償い

第8話おまけ -渡の独り言-

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 社長は鷹雄の婚約話に懐疑を抱いているとオレに話した。
 鷹雄の雛ちゃんへの溺愛ぶりを長年近くで見てきた者からすれば、当然の反応ではある。
 社長夫妻は鷹雄が雛ちゃんに過去の経緯を話したことを、兄妹関係から抜け出して、さらに踏み込んだ仲になるためのものだと考えていた。
 まだ打ち明けてはいないが、二人に体の関係があることを知っても大して驚かないだろう。
 だから、鷹雄が見合い相手を気に入って婚約したいと言い出したことこそが、青天の霹靂であったのだ。

「鷹雄が望んでいるなら許すつもりだが、確かめておきたいんだ。ほら、昔のこともあるし、また何か行き違いでもあったんじゃないかと気になってね」

 社長が言う『昔のこと』とは、鷹雄の中学時代のことだ。
 オレも詳しくは知らないが、親との気持ちの行き違いが鷹雄が荒れた原因だったらしい。
 今回も雛ちゃんとの間で同様のことが起きたのではないかと心配しているんだ。

 そんなわけで、社長と雛ちゃんを会わせることにしたものの、食事のために選んだレストランに鷹雄が見合い相手を連れてやってきてしまった。
 雁野駒枝は一目で雛ちゃんを愛人だと見抜き、立場をわきまえさせるべく釘をさそうとしたが、思いがけない反応を返されて驚いたようだ。
 鷹雄は二人を引き離して、雛ちゃんをオレに預け、スイートルームの鍵を押し付けた。
 その場はヤツの意図を察して指示に従い、雛ちゃんを部屋まで連れて行った。




 雛ちゃんを送り届けてレストランに戻ってみると、一人で席に着いている社長に呼ばれた。
 向かいの席に落ち着くなり、フルコースの前菜が運ばれてくる。

「雛ちゃんにご馳走するはずだった料理だが、良かったら食べなさい」
「それじゃ遠慮なく、いただきます」

 残すともったいないしな。
 社長に勧められて、棚からボタ餅的な気分で料理に手をつける。
 後で割り勘とか言われたらどうしよう? 手持ちがないぞ。
 社長のことだし、奢りだとは思うけどさ。
 それは後で考えることにして、滅多に食えない高級料理を堪能しながら本題に戻る。

「それで、こっちはどうなりました?」
「鷹雄は駒枝さんと話しているよ。あまり楽しそうではない様子だがね」

 社長の視線を追いかけて、二人を見つけた。
 鷹雄と雁野駒枝は、窓に面した奥の席にいた。
 真面目な顔で言葉を交わし、運ばれてきた料理にも手をつけていない。
 社長はオレに視線を戻すと、小声で問いかけた。

「鳶坂くんは鷹雄が最も心を許している友人だ。君は知っているんじゃないのか、鷹雄の本心を」

 この問いに答えるべきか迷う。
 鷹雄自身がどうにかすべき問題だと、なるべく干渉は避けてきたが、手を貸してやる時期なのかもしれない。

「ここではちょっと……、それにできれば、つぐみさんにも聞いてもらいたいんです」

 多分、この状況を救えるのはあの人だけだ。
 二人の行き違いを正すためには、つぐみさんの口から雛ちゃんに過去の真実を伝えてもらう必要がある。
 社長もわかってくれて、その場でつぐみさんの携帯にメールを入れてくれた。

「今夜は無理だが、つぐみのことだ。鷹雄の一大事だと知れば飛んで帰ってくるだろう。それまで君は雛ちゃんを見守って、鷹雄の行動に気をつけてくれ。この件がうまくまとまってくれれば、ご祝儀に特別ボーナスを出そう」

 特別ボーナスか。
 報酬がなくても構わないけど、もらえるものは素直にもらおう。
 丸く収まって、懐も潤えば一石二鳥ってもんだ。
 ここまで付き合ってきたからには、気持ちのいい結末を迎えたいからな。




 こちらの食事が終わるのを待っていたのか、鷹雄達も同時に席を立った。
 二人は社長に話があると言って外へと場所を移した。オレも護衛を口実にしてついていく。
 周囲に人の気配がないことを確かめて、雁野駒枝が話し合いの結果を社長に告げた。

「婚約の話はなかったことにしてください。父にはわたしから報告しておきます」

 社長に破談の旨を告げる彼女は淡々としていた。
 気分を害している様子はない。
 鷹雄も平然としていて、別れ話を終えたばかりだというのに、二人の態度はあっさりしすぎていた。
 これには社長も面食らい、一瞬沈黙した後に「残念ですね……」と、型どおりの返答をした。

