償い

親友の本命

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 オレの親友は、いわゆる不良というヤツだ。
 小学校の時はそれほど悪くもなかったが、中学に上がった途端にはっきりした形で荒れ始めた。
 金色に染めた髪と校則違反の制服という、定番の不良スタイルに変貌し、素行の面ではサボリとケンカ三昧の日々を送っている。
 親や教師からヤツとの付き合いをやめろと言われたが、口を出される筋合いではないとはねつけた。
 表面だけは悪くなったが、あいつの本質は変わっていないからだ。
 オレ自身は普通の中学生をやっているつもりだったが、そういった経緯で、教師からも目をつけられていた。




「渡、おはよー」

 昨夜はうっかり深夜までテレビを見てしまい、眠気と戦いながらの登校中、顔見知りの女に声をかけられた。

「…はよ」

 あくびをしながら、気の抜けた返事をする。
 中二のクセに化粧の濃い女で、香水も使いすぎなのか、強烈な匂いが鼻につく。
 水商売の女じゃねぇんだからと思うが、オレの女なわけでもないし、とやかく言う必要もないかと気にしないことにしている。

「渡ぅ。今日、鷹雄来るかなぁ? お弁当作ってきたの、あたしって家庭的。いいお嫁さんになれちゃうよね」

 うちの中学には給食がないため、好きな男に手作り弁当を貢いで気を惹こうとする女は多い。
 だが、この女の目当ての男には通じない。
 あいつには本命がいるのだ。
 オレも誰なのかは知らないけどさ。

「さあ? だけど、弁当なんかやっても無駄だ。あいつ本命いるんだぞ。いい加減、諦めたら?」
「本命っていったって、渡だって会ったことないんでしょう? あれは断る口実よ。うざい女が付きまとって嫌だから、防衛してんの」

 そのうざい女に自分も含まれているとは思わないのだろうか。
 こっそりため息をついて、さり気なく離れるために目についたコンビニに入った。




 店内に入ると、なぜか店員が緊張している。
 不審に思って店員が気にしていると思しき方向に目をやると、先ほどまで話題にしていた男がいた。
 ヤツの口元には薄く痣がついていた。恐らく殴り合いでもやってきたんだろう。
 きっと相手は顔面を腫らしているに違いない。
 こいつにケンカを売った相手は、今まで例外なく十倍返しでやられていた。
 小鳥鷹雄。
 小学校から続いている、オレの親友だ。

「おっす、鷹雄」
「おう」

 どうやら飲み物を選んでいたようだ。
 オレと挨拶を交わすと、鷹雄はレジに向かい、支払いを終えた。
 オレ達が店を出て行くと、万引きを警戒していた店員の緊張も解けたようだ。
 杞憂だと言ったところで信用されないだろうが、見かけの割りに鷹雄はまともだ。ケンカやサボリは日常茶飯事だが、万引きやらカツアゲなどの質の悪いことはしない。
 たまにケンカを売ってきた相手が、敵わないとわかるなり金を差し出して許しを請うたりしているようだが、それは除外しておこう。

「昼は買わねぇの?」

 飲み物だけなのを見て聞いてみた。

「ああ、持ってきた」

 声は不機嫌だった。
 嫌なことがあったのだろうとは思う。
 だが、こいつの不機嫌な理由は、いつも首を傾げたくなるようなことばかりなのだ。

「機嫌悪いよな。遅くまで遊んでたこと、親に叱られでもしたのか」

 鷹雄は家に帰りたくないらしく、深夜近くまで街にいる。
 小学校の時からだが、当時は日が暮れると帰っていたのに、中学生になってからは同じく夜中まで遊んでいる連中と連れになったせいか、日付が変わってから帰宅する日もあるらしい。

「いいや。親父は会社に泊まり込んでていなかった」
「そんじゃ、何でそんなに機嫌悪いの?」
「電気つけて待ってやがった。取り置きしてあった夕メシは、オレの好物でうまかった。叱るどころか、夜遅くなると危なくて心配だからできるだけ早く帰ってきてね、だってよ。ムカつく」

 待っていたのは、父親の再婚相手の女性だろう。
 ご飯がおいしくて、心配までされて、こいつは何が不満なのか怒っている。
 ここで「いいお袋さんじゃないか、そんなこと言ってるとバチが当たるぞ」等の義母に対するフォローの言葉など口にすれば、怒りに火がつくのは目に見えるのでやめておいた。
 鷹雄は自分の家の事情をあまり話そうとしない。
 だから、オレも立ち入る気はなかった。
 だが、出された夕食を律儀に食べた辺りに、鷹雄が本気で彼女を嫌っているわけではないのだとも思った。




