魔界。そこは地上とまるで違う風景が広がっていた。
蒼い光が照らす世界。
満月を幾つか重ねたような昼の後、次いで世界を照らすのは、赤みがかった月。
夜を照らす月は、地上と同じに満ち欠けを繰り返しているようだった。
「ソロ、こんな所に居たのですか?」
「クリフト‥」
希望の祠。結界の張られたその場所は、彼らの魔界での拠点となっていた。
魔城―デスキャッスル―への行く手を阻む4つの結界。
それらを3つまで壊した彼らは、最後の結界へ挑む前に、拠点で一時の休息を取っていた。
赤く細い月の剣が山陰の上にひっそり浮かぶ。
そんな景色を、ソロは建物の外で座り込み、ぼんやり眺めていた。
「この辺りはあまり魔物も姿を見せませんが、結界の外はやはり危険ですよ。」
困ったように話すクリフトが、彼の隣に腰掛ける。
「…何か、考え事ですか?」
「‥うん。今日戦ったアンドレアルの言ってたコト、考えてた…」
こっくり頷いたソロが、膝に頭を埋めこぼした。
「デスピサロって‥本当にロザリーを大切にしてたんだね。なのに…
人間が‥彼女を殺してしまった…って‥」
「その事を許せなく思うのは、私達も一緒です。けれど…
だからといって人間全てが滅ぼされていいはずはありません。」
「うん‥そうだね。…だから、戦うんだよね。」
ソロが躊躇いがちにクリフトを見上げた。
「‥他にも、何か気に掛かる事が?」
「…わかんない。ただ‥あの月見てると、ざわざわ変な感じで。…可笑しいよね?」
「ソロ…」
泣き出しそうな瞳で微笑う彼を、クリフトが抱き寄せた。
「…明日、最後の結界を打ち破った後…それがリミットです。
あなたがそれまでに思い出せないなら‥私からお話ししましょう。」
「それって‥マスタードラゴンが言ってた、オレが忘れてる事‥?」
「そうですよ。最後の戦いの前に、思い出すべきだと思うので‥」
「今‥話してくれないの?」
「語って聞かせるのは簡単です。けれど‥自分から向き合って欲しいと、そう願ってたの
で。どうか‥自分の心に問いかけて見て下さい。あなた自身が後悔しない為に‥」
「クリフト…」
――オレは何かを忘れてる。
それは解る。ぽっかり欠いた記憶が、幾つもあるって‥オレだって気づいてる。
けど…
それを深く考えるのが怖い。
だから‥
思考を閉ざしていた。
でも…
魔界へ来て。ぼんやりしてるオレを、クリフトがツラそうに見つめて‥
もしかしたら。本当はすごく大切な事‥忘れてるのかも知れないって
オレは――
「ソロ、この結界で最後なんだからね。気合入れて行きましょう!」
最後の結界が張られた祠の前で。いつになく気合の入ったマーニャが発破をかけた。
「ああ‥そうだね。どの祠も強敵が陣を護っていた。
ここも戦闘意識したパーティで臨もう!」
最後の結界を護っていたのは、エビルプリースト。
彼は今際に爆弾発言を残して逝った。 今際→いまはのきわ
ロザリーを殺させた本当の黒幕が、自分だったと明かしたのだ。
激しい戦いを終えた一行は、ひとまず拠点へと戻った。
複雑な思いを抱え、疲れた身体で戻った彼らは、それぞれ休息を取るため解散した。
ソロは普段クリフトと共に休んでいる個室で、うとうとと浅い眠りに落ちていたが、
獣の咆哮に意識を浮上させた。
ハッと目を覚ました彼は、隣で眠るクリフトを起こさぬよう、そっと寝床を出た。
(…なんだろう‥この感じ?)
ソロは何かに呼ばれているような、そんな感覚を覚え、ふらふらと建物の外へ向かった。
黒い空には赤い三日月が半分沈み掛かっている。
それを背にした丘の方から、不思議な気配が漂っていた。
崩れた塀を乗り越えて、ソロが強い存在感を纏った者を探すよう、視線を彷徨わせる。
ふと目に飛び込んで来たのは…白銀の長髪。
ソロは考える間もなく、走り出していた。
古い時代の名残だろう崩れた塀の残骸の中、白く浮かび上がるようその姿を止める白壁。
それにゆったり背を預け、その人影は在った。
「‥このような場所まで追って来るとはな。」
低く通る声が冴え冴えと響く。ソロは少し余分に距離を置き、歩みを止めた。
どくんどくん‥脈打つ鼓動が激しさを増す。
似ている――そうソロは思った。でも誰に?
