償い

ある少年の思い出

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 ボクの初恋は、小学四年の時のクラスメイトの女の子。
 サラサラの長い髪をしていて、瞳は純粋に輝き、笑顔もかわいい。
 綺麗だけど目立つタイプではなく、クラスの雑用を静かにやっていたりする控えめで優しい子だった。

 彼女の名前は小鳥雛。
 名前の通り、小鳥みたいに愛らしく、雛鳥のように頼りなくて守ってあげたくなるような子だ。

 隣の席になった時には、嬉しくて舞い上がった。
 教科書を忘れたと嘘をついて見せてもらったり、消しゴムの貸し借りなんかを通じて、次第に友達と言ってもいいぐらいの間柄になっていった。

 今日は全校集会が開かれ、不審者が出た場合の対処の仕方などを教わった。
 大声を出したり、防犯ベルを鳴らす練習をした後、通学路に出没している変質者について注意をされた。

 先生の話を聞きながら、ボクは雛ちゃんの方を盗み見た。
 ちょっと俯き加減で不安そうにしている。
 これはもっと仲良くなれるチャンスだ。
 ボクは変質者を口実にして、一緒に帰ろうと雛ちゃんを誘った。

 


 帰り道、ボクと雛ちゃんはお喋りをして通学路を歩いていた。
 話すことは学校のこととか、家でのこととか、何でもない日常の話だったけど楽しかった。
 今はまだ「小鳥さん」としか呼べないけど、思い切って「雛ちゃん」て呼んでみようかな。
 もう友達のはずだし、嫌がられたりしないよね。

 ボクはドキドキしながら「雛ちゃん」
と声をかけようと口を開きかけた。

「雛」

 低い大人の男の人の声が、ボク達……いや、彼女を呼び止めた。
 恐る恐る振り向くと、近辺でも偏差値が高いことで有名な私立高校の制服を着た男の人が、まっすぐこちらに近づいてくる。
 目が合った瞬間、すさまじいほどの敵意を感じた。
 怖い。
 あからさまに危ない人だ。
 怖いけど、でも、雛ちゃんを守らないと。

「あ、お兄ちゃん」

 雛ちゃんが嬉しそうに声を上げた。
 え? お兄ちゃん?
 あ然としていると、雛ちゃんはお兄さん(らしき人)に笑顔を向けた。
 彼は雛ちゃんには笑顔を返したけど、気配でボクを威嚇していた。
 何かされたわけじゃない。
 睨まれたわけでもない。
 なのに怖い。

「お前ら、方向一緒なの?」

 お兄さんが、ボクにちらりと視線を向けた。
 びくんと肩が跳ねる。
 蛇に睨まれた蛙のように、ボクは動くことも話すこともできなかった。
 代わりに雛ちゃんが答える。

「ううん、本当はここでお別れなんだけど、今日は学校で変な人が通学路に出るって注意されて、危ないから送ってあげるって言ってくれたの」

 お兄さんは「そうか」と不満そうに呟き、ボクと雛ちゃんを見比べた。
 敵意が増した気がする。
 泣いちゃっていいですか?
 気配だけで人を脅せる人間に、ボクは初めて出会った。
 どうして雛ちゃんは気づかないんだ。
 笑顔でお兄さんを見ている彼女が不思議でならない。

「変なヤツが出たら、男でも危ないだろ。雛はオレが送ってやるから、そこのお前も寄り道しないで帰った方がいい」

 お兄さんがもっともなことを言った。
 確かにそうだろう。
 小学生と高校生では、どちらが頼りになるかは一目瞭然。
 お兄さんが送っていった方が雛ちゃんは安全だし、ボクも寄り道をしないで済むので不審者に襲われる確立は減る。
 しかし、お兄さんの提案には言葉通りの意図はなく、単にボクを厄介払いしたいだけだという心情がありありと見えていた。

「そうだよね。わたしはお兄ちゃんと帰るから、気をつけて帰ってね」

 雛ちゃんはお兄さんの言葉をそのまま受け取ったようだ。
 ボクの心配もして、また明日と別れの挨拶を口にした。

「う、うん。バイバイ、小鳥さん」

 お兄さんの敵意に晒されてまいっていたボクには選択の余地はなかった。
 泣き笑いの心境で手を振り、とぼとぼと家に向かった。

 その後、ボクは雛ちゃんを見ると、お兄さんの怖い気配を思い出してしまい、まともに話せなくなってしまった。
 五年生になったらクラス替えで離れ離れになってしまい、自然に疎遠になっていった。
 ボクの初恋は告白もしないまま終わってしまったのだ。




 それから十数年ほど経った現在、ボクは思わぬところで雛ちゃんの消息を知った。
 鷲見グループの関連会社に就職したボクの手元には、月に一度社内報の冊子が送られてくる。
 今月の社内報のトップを飾っていたのは本社副社長の婚約を祝う記事だった。
 相手の女性の名は小鳥雛。
 そして、副社長はあのお兄さんだった。

 婚約に到るまで彼らの間に何があったのか、ボクは知らない。
 でも、記事に添えられていた写真に写る雛ちゃんはとても幸せそうで、初恋の楽しくて苦い記憶を思い返しながらも、素直におめでとうと祝福できた。


 END


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