

「あ、ありがとう、みんな」

 嬉しくて笑いかけたら、さらに彼らは声を上げた。
 気のせいか、みんな顔が赤くなっている。
 血気に早って興奮してるのかな。
 よし、気合も十分、乗り込むぞ!

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