「それだけでしたら…あなたはここへはいらっしゃらなかったでしょう?」

ロザリーは静かに立ち上がると、ソロの隣に立ち肩に腕を回し、座るよう促した。

2人掛けのソファに並んで腰掛ける。

ソロは意外な彼女の強さを見た気がして吐息をついた。

「…あなたは、結局オレに何を言いたい訳?」

深い嘆息の後、ソロが煩わしげに問いかけた。

「あなたなら…あの方のお心を変える事が出来るのではないかと思って…」

声のトーンを落とし、真剣な眼差しで彼女はソロを見つめた。

「ピサロが大事に護ってる、あなたに出来ないのに、敵であるオレにそれが出来る筈ない

 でしょう?」

哀しみを瞳の奥に隠しながら、ソロは彼女に答えた。

「いいえ。あの方は確かに私に優しく、慈しんでも下さってると思います。けれど…」

ロザリーは初めて瞳を曇らせ、俯いた。

「私では…無理なのです。あの方の心を動かす力など、初めから持っておりません…」

「どうして…?」

「…人間に追われていた私を助けて下さった後、こうして匿ってまで頂けたのは…

 私の瞳が誰かを思わせたからだったのです。」

「え…?」

「ピサロ様がおっしゃったのではありませんよ? …ただ、そう気がついたのです。

 私を見つめていらっしゃるのに‥そのお心が他に向けられてる。

 それは…ここで暮らすようになってすぐに理解しました。」

「あなたとピサロは、恋人同士なんでしょう?」

「いいえ。一番近い言葉を選べば、[家族]でしょうか。」

ソロへと目線を向けたロザリーが、微笑んだ。

「あの方は長い間孤独に過ごされてたそうです。そして‥私も。人間に追われて逃げてい

 た記憶の他にあるのは、深く暗い森の姿だけです。ですから…安らいだ場所を与えて下

 さったピサロ様には感謝してますし、お慕いもしております。

 けれど…あの方にとって、私は妹のような存在なのでしょう。これからも…」

最後は少し寂しげに微笑って見せた彼女が、そっと瞼を閉じた。

「ロザリー…」

(本当に恋人じゃ‥なかったんだ。)

