未だ手掛かりの得られぬ天空の剣の行方を求めて。

世界地図にあった×印の場所へと気球で向かう事となった一行は、ミントスへと移動した。

青空が広がっていた島を後に、やって来たこちらは生憎の曇り空。

重く垂れ込めた雲からは、今にも雨粒が落ちてきそうにどんよりしていた。

宿の者の話によると、どうやら嵐が近づいて来てるらしい。

「うう〜ん。タイミング悪い時に来てしまったようですね。」

食堂で集まってのミーティング。腕を組んだトルネコが唸った。

「まあ。気球を飛ばしてからでなくてよかったじゃない。

 天候が回復するまで、骨休めと行きましょう。」

いつもなら真っ先に退屈‥言い出しそうなアリーナが、大らかに微笑む。

「そうじゃな。ここの所戦闘続きじゃったしな。これも天の恵みと思えば良いのだ。」

「そうだね。宿の人の話だと、今夜か明日には雨が降り出すってコトだし。

 止むまで待って、空の状態が安定してから向かおうよ。」

ブライの言葉にソロが応え、出立は嵐が去った後と決まり散会した。



「結局さ、あの島で収穫あったのってこれだけだったね。」

いつもの通りの部屋割りで。今夜の部屋に同室のクリフトと共に着くと、ベッドに身を乗

り上げたソロが、手荷物から両手のひらに納まる程の角笛を取り出した。

バロンの角笛…という不思議な魔力を秘めた、馬車を呼び寄せる角笛を、ソロはしげしげ

見つめる。

「天空の塔は、入り口で追い返されてしまいましたものね。」

そんな彼の様子を目で追っていたクリフトが、溜め息を混じりに応えた。

「本当〜。竜の神様がオレに会いたい‥ってんだったら、剣くらい大目に見てくれても 

 いいのにさ。融通利かないんだ。」

ぷう〜と彼が不満気にソロが頬を膨らませる。

「ふふ‥。『資格なき者よ立ち去れ』でしたっけ?」

荷物を部屋の隅に纏めたクリフトが、彼の元へ向かいながら笑んでみせる。

「そうそう。マーニャなんか、扉に蹴り入れてたよ。『呼んだのはそっちだろ』って。」

「すごいですね。‥まあ。姫様もいっそ蹴破ろうか‥などと仰ってましたが。」

ジェスチャー交えて説明するソロに明るく返し、クリフトは彼の隣に並んだベッドへ腰掛

けた。ソロが彼の近くまで移動して、更に続ける。

「あはは。そうそう! アリーナってさ。

 自分の部屋に閉じ込められた時、部屋の壁破って脱出したんだって?」

くすくすと思い出したように笑うソロに、クリフトも笑みを返す。

「そうなんですよ。城の乳母からよく相談されたものです。」

「アリーナにはお城でさえ狭かったんだろうね。」

思いついたソロが、ぽつん‥と呟いた。

「ええ‥そうなのでしょうね。」

「‥‥‥」

当時を思い出しているのか、クリフトがしんみりと答えた後、どこか心元ない表情を浮か

べた。それがなんだか寂しくて。ソロは陰りを帯びた彼の顔に眉を曇らせる。

そんなソロにも気づかないクリフトに、ソロは直接行動を起こした。

「‥どうしたんです?」

甘えるように彼の膝へと移って来たソロに、額を合わせながら、柔らかくクリフトが微笑

む。向かい合わせの体勢で座るソロはきゅっと首に腕を絡めて、肩口に顔を埋めさせた。

「…んとね。折角のオフだから。…しよ?」

耳元を朱に染め上げて、甘えた声で誘いかける。

クリフトがそっと柔らかな翠の髪に手を入れると、潤んだ瞳の彼が面を上げた。

情を孕んだ蒼い瞳がすっと伏せられて。ソロの頭を支えたクリフトは、そのまま唇を重ね

させた。

「…明るいうちから、良いのですか?」

しっとり重ねた口接けを解くと、耳元にひっそり落とされる。それをくすぐったそうに受

けながら、ソロが小さく笑った。

「うん‥いいの。クリフトは‥嫌?」

「とんでもない。歓んで。」



魔王と交わした密かな情の数々は、今のソロから消えてしまっている。

そのせいだろうか?

ソロの眼差しはまっすぐ目の前の神官へと注がれ、その想いのままに、ソロは甘え縋る。

どこかが痛むのを無視しながら、クリフトはいつもの笑顔で彼に応えた。





「…あのね。」

行為の後の微睡みの中で。寄り添うソロがぽつんと呟く。

「‥クリフトはね、ずっとアリーナが‥好き…だったでしょう?