 昼になって、オレと鷹雄は仲間と一緒に屋上で弁当を広げた。
 今朝の女が弁当を持って二人で食べようと誘ってきたが、鷹雄は邪魔だと冷たくあしらった。
 こんな性格なのに寄ってくる人間は絶えない。
 こちらに妙な下心さえなければ、懐に入れて面倒を見てくれるので慕う者も多いのだ。

「何だ、その弁当?」

 オレは鷹雄が広げた弁当を見て驚いた。
 おかずは彩りよくおいしそうに納まっているものの、いびつなおにぎりが幅をきかせていてアンバランスだ。
 同じ人が作った物とはとても思えない。

「もしかして、そのおにぎりって本命の手作り?」
「まあな」

 どうやら鷹雄の本命は料理が下手クソのようだ。
 おかずは母親にでも作ってもらったのだろう。
 どこのクラスだ。
 だが、校内で弁当を受け取った様子はないな。他校の女だろうか?
 オレにも内緒にしているのは、取られたくないからだ。
 彼女に関する独占欲はかなり強いとみた。




 食後に仲間の一人がタバコを吸い始めた。

「なあ、お前らも吸う?」

 気を利かせたそいつは、オレ達にも差し出した。
 何人かが手を伸ばしたが、オレはいらないと断った。
 害のこともあるが、煙たいだけで好きじゃない。

「オレもいらねぇ」

 断る鷹雄に、勧めたヤツが怪訝そうに問いかけた。

「鷹雄って、吸ってなかったか?」

 そういえば、先輩に勧められて手を出してたっけ。
 時々、屋上で吸ってるのを見たな。

「泣かれたから捨てた」

 鷹雄は代わりにガムを口に入れた。

「誰にだよ。お袋さんか?」
「いや、女」

 親に反発して不良をやっている鷹雄でも、本命の言うことは聞くようだ。
 鷹雄が本気で惚れてる女にさらに興味が湧いた。
 どんないい女なんだろう?




 放課後は学校近くの公園で、仲間と集まっていた。
 オレはいつも日暮れまでには帰ることにしている。
 近所の道場で、空手の稽古をするためだ。

「オレ、時間来たから帰るな」

 そう言って立ち上がると、鷹雄も腰を上げた。

「オレも今日は帰る」

 鷹雄がこんな時間に帰るのは珍しい。
 体調が悪いのかと思ったが、元気だしな。
 どこかに行くんだろうか。

「ええー、鷹雄、帰るのぉ」
「珍しいじゃん、女のトコでも行くの?」

 鷹雄狙いの女達が不満そうな顔をして、それ以外のヤツらが囃し立てる。
 鷹雄は連中を振り返ると、ニヤリと笑った。

「そ、女のトコ。最近構ってやってねぇから寂しいって泣きつかれてな。今日はそいつと寝る約束してんだ」

 あっさりと肯定されて、みんなは固まっていた。
 口を開けたまま、止まっているヤツもいる。
 そうか、本命と会うのか。
 オレと鷹雄は一緒に公園を出た。
 間を置いて、我に返ったらしい女が悲鳴を上げているのが聞こえた。
 ショックだろうなぁ。
 本命の存在が女避けの言い訳ではなく事実だったんだから。




 オレの帰路は鷹雄の自宅前を通る。
 なぜか鷹雄は道を逸れることなくオレと一緒に歩いていた。

「あれ? 本命のトコ行くんじゃねぇの?」

 自宅前で立ち止まった鷹雄に、オレは尋ねた。

「ここでいいんだよ。また明日な、渡」
「あ、ああ、またな」

 気になって、塀の影に隠れて様子を窺う。
 鷹雄が玄関扉を開けるなり、中からかわいらしい声が聞こえた。

「お兄ちゃん、お帰りなさいっ」
「ただいま、雛」

 開いている玄関から、小学校低学年ぐらいの小さい女の子が出てきて鷹雄に抱きついているのが見えた。
 お兄ちゃんてことは妹か。
 あいつ、妹いたっけ?
 再婚相手の連れ子なのかな。

