2
ピサロ・クリフトの部屋。
酒のグラスを煽りながら、クリフトはピサロにぽつぽつと語っていた。
「ソロをずっと悩ませ、泣かせていたのがあなたと知って‥最初は随分憤ったものです。
立場‥というのを省いても。もっと違った接し方もあったろうに‥とね。
ソロの気持ち…あなたには、ちゃんと理解っていたのでしょう?」
チラリと彼を覗うクリフト。その貌から答えを得たよう、嘆息した。
「‥それは、恐らく今も変わってませんよ。残念ながら‥ね。
けれど‥。私としては、あれだけソロを泣かせた男に、簡単に任せるつもりはありませ
んので。私から引いたりはしませんよ? 信頼なら負けてませんしね。」
「…確かに。貴様は随分あれの信用を得ているな…」
苦々しく言い捨て、ピサロが酒を煽る。
「積み重ねてきたものがありますからね。」
にっこりとクリフトが笑んだ。
「今のあなたではソロを支えきれないでしょうし。‥かと言って、私だけでも難しい。
ですからまあ、仕方ありませんね…。」
奇妙に始まった三角関係をそう語る神官に、何事か口にし掛けたピサロだったが…
ふと視線を戸口へ向ける。
「ソロが来て居る。」
ひっそりとピサロが彼へ告げた。「おや」とクリフトが微笑を浮かべる。
「…やっとですか。意外に遅かったですね。」
クスッ‥とその微笑を深くし、彼も戸口へ視線を移した。
「来ると確信してたようだな?」
「まあ‥。久しぶりの宿泊まりですしね。」
扉の前。
勢いで来てしまったソロは、どうしようかとウロウロ廊下を行き来していた。
思わず、ピサロとクリフトが睦まじくしている姿を想像してしまって。
ここまでやって来てしまったが。いくらなんでも、そんな事ある訳ない。
静かな戸口に立って、少し冷静になったのか、そう考え改めて嘆息する。
でも。どう過ごしているか、やっぱり気になって、ソロはそっと耳を寄せた。
「‥‥‥‥」
中の会話まで届かないが。密やかに語らう様子が窺えて。ソロは眉を顰めた。
クスクスと忍ぶ笑いまで聴こえて来て、とうとうソロは堪らず部屋に乗り込んだ。
ばたん!
部屋の中。真っ先に飛び込んで来たのは、ベッドサイドへ腰掛けたクリフトに向き合うよ
う立ち上がったピサロの姿。中々入って来ない彼に焦れた魔王が丁度腰を上げた所‥
だったのだが、ソロには別に映ってしまった。
「だ‥駄目――!!」
慌ててソロが2人の間に割って入る。
「2人で仲良くなんて‥駄目〜!」
喚くソロに、ピサロとクリフトが吃驚顔を見合わせた。中々入って来ないと思ったら…
とんだ勘違いである。
「‥ソロ。待ってましたよ。」
スッと彼の腰を引いて、クリフトが彼を膝の上へと導いた。
柔らかな声音で話すクリフトに、「あれ?」とソロが眉を上げる。
ストン‥と腰掛けたソロが、上目遣いに彼を窺った。
「‥貴様は。何を想像したんだ?」
渋面を浮かべ、深い吐息を落とした魔王が呻く。
「‥だって。なんだか仲良さそうな笑い声が聴こえたから…オレ‥てっきり…」
ぽよんと困ったように眉根を寄せ、ソロが罰が悪そうにこぼした。
「‥あなたがね、その扉の前でウロウロしている様子を、ピサロさんが実況中継して
下さってたんですよ。…まさか。そんな想像巡らせてたとは思いませんでしたけど。」
クスクスと笑いながら、クリフトが説明した。
「私達があなた抜きで仲良くすると、思いますか?」
心外だ‥と思いを込めた囁きは、少し艶を帯びて届いた。
「そうだな。そんな誤解は甚だ迷惑だ。私が欲してるものを、とっくり知るといい‥」
ソロの顎を上向かせ、魔王が妖艶な微笑を口元に称える。
「‥あ。え‥と‥‥」
漸く。ソロは自分の置かれた状況を理解した。頬がさっと朱に染まる。
「ふ‥ん‥‥‥」
背後から弄ってくる手先。塞がれた唇。ソロは一気に躰の温度を上昇させた。
「はあ…はあ…」
ゆっくり離れてゆく唇の間に名残の銀糸が紡がれる。
キス1つで、すっかり息が上がった様子のソロが、蕩けた瞳でそれを見守った。
「ふ‥ぁ…。ああ‥っ。ん‥‥‥‥」
結局。2人に導かれるまま、ソロは甘い嬌声をこぼしていた。
「‥ね。もう‥焦らさないで…お願っ‥い‥‥」
「焦らすだなんて。さっき達ったばかりじゃありませんか‥」