 …オレで本当に良かったの?」

「ソロ‥。」

「だってオレ…女の子じゃないし‥」

どこか惑いを浮かべ、ソロがぽそりとこぼした。

「クス‥確かにソロは男の子ですよね。私自身、意外だったのですけど…

 まあ‥ソロは特別ですから。問題ありません。」

不安そうにぽつっと漏らす彼を抱き寄せて、安心させるようクリフトが微笑みかける。

「特別‥?」

「ええ。姫様をお慕いしていたのは事実ですけど。実はね…」

覗き込んで来るソロに悪戯っぽく笑んで、彼を組み伏せた体勢へと移行するクリフト。

ソロは続く言葉を待つように、じっと彼から視線を離さず凝視めた。

「‥こうして触れたいと切望させられたのは、あなたが初めてなんですよ?」

額から頬‥唇へとキスを贈りながら、クリフトは自分が散らした桜の花片を辿るように、

滑らかな肌へ手を滑らせた。

鮮やかな彩りの飾りにもキスを落とすと、ソロが小さく身動ぐ。

「‥ホン‥トに?」

それでも心配そうなソロが、クリフトの髪を掴み覗った。

「ええ。私の中にこれ程情熱があったとは、知りませんでしたから。」

不安を払うように、正直な心情をクリフトはソロへ伝える。

そう。誰かに執着を覚えた事など一度もなかったのだ。

だから、そういうものだと理解していた。

執着など…もとより持ち合わせてはいないのだと。

「‥困った事にね。こうして触れる度に愛しさが増してるんですよ?」

それは1つの発見でもあった。

ソロの躰に刻まれた彼の残り香を消し去ってしまえたら…そんな衝動を覚えるなんて。

これまでの経験からは想像し得ない感傷だったから。

「嬉しい…。いっぱいオレを好きになって?」

そんな彼の想いに顔を綻ばせて。ソロは彼を引き寄せ、口接けた。



――アリーナよりも、いっぱい‥オレを好きになって。



彼女を想っていたはずのクリフトと、どうしてこうなったのか。ソロは思い出せない。

けれど…

この腕の中は心地よくて。酷く安心出来るから…

だから‥‥



情を孕んだ口接けは官能の度合いを強め、そのままラウンドに突入してしまった。





「夕飯ギリギリで間に合ってよかったね。」

宿の食堂がオーダーストップになる1歩手前で滑り込んだソロとクリフト。

2人はすっかり出来上がっていたトルネコ達のテーブルから離れたカウンターに腰掛けて、

運ばれて来た水に手を伸ばした。

ゴクゴクと勢いよくコップの水を飲み干して、ソロがお代わりを頼む。

「もう、お腹ぺっこぺこだあ…」

ぐで〜とカウンターに突っ伏して、ソロがクリフトを覗った。

「くす‥。でも、ソロが離してくれなかったんですよ?」

物言いたげなソロの瞳に、小さく笑ったクリフトが耳打ちして返す。

「…だって。クリフトが意地悪するから‥」

真っ赤に顔を染め上げて、むう‥と口を尖らせ呟いた。

丁寧過ぎる愛撫を全身に施されたら、勢いづいた躰の熱は暴走するばかり。

つい先刻までの濃密な時間を思い返して、ソロはかっかと熱くなる頬を手のひらで包んだ。

「ソロが可愛い事言うからつい…。まあ、明日はオフですし。

 今夜はもうゆっくり過ごしましょう‥?」

これっぽちも悪びれず、クリフトがソロの髪を梳いた。



遅い夕食を終え部屋へ戻った2人は、窓際に置かれた小さなテーブルに貰って来た暖かい

飲み物を置くと並んでベッドサイドへと腰を下ろした。

窓を開け放つと、涼やかな虫の音が聴こえて来る。

「まだ降って来てはいないようですね‥」

「みたいだね。…でも、星1つない空だ‥」

「ええ‥。少し風も湿り気帯びて来たようですし。…寒いですか?」

「ううん。雨が降って来たら開けられないし。そのままでいいよ。

 あの島に居た時は、なんだか落ち着かなかったけど…。

 こうして居るとのんびりするね。町の明かりも暖かいし…」

窓の外の景色に微笑んで、ソロがクリフトに凭れ掛かった。

エンドールのような賑わいはないが。それなりの規模を持った港町である。

所々建物から漏れるオレンジ色の明かりに、街灯の柔らかな灯火。波の音をバックに奏で

られる虫たちの演奏。

「‥例の痛みの方は引きましたか?」

「うん。なんかね、あの島出た途端、身体が軽くなったみたいでさ。

 やっぱり‥あの土地に問題あったのかなあ?」

時折訴えるようになった背の痛みを心配するクリフトに、ソロがそう返した。

「…そうだとしたら。あの土地に長居しないように進みたいですね。」

「う〜ん。確かにそうしたいけどさ。天空の剣手に入れたら、あの塔だろ?