 女の子は不良な兄貴を怖がることなく甘えていた。
 馴れもあるんだろうが、なかなか度胸があるな。

「お兄ちゃん。わたしのおにぎりどうだった? おいしかった?」
「ああ、うまかった。全部食べてきたぞ。また作ってくれるか?」
「うん。頑張って早起きして作るよ」

 え?
 あの本命のおにぎりは、妹の手作り?
 そりゃ、下手クソなのも当たり前だな。
 ひょっとして、さっきの寝る約束をしてるってのも……。

「今日はいっぱい遊ぼう。お兄ちゃんのお部屋で一緒に寝ようね」

 本命の正体を知って、肩の力が抜けた。
 タバコで泣いたのもこの子なんだ。
 まあ、あれだけ慕われていたら、かわいくてたまらんだろうな。
 本命とはよく言ったものだ。
 その時のオレは、まさか彼女が正真正銘の本命だとは夢にも思わなかったのだ。




 高校入学前の春休みに、オレは鷹雄の買い物に付き合っていた。
 鷹雄が入った店は、女子学生に人気のアクセサリーショップだ。
 ビーズで作られたアクセサリーは値段も千円前後と手頃で、目を楽しませる工夫を凝らしたカラフルな商品がならんでいる。
 オレ達は女の子達からの好奇に満ちた視線を浴びながら、店内をうろついていた。

 鷹雄が選んでいるのは、もちろんプレゼントだ。
 雛ちゃんが入学祝いをくれたので、お返しを買うのだそうだ。
 その入学祝いとは、デフォルメされた鷹がくっついた可愛い携帯ストラップだった。
 お小遣いで買えるものを一生懸命考えたんだろう。
 探し回って選んだんだと思う。
 相変わらず、かわいいな。
 鷹雄はアクセサリーを選ぶのが苦手らしく、雛ちゃんに似合いそうなものをオレが幾つか選んでやった。

「鷹雄が羨ましいよ。オレも雛ちゃんみたいな、かわいい妹が欲しかったな」

 オレがそう言うと、候補の中でまだ迷っていたらしい鷹雄の動きが止まった。

「……妹じゃねぇ」

 鷹雄はぼそりと呟いた。
 うん、まあそうだろうけど、元で義理とはいえ妹で、あんなに仲が良かったじゃないか。

「今だってお返しにあげるもの選んでるくせに、そういう言い方はないだろ。雛ちゃんが聞いたら泣くぞ。お兄ちゃんひどいって」

 咎める口調で言ってやると、鷹雄は無視してブレスレットを手に取った。大き目のピンクのビーズで花を形作ってあるヤツで、オレが一番お勧めしていた品だった。
 どうやらそれに決めたようだ。
 鷹雄はブレスレットを持ち上げると、オレの方に顔を向けた。

「何か勘違いしているようだな。前から言ってるだろ、本命だって。始めから妹じゃねぇんだよ、雛はオレの女だ。親が勝手に作った関係なんか知るか」

 傲然と言い放ち、鷹雄は選んだ品を買うために離れていった。
 ええっと、本命ってマジ?
 だって雛ちゃん、今年の春でやっと小四だよ? お前、高一だろ?
 始めからってことは、雛ちゃんが二才の時からかよ。
 オレは色んな意味でショックを受けて、その場で固まってしまった。

 会計を済ませて戻って来た鷹雄に肩を叩かれてようやく我に返った。
 鷹雄は外に出ると、まだぼうっとしているオレの頭を小突いた。

「オレはガキに欲情する性癖は持ち合わせてねぇよ。女っつっても手は出してない。あいつがちょうどいい頃合まで育つまでは、安全なお兄ちゃんでいてやる気だ」

 一応、常識的な判断はできているらしい。
 良かった。
 親友が幼女にいたずらの前科持ちになったら困るからな。

 しかし、考えてみれば危ない構図だ。
 こいつはお兄ちゃんのポジションから、虎視眈々とその時が来るのを狙いながら待っているのだ。
 雛ちゃんに逃げろと警告したくなった。

 ちらっと横目で鷹雄を見る。
 ヤツは買ったブレスレットを大事そうに上着のポケットにしまって、ニヤニヤ機嫌良く笑っている。
 雛ちゃんの反応を想像しているんだろう。

 手遅れだ。
 オレは彼女がこいつを男としても好きになってくれることを祈ろう。
 それで全てが丸く治まるのだ。


 END


■あとがき。
渡の独り言を書いていた時に、過去について触れたものがいくつかあったのですが、これはそのうちの一つです。
本命発覚の辺りは気に入ってます。
鷹雄はちどりに世話を焼かれると不機嫌になりますが、雛で安らげるのでたまに早く帰ってきます。家に居たいようで居たくない、複雑な彼の心境はいずれ明かします。
このお話は渡視点の上、雛は小学生なので濡れ場は当然出てきませんでした。
当サイト初の非18禁作品となりましたが、楽しんでいただければ幸いです。


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