途惑う思いを余所に、男の声が再び届く。
「群れから離れるのは危険だと、学ばぬのか人の子よ?」
冷たく突き放すような物言いに、危険信号を灯らせて、ソロがごくりと息を飲んだ。
「それとも…貴様が例の『天空の勇者』とやらなのか‥?」
「…どう‥して、それを‥‥?」
カラカラに乾いた喉から、どうにか言葉を紡ぐ。『彼』は危険だと、本能が知らせている
のに、ソロの別の意識が、その顔を確かめなければと急かしていた。
「あなたは…敵‥?」
その場から去る事も近づく事も出来兼ねて、ソロはそう訊ねた。
「貴様にとって、敵とはなんだ?」
嘲笑するような吐息の後、少し興が乗った様子の彼から、逆に問いかけられた。
「‥え‥っと。…人間を滅ぼす者‥かな。」
「人間などに興味はないな。」
「そう‥なん‥ですか?」
ほっと吐息をもらすソロが、一瞬緊張を解いた。
「‥だが。貴様には興味あるぞ。」
彼が息を吐いた次の間に、その男は眼前まで移動していた。
ソロが退けぬよう腰に手を回し、顎を捉えた手が面を上げさせる。
銀の髪。特徴ある尖った耳‥魔族の男は黒衣に身を包み、紫のバンダナで額を覆って居た。
綺麗過ぎる程整った顔。きつく尖ったその瞳の色は蒼…氷のようなアイスブルー。
違う――ソロは何故だかひどくがっかりしていた。
「‥どうした? 捜し人でなく気抜けたか?」
にやり‥と男が口の端を上げる。すべてを見透かしてでもいるかのように。
「…捜し人?」
「アレを追って来たのだろう? 人の子…いや、天空の者か?
人間共がこの地へやって来た原因はアレだと聞き及んで居るぞ。」
顎を捉えていた手が一旦離されると、ソロはほうっと息を吐いた。腰の手はそのままだが、
もう片方の手は、今度は柔らかな翠の髪を弄んでいる。
「それって‥デスピサロのコト?」
「ああ‥そんな呼び名が付いてるそうだな。
アレの噂は遠く離れた我が国まで届いたぞ。面白い噂話と共にな。」
「噂話…?」
「ああ‥あまりに意外で、信憑性を疑っていたが…情報は正確だったようだな。」
くつくつと男が嘲笑った。
「一体‥なにを‥‥?」
訳解らずに、ソロが途惑う。
「地上の魔王が天空の勇者と情を交わしている‥とな。」
「えっ――!?」
言われた言葉の意味を計り兼ね、ソロが困惑露に瞳を揺らした。
「惚けても無駄だ。微かだが、貴様からはアレの気を感じる。情を交わした証がな。」
耳元で低く落とされた声に、ソロは血が逆流するのを思った。
「う‥そだ!! そんなはず‥ないっ!!」
ドン‥と彼を突き飛ばし、ソロは駆け出した。
真っすぐ来た道を戻ったつもりだったが、ほんの少し走った先に壁が立ちはだかる。
先程彼がもたれ掛かっていた壁に突き当たると、そのままソロはその壁に躰を縫い止めら
れてしまった。
「貴様が単身外へとやって来たのは、この私の気に惹かれたからであろう?
アレの気と間違えたのだろう?」
「――!?」
確かに。ソロは誰かに呼ばれたような気がして、外へ出たのだ。
それに…似ているのに違うと‥そんな思いに包まれたのも事実である。
背後から抱き込むようにソロを躰ごと縫い止める男の体温が伝わる。少し低めの体温は、
何故か知ってるような気がした。
「…らない。‥知らない、そんなコト! 本当に解らないんだ、オレは…!
