束縛

再会・6(side 和泉)

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 秋斗くんの家にお世話になって、約二ヶ月が過ぎた。
 新しい職場にも少し慣れてきた。
 もう十一月の終わりだ。
 寒さも厳しくなってきて、クリスマスの気配があちこちでしていた。

 今日は休日で、わたしは庭で洗濯物を干している。
 通いのお手伝いさんがお休みだから、洗濯はわたしに任せてくださいと紅葉さんにお願いしたからだ。
 二十数人分の洗濯物は、大きなカゴに五杯もあった。
 広い裏庭に備え付けられている物干し竿に、順番に干していく。
 冷たくなってきた手に息を吹きかけ、カゴの数を減らしていった。
 実は下宿といっても、家賃は受け取ってもらえていない。
 秋彦さんは稼いだお金は今後のために貯めておきなさいと、僅かのお金でも受けとってくれない。
 それでは心苦しいからと、お手伝いさんがお休みの日には家事をなるべく手伝うようにしていた。
 炊事を手伝った時は、紅葉さんが喜んでくれた。
 娘と料理をしているみたいだと言って。

 この家は温かい。
 両親を亡くしてから、初めて心から安らげた。
 みんな優しくて、秋斗くんも愛してくれる。
 こんなに幸せすぎていいのかな。
 多分、終わりは必ずくる。
 幸せが永遠に続かないことも、わかっているつもりだ。
 その日が来るまで、つかの間の幸せに浸っていたいと、好意に甘えさせてもらっている。

 最後の洗濯物を干し終えて、勝手口に向かう。
 そこには嵐くんがいて、いつものようにわたしを睨んでいた。

「あんた、いつまでここにいるの?」

 彼は時々だが、わたしに対してあからさまに邪魔だと言ってくる。
 もちろん誰もいない時にだ。
 秋斗くんは何か言われたら、すぐ自分に言えと言ってくれたけど、告げ口みたいで嫌だから何も言ってなかった。

「秋斗さんが本気なわけないだろ。あの人には忘れられない人がいる。どんな女も、その人の代わりなんだよ」

 高校時代の初恋の人のことだ。
 でも、秋斗くんは思い出だって言ってた。
 わたしがそう反論したら、鼻で笑われた。

「あんたがかわいそうだから、そう言っただけだよ。思い出なら、いつまでも写真なんか飾っておかない。あんた恋人に捨てられたんだって? おまけに会社は倒産でアパートは立ち退き。これだけ不幸続きの女を見れば、優しい秋斗さんのことだ、同情して夢を見せてやろうって気になったんだろ。どっちにしても好きな人は手に入らないんだから、抱く女は誰でもいい。あんたはたまたま選ばれただけなんだ」

 嵐くんの言うことを、わたしは否定できなかった。
 秋斗くんはわたしの欲しい言葉をくれて、優しく包みこんでくれる。
 好きな人とは永遠に結ばれることがないから、わたしに幸せを与えようとしてくれているんだろうか。
 嵐くんの言葉が、不安を確信に変えていく。
 やっぱり、わたしなんかが愛されるはずなかったんだ。
 わたしは秋斗くんに何もしてあげられない。
 もらった分だけ返したいのに、わたしの愛では彼に幸せを与えてあげられない。

「わたしと一緒にいても、秋斗くんは幸せにはなれない。そうなのね……」
「そうだよ。あんただってそんなの嫌だろ? だから出て行け」

 嵐くんはそう言って立ち去った。
 わたしは洗濯カゴを片付けながら、今後のことを考えた。
 出て行くなら、部屋を探さないと。
 仕事は順調だし、何とかなるか。
 不動産屋に行ってみよう。




 秋斗くんは出かけていて、今日はいない。
 秋彦さんのお供をして、傘下の企業が建てたオープン間近のレジャー施設の視察に出向いていて、帰宅は夕方だと聞いている。
 顔を合わせづらかったから、ちょうど良かった。