 なんか…攻略時間かかりそうだったね‥‥」

「そうですね。…本当に、用があるなら向こうから来て下されば早いのに。」

苦く笑うソロに、クリフトが顔を顰めさせる。

「ふふ‥。神様との対面に試練は付き物だ…って、言ってなかった?」

「‥そうなんですけどね。ソロばかりが大変な思いされるのでは‥と思うとつい…」

「確かに背のコトは心配だけどさ。‥でも。

 クリフトがいっぱい甘えさせてくれるでしょ? だから平気。がんばる。」

「そんな事で気分が軽くなれるなら、幾らでもどうぞ。」

きゅっと彼を抱き寄せて、クリフトが微笑んだ。

「‥ホントに‥頼りにしちゃうよ…?」

「ええ…」

そっとソロの頬を包み込んだクリフトが、顔を上げさせる。ふわり落とされた唇が重なる

と、胸の中に抱き止められた。

「…そろそろ休みましょうか?」

「…うん。今夜は一緒にね…?」

静かな問いかけにコクンと頷いたソロが、甘える瞳を寄せた。



窓を閉め、小さな明かりだけを残したほの暗い室内に、1つベッドに2人が身を寄せ潜り

込む。 

ソロは更に彼へにじり寄ると、安堵の息を漏らしぽつんと口を開いた。

「‥オレね。アリーナが羨ましかったの。だって…クリフトがいつも側に在ってさ。

 だから‥今、こうして側に居てくれて‥すごく嬉しい‥‥‥」

寄り添うソロが倖せそうに微笑んで、そう紡ぐ。

「‥あなたの微笑みに触れられたなら、なによりです。」

ソロに笑んで返したクリフトが、そっと額に掛かる翠の髪を梳いた。

そのまま緩く髪を梳っているうちに、ソロは眠りに誘われて行った。





翌日は、予報通り、朝から雨。

食堂で朝食を終えると、ソロがおやつ用にクッキーと果物を手に部屋へ引き返した。

途中マーニャ達の部屋へも誘われたが、それを断りクリフトと2人部屋へイソイソ戻る。

「よかったのですか、本当に?」

「うん‥? ああ、トランプやろうって話?」

机に持って来た盆を置くソロへ声をかけると、にこっと笑みが返された。

「うんいいの。クリフト‥彼女達と遊びたかった?」

「私は別に…。常に大所帯ですからね。こういう時くらいのんびりしたいものです。」

「オレも。えへへ‥」

ソロがふわりとクリフトへ抱き着いた。

「おや…朝から情熱的ですね。」

彼の腰に手を回し、クリフトがぎゅっと引き寄せる。

「そんなつもりじゃないもん‥」

頬に朱を走らせて、困った様子のソロが俯いた。

「くす‥それは残念。」

そっと頬に口接けて、クリフトがすんなり躰を離す。

「宿の人に聞いて、2人で楽しめる簡単な遊具でも借りて来ましょうか?」

そう提案すると、ソロが嬉しそうにぱあっと笑みを浮かべた。

「2人で? うん、やる。」



「ああ…。またオレの負けだあ‥」

おやつを食べながら、ミニゲームに集中していたソロが、ガックリと項垂れた。

「クリフト強いんだね‥。それともオレが弱いのか‥?」

「ソロは初めてなのでしょう? 要領掴めば強くなれますよ。」

「そんなもん‥?」

「ええ。そんなもんです。」



1日目は穏やかに過ぎた。

2日目も…少々彼の口数が減ってしまったが、それでもまだ明るい笑みを見せていた。

嵐が過ぎるまでの3日間。雨で足止めされた宿暮らし。

ソロは不思議と食事以外で部屋を出ようとはしなかった。

女子達は2日目には傘を借り、町へ繰り出していたのだが。美味しい甘味処へ行こうとの

誘いも、ソロは断ってしまった。

窓辺へ佇みぼんやりと外へ目を向けたソロが、どこか影のある表情を浮かべる。

昨日も時折窓の外を見つめては、ひっそりと吐息をこぼしていた。



「…雨、なかなか止みませんね。」

彼の隣に立ち、クリフトが声をかけた。

「…このまま‥止まなければいいのに。」

窓の外に目線をやったまま、ソロはぽつんと零した。

「え…?」

「あれっ? ‥オレ、何言ってるんだろう? …止まないと旅が進まないのにさ。」

途惑う瞳を揺らしながら、ソロが疑固地なく微苦笑んだ。目の端から伝う滴とともに‥

「ソロ…。」

あまりにも弱々しい貌に、思わずきつく抱きしめてしまうクリフト。

「クリフト‥?」

「ソロ。泣きたい時は、ちゃんと涙を流すものですよ?」

「え‥オレ? …どうして泣いてるんだろう?」

自覚してなかったのか、本当に不思議そうに、ソロが濡れた頬を拭った。

「…さあ。きっと‥この続く雨が、あなたの心を悸わせるのでしょう。‥でしたら。