なのに‥‥‥っ。」
ソロはどうしても正体の掴めぬ存在に苛立つよう声を荒げ、眸を濡らした。
男がソロの肩を掴み、躰を返す。壁に背を預ける形で、ソロは男と対面した。
「…本当に知らぬのか? 覚えておらぬのか‥?」
形のよい眉が僅かに顰められる。ソロは眼前の整った顔を凝視め、小さく頷いてみせた。
「…忘れてるんだ‥って、そう言われた。けど‥‥‥ 凝視め→みつめ
オレが魔王とそんな…そんなコト。ある訳が‥‥‥」
「では‥試してみるか?」
「え‥‥っ!? んっ‥んん‥!」
突然唇が塞がれたかと思うと、力づくで口内まで侵された。
覆い被さる男を剥がそうと、懸命に腕を動かすが、それもあっさり封じられ、口腔に蜜を
送られる。苦みの走る蜜を嚥下させられると、ようやく唇が解放された。
「はあ‥はあ‥。な‥に、飲ませたんだ…?」
「無駄に暴れられても興ざめだからな。貴様もどうせなら愉しみたいだろう?」
「なに‥言って…あっ。や‥やめっ‥‥!」
艶めいた声音で言い聞かせるよう紡いだ男が、ソロの耳朶を舐め舌を這わせた。
どくり‥と己の意識の外で、躰の芯に熱が灯る。
――勇者殿は色事も知らぬらしい‥
ふ‥とそんな声が脳裏を過った。
あれは‥誰だった?
そんな惑いを追う間もなく、男の手がソロを弄ってゆく。
「や‥、やめ‥ろ‥‥‥! 嫌‥だ‥‥‥っ」
いつの間にはだけられたのか、素肌を器用な指先が丹念に這う。夜に晒された肌は心細く
悸えていた。
「吸いつくように滑らかだな‥貴様の肌は。それに‥感度もいい‥」
「そん‥なコト…、あっ‥‥」
くつと嘲われて、かあっと頬を朱に染め、ソロが抗議する。が、きゅうと胸の飾りを抓ら
れ、ソロは背を撓らせた。そんな反応に、追い打ちをかけるよう笑いが落ちてくる。
ソロはどうにかこの状況から逃れようと、身動ぐが、熱を煽ってくる男の手は容赦なかっ
た。じわじわと広がる躰の芯に灯った焔。それはやがて思考すら奪ってゆくようだった。
「ふ‥ぁ。あ‥ああっ‥‥‥」
――熱い。マグマでも飲み込んだみたいだ…
自分の躰なのに。ちっとも抑えが効かない。この感じ…
オレは確かに知っている――
そう‥この銀の髪。意地悪な指‥‥
『次に見える時は、勇者と魔王だからな。』
『忘れたか? ‥私の所有だ。』
銀髪で紅い瞳をしたきれいな顔の魔族…彼は‥‥‥
「ピ‥サロ‥‥?」
ぼんやりとした呟きを、聴覚の鋭い男はしっかり捉えた。
フッと愉しげに口角を上げ、優しい仕草で翠の髪を梳る。 梳る→くしけずる
ソロは安心したよう微笑むと、ぎゅっと圧し掛かる男の背に腕を回した。
「ピサロ‥‥!」
もう逢えない‥そう思っていた、彼が居る――その歓びにソロは涙を落とした。
「ピサロ‥ピサロ。‥ん‥‥ふ…」
縋り付くソロに口接けが降りた。深く交わされ2つの熱が混じり合うのを、ソロは夢心地
で享受する。積極的に応じ始めたソロの蕾を男の指が辿ると、びくんと瞬間身動いだが、
彼の動きから逃れるでもなく、甘い吐息を漏らした。
「ん…あっ‥」
「ここも随分お待ち兼ねだったようだな‥」
愉悦を含んだ笑味が耳元に落とされる。ソロは「だって‥」と恥じらうよう呟くと、焦れ
たよう腰を揺らした。
「可愛いな、お前は‥‥」
男がそっと囁き耳朶を食む。そのままゆっくりと滑る唇が首筋を降り、肩口へ吸い付いた。
秘所へ増やされた指の出入りが容易になってくると、やがて、質量の違う熱塊が宛てがわ
れた。容赦なく捩り込んでくるソレを受け入れながら、ソロはふと、違和を思った。
それが妙に気に掛かって、彼は縋っていた腕を解くと、その顔を覗き込む。
「ピサロ…?」
不安気に窺った彼の姿。それを確認して、ソロは凍りついた。
――違う! ピサロじゃないっ!!
そんなソロの情動すら愉しむように、男が冷笑を浮かべる。冷たい光を放つアイスブルー
の眸が細められると、ソロは男から逃れようと、しゃにむに動いた。
「や…やだ‥! いやだ〜〜〜〜!!」
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