魔界。蒼い光が照らす世界で、夜を照らすのは赤みがかった月。
魔城――デスキャッスルへの進入を阻んでいた4つの結界を全て破った勇者一行は、魔界での拠点に用いている光の結界のある希望の祠へと戻って来た。
疲れた身体を休ませる為に戻って来たらしく、その足取りは重く気怠い。
そんな一行の様子を、少し離れた高台の上から見守る男が、溜息を落とした。
「まだ接触してなかったのか?」
重い吐息をこぼす彼の背後から、呆れを滲ませた声が届いた。
「で‥殿下!?」
「勇者を説得すると出たきり戻らぬと思ったら…何をモタモタして居るのだ?」
音もなく忍び寄った、ピサロとよく似た面立ちの男が、赤髪の魔族の青年へと伸ばした手で、彼の頬を引っ張った。
仕える主とは違う、蒼の瞳を眇させて、不機嫌な様子で彼の返答を促す。
赤髪の魔族――アドンは、最初の印象よりも柔らかく感じるその面差しに苦笑すると、おおまかな事情を説明した。
世界樹の花の奇跡を勇者ソロに伝えるべく、彼との接触を試みたアドンだったが、肝心のソロがピサロの事を忘れてしまったようで、叶わないまま今日まで来た事を伝えた。
「忘れた‥か。だが…」
ピサロによく似た面差しの男は、顎に手をやりながら数刻前の情景を思い出した。
あの時、視界の先に捉えていた人間達の中で、こちらをふと振り返った者があったのだ。ほんの一瞬だったが、確かに真っ直ぐこちらを見ていたように思う。
「やはり…そうしていると、本当に陛下に似てらっしゃいますね…」
「私が似ているのではない。奴が私に…」
「殿下?」
「記憶がないと言ってたが。それでも、残るものがあるのだろう。ならば‥‥」
ソロは普段クリフトと共に休んでいる個室で、うとうとと浅い眠りに落ちていたが、獣の咆哮に意識を浮上させた。
ハッと目を覚ました彼は、隣で眠るクリフトを起こさぬよう、そっと寝床を出た。
(…なんだろう‥この感じ?)
ソロは何かに呼ばれているような、そんな感覚を覚え、ふらふらと建物の外へ向かった。
黒い空には赤い三日月が半分沈み掛かっている。
それを背にした丘の方から、不思議な気配が漂っていた。
崩れた塀を乗り越えて、ソロが強い存在感を纏った者を探すよう、視線を彷徨わせる。
ふと目に飛び込んで来たのは…白銀の長髪。
ソロは考える間もなく、走り出していた。
古い時代の名残だろう崩れた塀の残骸の中、白く浮かび上がるようその姿を止める白壁。
それにゆったり背を預け、その人影は在った。
「‥このような場所まで追って来るとはな。」
低く通る声が冴え冴えと響く。ソロは少し余分に距離を置き、歩みを止めた。
どくんどくん‥脈打つ鼓動が激しさを増す。
似ている――そうソロは思った。でも誰に?
途惑う思いを余所に、男の声が再び届く。
「群れから離れるのは危険だと、学ばぬのか人の子よ?」
冷たく突き放すような物言いに、危険信号を灯らせて、ソロがごくりと息を飲んだ。
「それとも…貴様が例の『天空の勇者』とやらなのか‥?」
気配を辿るようにここまで来た時点で、それは確信に変わっていたが、男はそう声をかけた。
「…どう‥して、それを‥‥? あなたは…敵‥?」
こちらの問いに惑いを滲ませながらも、その場から去る事も近づく事もせず、まだどこか幼さが残る青年が問う。
「貴様にとって、敵とはなんだ?」
思わぬ問いに鼻で嘲笑って嘆息する。だが、少し興が乗って来たのも確かで。逆に問いかけてやった。
「‥え‥っと。…人間を滅ぼす者‥かな。」
「人間などに興味はないな。」
「そう‥なん‥ですか?」
ほっと吐息をもらして、一瞬緊張を解いた。
「‥だが。貴様には興味あるぞ。」
彼が息を吐いた次の間に、男は眼前まで移動していた。
ソロが退けぬよう腰に手を回し、顎を捉えた手が面を上げさせる。
銀の髪。特徴ある尖った耳‥魔族の男は黒衣に身を包み、紫のバンダナで額を覆って居た。
綺麗過ぎる程整った顔。きつく尖ったその瞳の色は蒼…氷のようなアイスブルー。
「‥どうした? 捜し人でなく気抜けたか?」
にやり‥と男が口の端を上げる。すべてを見透かしてでもいるかのように。
「…捜し人?」
「アレを追って来たのだろう? 人の子…いや、天空の者か?
