狂愛

クラウスの青い春

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 クラウス十才のある日、病に倒れた父王に寝室へと呼ばれた。
 王は枕元までクラウスを招くと、弱々しい声で話しかけた。

「クラウスよ、そなたに渡すものがある。私亡き後、必ずそなたの助けとなってくれるものだ」
「はい、父上」

 クラウスは頷き、父の言葉を待った。

「そこにおるな。出てまいれ」

 王が部屋の隅に声をかけた。
 衝立の影から現れたのは全身を黒衣で覆った五人の人間。
 顔まで隠しているので、性別や年齢はわからない。
 彼らは物音一つ立てずに王と王子に近寄り、その場に跪いた。

「私の間者だ。その者達の存在は重臣の誰も、宰相でさえも知らぬ。そなたはこれより彼らを使い、自分を守るのだ。傀儡の王にだけはなってはならぬ。もうじき死出の旅路に出る私が、この世に残される息子に出来る唯一のことだ」
「父上、そのような気の弱いことを言われますな。母上亡き後、私の家族はあなただけです。私を一人にしないでください」
「強くなれ、クラウス。いずれ、そなたが伴侶を得れば子もできる。新たな家族ができるのだ。それゆえに后にする者は、できることなら心から求め、愛する人にするのだぞ」

 父の言葉は幼いクラウスの胸に刻み込まれた。
 心から愛し、求める人。
 それがどのような人なのかはわからなかったが、時がくればわかるのだろうと、彼は深く考えることをやめた。

 父の助言に従い、間者に国を取り巻く情勢や王宮の内情を探らせ、情報を集めてみたものの、政治の実権や発言力は宰相の方が強く、まだ子供のクラウスはお飾りとして扱われた。
 まだ人を動かすほどの信用がないのだ。
 クラウスは王の代わりに出席する会議や執務の合間を縫って勉学や武芸の修練に励み、力を養うことにした。
 夜になり、疲れきって寝台に身を横たえる時、思い浮かべるのは遠い日に共に遊んだ少女のことだった。
 十年近く生きてきて、クラウスが心を許して接することができたのは彼女だけであった。

「ヒルデはどうしているんだろう? 今頃はどこかのお屋敷に勤めているのだろうか?」

 彼女は平民の子のようだった。
 大きくなれば、どこかに働きに出されているに違いない。
 王宮の女官になってくれていれば会えるのにと、クラウスは呟いた。

「そうだ、間者に調べさせよう」

 飛び起きて、影を呼ぶ。
 予想外の命令に間者は困惑を口にしたが、主の真剣な願いを知り、最後には快く指示に従った。




 間者のおかげでヒルデの様子がクラウスの耳に入ってくるようになった。
 彼女は兵士の養成施設に入り、指導を受けていた。
 将来は陛下と殿下を守る近衛騎士になりたいと、周囲に話しているらしい。

 クラウスは感激した。
 ヒルデは自分を忘れてはいなかった。
 それどころか、守りたいとまで言ってくれたのだ。
 クラウスのヒルデへの好意は報告を聞くたびに大きくなっていく。
 クラウスが王に即位し、ヒルデが騎士となっても、間者は定期的にヒルデの様子を探ってくるように命じられた。




 現実にクラウスとヒルデが互いの姿を見ることが出来るのは、謁見の間での僅かなひと時であった。
 ヒルデの父は、養父の後釜に座る形で将軍となり、娘のヒルデは働きを認められ、騎士の位を授かっていた。
 ヒルデは父の警護を口実に謁見の場についてきている。
 二人は視線が合えば密かに微笑みを交わし合い、かつての楽しき日々を胸に思い起こした。

 ヒルデの方も、クラウスへの忠誠心を高め、慕っていることは明白であった。
 彼女の腰には、即位してすぐクラウスが与えた剣が片時も離されることなく装備されている。
 クラウスはそれを見るたびに、ヒルデの好意を確信し、愛情と思慕を募らせていった。




「ご所望の情報は、全て集めてまいりました」
「うむ、ご苦労」

 クラウス十六才。
 思春期に入った少年は、恋に目覚めていた。
 対象はもちろん長年心を寄せてきた女騎士である。

 本来の任務のついでにと、間者に命じて集めさせたヒルデの情報にはスリーサイズや趣味、好みの食べ物。恋敵となりそうなライバル候補の名前や素性までびっしり書き込まれていた。
 ヒルデに近づく、またはその恐れのある男として名の挙がった者は、報告が上がった近日中には地方へと赴くように影から手がまわり、遠くに追いやられるのである。