まだ足りませんか…そう言いつつ、クリフトが彼の中心を握り込んだ。
途端甘い吐息とともに、ソロの躰が跳ねる。
「あっ‥ん。ち‥がう…って。」
ソロの隣に横たえてるクリフトが彼の耳元でクスクス笑った。違うと首を振るソロの胸へ
と這い上る指先が、ゾクゾクした熱を煽ってゆく。
それに気を取られた刹那、脚がぐいっと持ち上げられて、躰が開かれた。
「欲してるのはココだろう…?」
ニヤリ‥と口元に笑みを浮かべる魔王。暴かれた秘所へ遠慮なく指が差し込まれる。
「ふ‥あ…っ」
すっかり蕩けた蕾は、侵入者に熱く絡みつくようで。ピサロはずんずんと奥まった場所へ
潜入した。
「も‥っ、それは‥いいからっ‥。早く‥来て…!」
切羽詰まったように、ソロが眦に涙を溜め懇願する。
クリフトが耳元で何事が囁くと、ソロはかあっと頬を染め上げ縋る眸を魔王へ向けた。
「…ピ‥サロ。ピサロが‥欲しいの。…来て。」
熱い吐息交じりに求められ、もう少し探春を愉しむつもりだった魔王が指を引き抜く。
代わりに己を宛てがうと、グッとソロの身内に沈めていった。
「ふ‥あ‥ああっ‥‥‥」
すっかり納まりきると、ピサロがゆっくり抽挿を繰り出してゆく。
そのリズムに合わせて甘い喘ぎがぽろぽろこぼれ、湿った音と共に部屋を満たした。
「ふ…熱‥いよ‥、ピサロ…」
「…ああ。私もだ‥‥!」
迸りを受け止めて。満足した様子で束の間微睡んでいたソロが、くったりした躰はそのま
まに、ふと首だけ横向けた。
隣にはいつも笑顔を向けてくれる優しい人の姿があった。
ふわり微笑まれて、ソロも同じように綻ばせる。
「…あの‥ね。」
どこか遠慮がちに、ソロが口を開いた。
「あのね…クリフト。クリフトも‥いいよ? …来て?」
「…いいのですか?」
「うん…。オレ‥クリフトも…欲しい。‥駄目?」
「‥欲張りだったんですね、ソロは。」
クスリ‥と微笑んで、彼へ覆い被さるよう躰を起こすと、誘われるまま口接けた。
クリフトの後には、また魔王に挑まれて。
あちこちに花片を散らし、幾度目か判らない迸りを受け止めた所で。
ソロは意識まで飛ばしてしまった。
「…ん、あれ‥‥?」
ぬくぬくと躰を包む湯の感触に心地よさを覚えながら、ソロは目を覚ました。
少々手狭な湯船の中。誰かに抱かれ浸かっている自分…
「気が付いたか‥?」
耳の側で密やかに声が落とされた。馴染んだ低い声音。
「ピサロ‥。オレ‥途中で寝ちゃったんだ…?」
「ああ。そういう所‥相変わらずだな、お前は…」
「オレだけのせいじゃないと思うけどな…」
ぽつ‥とこぼすと、後ろで魔王が笑んだ。
忍ぶ笑いにつられたように、ソロがほうっと吐息をつく。そのまま躰を預けると、湿った
翠の髪を梳るよう、すらりと長い指が差し込まれた。
「もう上がってもよいぞ。これ以上浸からせて逆上せられては適わんしな。」
「うん‥わかった。…ありがと、ピサロ。」
躰をきれいに清めてくれていた彼に素直に礼を告げ、ソロは湯船から上がった。
脱衣所で躰を拭いて、着替えが見当たらなかったので、タオルを巻いたまま浴室を出る。
「‥おや、ソロ。もう大丈夫なんですか?」
ぺたぺたと1人戻って来た彼に、クリフトが微笑んだ。
「うん、へーき。…なにか手伝う?」
ベッドメイクをやり直してたらしいクリフトに、ソロが訊ねた。
「もう終わりましたよ。それより着替えないと。風邪引きますよ?」
そう言って、彼はきちんとたたまれたソロの寝間着を差し出した。
「ありがとう。」
服を着込むと、クリフトに促される形でベッド端に腰を下ろしたソロは、持っていたタオ
ルで濡れた髪を拭いて貰っていた。
「今日は‥回復早かったですね。少し慣れてきたんですかね‥?」
くす‥と笑う彼に、顔を上げたソロが苦く見つめた。
「…なんか。本当に馴染んだら‥オレ、ヤバイよね?」
「おや…まだ気にしてたんですか?」
「だって…。なんか‥2人に甘やかされてるみたいに抱かれるの‥嬉しいから。
癖になったら…困る‥じゃん。」
仲間として迎えてからのピサロは、ソロが困惑する程、これまでとは違う面ばかりで。
それまでも時折優しさや気遣いを感じる事は度々あったのだが。それともまた少し趣が違っ
てるよう思う。ソロはピサロの存在を別の意味で途惑い受け入れつつあった。