人間共がこの地へやって来た原因はアレだと聞き及んで居るぞ。」
顎を捉えていた手を一旦離すと、彼はほうっと息を吐いた。腰の手はそのままだが、もう片方の手は、今度は柔らかな翠の髪を弄んでいる。
「それって‥デスピサロのコト?」
「ああ‥そんな呼び名が付いてるそうだな。
アレの噂は遠く離れた我が国まで届いたぞ。面白い噂話と共にな。」
「噂話…?」
「ああ‥あまりに意外で、信憑性を疑っていたが…情報は正確だったようだな。」
くつくつと男が嘲笑った。
「一体‥なにを‥‥?」
訳解らないと途惑う彼の耳元に唇を寄せる。
「地上の魔王が天空の勇者と情を交わしている‥とな。」
「えっ――!?」
睦事めかせたのに、言われた言葉の意味を計り兼ねたのか、困惑露に瞳を揺らす勇者に、男が続ける。
「惚けても無駄だ。微かだが、貴様からはアレの気を感じる。情を交わした証がな。」
耳元で更に低く落とされたその言葉に、勇者がカッと目を見開いた。
「う‥そだ!! そんなはず‥ないっ!!」
ドン‥と男を突き飛ばし、勇者は駆け出した。
狩りでも楽しむかのように、男は彼の動きを巧みに誘導し、壁へと追い込む。
「貴様が単身外へとやって来たのは、この私の気に惹かれたからであろう?」
勇者を壁に縫い止めて、肩で息をするその背に静かに告げる。
「アレの気と間違えたのだろう?」
「――!?」
そう続けると、勇者の身体がビクンと震えた。
背後から抱き込むように細いその躰ごと縫い止めると、早鐘を打つ鼓動がはっきり伝わる。
「…らない。‥知らない、そんなコト! 本当に解らないんだ、オレは…!
なのに‥‥‥っ。」
荒れた声音が湿った声へと変化したので、勇者の肩を掴み、躰を返した。
壁に背を預けた勇者と、男は真っ直ぐ瞳を交わす。
「…本当に知らぬのか? 覚えておらぬのか‥?」
形のよい眉を僅かに顰めさせ、男は確認するよう訊ねた。整った顔を凝視め、勇者が小さく頷く。
「…忘れてるんだ‥って、そう言われた。けど‥‥‥ オレが魔王とそんな…そんなコト。ある訳が‥‥‥」
間近で見ると、少年のようにしか見えない彼が、何かを探すよう見つめて来る。
「では‥試してみるか?」
「え‥‥っ!? んっ‥んん‥!」
唇を奪い、力づくで口内まで侵入すると、どうにかそれを逃れようと、懸命に腕を動かしてくる。それをあっさり封じ、口腔に蜜を送って苦みの走る蜜を嚥下させて、唇を解放した。
「はあ‥はあ‥。な‥に、飲ませたんだ…?」
「無駄に暴れられても興ざめだからな。貴様もどうせなら愉しみたいだろう?」
「なに‥言って…あっ。や‥やめっ‥‥!」
艶めいた声音で言い聞かせるよう紡ぐと、彼の耳朶を舐め舌を這わせた。
ビクンと躯を震わせたと思うと、抗う力が鈍くなる。それに乗じてじっくりと、その肌を味わうように手を弄らせてゆく。
「や‥、やめ‥ろ‥‥‥! 嫌‥だ‥‥‥っ」
素肌をゆっくり滑らせると、時折喘ぐように呼吸が乱れ、夜に晒された肌は心細く悸えていた。
「吸いつくように滑らかだな‥貴様の肌は。それに‥感度もいい‥」
「そん‥なコト…、あっ‥‥」
くつと嘲うと、かあっと頬を朱に染め、勇者が抗議した。それに応えるよう、きゅうと胸の飾りを抓ってやると、彼は背を撓らせた。
「フッ‥良い声だ‥」
敏感に反応しながらも、この状況から逃れようと、身動ぐ彼を追いつめるべく、熱を煽るよう手を滑らせる。
「ふ‥ぁ。あ‥ああっ‥‥‥」
やがてすっかり熱に絆された彼が、躯の熱に浮かされて夢見心地な表情で男の腕に触れた。
「ピ‥サロ‥‥?」
ぼんやりとした呟きを、聴覚の鋭い男はしっかり捉えた。
フッと愉しげに口角を上げ、優しい仕草で翠の髪を梳る。
彼は安心したよう微笑むと、ぎゅっと圧し掛かる男の背に腕を回した。
