彼の好きな人


 数日後、意を決したヴィオラートはロードフリードに会いに行くことにした。
 気合を入れて家を出て、月光亭に赴く。
 普段の彼は、仕事の依頼を受けるために酒場にいることが多いからだ。
 酒場に入り、ロードフリードの姿を探す。
 村に立ち寄る冒険者も増えたため、それなりに人はいたが、ロードフリードはすぐに見つかった。
 眉目秀麗な容姿に、純白のロングコートが映える凛々しい立ち姿。
 見慣れた姿のはずなのに、恋に目覚めたヴィオラートには、いつも以上に眩しく輝いて見えた。
 顔が熱くなって、頭が沸騰してくる。
(まだ話しかけてないのに、姿を見ただけで恥ずかしくなるよう。あ、あたし、いつもどうやって話しかけてたっけ?)
 声を出せなくて固まっている間に、ロードフリードは用事を済ませたのか、出口に向かって歩き始める。
 必然的にヴィオラートに近づいてきた彼は、彼女の存在に気づくと笑みを浮かべた。
「やあ、ヴィオも依頼を受けに来たのかい? それとも納品?」
「こ、こんにちは。きょ、今日はロードフリードさんにお願いがあって来たんです」
 いつもと違い、ぎこちない態度を取るヴィオラートを見て、彼は一瞬訝しげな表情を見せたが、詮索するべきではないと判断したのか、問いかけてはこなかった。
「何かな? ヴィオの頼みなら喜んで聞くよ」
 ヴィオラートの緊張はさらに高まる。
(落ち着いて、まだここで聞くんじゃないんだから)
 心に言い聞かせて、呼吸を落ち着かせると、にっこり笑いかける。
「あの、近くの森に行きたいんですけど、護衛をお願いしてもいいですか?」
 うまく言えたと安堵していると、ロードフリードは快く頷いた。
「いいとも。だけど、ちょうどその辺りでの退治依頼を受けた所なんだ。ついでになるけど構わないかな?」
「はい、もちろんです。村を守るためですから、あたしもお手伝いしますね」
 採取カゴの中には、食料はもちろん薬や爆弾など、冒険の必需品がすでに入っている、準備は万全だった。
「必要な物は揃ってます、いつでも出発できますよ」
「ヴィオもすっかり頼もしくなったね。始めの頃は、ぷにぷにを杖で殴るだけで死にそうな顔をしていたのに」
 張り切って応じるヴィオラートに、ロードフリードが感心したように言った。
「あたしだって、いつまでも足手まといのままでいませんよ」
 ヴィオラートは自信を見せて胸を張る。
 今では赤いぷにぷに程度なら、杖の一撃で葬ることができた。
 強敵が現れても、威力の強い爆弾等のアイテムで応戦できる。回復用や補助系のアイテムも充実してきており、戦いの場でも十分役に立っている。
「うん、ヴィオが後ろでアイテムを投げて助けてくれるから、俺も安心して戦うことができるんだ。攻撃だって魔法や爆弾の威力は俺の剣を超えてるし、そろそろ護衛なんて必要ないって言われそうで不安に思っていた所だったんだよ」
 ロードフリードは好意的にヴィオラートを称賛した。
 自虐的な言葉も、本気ではなかったのかもしれない。
 しかし、ヴィオラートは彼の言葉を聞いて過剰に反応した。
「そんなことないですよ。いつも庇ってもらってるし、あたし一人じゃ戦えないもの。ロードフリードさんが守ってくれるから、必要なアイテムを選んで使えるんです。あたしにはまだまだ護衛が必要です! 特にロードフリードさんがいいんです! 一番信頼してますから!」
 必死に言い募った後で我に返る。
 酒場にいた者全員が、目を丸くしてヴィオラートに注目していた。
「あ、あの……、あたし……」
 急に恥ずかしくなって小さくなるヴィオラートの頭に、ロードフリードの手が乗せられた。
「ありがとう。そこまで信頼されてるなら頑張るしかないな。守りには自信があるからね、これからも遠慮なく盾に使ってくれ」
 頭を撫でられて、笑顔を向けられる。
(完全に子供扱いされてる気がするんだけど……。でも他の人には違って見えるのかな)
 ヴィオラートが、彼に想いを寄せられていると、いまいち確信できない理由がこの扱いのせいだ。
 普段から可愛い等の褒め言葉を言われることはあったが、基本彼のそれは、村の幼子に対するものと違わない気がした。
(気持ちを聞いてみようって決めたけど、やっぱり失恋確定かなぁ……)
 頭を撫でられて嬉しい反面、落ち込みもして、ヴィオラートはこっそり溜息をついた。