「和泉さん、出かけるの?」

 着替えて玄関に向かったら、紅葉さんに声をかけられた。

「はい、ちょっと駅前まで」
「この辺りに変質者が出ているらしいの。気をつけて行ってくるのよ。遅くなったら電話なさい、誰かに迎えに行ってもらうから」

 紅葉さんは回覧でまわってきた注意を促すチラシを見せてくれた。
 怖いな。
 いざとなったら、わたしは声を上げられるだろうか。




 駅前の不動産屋に行って、物件の資料を見せてもらった。
 とりあえず、今日は相場を調べておこう。
 不動産屋を出て、駅前を歩いていたら、どこか見覚えのある女の人を見かけた。
 どこで見たっけ?
 芸能人……ではないよね。
 セミロングの地味めの女性だ。
 わたしと年はさほど変わらない。
 知り合いでもなくって……。
 ハッと思い当たる。
 あの人は、写真の人だ。
 秋斗くんの初恋の人!
 わたしは我を忘れて駆け寄った。

「あの……っ!」

 振り向いた彼女に、わたしは声をかけていた。




 呼び止めて、秋斗くんの知り合いだと言って名乗ったわたしを、彼女――桜沢春香さんは、近くの喫茶店に入ろうと誘ってくれた。
 注文したコーヒーが二つ、テーブルの上で湯気を立てている。
 わたしは彼女の左手をみつめた。
 銀色のリングが薬指にはまっていた。
 婚約指輪だ。
 彼女は来年結婚するって秋斗くんが言ってたことを思い出した。

「水澤和泉さんですね。話は聞いてますよ、秋斗先輩の彼女さんでしょ?」

 にこにこ笑いながら、春香さんは言った。
 わたしは答えられずに俯いた。
 秋斗くんの好きな人は、彼の気持ちを知らない。
 だから笑っていられるんだ。
 やっぱり我慢できない。
 婚約者がいる彼女に、今さらこんなことを言っても迷惑でしかなくて、秋斗くんにしても余計なお世話なのかもしれない。
 それでも彼のために、わたしができることをしたい。

「春香さん、秋斗くんはあなたのことが好きなんです。忘れられないから、そのためにわたしと……」

 わたしは夢中で春香さんに訴えていた。
 秋斗くんが初恋を忘れていないこと。
 わたしでは彼を幸せにできないこと。
 できることなら、秋斗くんを選んで欲しいと、思いつくまま話し続けた。

「秋斗くんはわたしを救ってくれました。だから、わたしも彼を幸せにしてあげたい。でも、わたしには何もできない。あなたじゃないとだめなんです……」

 興奮で涙をこぼすわたしに、春香さんはバッグから洗い立てのハンカチを取り出して差し出してくれた。

「それは違います。先輩は好きでもない人に告白なんかしません。和泉さんのことを愛していると言ったのなら、それは先輩の本心です」

 春香さんは、話し始めた。
 高校の時のこと。
 秋斗くんが教えてくれた話とほとんど同じだったけど、春香さんの秋斗くんへの想いが切なく伝わってきた。

「秋斗先輩との恋は二人で思い出にしました。だから先輩は和泉さんに恋をした。和泉さんはもっと自信を持っていいと思います。先輩は笑顔に惚れたって言いませんでしたか? あなたが幸せな気持ちで心から笑えるなら、彼も幸せになれるんです」

 春香さんの言葉に勇気づけられた。
 わたしが笑えば秋斗くんが幸せになれる。
 秋斗くんが言ってくれたことが本当なら、わたしは幾らでも笑える。
 彼が愛してくれるなら、わたしはいつだって幸せなんだから。

「ありがとう、春香さん。わたし間違ってました。秋斗くんのこと、もっと信じれば良かった」
「秋斗先輩は、和泉さんのこと愛してますよ。証拠も見せましょうか?」

 春香さんは携帯電話を差し出した。
 表示されたメールは秋斗くんが送ったメールだった。
 今日は和泉とどれだけ一緒にいられたとか、休日にデートしたとか、報告を兼ねた日記みたいな内容だ。
 初めてお弁当を作ってあげた日のなんか、お弁当の画像付きで送ってるぅ。
 春香さんの携帯には、顔を覆いたくなるほどの惚気メールがたくさん入っていた。