「ピサロ‥‥!」
涙を落とす勇者に、一瞬蒼の瞳を見開いた男は、唇に笑みを刷いた。
「ピサロ‥ピサロ。‥ん‥‥ふ…」
縋り付く彼に口接けると、それはすぐに深く混じり合う。積極的に応じ始めた勇者の蕾を男の指が辿ると、びくんと瞬間身動いだが、その動きから逃れるでもなく、甘い吐息を漏らした。
「ん…あっ‥」
「ここも随分お待ち兼ねだったようだな‥」
愉悦を含んだ笑味が耳元に落とすと
「だって‥」と恥じらうよう呟き、焦れたよう腰を揺らした。
「可愛いな、お前は‥‥」
男がそっと囁き耳朶を食む。そのままゆっくりと滑る唇が首筋を降り、肩口へ吸い付いた。
秘所へ増やされた指の出入りが容易になってくると、やがて、質量の違う熱塊が宛てがった。容赦なく捩り込んで腰を進める。半分程受け入れさせた辺りで、勇者がふと動きを止めた。
彼は縋っていた腕を解くと、その顔を覗き込む。
「ピサロ…?」
不安気に自分を抱く男の姿を窺うと、勇者は凍りついた。
冷水でも浴びたかのように、一気に全身を強ばらせて、縋りついてた躯が反転、拒否へと変わる。
男が冷笑を浮かべると、彼は男から逃れようと、しゃにむに動いた。
「や…やだ‥! いやだ~~~~!!」
取り乱しわめき散らす。だが、唯一自由に動かせた両腕をあっさり捕らわれると、どうにも動きようがなくなってしまった。
「ぐっ‥、ああっ‥‥‥や、だ…」
彼の動きを封じると、その存在を主張するよう穿っていた熱杭が律動を開始した。
「やっ…やだ‥。やめ‥っ…はぁ‥っ」
混乱しながらも、必死に抵抗する彼を味わいながら、射るような瞳は冷静に観察を続けた。
深く繋げた躯は、抗う術なく翻弄されているようなのに。心が全く明後日の方向を向いているみたいな手応えを覚える。
「考え事とは余裕だな…」
男はそう言うと、彼自身に指を絡め扱き上げた。
「ふ‥ぁ。あっ…や、だ‥ああっ‥‥‥」
快楽を煽る熱流が渦巻くように躰は、敏感に反応を返す。それでも懸命に、彼はそれから抗おうと否定の言葉を繰り返した。
「そう喚くな。どうせ顔の造りは同じなのだろう?」
「‥違‥う。あんたは‥ピサロじゃ‥ないっ…」
「ああ‥。私はアレとは違う。だが‥‥」
男がソロの後頭部を掴み、顔を間近に寄せた。
「無関係でもないのだ。残念ながらな‥」
そう告げると。言葉の意味を計り兼ねたのか、抵抗の力が幾分緩んだ。
「な‥どういう‥‥あっ‥」
「おしゃべりは終わりだ。今は伽の相手を務めろ。」
体勢を上手く調整し、緩やかだった抽挿を再び速めた。
「あっ…ああ‥‥っ!」
大きく幾度か穿った後、極まった男に促され、勇者も精を放った。
そのままグッタリと脱力する彼を解放し、乱れた着衣を整える。
「‥さっきの話。ピサロと無関係じゃないって‥どういう意味…?」
素肌を晒したままの彼が、荒い息を宥めつつ口を開いた。翠の髪へ手を伸ばしかけた男の手が止まる。
ぽつんと呟くような問いかけは、俯せたままなされたが、窺うような目線はこちらを捉えていた。
「アレは生まれてすぐに魔界を追放された、我が弟。私はアレの双子の兄だ――」
「えっ‥!?」
勇者はがばっと腕を支えに身を起こそうとしたが、上手く力が入らず、ガクンと崩れかけた。それを隣にいた男が助ける。ぐいっと捉えた腕を引き、半身起こすのを手伝うと、すぐ側の壁へもたれ掛けさせてやった。
「…双子? 弟‥って…本当に?」
「姿はそっくりだと聞き及んでるが?」
信じられない‥と目を丸くする彼に、男が口の端を上げた。
「それは‥似てるけど。でも‥‥‥」
「その方の仰られている事は真実ですよ。」
寄りかかっていた壁の後ろから姿を現した青年の声に、勇者が振り返った。
「あ‥あんたは‥‥‥」