 近くの森にはそれほど強い怪物は生息していない。
 だが、倒しても倒しても、いつの間にか増えているので、村の外に出るには最低限の武装や自衛手段が求められた。
 錬金術を学んだヴィオラートは、すでにその両方を兼ね備えている。
 彼女は盾役として防御に専念しているロードフリードの後ろから、強力な爆弾を投げた。
「えーい!」
 爆弾としては中級のフラム。
 しかし、炎ダメージ強と効果範囲増大、破壊力増加+3の従属効果のついたものだ。
 フラムの炎は敵を燃やし尽くし、跡形もなく消滅させる。
 周辺から敵の気配が消えたことを確認して、ロードフリードは構えていた剣を鞘に収めた。
「これで周辺の敵は一掃できたな。依頼も果たせたし、お疲れさま、ヴィオ」
「ロードフリードさんもお疲れ様です」
「次は採取だね。今日は何を採って帰るつもりなんだ?」
「え? ああ、その……。ニューズを拾って帰ろうかと」
 本当は重大な告白をするために、ここまで来たのだけれど、ヴィオラートは切り出せずに何となく思いついたニューズのことを口にした。必要なのは本当だしと、心の中で誰にともなく付け加える。
「それなら村に近い方の出入り口付近にたくさん落ちていたよね、戻ろうか」
 何年も彼女の採取に付き合ってきたロードフリードは、通り道に自生している素材の把握を無意識にしていた。
 特に近くの森は彼らの庭のようなものだ。
 すぐさま目当ての素材がある場所を思い出して、彼は歩き始めた。
 このまま行かせてしまっては、話を切り出す機会がなくなると、ヴィオラートは焦った。
「あ、待って…待ってください!」
 大声で呼び止められて、ロードフリードが驚いて振り向く。
「違うんです! ニューズを拾うのはついでで、本当はロードフリードさんに聞きたいことがあって護衛を頼んだんです!」
「聞きたい事? それならこんな所までこなくても、いつでも尋ねてくれていいのに」
「ひ、人がいない方が良かったから……」
 か細い声で答えると、ロードフリードは安心させるためか、柔らかい笑みを浮かべた。
「ヴィオが悩んでいるなら幾らでも力になるよ。人に聞かれたくないことなら誰にも言ったりしない。信頼は裏切らないから、何でも相談して」
 もう後戻りはできないと、ヴィオラートは覚悟を決めて話し始めた。
「ロードフリードさん……好きな人いるんですよね? 片思いしてるって……」
 彼女の悩みを聞くつもりだったロードフリードは戸惑った顔をした。
 彼は彼女がその質問をするに至った原因に思い当たり、右手で顔を覆って、ため息をつく。
「バルテルか……」
 ヴィオラートは頷いて、緊張して高鳴る胸元に両手を重ねた。
「誰かの恋の話って、いつもは楽しくて興味が湧くのに、どうしてか聞きたくないって思ったの。それから色々考えて、自分の気持ちがわかりました」
 彼の好きな人が自分ではなくても、この気持ちは変わらない。
 近くにいるからこそ、伝えたいと思った。
「あなたが好きです。幼馴染とか友達とは違う、特別な意味で……」
 口にしてしまえば緊張は解けた。
 彼の答え次第で、ヴィオラートの初恋の行方は決まる。
「……まいったな。告白は俺の方からするつもりで機会を待っていたのに、待ち過ぎて先に言わせてしまった」
 ロードフリードは歩み寄ると、ヴィオラートを抱きしめた。
 身長差のせいで、ヴィオラートは彼の胸元に顔を埋めることになる。
「ヴィオラート、俺も君が好きだよ。子供の頃からずっと君が大切で愛おしかった」
 彼との思い出は優しい記憶で満ちていて、その言葉はすんなりと彼女の心に届いた。
 気持ちが通じた嬉しさで胸がいっぱいになる。
 しばらくの間そうしていたが、どちらにとっても永遠に留めていたい幸せな時間だった。