 心のままに泣いて下さい。」

「クリフト…。オレ‥よく解んないけど、哀しくて‥‥苦しいの…。

 …どうしてだろう‥?」

そう言って、ソロは彼の胸に縋り付くと、ぽろぽろ涙を落とし始めた。

やがて。その涙は嗚咽に変わり、しばらく泣き止む事がなかった。

泣きつかれて眠ってしまった彼を、クリフトがベッドへ寝かしつける。

小さな溜め息を落とし、その寝顔を見つめていると訪問者が在った。



「‥本当に。ソロってば絶対騙されてるわ。こんな食えない男が優しいなんて。」

ソロの泣き声を耳にした仲間の代表‥として部屋へ訪れていたマーニャが、帰りがけにや

れやれといった面持ちで嘆息する。

「心外ですね。ソロには優しくしてますよ?」

「知ってるわよ。ソロとアリーナ限定にしか、発揮されないのもね。」

否定はせずに笑んで返すクリフト。マーニャは小さく息を落としてドアノブに手をかけた。

「‥ま。せいぜい騙し通してやってね?」

マーニャがひたりと彼の顔に手を当て、ニッと含んだよう笑う。その手を顔の前でひらひ

らさせて、彼女は廊下を去って行った。

(…食えないのは、あなたもだと思うんですけどね。)

妹ミネアにしろ、老魔導師にしろ‥くせ者なのはお互い様だ…そんな事を思いながら、扉

を閉めたクリフトが嘆息する。

そのまますたすたと、深く眠るソロの元へ彼は戻った。

すやすや眠る彼を見て、ホッと安堵の吐息が漏れる。

堅い表情を綻ばせて、クリフトはソロの頬に手を添えた。

個性豊かなメンバー達を纏め上げているモノ‥それは。

勇者としての頼もしさ以上に、こうした彼が放つ独特の空気にあるのだろう。

ソロには周囲に居る者の心の闇を払う能力があるのかも知れない…そんな事をふと思う。

それなのに…

「‥あなたが闇に囚われてしまっては、困るんですけどね…?」

ベッドの傍らで膝を折り、彼を覗き込むよう躰を曲げる。

小さな呟きはひっそり消えて。クリフトは苦笑を浮かべた。

そっと額にかかる翠の髪を撫ぜ上げて、柔らかな髪をゆっくりと梳る。 

‥真実の笑顔には、いつになったら逢えるのだろう。      真実→ほんとう

そんな事を思いながら、静かな寝顔を見守る。



『‥死の雨が上がったら、帰してくれるって…。

 降り続く雨を見つめながら、オレは‥止む事を望む一方で、止まない事を願ってた…

 皆の元に戻りたいのも本当だったけど…。

 あいつとの関係が失くなるのも‥怖かったんだ‥‥。

 …勇者‥失格だよね? ‥‥ごめんね…』



寝物語の中で。ソロはぽつぽつ彼と過ごした時間を語った。

あの空白の3日間についても‥

確かに。相手が魔王である以上、別れは必然であったかも知れない。

けれど‥



「あなたには…大切な思い出でもあったでしょうに‥」

記憶の底に沈めても、その孤独が癒えぬのなら、忘れずとも良かったのだ。

哀しみの理由さえ見えぬまま泣く姿は、彼の事で悩み続けていたソロの姿よりずっと‥

ずっと痛々しく、クリフトはひっそりと遣る瀬無さを覚えるのだった。






2006/9/22



あとがき

更新がスローペースになってます(^^;
今回のお話は…「アネモネ」の中より抜粋再編したエピソードになります。
ソロがピサロのコトを忘れてしまっている間のエピソード…
とゆーコトで。
ソロ君意外に明るいです(^^; …後半泣いてるけどさ★
次回UP予定の話の前に、明かして置きたいエピソードでもあったので。
これだけ公開しちゃいました(^^
本当はネットUPの時に、描かなかったえっち場面、きっちり描こうかな〜
とか企んでたのですが。
結局その辺はあんまり増えなかったです(^^;
「アネモネ」はクリフト視点で語られてるのですが。
今回のお話は別視点が主体になってます。
その辺の変更がどんな風になされたか、本をお持ちの方は比べて見るのも
面白いかな‥なんて(^^;
削ったり増やしたり…ちまちま変えてありますよv

本編ではすっ飛ばしてしまったこの辺のお話。
また機会があれば、補完話を綴ってみたいかなあ…なんて。
密かに思ってるんですが。
さて・・・・・・・

ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございました!



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