ゆっくりと歩み寄って来る彼を凝視める。薄闇の中、ようやくその姿が現れた。
「アドン…!」
「思い出して頂けましたか? お久しぶりです、ソロさん。」
以前に会った時と変わらぬ笑みを浮かべ、親しげに挨拶を寄越され、ソロが渋面を作った。
ピサロの側近。ロザリーの護役だった…アドンだ。
「なんであんたがここに‥!?」
途惑いながら、ふと己を顧みたソロが慌てふためいて、服をかき集めた。独り情事の名残を残している姿が気恥ずかしくなったのだ。
「いろいろとお話したい事もありますが。
すぐそこに泉がありますので、先にそちらへ案内致しましょう。」
クスリ‥と笑いをこぼすと、まだ躰に力が入らない様子の彼を抱く。
「殿下、宜しいですよね?」
言葉は丁寧だったが、返答の確認を待つこともなく、アドンはスタスタ歩き出した。
「あ‥あの、アドン。あんたがなんでここに‥? それにあいつの事‥‥‥」
彼が身に纏っていた外套に包まれ、横抱きにされたソロが、怪訝な顔で話しかけた。
ピサロの兄と語った男をアドンは『殿下』と呼んでいた。
「…知り合い‥なの?」
「存じては居りましたが、お目通りさせて頂いたのは最近です。
あんな無茶をなさるとは思い及びませんでした。申し訳ありません。」
「…でも。止めようとも思わなかった。…違う?」
落ち着いた声音で、ソロが訊ねる。
「荒療治とは思いましたけどね。その方が手っ取り早いかと思いまして。」
くす‥と悪びれない笑みで、アドンが答えた。
「オレが‥ピサロを忘れていたから?」
その問いかけに小さく笑んで返すと、到着した泉へソロを降ろした。
「‥地上とは性質が違いますが。毒性はないのでご安心下さい。
少々冷たいとは思いますけど。」
泉に浸かるソロの背に、彼が声をかける。ソロはこくんと頷くと、躰の汚れを落とすよう、泉で身を清め始めた。
「お待たせ致しました、殿下。」
水浴びで少しスッキリした面持ちになった勇者を伴って、場を外していたアドンが戻った。
彼に促される形で、男と距離を置いた位置に勇者が腰を下ろす。
「…それで。どうしてピサロのお兄さんが、ここへ来た訳?」
警戒は解かずに居るが、話を聞くだけの余裕は確保したようで、その問いかけは予想以上に静かだった。
「追放された弟が、白の地で奈落を開こうとしていると聞いてな。確認に参ったのだ。」
「白の地‥奈落…?」
「この辺り一帯の土地を魔界ではそう呼んでいるんですよ。奈落というのは、我々が進化の秘法と呼んでいたものの古称らしいです。」
やや控えるように立つアドンがソロに説明した。
「奈落を開かせる訳には参らぬのでな。」
「‥‥殺しに‥来たの?」
固い表情で、勇者がぽつんと呟いた。男がにやりと口の端を上げる。
「必要ならな。だが…」
「まだ手はあります!」
「そう‥この者が申すのでな。それを確かめる為参ったのだ。」
「どういう‥コト…?」
「理を無視した外法が歪みを生んだ。地上にな‥。あまり歓迎せぬ出来事だが、アレには朗報かも知れぬ。」
「ピサロ様をお救け出来るかも知れないんです! 千年花が咲けば!」
「え‥!?」
アドンの話によれば、千年花とは世界樹の花の事で。
千年に一度しか咲かないとされる幻の‥奇跡の花と呼ばれているものだった。
その花の咲く年に、異界への扉が開くという。
「…それじゃ、その千年花を手に入れられたら、ピサロを救えるかも知れないの?!」
「ええ。きっと道が拓けるはずです。」
「…でも。その前に進化の秘法が完成しちゃったら‥」
「術の完了までには、まだ時間がかかろう。それ程に巨大な術なのだ。」
「ソロさん。千年花を手に入れられるのは、あなたしか居ないのです。どうか…!」
「けど‥オレは‥‥‥」
勇者として、倒さねばならぬ相手を救うなど、許されるのだろうか?
