償い
第5話おまけ -渡の独り言-
BACK INDEX
雛ちゃんの看病のおかげで一晩ぐっすり眠れたからか、体温は平熱に戻り、体も軽くなっていた。
寝起きで部屋に戻るのも面倒だったので、シャワーを借りて汗を流し、ちゃっかり朝食もご一緒させてもらった。
鷹雄が用意したという朝食を三人で食べている。
今朝は洋食で、パンと牛乳がメイン。ハムの乗った海草サラダとゆで卵がおかずだ。
オレはインスタントが多いから見習わないとな。
「鳶坂さん、大丈夫ですか? もう少し寝てた方がいいんじゃないですか?」
雛ちゃんは心配そうに、あれこれ世話を焼いてくれている。
鷹雄にはもったいないぐらいの良い子だよなぁ。
本気で狙っちゃおうかな。
いやいや、そんなことしたら、命が幾つあっても足りないぞ。
その証拠に、昨日は無実の罪で危うく血を見るところだったのだ。
あーあ、もう、何でそういう誤解をしたのかね?
恐らくはオレの呼吸が荒かったのと、雛ちゃんとの会話が変な風に重なって最中であると想像したんだろうが、少し考えたら違うってわかるだろ?
オレは自分のセックスを他人に見せるほどオープンでもないし、ご主人様の目を掠めてお姫様をつまみ食いするなら、バレないようにうまくやる。
雛ちゃんが絡むと冷静な判断ができないほど、嫉妬にとち狂うのだ、この男は。
今も、刺し殺しそうなほど警戒した目で、オレの動向を窺っている。
はいはい、わかりましたって。
臣下は忠実に護衛に徹します。
大事なお姫様には手を出しませんよ。
思い返してみれば、ずっと昔にも雛ちゃんと親しい少年を眼力で脅して追っ払っていたな。
小学生相手になんて大人気ないヤツだと思ったが、それは今も変わらないようだ。
あれは確か、雛ちゃんが小学生、オレ達が高校生の時のことだ。
父親と大喧嘩をして家出をした鷹雄は、母親に引き取られて鷲見家に養子に入った。
どういった心境の変化か、それを機に鷹雄は不良をやめて、今までの分を取り返すべく猛勉強を始めた。
高校は近辺でも有名な私立の進学校を受験して、合格ラインすれすれの点数で合格した。素行を改めたことも考慮されたのか、内申書や面接で落とされることもなかったようだ。
オレは公立に進み、鷹雄とは違う進路を選んだが、交流は続いていた。
下校中、久しぶりに鷹雄と会った。
きちんと制服を着て、待ち時間ができると参考書や単語帳を広げる優等生の姿に、かつての不良を重ねるヤツはいないだろう。
ガリ勉はポーズではなく本腰を入れている証拠に、成績も入学後の一年の間に下位から一気にトップクラスまで上り詰めて、中学時代とは別の意味で周囲の注目を集めているらしい。
オレ達は近況を話しながら、連れ立って歩いた。
何気なく前を見たオレは、見覚えのある後姿を見つけた。鷹雄もオレの視線を追いかけて気がついたようだ。
「あの子、雛ちゃんじゃないか?」
前方に赤と黒のランドセルが見えている。
赤い方は鷹雄の妹だった。
血が繋がっていないから、正確には元義理の妹。
しかも鷹雄は妹とは認めず、自分の女だと主張している。
こいつの本命の正体が彼女だと知った時の衝撃は一生忘れられない。
大人になったら何でもない年の差だが、高校生が小学生に惚れてるなんて、ちょっと危ないだろ。
雛ちゃんは同級生らしき少年と歩いていた。
時々見える横顔が、とても楽しそうだ。
「男の子と仲良く下校中か。小学生同士で微笑ましいなぁ。おい、お兄ちゃんとしての心境はどうよ?」
からかって肘で鷹雄をつついてみたのだが、反応がない。
ヤツはじっと彼らを見ていたかと思うと早足で歩き始めた。
「おい、鷹雄」
止めようとしたオレの声は届かなかった。
鷹雄はすでに二人に追いついていた。
「雛」
「あ、お兄ちゃん」
振り向いた雛ちゃんの顔がぱっと輝く。
「お前ら、方向一緒なの?」
「ううん、本当はここでお別れなんだけど、今日は学校で変な人が通学路に出るって注意されて、危ないから送ってあげるって言ってくれたの」
雛ちゃんが説明している隣で、少年は泣きそうな顔で鷹雄を見ていた。
敵意を含んだ視線を感じて怖がってるんだろうなぁ、かわいそうに。
雛ちゃんは、お兄ちゃんが友達を目で脅していることに気づいていない。
「変なヤツが出たら、男でも危ないだろ。雛はオレが送ってやるから、そこのお前も寄り道しないで帰った方がいい」
「そうだよね。わたしはお兄ちゃんと帰るから、気をつけて帰ってね」
「う、うん。バイバイ、小鳥さん」
悲しそうに少年が去っていく。
雛ちゃんは笑顔で手を振っていた。
鈍いよ、雛ちゃん。
オレは少年に心から同情した。
鷹雄は満足した顔で少年の姿が消えるまで見送り、雛ちゃんの方を向いた。
「雛、ちょっとだけオレの所に寄って帰らないか? 途中のケーキ屋で好きなケーキ買ってやるぞ。帰りもオレが送ってやるからいいだろ」
「うん、行く。じゃあ、お母さんに電話しなくちゃ」
雛ちゃんは近くの電話ボックスに駆け寄った。
鷹雄が十円玉を渡して通話させている。
許可が出たようで、雛ちゃんは嬉しそうにボックスから出てきた。
それから二人は手を繋いで去っていった。
鷹雄のヤツは、雛ちゃんを確保することで頭が一杯になり、オレの存在を忘れているようだ。
別にいいけどね。
あれから十年ほど経ったが、この二人は変わっていなかった。
恋敵候補を片っ端から消し去る鷹雄と、鈍くて独占されていることに気づいていない雛ちゃん。
もうさ、周囲の平穏のために、さっさとくっついてくれないかな。
いちいち誤解で命の危険にさらされるなんて、冗談じゃないぞ。
END
BACK INDEX
Copyright (C) 2006 usagi tukimaru All rights reserved