償い
第4話おまけ -渡の独り言-
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鷹雄はオレの雇い主であり、長い付き合いの友人でもある。
それなりに性格も把握しているつもりだったが、色恋沙汰に関しては、ヤツの行動は理解に苦しむ。
こんなことを続けても、無意味だってことがわからないのかね。
雛ちゃんを見てれば、誰のことが好きかってぐらいわかりそうなものなのに。
合コンの一件が片付いた翌日、大学に雛ちゃんを送った後、監視を部下に任せて、鷹雄の所に報告を兼ねて打ち合わせに行った。
今日は社長が不在のため、鷹雄が代理で本社の社長室に入って仕事をしていると聞いていた。
重厚な社長室の扉をノックする。
こちらが名乗ると、中から「入れ」と声が聞こえた。
いつもながら、無駄に偉そうだ。
オレが入室すると、鷹雄は書類をさばく手を休め、報告をと事務的な口調で促した。
秘書がいるからってカッコつけてやがる。
雛ちゃんのことが気になって仕方ないくせにさ。
「送迎は何事もなく無事完了、今は部下がついている。昨夜はお楽しみだったようだな、機嫌いいじゃん。雛ちゃんはお疲れだったぜ。あんまりいじめていると、大好きなお兄ちゃんでも、いい加減嫌われるぞ」
鷹雄はぴくりと顔の筋肉を引きつらせた。
おお、反応がいいな。
鷹雄自身も気にしていることを的確につついたせいか、かなり効いたようだ。
「渡、てめぇ……」
不機嫌オーラ全開の鷹雄に怯えて、給湯室に行くと言って秘書が消えた。
この程度で怯んでいては、鷹雄とは付き合えない。
オレは平然とヤツの睨みを受け流し、これまでの監視の結果をまとめた報告書と今後の警備の計画書を差し出した。
鷹雄はそれらの書類を受け取って確認すると、問題ないと計画書に承認の判を押した。
戻された計画書のコピーを渡して本物は回収する。
仕事の用件はあっけなく終わった。
これで帰ってもいいのだが、お節介なオレは、ついでに一言残していくことにした。
「嫌われたくないなら、もっと優しくしてあげれば? 両親を人質に取られているんだから、彼女は逃げないよ。優しいお兄ちゃんに戻った方が得だと思うがな」
「オレはあいつの兄貴に戻る気はねぇ。余計な口出しはするな、クビにするぞ」
鷹雄は苛立ちをあらわにして吐き捨てた。
まったく、人の忠告は素直に聞いとけよ。
こんなヤツでも見捨てられないんだから、オレってお人よしだよなぁ。
「クビにしてもいいけど、そうなったらお前も道連れだ。社長に全部バラすぞ。あの人は正義感が強いからな、雛ちゃんを脅してモノにしたことがバレたら、ぶん殴られて、彼女とは引き離されるだろうな」
義父の名を出されては反論できなくなったのか、鷹雄は押し黙った。
鷲見夫妻は、鷹雄と雛ちゃんの同居を仲良し兄妹の延長、もしくは恋人関係にあると思って反対しなかったのだ。
人質を盾に体の関係を強要しているなんてバレた日には、社長の雷が落ちそうだ。
普段は温厚なだけに怒ると怖いんだよな、あの人……。
目を伏せてため息をつき、オレは鷹雄に視線を戻した。
「友人としての忠告だよ。お前がそう言うなら、これ以上は立ち入らない。こっちは与えられた仕事をこなすだけだ、雛ちゃんは全力で守る。だが、お前が泣かす分は知らないからな」
鷹雄が拘る『兄』という存在が、すれ違いの最大の原因だ。
雛ちゃんが抱かれてまでも鷹雄を慕う理由が、オレは何となくわかっている。
それはこいつが兄だからじゃないんだ。
ただの兄貴なら、とっくの昔に愛想を尽かしているはずだ。
その違いに、鷹雄が気づく日がくるのか、心配になってくる。
まあ、もうしばらくは静観するか。
どうしようもなくなったら、手を貸してやろう。
オレも雛ちゃんが気に入ってるし、鷹雄も一応ダチだしな。
ああ、オレって本当にいい人だ。
自己完結したところで、扉に向かう。
おっと、忘れるところだった。
一つ面白いネタがあったんだ。
オレは鷹雄を振り返り、笑みを浮かべた。
「昨夜、雛ちゃんさ。オレらに囲まれた時、「お兄ちゃん、助けて」って言ったんだ。良かったな、まだ頼りにされてるぜ、お兄ちゃん」
鷹雄は呆けた顔で、オレを見ていた。
驚いているのが手に取るようにわかる。
素早く外に出て扉を閉めた。
この後のヤツの表情の変化を想像して、笑いを堪える。
さて、お仕事しましょうか。
素直じゃないオレ様野郎より、かわいいお姫様の方が守り甲斐もあるってものだよな。
END
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