「そして、これがヒルデ殿の所有物でございます」

 間者が取り出したのはハンカチだ。
 クラウスは受け取り、満足そうに眺める。
 間者に命じる仕事は、もはやストーカーの領域にまで及んでいた。

「代わりの品は確かに置いてきただろうな? ヒルデに迷惑をかけてはならんぞ」

 すでに迷惑をかけている気がするのだが、間者は黙って頷いた。




 その頃ヒルデは、古い持ち物が消えて、代わりに新しい品が置かれるという怪奇現象に悩まされていた。
 父に相談しても、「新しくなったんならいいじゃねぇか」という、暢気な返事しかもらえず、不安な日々を過ごしている。

「いったい誰なんだろう? 気味が悪い」

 得体のしれない影に怯えつつ、一日を過ごし、入浴の時間がやってきた。
 何もかも忘れて、一人で寛げる貴重な時間。
 貴族の娘は入浴時までも、身の回りの世話を全て侍女にさせるのが近隣諸国共通の常識であったが、平民出の彼女は全て自分でやることを好んだ。

 衣服を脱ぎ、浴室に入る。
 ヒルデが湯に浸かって安らいでいる間にも影は蠢き、彼女の持ち物を取り替えていった。

 汗を流して浴室から出て来たヒルデは悲鳴を上げた。
 脱いだはずの衣服がなく、用意しておいた着替えと新しい服が並んで置かれていたのだ。

「ヒルデ、今の声はなんだ!」

 豪気な父も、浴場から聞こえた娘の悲鳴には仰天し、手には抜き身の剣を持ち、血相を変えて駆けつけた。
 バスローブ姿で震えていたヒルデは父にすがりついた。

「父さん! 服が、わたしの服が盗まれたっ!」
「ん? 何だまた例のヤツか? 新品の服が置いてあるな。律儀なこった」
「そんなことはどうでもいい! わざわざ着替えの方じゃなくて、脱いだ服を持っていったんだ! し、下着も全部!」

 娘のいわんとすることを、父もようやく理解した。
 つまり犯人は使用済みの下着を持ち去ったのだ。
 使用済みの下着を欲しがるなど、どう見ても変態の仕業。
 親子は真っ青になった。

「ヒルデ、大丈夫だぞ。父さんが守ってやる! ちくしょう、大事な娘を変態の餌食にしてたまるか!」

 エルスター将軍の屋敷には、忍んでくる変態に対して厳重な警戒態勢が敷かれた。
 間者も侵入を断念せねばならぬほど、それはそれは厳重な警備であったという。




 一方、結果的に最後の戦利品となった衣服を手に、間者はクラウスの寝室に音もなく参上した。

「今日もうまくやってくれたようだな。さあ、早く見せてくれ」

 クラウスの催促を受けて差し出された衣服は色気のないシャツとズボンの部屋着だ。
 だが、それでもヒルデの持ち物であれば、クラウスは満足だ。

「おや? これは……下着?」

 胸当てと思しき、二つの窪みがつけられている白い布。さらに下腹部を覆うものと思われる布が混ざっていた。

「そ、それは……。慌てていたもので、全て持ってきてしまったようです。申し訳ございません」

 間者も気まずそうに言い訳した。
 予定では部屋着だけを持ち去るつもりだったのだ。

「な、なんてことだ! これが消えたのが私の仕業だと露見すれば、ヒルデに嫌われてしまう!」

 下着を握り締め、クラウスはワナワナと怒りに震えた。
 間者はひれ伏して、主の叱責の声を待つ。
 だが、幾ら待てども雷は落ちてこなかった。

 不思議に思って顔を上げると、彼らの主君は切ない表情で使用済みの下着を握り締めていた。

「だめだ、私には返すことも捨てることもできない。ヒルデの匂いだ。これは彼女を最も身近に感じられる品でもある。どうして手放すことができようか!」

 苦悩に喘ぐクラウス。
 だが、対象となっている物は女性用の使用済み下着。
 どれほど深刻になってみても、傍から見れば情けなくも間抜けな光景であった。




 数日後、ヒルデが変態に付きまとわれ下着を盗まれたので、将軍が屋敷の警備を厳重にしたと間者は新たな報告を持って、クラウスの許にやってきた。

「なんと!? ヒルデにそのような不埒な行為を働く輩がいたとは許せん! 早急に犯人を調べ上げ、そやつを捕らえよ!」

 クラウスは激昂したが、間者は冷静に進言した。

「いえ、お言葉ですが陛下。将軍のお屋敷に忍び込み、ヒルデ殿の下着を盗んだ変態とは我々のことではないかと思われます。盗まれた物は陛下が隠し持たれているアレでございます」