惑うソロが答えに窮していると、カサリ‥と草を踏む音が響いた。
「ソロ‥あなたが思う道を選んで下さい。」
「クリフト…。どうして‥いつから…?」
「目が覚めたらあなたが居なかったので。捜しましたよ。お話は‥途中から聞かせて頂きました。‥そちらのお2方は気づいていらしたようですが。」
苦く笑むと、やって来た彼がソロの側へ歩み寄った。
「ソロ‥これは…!?」
近くまで来ると、ソロの服がひどく傷んでいるのを知ったクリフトが、怪訝な顔をする。
そのまま彼の隣に膝を折ると、怪我がないか覗うよう様子の確認を取った。
「…どっちです?」
大凡を察したクリフトが、声を低め静かに訊ねた。
「クリフト…? …だ、駄目だ!」
いつにない殺意を秘めた声音に、ソロが慌てて彼を制した。
「オレなら平気だから‥! そいつは駄目だ!」
「ほう…力の差は理解してたか。勇者は伊達ではないようだな。」
男は静かに腰を上げると、アイスブルーの瞳を眇め、愉悦を含んだ呟きを落とした。
ツカツカとソロへと歩み寄った男が、壁に腕をつき、身を屈める。
クリフトが寄越す厳しい視線など意に介さずに、男がソロの顎を上げさせた。
「アレを打ち倒すも救うも貴様次第だ。好きにしろ。」
「…あんたは‥?」
男の真意が掴めず惑うソロが、疑問を口にした。
「天空の勇者が片を付けるというなら、捨て置くだけだ。
元々魔界とは関わりない件だからな。」
「でも‥弟だって…」
「追放された‥とも伝えたが?」
「‥‥‥‥」
「無垢なのだな、貴様は。…面白い。」
哀しげに眸を曇らせるソロに、男が興味を引いた様子で笑った。
くいっとソロの顎を寄せ、口接ける。
ぎょっと目を見開く勇者に満足顔で目を細めて。
「では‥な。馳走になった。」
男はそう残すと踵を返した。
控えていたアドンも軽い会釈の後、彼を追いかけるよう背を向けた。
「‥見届けずとも良いのか?」
しばらく歩くと、男が背後にやって来たアドンに声をかけた。
「彼らを‥ソロさんを信じます。それに…」
殿下があんな事やらかした後で、どの面下げて勇者一行の前に出られると言うんですか!…という心の叫びは胸の内に留めさせた。
「‥‥‥」
圧し黙ってしまった彼へと振り返った皇子が、何やら百面相しているアドンを怪訝そうに睨む。
「あ‥えっと。戻りましょうか?」
言いたい事は色々あったが。文句を言える立場でもないので。とりあえず、皇子の留守を案じているだろう側近の気持ちを汲んで、そう提案した。
「そうだな。城に戻ってからの方が、じっくり相手させられるしな。」
「え‥?」
また不穏な気配を覚えて後退ろうとしたアドンの肩をしっかり抱いて、皇子はしたり顔で頷き移動呪文を唱えた。
彼らが拠点にしている城に戻ると、皇子は側近からお小言受ける事となったが。例の勇者に直接会った事を告げると、今後の方針までの事務的な話に移ったので。アドンはひとまず自身に与えられていた部屋へと戻る事にした。
城に滞在中も、あまり泊まる事のなかった部屋ではあるが。それでも一人になれるのは有り難い。
色々考えなくてはならない事が山積みな中で、更に面倒な事態になってしまった事を思うと、憂鬱過ぎてため息しかない。
「はあ‥」
ベッド端に腰を下ろして、深い吐息をこぼす。
彼の地で勇者ソロとの接触が叶わずに居た所で。ピサロの双子の兄アルバールと再会した時には、ピサロとよく似た面差しの彼ならば、記憶を戻すキッカケになるやも知れない‥そんな期待を過らせたが。実際彼は見事に、ソロが忘れてしまっていたピサロの記憶を取り戻してくれたのだが‥
(陛下へ報告出来ぬ事ばかりが積み重なっていくな…)
魔界へは、急ぎ伝えるべく報告があった為下ったはずなのに。ここへ来てからの日々は、ほぼ報告しようがない事態続きだと、アドンは軽い目眩を覚えつつ身体を横たえた。
「実際どれ位の時間が残されているとお考えですか?」
食事を終え皇子の自室へ移動すると、アドンが彼に訊ねた。掻い摘んで、決定事項の説明を受けたアドンだが、一番肝要なタイムリミットについては、不透明なままだった。
「正確な所は読めぬが。奈落が開くには幾つか段階がある。最初の段階から次へ移る時間に寄っては、速まるかも知れぬし、逆もまた然りだ。何にせよ、我らはギリギリまで此の地で行方を静観する事を決めた。それが貴様の望みだったろう?」
「はい。ありがとうございま‥す?」
結局残された時間ははっきりしないままではあったが、アドンが丁寧に感謝を伝え終える前に、トンと胸を押されて身体が傾いだ。