そして。寝所でのピサロは。これまでとは打って変わった労り‥というものが感じられて。
それが擽ったくもやはり嬉しいソロだった。
――今だけ‥かも知れないから。
そんな想いも孕んでいるせいか。いっぱい甘えてみたい‥気もする。
「私はそれでも構いませんよ? ソロが嬉しいと、私も嬉しいですしね。」
「ほんと‥?」
「ええ。…さ、これでいいですよ。」
髪の湿り気を大分取り除いて、クリフトがさらさら流れる髪を梳いた。
「では‥私も湯に浸かって来ますね。空いたようですから。」
そう言って、ぽんとソロの肩を叩き、クリフトがピサロと入れ違いに浴室へ向かった。
「‥‥‥‥」
それをぼんやり見送って、ソロが小さく吐息を落とす。ふ‥と寄せられる視線に誘われる
よう、ソロは部屋へ戻って来たピサロを見つめた。
「…あ。えっと‥じゃ、オレ‥もう帰るね。」
静かな紅の瞳と見交わされて、ソロは落ち着かない様子で視線を彷徨わせ、踵を返した。
戸口へ向かおうと足を踏み出したが、腰を取られて、その場でたたらを踏んでしまう。
「ピサロ‥?」
「このまま休んで行けば良いだろう? どうせ、あの神官も同じ事申すはずだ。」
ぐっと躰を引き寄せて、後ろから腰をガッチリ捕らえたまま、ピサロが静かに話した。
「‥でも。ベッド‥足りないし…」
ぽつっと言いこぼしたソロだったが、ふわりと躰が浮いた次の瞬間には、ベッドに腰掛け
させられていた。そのままピサロが彼を抱き込む形でその隣へと身を乗り上げて来る。
抱き枕のような体勢で、ソロはベッドに縫い止められてしまった。
「…あの、ピサロ?」
「独り寝は好まぬのだろ? ならば‥どちらでも構わぬ、好きな寝台を選べ。」
「…ピサロ‥。」
囁くように耳へ届く声音は、不思議に甘くて。ソロは彼を覗うよう仰向けになり、首を伸
ばした。
「‥ピサロ。変なの…。前と‥全然違う。どうして…?」
優しく眇められた双眸に、惑うソロがぽつんとこぼす。
「どう違う?」
「え‥と。ずっと乱暴だったし…勝手だったし‥。強引で…こんな、優しくなかった。」
「…そうか。‥そうだな。お前が[勇者]に囚われたように、私も[魔王]に囚われて
いたからな。…どうしても、距離を保つ必要があった。己を律する為にも‥な。」
躊躇いつつ語ったソロに、ふわりと笑んだピサロが応えた。
「そう‥なの…。ピサロも‥いろいろあった‥‥んだ‥‥‥‥」
横になった時点で襲って来た眠気にとうとう負けて、ソロはすうっと寝入ってしまった。
「‥ああ、そうだな。本当はずっと―――」
こうして感情のまま、接してみたかった…そんな想いを込め、翠の髪に口接ける。
忘れてしまっていたのが不思議な程鮮明に蘇る、木漏れ日揺れる緩やかな刻――
懐っこい蒼の瞳と新緑の翠を思わせる髪をふわりと揺らしていた幼子。
真っすぐな眼差しから寄せられる信頼…というものを初めて与えてくれた存在…
その不思議と満たされた思いを、偶然出逢ったエルフに重ねた。
あの隠し里で。
初めて逢ったはずの勇者に、どこか騒つくのを思った…
単に好奇心が涌いたものと‥そう理解し、欲するまま凌辱した――
「‥ソロ、眠ってしまったようですね。」
浴室から出てきた神官が、影を落としたような貌の魔王に声をかけた。
「‥ああ。まあな。」
「やはり疲れてたんですね‥」
ぐっすり寝込む彼を覗い、クリフトが小さな吐息をこぼす。
「‥お休みなさい、ソロ。」
クリフトはふわっと彼の髪を梳いて、柔らかく囁き落とした。
そのまま自分のベッドへと身を乗り上げ、布団に滑り込む。
「…ああ。ピサロさんも、お休みなさい。」
ついで‥とでもいいたげに付け足して、クリフトが横になった。
魔王が無言でそれを見守って。やがて瞳を閉ざす。
――前と違う。
そう語ったソロの不思議そうに惑う瞳が蘇る。
ああ‥そうだ。
勇者を屠る理由なき現在――
その感情を抑える所以など、もうどこにも残って居らぬのだから…
以前と同じでは居られない――
柔らかな寝息に誘われるよう、魔王も眠りに誘われていった。
2006/4/20
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