その10





「…なあ。腹減らねー?」

あれから何ラウンドか後。

荒い息が整ったオルガが、覆い被さるようにぐったり身体を預ける鷹耶に声をかけた。

「んー? …そういや、なんとなく‥‥‥」

問われて初めて思い出した様子で、鷹耶がぽつりと返した。

「ちょっと小休止しよーぜ。エネルギー補給しねーとな。」

「むー。仕方ねーか。続きは後だな…。」

不承不承‥といった表情で零すと、起き上がり、汗で顔に貼り付いた髪をうざったそうに

掻き上げた。

鷹耶が身体の上から退くと、オルガも上体を起こしベッドを出る。

2人は下だけ服を身につけ、台所へと向かった。



軽目の食事を済ませると、朝同様彼が片付け終えるのを待って居た鷹耶だったが‥

柔らかく吹き込んでくる風と、かちゃかちゃと響く家事の音に誘われるよう、

うとうと眠り込んでしまった。

「…なんだ。寝ちまったのか。」

静かな寝息を立て始めた彼に気づいたオルガが、テーブル上に組んだ腕を枕に

突っ伏し眠る鷹耶の側に歩み寄った。

「あれだけやりゃあ、そりゃ疲れもするよな‥。」

大分引いたとはいえ、まだ熱の残る身体だった事を再認識しながら、苦笑する。

彼はそっと鷹耶の額に手を当てると、朝とそれ程変わらない体温にほっとしたよう笑んだ。

ベッドへ運ぶ事も考えたが、気持ちよさげに眠る姿を見ると迂闊に起こすのも忍びなく‥

結局今のうちに夕食の下ごしらえを始める事にした。

野菜を大きめに乱切りにし、やはり大きめに切り分けた肉と共にたっぷりの水で

煮込んでいく。そこまで作業が進むと、後は火が通るまで待つだけなので、

彼は淹れたばかりのコーヒーをカップに移し、テーブルへ腰掛けた。

すうすうと規則的な寝息を立てる鷹耶を見守りながら、自然と笑みが零れる。

散々泣いた後、何かふっ切れたのか真っすぐな瞳を向けてくる鷹耶。

その瞳には僅かだが、光が戻り始めているようで。しなやかな彼の強さを思わせた。

彼が背負ってるモノ――

それが何であるかは、語られなかったので、はっきりとは知らない。

だがその代償の重さを思うと、それがどれだけ伸し掛かってくるかは想像に難くなかった。

独り残される傷みは、オルガもルーエルも身に覚えがあったから。

そう簡単に割り切れるモノでない事も十分承知していた。

それでも。懸命に立ち直ろうとしている。‥先へ進む為に。

そんな姿は好意的に映り、自然と愛しさが込み上げてくる。

身体が癒えるまでの僅かな間‥かも知れないが。出来る限りしてやりたい‥

そう思いながら、しばらく穏やかな寝顔を見つめていた。



「…ん‥あれ…?」

ふんわりと漂う美味しそうな匂いに誘われて、鷹耶がぼけーっと目を覚ました。

「ようやくお目覚めかな、鷹耶。」

真向かいの席に頬杖つき腰掛けていたオルガが、声をかける。

「あ‥俺寝ちゃってたんだ‥?」

「そう。すやすやとね。よく眠れたか?」

「ああ‥。なんか‥よく寝た。…あれ? これ‥‥‥」

上体を起こすと、肩に掛かっていたタオルケットがするりと滑り落ちた。

よく見るとオルガもしっかり上着を着込んでいる。

「…俺、随分寝てた?」

「まあ‥そこそこな。晩飯の準備が片付くくらいにはな。」

「起こしてくれてもよかったのに…。」

「気持ち良さそうに眠ってたからな。…ん? お前も飲むか?」

彼の手元に置かれて居るカップに視線を感じたオルガが訊ねた。

「あ‥うん。飲む。」

すっと差し出されたカップを自分の元に引き寄せると、コクコクと口に付ける。

「ふ〜ん。甘くないけど美味いもんだな‥。」

「砂糖入れた方がよければ、別に淹れようか?」

「別にいいよ、これでさ。俺こっちの方が好みかも。」

そう答えると、喉の渇きを潤すように、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。

「もっと飲むか?」

「飲む。」

「んじゃ‥ちょっと待ってろ。」



「ほい。お待ちどー。熱いから気をつけろよ。」

新たに淹れ直したコーヒーをカップに移し、オルガはテーブルに2つ並べた。

暖かそうな湯気が香ばしい薫りと共に立ち昇る。

「サンキュ‥。いい匂いだな。」

鷹耶は手に取ると静かに口元に寄せた。

「どうだ?」

「うん。美味い。」

「それはよかった。…なんか、初めてだよな。味の評価がいいのってさ。」

不味い・美味しくない‥との言葉を幾度も発してた鷹耶だったので、

オルガは嬉しそうに微笑んだ。

「うん‥だって…。‥‥今まで味なんて、判らなかったから…。」

村を出て以来、何を食べても味など感じなかった。そう鷹耶は告白した。

「…そうか。本当に‥張り詰めてたんだな…お前。」

「ん‥そうだな。」

「そういやさ。」

しんみりとした空気を払拭するように、オルガが気分を変えようと話しかける。

「お前が捜してるって姉妹さ。見つかったら、その後お前どうするんだ?」

「多分‥すぐ旅立つと思う。」

「その姉妹とか?」

「ん‥? それは‥解んねーけど。やらなきゃいけねー事があるからさ…」

「そっか‥。やっぱり行っちまうんだな。…きっと、寂しくなるな。」

「オルガにはルーエルが居るだろ?」

「…まあな。でも、お前がここに居着いちまっても問題ないぜ?