軽く押されただけに思えたのに。重力魔法でも加えられているかのように、そのままベッドへ放られてしまう。
「色々骨折ってやったのだ。その分もとっくり払って貰うぞ。」
そう言って、皇子もベッドに身を乗り上げた。
「で‥殿下…」
私室へ連れて来られた時点で、予想は着いていたが。アドンは圧し掛かって来る男を見つめ小さく息を吐いた。
「ふむ。まだまだ仕込みが足りてなかったか?」
じっとベッドに縫い止めたアドンを眺めた皇子が、独りごちる。
「は‥?」
「まあ。それもまた良しとするか…」
独り納得顔を浮かべて、皇子は彼の首筋に唇を寄せた。
「…っ。は‥ん‥‥」
口接けと共に濡れた感触がざわりと肌を震わせる。ビクッと身体が跳ねると、唇に弧を描いた皇子が舌をねっとり這わせて、彼の唇へと辿り、自らのそれと重ねさせた。
幾分ぎこちなくはあるが、最初の頃よりも大分ましに応えて来る彼に内心で笑んで、口腔をたっぷり味わう。
数刻前に抱いた勇者は、あどけなさを残す割に色事の場数は踏んでいるようだった。仕込んだのは弟か、それともあの場にやって来た人間か‥
「ふ‥あっ‥‥、はあっ…はあっ‥‥‥」
長過ぎる接吻けからやっと解放されて、アドンが息を継ぐ。そして、乱れた息を整う間もなく、身体を返されたと思うと、下履きごと引きずり下ろされ露わになった蕾に、遠慮なく指が差し込まれた。
「ぐっ‥で、殿下…?」
早急な繋がりを求められている事を察した彼が、ビクンと身体を震わせる。もう何度も身体を重ねているとはいえ、数日ぶりで早急な行為は怖じ気づいてしまう。
「殿下‥まだ、無理‥っ‥‥」
「では‥こっちで相手するか?」
肩越しに振り返ったアドンの顎を掴んで、色の滲んだ声で訊ねた。
身体が密着した時に、皇子の高ぶりを肌で感じたアドンが、その余裕のなさを理解し逡巡しつつも頷く。そちらの行為もまだ馴染めてないのだが。急な繋がりを求められるよりは、遙かに身体の負担が少ない。アドンは彼に促されるまま体勢を入れ替えた。
ベッドヘッドに上体を預けた皇子の前に膝を着いたアドンが、そそり立つ熱塊へおずおずと手を添える。
手筒で幹を何度か滑らせてから、唇を寄せ先端を口に含んだ。
「ふぅ…っ、ふ…ぐ‥‥」
ゆるゆるとした動きに焦れたのか、皇子がアドンの頭を押さえて腰を進めた為、えづきそうになったアドンが、涙目になる。好き勝手に動かれるのは、かなり苦しくはあるのだが、自分のやり方だと時間ばかりが過ぎて行くだけなのも知っているので。歯を立てないよう注意しながら、彼の動きに合わせる。
「ふ‥は‥‥っ、ふぁ…ぁ、んっ…ぐ…」
口に含んだ時から、既にはちきれそうだった熱杭は、迸りを彼の口腔に叩きつけ、解放した。
「はあ…はあ…。す‥すみません…」
上手く受け止め切れずに、その殆どを飲み下せずこぼして
しまったのを、失敗と感じたアドンが詫びた。
「気にせずとも良い。些か性急過ぎたからな‥」
そう苦笑して、皇子が手近にあった布で彼の口元を拭ってやった。
「先刻の事を思い出したら、つい‥な。」
アドンの腕を取り自らに引き寄せながら、皇子が告げる。
「ソロさんの事ですか‥?」
「それもある。アレはなかなか興が乗った。それに‥後から来た人間。アレもなかなか面白そうだった。」
にやりと口の端を上げる皇子に、アドンが渋面を浮かべた。
「珍しいな。貴様がそこまであからさまに顔に出すとは。」
「陛下の訪いが途絶えている隙につけ込んで、自身がその立場を得たばかりか、陛下の事まで忘れさせてしまったのですから。良い感情など持ち得ないのも当然でしょう。」
「アレの記憶をあの人間が奪ったと?」
興味持った様子で、皇子が確認する。
「‥はっきり断言出来る訳ではありませんが。急な心変わりがそうでないと、納得出来ません…」
ピサロへの想いの強さは、それほどに深いのだと確信持っていたアドンは、ソロの記憶から彼が消えた理由をそう解釈していた。
「勇者といい、貴様といい…地上の者は初なのだな。」
クックッと喉の奥で笑って、皇子はアドンの赤髪を撫ぜた。
「な‥なんですか、それは!?」
ソロと同列に扱われてしまった事を理不尽に思ったアドンが口を尖らせる。その唇を皇子が唇で塞いだ。
「ん…っ、ふ‥‥‥」
そのまま深まる口接けは、身体の芯に熱を点らせるようにアドンの口腔を翻弄する。
「ふ‥ぁ。はあ‥‥っ、は…っ‥」