 ムダ話をすることなく話を切り上げると、雁野駒枝は迎えの車に乗り込んで帰っていった。
 彼女が去ると、社長は鷹雄に問いかけた。

「何があったんだ? 雛ちゃんのことが原因か?」
「雛は関係ない。価値観の相違がわかっただけだ。よくあることだろう?」

 鷹雄はあくまで白を切った。
 社長は深く問い詰めはせず、帰り際にオレの肩を叩いた。

「つぐみが帰り次第、連絡を入れる。この場は任せたよ」
「承知しました」

 小声で返し、社長を見送る。
 鷹雄は雛ちゃんがいるスイートルームに行き、オレは別に部屋を取って休むことにした。




 明け方近くになり、鷹雄から携帯に連絡が入った。
 オレの部屋番号を伝えると、ヤツはすぐ訪ねて来た。

「どうしたよ、こんな朝早く……」

 雛ちゃんはどうしているのか尋ねると、まだ寝ていると答えが返ってきた。
 寝ぼけた頭を覚醒させようと、備え付けの冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。
 飲むかと聞いたら頷いたので投げてやり、もう一本同じものを取る。
 鷹雄が椅子に座ったので、オレはベッドに腰掛けた。

「婚約を破談にしたってことは、まだ諦めてないってことだよな。だから、昨夜も雛ちゃん抱いたんだろ?」
「抱いたのは、これで最後だからだ。駒枝に言われてわかったよ。オレには恋愛と結婚を別物だと割り切ることができない。雛以外の女とは結婚しない、一生独り身で過ごす。跡継ぎもオレの子である必要もねぇしな」

 完全に諦めてやがる。
 オレはイライラして髪を掻き毟った。

「で、用件は?」
「雛を頼む。オレの代わりに、あいつの傍にいて守ってやってくれ」
「それは仕事でか? お前の代わりをやるってことは、オレと雛ちゃんが恋に落ちる可能性もあるってことを考えてないのか?」
「仕事ではあるが、本気なら狙ってもいい。お前になら安心して任せられる」
「遊んで捨てちまうかもしれないぜ」
「それはないな。お前が女とは真面目な付き合いしかしないヤツだってことは知っている」

 何でこんな時に限って、こいつは冷静なんだろう。
 オレを殴り倒してでも、自分の気持ちに正直になればいいのに。
 物分り良く引き下がるなよ。
 本音じゃ誰にも渡したくないくせに。

「結婚式には友人代表でスピーチやらせてやる」
「残念だが欠席させてもらう。当日は南極にでも行って、嫉妬に狂いそうな頭冷やしてるさ」

 鷹雄は強がりを言って、無理やり笑った。
 落ち込んでるのバレバレだっての。
 こんなお前を見て、オレが雛ちゃんに本気になれるわけないだろうが。




 雛ちゃんが起きる頃合を見計らって、鷹雄は部屋に戻った。
 オレは廊下で二人が出てくるのを待っていた。
 また雛ちゃんは泣くんだろう。
 憂鬱になったが、今はどうにもできない。
 これは鷹雄と雛ちゃんの問題なんだ。
 動くのはオレじゃない。

 それほど時間を置かずに、鷹雄がドアを開けた。
 足早にオレの横をすり抜けて行き、去り際に視線で合図を送ってきた。
 ため息をついて、了解の意味で片手を上げておいた。

「行かないで、お兄ちゃん!」

 鷹雄を追いかけて、雛ちゃんが飛び出してきた。
 オレは彼女の行く手を遮って抱き止めた。

「行かないほうがいい。今の雛ちゃんじゃ、行ってもムダだ」
「どいてください! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが行ってしまう!」

 雛ちゃんは鷹雄しか見ていない。
 必死でもがいて、追いすがろうとしている。
 だが、今の雛ちゃんが何を言っても声は鷹雄に届かない。
 すれ違いの原因を雛ちゃんが知るまでは、二人は前に進めない。

「落ち着いて、雛ちゃん。あいつにも君にも、時間が必要なんだ。オレに任せて、悪いようにはしないから」

 雛ちゃんはオレにすがって泣き出した。
 頭を撫でても、彼女の涙は止まらない。
 やっぱりだめだ。
 オレに鷹雄の代わりは務まらない。
 雛ちゃんに必要なのは、鷹雄だけなんだ。




 マンションに雛ちゃんを送って、連絡を待つようにと言い聞かせて部屋を出た。
 エレベーターに乗り込むと、携帯に着信が来た。
 社長からだ。
 つぐみさんが帰ってきたとの連絡を受けて、鷲見の本宅に急行する。
 これから行う、オレの最後のお節介が、無事に実を結んでくれることを願いながら。

END


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