 開店前の店内で、ヴィオラートは鼻歌交じりで楽しそうに掃除や整頓をしていた。
 今日は彼女が店番をするというので、畑を耕すことにしたバルトロメウスだったが、生き生きと動き回る妹に怪訝そうな視線を向ける。
「急に怒ったり落ち込んだりしていたかと思えば、今度は毎日気味が悪いほど上機嫌だな。一体何があったんだか……」
 バルトロメウスはここ数日間の妹の様子を思い返して、眉間に皺を寄せた。
 昨日だって、店番に飽きて昼寝をしていたら、ヴィオラートがやってきて優しく声をかけてきた。
「お兄ちゃん、疲れちゃったの? もういいから休んできて。お店番してくれて、ありがとう」
 いつもならすごい勢いで小言を言われている所なのに、ヴィオラートはずっとニコニコしていて、それが返って不気味だった。
 もしかすると、また勝手に設備を増設して部屋が消えたのかと思い、慌てて見に行ったが、自室に変わった様子はなく、家の中も改造された箇所はなかった。
 ご機嫌取りをされる理由がまったくわからず、バルトロメウスはヴィオラートの機嫌が上昇した日から、内心ずっと戦々恐々としていた。
「なあ、ヴィオ」
「ん? なあに、お兄ちゃん」
 ヴィオラートが満面に笑みを浮かべて見つめてくる。
 いつも底抜けに明るい妹だったが、その笑みには何かが潜んでいた。
 瞳はキラキラ輝いて、その奥にはあるはずのない花畑が見えるようだ。花の中で緑の服を着た小さな妖精達が無邪気に遊んでいる姿まで幻視してしまう。
「最近、機嫌がいいな。何か良いことでもあったのか?」
「うん! とっても良いことがあったの」
 ヴィオラートは肯定しつつも、良いことの内容を口にしない。
 バルトロメウスは妹の口が開くのを待っていたが、痺れを切らして再度問いかけた。
「何があったんだ?」
「えっとねー、うふふ。やだぁ、恥ずかしい」
 ヴィオラートは急に照れだして、頬に手を当てて体をくねらせる。
 その反応に引いたバルトロメウスは無意識に妹から距離を取る。
 答えを聞くのが怖くなってきた所で、来客が扉を叩く音が聞こえた。
「はーい、どうぞ。開いてますよー」
 ヴィオラートが返事をすると、扉が開いた。
「おはよう、ヴィオ。なんだバルテル、まだいたのか」
 余計な一言を付け加えながら入ってきたのはロードフリードだった。
「誰が来たのかと思えば、お前かよ。朝っぱらから何の用だ、差し入れでも持ってきたのか?」
 バルトロメウスも負けじと邪険な応対をする。
「今日はお前に用があって来たんじゃないよ、ヴィオに会いに来たんだ」
 挨拶代わりに憎まれ口を叩くのは二人の常だ。
 いつもと変わらない受け答えの後に、バルトロメウスにとって予想外のことが起こった。
「ロードフリードさん!」
 嬉しそうに彼の名を呼ばわったヴィオラートが、ロードフリードに抱き着いたのだ。
 二人の抱擁はすぐに終わったが、ヴィオラートは離れることなく、熱のこもった瞳で彼を見つめた。
「ほんの数日会えなかっただけなのに、すごく会いたかったです」
「当分はヴィオの傍にいられるよ。護衛でもお店番でも何でもするから遠慮なく言ってくれ」
「嬉しい、じゃあ今日は調合をしますから、接客をお願いします。昼食も夕食もあたしが作りますから、一緒に食べましょうね」
「ヴィオの手料理が食べられるなんて楽しみだ」
 ロードフリードの方はいつもの調子なのだが、受け答えるヴィオラートの反応がおかしいことに、バルトロメウスは気づいてしまった。
 いつもの妹なら「わあ、お手伝いに来てくれたの? 助かるよ、ありがとうございまーす!」
とか、愛想良く言っておしまいだ。
 幼い頃ならいざ知らず、ただの幼馴染に過ぎない男に、人前で抱き着くなんて行為は絶対にやらないはず。
「お、おい、お前ら……」
 戸惑いながら声をかけると、こちらを向いた二人は不思議そうな顔をした。
「あれ? ヴィオ、バルテルに言ってなかったのか?」
「あ、忘れてたかも。だからさっき「良いことあったのか?」なんて聞いたのね」
「ちょうどいいから、報告と挨拶をしておこうか。おじさん達がいない間は、バルテルがヴィオの保護者だからね」
 何やらこそこそ話し合っていた二人は、やがて揃って笑みを浮かべた。
 これから何を聞かされるのか、バルトロメウスにも薄々察せられたが、できるならまだ聞きたくはなかった。
 せめて自分の恋が成就して精神的にも経済的にも余裕を持ち、妹が行き遅れそうなことを心配するような頃合いであれば、素直に祝福できたのに。
 複雑な心境の兄をよそに、幸せな空気に包まれたヴィオラートは無邪気に笑う。
 この後、妹から両想いとなった経緯を聞かされたバルトロメウスは、自分の余計な一言が急速に彼らの仲を近づけたと知り、さらに落ち込むこととなった。


END


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