ビクビクと反応する身体をゆるゆる弄っていた指先が胸の尖りをこね回して来て、喘ぐ声に艶が帯びていくのを止められない。
「あっ‥ああっ‥‥そこ、ばかり‥はっ‥‥‥んっ…」
自分以上に自分の身体の弱みを把握したような愛撫に、沸々と熱が生じていくのを思う。
左右の胸を散々舐られた末に、皇子の手淫であっさり遂精を果たした頃には、弛緩した身体を貫かれても萎えない熱に浮かされ、乱されたのだった。
「はあ…」
再びこの城へ滞在するようになって、10日あまり。勇者一行が魔界へ戻って来たという知らせもなく。進化の秘法の術も進捗する兆しがないまま過ぎた時間は、気まぐれな皇子の相手をする以外の役目がある訳でもなく、アドンは与えられた部屋の窓から外を眺め、何度目か分からぬ溜息を吐いた。
勇者一行が、あの後すぐに魔界を発ったという事は、アドンが望んだように、千年花を探しに地上へ移動したんだろうと思う。出来れば一行の助力になるよう動きたい所だが。皇子にすげなく却下されてしまったし、第一、ソロに合わせる顔がない。
「はああ…」
再び重い吐息をこぼすと、間近で軽い息が返って来た。
「不景気な顔ばかりだな。」
「‥殿下。元々こういう顔なんです。放っておいて下さい。」
呆れを滲ませた皇子の苦笑に、アドンが憮然と返す。
「そうか? 最近寝所では大分色めいた表情が増えたものだが‥」
「そっ‥、殿下の錯覚ではないかと。」
カッと頬に朱を走らせたアドンが、一息つくと静かに答えた。
「それで。今日は何の溜息だったのだ?」
肩を竦めさせて、皇子は彼の前に移動すると短い赤髪を摘んで指遊んだ。
「それは…言っても、殿下には伝わりませんから。」
目を反らせたアドンの顎を押さえると、アイスブルーの瞳がじっと続きを促すよう見つめて来たので。アドンは口の端で微かに笑んで伝えた。
アドンはアルバールに基本従順だが、部下のような忠誠心がある訳でもなく、ましてや勇者が弟に寄せているような情がある訳でもない。互いに利害の一致を見た事で、ここに逗留するだけの理由は作ったが。それ以上にはならないのだ、決して。それで良かったはずなのに…
「…殿下? どうなさったのですか?」
夕食後。いつものように皇子の私室へ移動し、酒の相手をしていたのだが。2杯目を飲み干した所で、手が止まったのを見て、アドンが声をかけた。
「ああ‥注いでくれ。」
ボトルを持ったままの彼に目線を移して、促した。
「貴様も進んでないようだが?」
グラスを一度も空けてない彼に気づいた皇子が、つい‥とそれを差し出した。
「折角貴様の口に合う酒を用意させたのだ。遠慮せず空けると良い。」
「はあ‥では‥‥」
酔って醜態晒した記憶はまだ新しいのだが。グラスを受け取ってしまえば、飲まない選択肢は選べない。
アドンはくいっと淡いブルーの液体を含んだ。
口内で炭酸が優しく弾ける口当たりの良い酒だ。魔界では食前酒によく用いられる酒らしく、今夜の食事の時も振る舞われていた。アドンが気に入ったのを知ると、わざわざ別途に仕入れてくれた。
コクコクと半分程飲み干してグラスを置くと、皇子がナミナミと追加を注いでくる。
「殿下‥。また先日のような無礼を繰り返したら、トーガさんに叱られてしまいますから…」
「私が許すから問題ない。酔った貴様は面白かったぞ。」
ニッと唇を三日月にした皇子が、アイスブルーの瞳を眇めさせる。それを期待しているのだと言外に伝えていた。
数日前。
色々もやもやしたものを抱えながら飲んだ酒は、うっかり限度を超えてしまったようで。気づいたら、絡み酒になってしまっていた。
「何をそう落ち込んでいるのだ?」
余所事のように問いかけられて。アドンはプチっと何かが切れるのを思った。
「殿下がー、守備範囲が広いのはー、いいですよー
でもー、ソロさんに手を出すとはー、本当意外でしたー」
心底疲れきった様子で吐き出すと、しくしく泣き出してしまう。
皇子はそんな彼の姿を興味深げに眺めて、更に酒を勧めた。
「陛下に知れたら、どれだけ不興買う事か…
必要ない者と切り捨てられたら、私は‥‥‥」
「良いではないか。その時は、私に仕えれば良いだけだ。」
「あんなにあっさり、ソロさんに手出して。あの人間にまで興味持ってたじゃないですかー。私など、すぐ飽きるだけですー」
抱き寄せて来た腕を外すと、胸ぐらを掴んだアドンが皇子に不機嫌顔を近づけた。
「それともー、もう飽きていたから、ソロさんの事‥」
言いながら、それが事実のように思えて来たアドンが、サアーっと顔色を変える。