「も、もういいです。よくわかりました……」

 恥ずかしさで俯き、縮こまる。
 秋斗くんてば、何てメールを人様に送ってるの。
 春香さんはくすくす笑って、携帯をカバンに入れた。

「今度、ダブルデートしましょうね。秋斗先輩の夢だったんですって」

 喫茶店の前で春香さんと別れて、どっと疲れが出た。
 わたし、何をやってるんだろう。
 秋斗くんのところに帰ろう。
 嵐くんとも、ちゃんと話そう。話せばきっとわかってくれる。
 わたしは秋斗くんを愛している。
 彼がわたしを必要だと言ってくれるなら、いつまでも傍にいたいって。




 家の近くまで帰ってきた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。
 どうしよう、電話しようかな。
 公園の前で携帯を出そうとバッグを開けて中を探った。
 んんっと、なかなか見つからない。
 あ、あった。

 携帯を取り出して番号を呼び出していたら、意識が飛んだ。
 後ろから殴られたことを理解したのは、地面の上に転がってからだった。
 すごい力で公園の茂みの中に引きずり込まれる。
 帽子にマスク、サングラスで顔を隠した男だ。
 出がけに見せてもらったチラシのことが脳裏をよぎった。
 この男がそうなんだ。
 抵抗しながら、とっさに握り締めていた携帯の通話ボタンを押した。
 表示されていたのは秋斗くんの番号だ。
 呼び出し音に気づいた男が、携帯を奪おうとしてきて、頬を平手で殴られた。
 手から、携帯が落ちる。

「秋斗くん、助けて!」

 落ちた携帯に向かって、声を張り上げた。
 男はさらにわたしを殴り、服を引き裂いた。
 男の手から逃げようと暴れて、声を上げて叫び続けた。

「助けて、誰か来て!」

 一瞬が長く感じられた。
 わたしの悲鳴に混じって、近くで別の声が聞こえた。

「何やってんだ、てめぇ!」

 聞き覚えのある若い男の子の声だった。
 走ってくる足音がして、わたしに圧し掛かっていた男の重みが消えた。
 駆けつけてくれた人が、男を殴り飛ばしたんだ。
 わたしに向き直ったその人を見て、びっくりした。
 だって、一番来てくれなさそうな人だったからだ。
 わたしを助けてくれたのは、嵐くんだった。

「和泉さん、大丈夫!? ケガは……って、顔腫れてる!?」

 慌てている彼を呆然と見つめる。
 和泉さんて……。
 いつもあんたとしか言わなくて、疎ましがって家から追い出そうとしていた嵐くんが、わたしの心配をしている?
 その彼の後ろで、男が立ち上がり、何か取り出したのが見えた。
 夕闇の中で光ったそれは、バタフライナイフだ。

「危ない!」

 とっさに嵐くんに抱きついて、迫ってくる男から彼を隠した。
 男が突き出したナイフの刃が、左腕をかすめる。
 焼けるような痛みが腕からして、切れたコートの辺りから血が滲み始めた。

「和泉さん!」

 嵐くんが叫んだけど、答える余裕がなかった。
 この手を離したら、彼が刺される。
 とにかく嵐くんを守らなくちゃって思った。
 逃げてって声が聞こえても、手を離さなかった。
 嵐くんは、秋斗くんの大事な家族なんだ。
 わたしは秋斗くんの笑顔を守りたい。
 彼の大事な人は、わたしにとっても大事な人だ。絶対に傷つけさせたりしない。