ピサロの言葉に嘘がなかった事を改めて確認したソロが、瞼を震わせる彼女を見つめた。

「‥ソロさん。あなたとピサロ様は、確かに敵同士かも知れません。けれど…

 何故でしょう。あなたの瞳には、あの方に対する憎しみが感じられません。」

一呼吸ついたロザリーが、気持ちを切り替えるように語りかけた。

「‥でも、オレは[勇者]なんだ。人間を滅ぼすつもりの奴を止める義務が、オレには在

 るんだ! 無意に殺されていい命なんて、ある訳ないんだから!」

「そうですわね…。私もそう思いますわ。

 ですから‥ああしてメッセージを送っていたのですから…。」

ロザリーはそっと彼の頬に手を伸ばし、哀しげに微笑み続ける。

「あの方のお心が変わらなければ、先程皆さんといらした時にもお話したように、あの方

 を止めて下さい。ただ…出来得るならば‥あの方のお心を変えて頂きたいと…そう願っ

 てます。あなたがピサロ様の翠のウサギさんなら、きっと―――」

「な‥んで…」

きっぱりと言い切れる彼女の言葉に、ソロの気持ちが揺らぐ。

「翠のウサギさんに逢った後ってね、すぐ解るんですよ? 時々不機嫌なお顔でいらっしゃ

 る事もありますけど。私やナイトさんにまで、感情が読める程お心乱されるのは、他で

 はありませんから。」

ソロはどんな顔を返せばいいのか解らなかった。

「…あの。すみませんけど、そろそろ戻らないと、明日も早いので…」

混乱する感情を持て余しながらも、ソロが暇を申し出た。

「あっ‥申し訳ありません。随分とお引き止めしてしまいましたね。」

ロザリーは納得した様子で、ソロと一緒に立ち上がった。

「今夜はソロさんや他の皆さんにもお会いする事が出来て良かったですわ。」

扉の前でロザリーが握手を求めるよう手を差し出した。

「こちらこそ‥。長々とお邪魔しました。おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

差し出された手を握り返したソロが微笑むと、ロザリーもにっこり微笑んだ。

その後ゆっくりと閉ざされてゆく扉をソロが見守り、しっかり閉まるのを待って踵を返す。

続く通路の先には、先程と同じ姿のアドンが佇んでいた。

「…少し、話したいんだけど。」

小さな声でソロが申し出る。

「‥では、こちらへ。」

彼はそう答えると、壁に手を翳し隠された扉を開けた。

小机に置かれたランプが柔らかなオレンジの光で小さな部屋を照らし出す。

石壁の奥にベッドと小さな机と椅子が置かれただけの部屋が在った。

「ここならロザリー様には聞かれませんから。おくつろぎ下さい。狭い部屋ですがね。」

そう言うと、彼はソロに椅子を進めた。

彼が素直に椅子に座るのを見届けると、アドンがベッド端に腰掛ける。

「…あの‥さ。ロザリーは…その‥オレの事、オレとあいつの事知ってるの?」

逡巡しながらも、ソロは彼に訊ねた。

「…ロザリー様はなんて?」

「ずっと翠色したウサギと思ってた、ピサロが執着してた相手が‥オレじゃないかって。」

「あの時、突然思いついたように叫んでましたからね。」

クスクスと、その時の彼女の様子を思い出した彼が笑いながら答えた。

「陛下は時々、ロザリー様に強求られて、あなたの様子をお話なさいますが、かなりの

 部分省かれていらっしゃいますので。ずっとウサギと思い込んでいらっしゃいました。

 ですから、確信をお持ち‥というよりも勘に頼られた部分が多いのではありませんか?」

「…うん。だから‥それを確かめたかったみたいだ。」

ソロが深く吐息をついた。

「それで‥確信を持たれてしまったのですか?」

「…判らない。けど‥ロザリーはそう、確信したみたいな口ぶりだった‥。

 オレが独りで訪れた時点で、確信得たって…。

 オレとあいつは敵同士なんだから、そんな事あり得ない‥って、そう言ったんだけど…

 ‥彼女には、オレの瞳には憎しみが宿ってないって言われたよ‥‥」

自嘲気味に微笑んだ彼は、もう一度深く嘆息した。

「…まあ。あなたがお帰りになった時点で、ロザリー様はやけに楽しそうに、「翠のウサ

 ギさんに逢えたんだわv」と感慨深げに話しておられましたからね。あなたがどう否定

 なさろうと、あの方のおっしゃる通り、あなたがここへやって来た時点で[答え]を得

 られたとお思いになられても、仕方ありませんね…」

淡々と返す彼の言葉を聞きながら、ソロがウッと気まずそうに呻いた。

「‥あんたが、何も話してなかったんなら、塔の下で会った時にそう言ってくれれば良かっ

 たじゃないか。そしたら‥オレだって‥‥‥」

「陛下のご意向に背かぬ限り、ロザリー様のご要望に沿うのが、私の役目ですから。」

「…あいつは、オレが‥オレ達がこの村へ来てる事知ってるんだろ? それでも、オレ達

 がロザリーに会うかも知れないとは考えなかったのか?」

「もちろん、そこまでお考えになられてましたよ。」

「…奴は、なんて‥?」

「あなた方がロザリー様に害為すつもりがなければ、通しても構わぬ‥と。」

「…だから。あんたは本気を出さなかったんだね?」

部屋の隅に置かれた長剣へ視線をやりながら、ソロが嘆息した。

それは、先程戦った時に使っていた剣とは、明らかに違う名剣らしき存在感を纏っている。

「…あいつは、オレと彼女が逢う事‥どう思ってんだろう?」

独りごちるよう、ソロが呟いた。

「陛下のお心をお察しする事は適いませんが。ただ‥あなたがロザリー様に手をかけられ

 るような無頼漢でない事をご承知してらしたから、黙認なさったのでしょう。」

「そりゃ…女の子に乱暴な事なんて。仲間の誰も考えてないけどさ。」

ソロが知りたかった事とは別の答えを寄越した彼に、不満そうに返す。

「陛下とロザリー様の関係が、やはり気にかかりますか?」

口調は先程から変わっていないのだが、どこか状況を愉しむような響きを交え、彼が問い

かけた。

「‥ロザリーは、あいつは自分の事を家族のように‥妹のように思ってるだけだ‥って。」

「そうですね。陛下には他にそういう方がいらっしゃらないので、それが一番妥当な表現

 だと思われます。」

「だけど‥‥‥」



――だからって自分が特別な存在な理由にはならない!