 その方がルーの奴も喜ぶだろうしな。仲良くやれると思うぜ?」

にんまりと意味ありげにオルガが笑んだ。

「…何考えてんだ、あんた。」

怪訝な顔付きで、オルガを睨みつける鷹耶。

「‥察しいいじゃん。お前が想像した通りだよ。」

「うわー信じらんねー。すけべ親父か、あんた。」

鷹耶は頬を赤らめながらも毒づいた。

3人でどう[仲良く]するのか、思わず走った想像はかなり普通でなく思えた。

「愉しそうだろ? ‥っつーか。ちゃんと想像出来てるお前も同類だと思うぞ。」

笑んで応えた後、残っていたコーヒーを飲み干したオルガが立ち上がり続けた。

鷹耶の隣に立つと、ぽんと頭に手を乗せ表情を覗うよう顔を近づける。

「‥あんたの思考に合わせただけだ。」

自分は普通‥と言いたげに、鷹耶が応えた。

「‥ふ〜ん。じゃ‥さっきの続きは無しにした方がいいのかな?」

無理に合わせて貰うのも忍びないし‥とオルガがぽつりと呟いた。

「う…☆ そーくるのか? 意地悪りい…。」

「何が?」

「‥今日はとことん付き合ってくれる約束だろう?」

空のカップをテーブルに置くと、鷹耶は手を彼の首に回した。

「‥こーやって? …それとも‥」

軽く唇を寄せた後、クスリ‥とオルガが笑みを浮かべる。

彼は指先を鷹耶の首筋から胸まで滑らせ、突起を爪弾いた。

「ん…。」

小さく身動ぐ鷹耶に、追い打ちをかけるよう背を走る指先が腰を捉える。

ぞくん‥と粟立つような感覚が彼の身体を走り抜けた。

「…なんだか、随分と敏感だな。な‥どうしたい?」

オルガは口元で笑うと、そっと語りかけた。

「分かってるくせに…。」

そう答えた鷹耶は、唇を重ねさせた。しっとりと重なったソレは、彼の舌に誘われ

導かれた口腔で絡まり合う。湿った音を響かせながら、角度を変え深く貪り合った後、

銀の糸が名残惜しみつつ静かに離れた。

「…ベッドへ戻ろう‥?」

熱の籠もった吐息混じりに、オルガに身体を預けた鷹耶が零す。

「誘いかけはいつも積極的なんだよな…。」

こうまで積極的に求めてくる割に、先程のような会話に真っ赤になってしまう彼に、

慣れた風を装いきれない初さがかい見えて、口元を緩ませるオルガだった。





「はあ…はあ…。な‥ちょっと休もうぜ…?」

流石にバテた‥と言いたげに、幾度目かの放出の後、オルガが身体をベッドに投げ出した。

「…俺は平気だけどな‥。」

「こっちが持たねーって。大体お前だって明日絶対辛いぞ?」

不満気に零す鷹耶にオルガが苦笑した。

「どーせ明日は1日お留守番‥なんだろ? 大丈夫さ。」

拗ねた口調で応えながら、彼の身体にぴたりと寄り添う鷹耶。

「なんだ‥。やっぱり留守番が嫌なんだな。」

腕枕になってる方の肘を曲げ、彼の頭に手を乗せたオルガが小さく笑った。

「‥悪いかよ?」

「悪かねえさ。…独りが嫌なんだろ?」

コクリ‥と小さく鷹耶が頷いた。

「‥‥どうしても、いろいろ考えちまうからな…。」

「んじゃ‥考え込まずに居られるように、目一杯励んでみるか。」

きゅっと抱き寄せた後、軽く口づけ鷹耶を組み敷いて来る。

その彼の重みを心地よく思いながら、鷹耶は彼に身を委ねた。



―――こうして身体を合わせてる瞬間だけは、あの廃墟と化してしまった故郷から

解放される‥‥そんな気がした。

ホッと息のつける場所をようやく見つけた――そんな想いでふと彼へ視線を向ける。



「…なんだ?」

「…ん。不思議だな‥って思ってさ。」

「不思議…?」

「逢ってまだ日も浅いってのに…もうずっと以前からの知り合いみたいだなって…

こうしてると、すげー安心する‥‥‥」

彼の表情を覗き込んで来るオルガを、抱き寄せるように腕を回す鷹耶。

「‥‥‥あんた達に逢わなかったら、俺は『寂しい自分』も『哀しい自分』も気づけない

 まま、アブねー奴になってたかも 知んねー。ただ…復讐だけに情念燃やすさ。」

「鷹耶‥‥」

「だから…。本当、感謝‥してるよ。」

鷹耶が小さく笑んでみせた。

「感謝…ねえ。どうせなら「好き」だとか「惚れた」とか言われたいものだがな?」

「う〜〜〜ん。」

冗談めかして言うオルガに、考え込むよう眉根を寄せる鷹耶。

「こらこら。何でそこで唸るかな?」

「まあまあ。「嫌い」だったら、こんな事させてねーってことで。

 続き‥‥しようぜ? な?」

鷹耶は甘えるように唇を寄せると、誘いかけた。



夜を照らす月のない暁闇。

けれど。朝になれば陽は昇り、闇を払う。

希望という光が、不安という闇を照らせば、そこにはちゃんと、鮮やかな世界が在ったのだ。

故郷はなくなってしまったけど。

愛する人は失ってしまったけど。

それでも‥‥‥

『世界』はまだこうして存在してる――――

こうして「誰か」と心を通わせる事も、望めば叶う。

「憎しみ」が無くなる訳ではないけれど。

色の無い世界の空虚さを知ってしまったから。

――もう、戻ろうとは思わない。



鷹耶は束の間の安らぎを得ながら、闇が明ける頃を感じていた。




2004/1/28


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