「和泉!」

 秋斗くんがわたしを呼ぶ声が聞こえた。
 彼が来てくれた。
 危機は去っていないのに、安心した。
 根拠もなく、秋斗くんなら助けてくれると信じていたからだ。

 間を置かずに、男の悲鳴が上がった。
 後ろを見たら、秋斗くんが倒れた男の上に乗って、ナイフを持った腕を足で踏んで抑えていた。
 その向こうから、たくさんの人が駆けつけてくるのが見えた。

「こっちだ!」
「和泉さん! 若! ご無事ですか!」

 お巡りさんに、秋斗くんの家のおじさん達、近所の人がやってくる。
 瞬く間に上着を脱がされて、切られた方の腕を止血された。
 気がついたら秋斗くんもこっちに来てくれて、わたしを抱き上げ、公園の入り口まで来ていた秋彦さん所有の黒のベンツの後部座席まで運んでくれた。
 公園はパトカーのライトで真昼みたいに明るくなっていた。
 人々の喧騒が、現場から離れていく車の中にいても聞こえてくる。
 秋斗くんはわたしの体を引き寄せて、抱いててくれた。

「すぐ病院につく。もう大丈夫だからな」

 体が震えていたことに気がついた。
 麻痺していた感覚が戻ってきたんだ。
 腕もだけど、体のあちこちが痛い。

 わたしは近くの総合病院に連れて行かれて治療してもらった。
 腫れた顔には湿布、腕の傷はそれほど深くなくて、応急処置も良かったのか、出血も大したことなくて済んだ。少し縫われたけど、痕も目立たないだろうって言われた。
 治療が終わる頃に紅葉さんが着替えを持ってきてくれて、破かれてボロボロになっていた服を着替えた。
 紅葉さんに付き添われて診察室を出たら、秋斗くんと嵐くんが待っていた。
 嵐くんはわたしを見るなり駆け寄ってきた。

「和泉さん、ごめんなさい!」

 泣きそうな顔で彼は深く頭を下げた。
 よくわからなかったけど、さっきのことかと思って微笑みを浮かべた。

「嵐くんが謝ることじゃないよ。助けにきてくれて嬉しかった。ありがとう」

 そう言ったら、嵐くんは「違う」と叫んだ。

「オレ、和泉さんに嘘ついた。ひどいこと言った。オレが出て行くから、和泉さんは出て行かないで!」

 嵐くんはかなり取り乱していた。
 目の前でわたしが切りつけられたことも、混乱に拍車をかけているみたい。
 わたしは彼を抱きしめた。
 身長は嵐くんの方が、少しだけ高かった。

「落ち着いて。わたしは出て行かない、嵐くんも出て行かなくていい。家に帰ってから、ゆっくり話そう」

 ぽんぽんと背中を叩いて撫でてあげる。
 嵐くんは泣いていた。
 小さな子供みたいだった。
 紅葉さんが彼の手を引いて、車で待っているからと先に行ってしまった。
 二人っきりになった途端、秋斗くんがわたしを抱きしめた。

「電話に出たら、和泉が助けを呼ぶ声が聞こえて……、間に合わなかったらどうしようかと思った」

 秋斗くんと嵐くんは、わたしを迎えに行こうと、ちょうど公園の近くを歩いていたそうだ。
 電話を受けると同時に、公園の中からわたしが助けを求める声が聞こえて嵐くんが先に走り出し、秋斗くんは携帯で家に応援を頼んで駆けつけてくれたんだ。
 変質者を警戒して、お巡りさんが付近をパトロールしていたことも幸いした。
 
「来てくれて、ありがとう。こうして秋斗くんに抱きしめてもらえているから、怖くて痛かったけど、もう大丈夫」

 秋斗くんの背中に腕をまわした。
 腫れてひどい顔になってるだろうに、秋斗くんは優しくキスをしてくれた。

「家に帰ろう。嵐もいっぱい謝りたいって言ってる。あいつの気持ちも聞いてやってくれるよね」
「うん」

 秋斗くんに手を引かれて病院を出た。
 車はまっすぐ家を目指す。
 出かけている間に何があったのかはわからないけど、嵐くんはわたしを認めてくれた。
 なぜか、これからは何もかもうまくいくような気がしてきた。