                                   
頭→かぶり

ソロは縋るような瞳を向けられ、彼への説得を求めて来た彼女を思い出し、大きく頭を

振った。

「ソロさん。ロザリー様があなたに何をお話されたのか、大凡の見当はつきます。

 私見ですが。ロザリー様のおっしゃられた事は、的を射てらっしゃるのではないかと

 思われます。」

「‥どうして彼女の話した内容が、あんたに予想出来るんだよ?」

「あの方の口癖でしたから…」

食い下がるソロに、彼が苦笑を交え答えた。

「…そんなコト、言われたって‥。あいつが大事にしている彼女に出来ない事を、オレ

 なんかにどうこう出来る訳がないじゃないか。」

「宿敵だから‥ですか?」

「そうだよ。あんたが一番よく解ってる事だろう?」

「まあ確かに。初め、あなたの立場を知った時は、少々驚きましたが。それでも…

 最近の陛下は、良い方へ変わられてらっしゃると拝察されます。」

「良い方向…?」

「ええ。まあ‥陛下自身に於かれましては…といった注釈付きですけれどね。

 あくまでも争いを好む魔族から見れば、忌むべき状況‥といった所でしょうか?」

「‥‥‥‥」

ソロは怒涛のように流れ込んで来る情報を必死で整理しながら、彼の言葉をしっかりと受

け止めた。何故だか、忘れてはいけない大事な事を云われた気がしたから。

「…オレ、帰るよ。」

ぽつり‥とソロは呟くと、席を立った。

「では‥送りましょう。」

同じように立ち上がったアドンが、部屋へ入った時同様、壁に手をあて扉を開く。



来る時と逆の道を辿って、2人は塔の裏手に舞い降りた。

「‥それじゃ。彼女の事、護ってあげてね。ここも‥安全とは言えないかも知れないから。」

「ええ。ありがとうございます。」

にっこりと優しい笑みを称え、彼がソロの頭に手を置いた。

ぽんぽん‥と軽く頭を叩く仕草は、どこか子供扱いされてる気がしないでもなかったが、

彼からの信頼を感じられ、少し嬉しくもあった。

「じゃ‥おやすみなさい。」

「おやすみなさいませ。」





宿の部屋へ戻ると、既に隣のベッドでクリフトが深く眠っていた。

ソロも早々にベッドへ潜り込んだが…

いろいろな情報が頭を巡って、疲れているはずなのに、眠れない。

なんだかいっぱい考えなければいけない事があるのに。

思考をまとめるだけの集中力すらなく。

ソロはゴロゴロと何度も寝返りを打っては、溜め息を吐いていた。

結局。

うとうとと浅い眠りに落ちたのは、夜明け刻を告げる小鳥の囀りが耳に届き出した頃。

翌日大寝坊してしまったソロだったが、昨晩ロザリーの元から帰った時点で、かなり疲れ

た顔をしていた事を知るメンバーが、共にその場に居なかった者へもそれとなく伝えてあっ

た為、誰もその事は追求せず、その日夕刻近くまで、村での情報収集に各自勤しんだ。



ソロも午後からは情報収集に精を出し、とりあえずこの村での用件を済ませると、移動呪

文でエンドールへと向かった。

王家の墓‥とやらにあるという、[変化の杖]を手に入れる為に…



移動呪文を詠唱するマーニャの声を聴きながら、馬車の幌からロザリーヒルの風景を見つ

めるソロが、小塔へ視線を止める。呪文の光に包まれた馬車の向こうに映る石の小塔。

その姿が光の中へ消え、独特の浮遊感に包まれると、ソロはこっそり嘆息した。



――次に逢った時こそ、殺す。



そう覚悟を決めていたのに。

昨晩のロザリーとアドンの言葉がその決意を鈍らせてしまった。



――でも。



彼女達が言うように。自分に彼の意志を変える事など、やはり無理だと思われる。



―――だって。オレ達は敵同士なんだから。



ソロは複雑な想いを抱えながら、次の逢瀬がずっと先にあればいい‥と密かに願った。

今の気持ちのまま、彼と顔を合わせるのが、どうしても躊躇われたから…



その次の逢瀬の日は…遠く待ってはくれない事を、ソロは知らなかった―――






2004/9/29
あとがき

こんにちは、月の虹です(^^  ああ。ようやく描けました!
ソロとロザリーのご対面♪”
ソロの方がどんな反応返すのか、順序立てて書いていかないと、どうにも掴めなかった
んですが。ロザリーの方は、大体思った通り動いてくれてましたね(^^
・・・っつーか。かなり初期の段階から、言わせたかったんですよ! あの台詞。
「翠のウサギさんv」ってね(^^
作中でも語っている通り、ロザリーはずうーっと、ソロのコトそう呼んでいたもんですからv
とりあえず、ロザリーには、ピサロに対して恋愛感情は抱いてません。
だからこそ、ソロに逢えたコトが本当に嬉しかったようです。
あのみんなといた場にマーニャがいたら、彼女もまた、ソロとピサロの間に「なにか」あるのでは
・・・と、疑いを抱くきっかけになったかも知れないけれど。
幸いソッチ方面のチェックに聡い彼女は同席してなかったので。
ソロの様子が沈んでいるのはみんな理解してても、その理由までは到ってないようですね。
彼の苦悩をある意味一番理解してるのって、アドンなんでしょうねえ・・・(^^;
ピサロナイトとの戦闘は、もうちょっと派手に展開させるつもりだったんですけど。
最初から彼らに殺気がないのを知っていた彼は、ピサロの許しも得ていたので、
意外にあっさり片をつけた・・・と。ソロに怪我させるつもりもなかったみたいですしね(^^

でわでわ。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!




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