「落ち着け。未来は判らぬが、少なくとも今は十分飽きさせずに居るぞ?」
クックと喉で笑った皇子が、彼の両頬に手を伸ばし唇を寄せた。
「じゃーどーして。殿下はソロさんをー?」
軽い口接けの後も尚、納得行かない顔のまま、アドンが口を尖らせた。
「別に大した話ではないが‥。そうまで食い下がられると、相応の対価が欲しくなって来るな…」
彼がそこまで拘って来るのが、自分への執着からなら面白いのだが、そうではないのが些か残念と、皇子は酔いが回って脱力するアドンを支えて独りごちた。
あの晩の事は、断片的にしか思い出せないが。散らばった言動で、皇子を問い詰めていたのはなんとなく覚えている。
アドンは口当たりの良い酒を再び含むとコクコク飲み進めた。
「そう言えば…。結局、教えて頂けなかったんですよね?」
「ん? なにをだ?」
「殿下が‥ソロさんに手を出した理由です…」
確かそんな話をしていた筈だったとアドンが隣に座る男へ目線を向けた。
元々は、ピサロの記憶を無くしているらしいソロと彼を引き合わせたら、記憶を戻すきっかけになるのでは‥と。あの場に姿を現した皇子を見て考えたのだが。どうソロを呼び出そうか思案にくれるアドンに、皇子があっさりそれを請け負った。曰く、たやすい事だと。
実際、本当に彼の宣言通りにソロがやって来たのも驚きだったが。その後の展開はもっと衝撃だったので、聞きソビレてしまっていた。
「ああ‥そうだったか。うむ‥」
じっと答えを待つ視線を寄越されて、アルバールは小さく息を吐いた。
「大した事ではない。ただ‥何かを探すような瞳の奥に、深い闇が見えたのでな。」
「闇‥ですか?」
「魔界が闇と親和性を持つように。天界の属性は光だ。その天に最も近しい人間が抱く闇というのを暴いてみたくなった‥といった所だ。」
「ソロさんの闇‥それは、暴けたのですか?」
思いがけない言葉を聞いて、アドンは慎重な面持ちで訊ねた。
「いや。正体までは判らぬさ。アレの記憶が戻った後は、大分顔つきも変わったからな。」
肩を竦めて返した皇子が、僅かに口元を緩ませる。
「最初に貴様からアレと勇者の話を聞いた時は、意外な取り合わせでしかなかったが。あの勇者と会って、その意外感は失せたな。」
「殿下‥」
蒼の地において。王家に生まれた双子は対極となる属性を強く内包し誕生すると言われている。聖と魔。光と闇。生まれてすぐに魔界を追放されたのは、光属性であるとされたピサロだった。魔族でありながら光属性とされた弟、勇者でありながら、身内に闇を抱くソロ。その傍らに光へ導く者があったのも興味深い。
「クックッ‥‥」
「殿下?」
「最初に父君から此度の件を仰せつかった時には、遠路はるばる出向く面倒さに腹が立ったものだが‥」
そう呟いて、隣で首を傾げる赤髪の青年へ手を伸ばした。
頬から顎へと滑らせて、上向かせると口接ける。
この者も、あれらも‥些か飽いた日々にあっては遭遇する事もなかっただろう、興味深い存在達だ。
アルバールは、自身とその周囲が当たり前に抱く思考とは異なった価値基準で動く彼らの行動原理を、そんな風に楽しみ始めていた。
「問いの答えは十分得たろう? 代価を貰うぞ。」
口内をたっぷり味わった後、耳元に唇を寄せ囁くと、目元を染めたアドンが、コクンと頷いた。
本人に自覚があるかは不明だが、伏し目がちなその表情には、色香が滲んでいて。彼の高揚感を示していた。
そんな瞳に満足感を覚えながら、アルバールが彼を寝室へと誘って行く。
振り回される一方だったアドンが、皇子を振り回す日が来る‥のは、近い…かも知れない?
〈2018/12/14〉
更新が滞ってますが。元気です。ご訪問ありがとうございます。
今更ながら。小説のUP方法がちょっと分かったので。サイト修正と更新がんばりたいなあ‥と。
さて。今回のアドン編の続きのお話、いかがでしたでしょうか?
冬コミ新刊にしようかと夏ごろ綴ってたお話をキリ良い所まで完成させた所で。
自分はアドンとピサロそっくりなお兄ちゃんの話、結構楽しく描いているんですけど。
需要があるとは思えなくて、結局Web更新に留めてしまったお話となります。
今回冬コミCMのつもりも兼ねて、ピクシブでの先行UPとなりましたが。
基本はこちら優先で、新作UPさせていきたいなあと思っています。
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