 家に帰ると秋彦さんもおじさん達も、心配顔で出迎えてくれた。
 みんなに労わりの言葉をかけてもらって、嬉しすぎて泣きそうになった。
 ここはわたしの家なんだ。
 改めて彼らの温かい愛情に包まれていることを知らされて、幸せを噛みしめた。

 落ち着いてから、秋斗くんの部屋で嵐くんの話を聞いた。
 嵐くんは実の兄のように慕っていた秋斗くんに、いきなり恋人が現れたことで戸惑ったのだそうだ。
 おまけに秋斗くんはわたしにばかり夢中になって、家の人も誰もがわたしを優先して大事にしてくれたから、嵐くんは自分の居場所を取られたと思い込んだんだ。
 だから家から追い出そうとして、秋斗くんが初恋を忘れていないって嘘をついた。
 嘘をついた罪悪感から挙動不審になり、秋斗くんにバレてしまい、わたしが天涯孤独で帰る家がないことを聞かされた。
 わたしが自分と似たような境遇だったことを知って、嵐くんは出て行けって言ったことを後悔した。
 心配だから迎えに行こうって言ったのは嵐くんだった。
 わたしは彼を許した。
 これからは仲良くしようって言ったら、嵐くんは笑顔を見せてくれた。
 家族になった記念に彼と握手をした。照れくさくて、お互い苦笑する。
 秋斗くんに、春香さんに会って話したことも言った。
 それから、秋斗くんにわたしの本心を全て告白しようと決めた。




 わたしは部屋に戻って、巾着を持ってきた。
 その間に嵐くんはお邪魔だからと気を利かせて部屋を出て行ったみたい。
 部屋のベッドに腰掛けていた秋斗くんの隣に座って、わたしは巾着からクマを取り出して見せた。

「これ、覚えてる?」
「もちろん、忘れるわけない。去年のクリスマスにオレがあげたヤツだ。持っててくれたんだ」

 秋斗くんは嬉しそうにクマの鼻をつついた。
 わたしはクマを胸に抱いて、彼を見つめた。

「峰生と静流に裏切られたと知った時、死のうと思った。家中の刃物を見て、自殺の方法をたくさん考えた」

 わたしの告白を聞いて、秋斗くんは険しい顔になった。
 深呼吸をして、話し続ける。
 話したいのはここからだ。
 わたしの秋斗くんへの気持ち。

「でも、このクマを見て、秋斗くんと去年のクリスマスのことを思い出した。クリスマスまで頑張ろう。生きていれば良いこともあるはずだって、思いとどまった。仕事や住む場所を探して、アパートを立ち退く日になっても諦めなかった。そしたら、秋斗くんにまた会えた」

 奇跡が起きた夜だった。
 初めて結ばれた時、わたしは秋斗くんを愛していなかった。
 差し伸べられた手に救いを求めてすがりついただけだった。
 でも、今は違う。
 愛しているって胸を張って言える。
 秋斗くんのためなら、何でもできる。
 彼の笑顔が見たいと心から思っている自分がいる。

「わたしが生きているのは、秋斗くんのおかげだよ。たくさん愛をもらって、希望を持つことができた。秋斗くんはわたしの笑顔が見られれば幸せだって言った。それはわたしも同じ、わたしも秋斗くんに笑って欲しい。二人で幸せを与え合えるのなら、いつまでも一緒にいたい」

 秋斗くんは微笑んでいた。
 引き寄せられて、わたしの体が彼の腕の中に収まる。

「和泉がオレを愛して笑ってくれるなら、これ以上の喜びはない。オレの気持ちも同じだ。これからも、一緒に生きていこう」

 秋斗くんの返事に、涙を流して頷いた。
 幸福が心を満たす。
 わたしはもう一人じゃない。
 この涙は悲しみではなく、喜びの涙だった。

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