 王と間者はしばし黙した。
 お互い、何も言えなかったのである。

「そ、そうか、ならば仕方がないな……。下がってよいぞ」
「はっ」

 影が去り、クラウスは一人ごつ。

「戦が終わり、平和な世が来たら、ヒルデを私の妻にしよう。下着などでは満足できない。私が欲しいのは彼女自身なのだ」

 無骨な鎧の下に隠された柔らかい肢体を想像し、クラウスは下半身を熱くして、妄想の世界に旅立った。




 寝室のベッドの上に、一糸まとわぬ姿でヒルデが横たわっている。
 恥ずかしそうに目を伏せ、胸元と股間を手で隠し、クラウスの訪れを待っていた。
 クラウスは夜着を脱ぎ捨て、彼女の上に覆い被さり、腕を掴んで顔を寄せた。

『隠すでない、よく見せておくれ』
『あ、陛下……。いけません、恥ずかしい……』

 恥じらい、身をよじるヒルデ。
 だが、言葉に反し、体はクラウスを求め、従順に反応してくる。
 口付けには身を震わせ、秘所を弄れば蜜を溢れさせ、甘く濡れた息を吐き、乱れた喘ぎをこぼす。

『戦の場では勇ましいそなたも、ベッドの中では可愛い女だ。どれ、もっと私にそなたの女の部分を見せるのだ』
『ぁん……ああっ、あっ、陛下ぁ……』

 足を開かせ、初々しい秘所を嘗め回す。
 クラウスの舌が蕩けた割れ目を往復するたびに、ヒルデは喘ぎ、新たな蜜をこぼしていく。

『いやぁ……。陛下、わたし……、も、だめぇ……っ!』

 ぴくぴく腰を揺らせて彼女の背中が剃り返る。
 クラウスはヒルデの腰を抱き、昂った己自身を濡れそぼった秘所に押し当てた。

『ヒルデ、愛しているよ。私は君と一つになりたい』
『ああ、陛下……。いえ、クラウス。わたしも……、わたしもあなたを愛しています』

 幾度も愛を囁きながら、二人は結ばれた。
 白い寝具に包まれて、何度も繋がり、キスを交わし合って……。




 己の妄想に入り込み、クラウスは股間の息子を自分の手で慰めていた。
 十代半ばの有り余る性欲を、彼は愛しい人との情事を想像して発散させているのだ。
 この後、クラウスがヒルデと現実に交わることができたのは、まだ何年も先のことであった――。


 END


■あとがき

本編のクラウスがヒルデに剣を授けるシーンで、間者の存在をちらっと出した時、このネタが浮かんでしまい、とりあえず書いてみることにしたら最後まで書けてしまったので公開してみました。
下着泥棒と妄想一人えっちネタは、69で書いた欲張りな彼女と微妙に被ってますが、真面目そうなキャラほどムッツリスケベになりやすいというか、そんな感じで自然にこんな話に……。
本編でいただいたご感想から、もしかすると受け入れらない方が多そうな気がしたので、こっそり公開の方向でいってみました。
69で書く番外編は、本編の余韻を壊さないような雰囲気で行きたいと思います。(^_^;)

2007年7月11日 月丸うさぎ。

(2024年11月追記)
この小説はサイト上の狂愛を置いていたフォルダのインデックスファイルに置いていたものです。 インデックスファイルは使い道がなくてもURLを削られた時の場合に備えて置いておく必要があり、話の内容がこっそり公開向けにちょうど良かったのでそこに載せていました。掲載時に雑記等で行き方のヒントを書いていた気がするのですが、ログを消してしまっていたので、長らくこっそりどころか息を潜めて公開されていたと思われます
今回サイトの全面改装を行うことになり、こちらも表に出しても良いのではと考え直し、作品一覧に載せることにしました。
ちなみに上記のあとがきで書いている69の番外編は10年後のことです。(消化できそうにないのでお題のページは撤去いたしました)


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