憧れの騎士様

プロローグ

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 耕された畑、いたるところで聞こえる家畜の鳴き声。
 近くには森があり、柵に覆われた村の中には、煙突つきの煉瓦作りの家々が肩を寄せ合うように建ち並び、大人達が野良仕事に勤しむ傍らで、子供達が駆け回っている。
 ここは、どこにでもある小さな田舎の村だった。




 一軒の家から、幼い男の子が出てきた。
 短く切りそろえた髪は黒くサラサラで、肌は白く、顔立ちは女の子のように愛らしい。
 おとなしそうな外見を裏切らず、彼は新品の絵本を大事そうに胸に抱えていた。

「行ってきまーす」

 家の中に声をかけて、彼は道に出た。
 行き先は隣の家だったが、行く手には大きな障害が立ちふさがっていた。

「よう、ルーサー。どこ行くんだ?」

 彼の行く手を遮って、ニヤニヤ笑っているのは村の悪ガキ達だ。

「リンちゃんの家に行くの」

 胸に抱えた本をルーサーは無意識に強く抱きしめた。
 悪ガキ達は顔を見合わせると 目配せして頷きあった。

「その本、俺達にも見せてくれよ」

 一人が声をかけた隙に、別の一人が本を奪い取る。
 そして戦利品を片手で高く掲げて見せた。

「家の中で本ばっかり読んでるから、チビでひょろひょろ痩せてるんだよ」
「こんなつまんないの捨てちゃおうぜ」
「川に流しちゃおうか」

 意地悪く笑いながら、彼らは本を投げ捨てる場所を探している。

「やめてよ、返して」

 これだけで半泣きになったルーサーは、本を持っている少年にすがりついた。

「お願いだから、その本返してよぉ。おじいちゃんに買ってもらった大事な本なんだからぁ」

 泣きながらの抗議は、逆に相手を調子づかせてしまった。

「やーい、ルーサーの泣き虫」
「ほーら、本はここだぞ。届いたら返してやるよ」

 ルーサーを囲んで囃し立て、必死な姿を見て、さらに笑う。
 本を持っている少年はルーサーより背丈も体も一回りほど大きい。
 取り返そうと懸命に腕を伸ばしているルーサーの頭を、もう一方の手で押さえている。

 その時、隣の民家の戸が音を立てて開き、女の子が飛び出してきた。
 スカートを履いているが、手には木刀を持ち、勇ましく一同の前に走り出てくる。

「こらぁ! ルーサーをいじめるな!」

 木刀を振り上げて、少女は怒鳴った。
 癖のある短めの真っ赤な髪を逆立てて、木刀を振り回し、悪ガキ達を追い散らす。

「わっ、リンが来た! 逃げろーっ!」

 少年達は本を投げ捨てて、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 ルーサーの幼なじみであるリンは、剣を好む勝気な少女だ。
 いじめられているルーサーを助けるのは彼女の役目。
 まるで騎士と姫だと村人達は二人の関係を揶揄して苦笑する。
 どちらが騎士で姫なのかは語るまでもない。

 悪ガキ達が逃げ去ると、リンはルーサーに向き直った。
 腰に手を当て、偉そうに胸を張る。

「ルーサーも泣かないの。そうやってすぐ泣くから、あいつら余計に面白がるんだよ」

 リンはポケットからハンカチを取り出して、涙と鼻水で汚れたルーサーの顔をごしごし拭いた。

「う…ふぇ……、だってぇ。ボクはリンちゃんみたいに強くないもん」

 しゃくりあげて声を詰まらせながら、ルーサーは涙目でリンを見上げた。
 身長もリンの方が少し高い。
 年は同じなのだが、そのこともあって、リンはルーサーを弟のように可愛がっていた。

 リンはハンカチをポケットにしまい込むと、投げ捨てられた本を拾い、土で汚れた表紙を手ではたいて、はいっとルーサーに差し出した。

「ほら、大事な本でしょ。もう取られちゃダメだよ」

 ルーサーは両手でおずおずと受け取ると、にこっと笑顔になった。

「リンちゃん、ありがとう」

 彼が笑顔を浮かべると、リンも笑顔になる。

「新しい絵本、リンちゃんと見ようと思って持ってきたの」
「じゃあ、おうちに入って一緒に見よう。ルーサーが読んでね」
「うん」

 仲良く手をつないで、二人は家の中に入っていく。

 これが彼らの日常。
 そして時は過ぎ、成長したリンとルーサーは……。

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