ソロがピサロに剣や魔法の手ほどきを受けるようになってまだ間もない…そんな頃。
馬車であちこちを訪ね回った後、今日も野宿が決まり、一行はその準備の分担を割り振っ
て作業に取り掛かっていた。
ソロは夕食後の片付け。ピサロは火の番…とゆー事もあり、まだやっと陽の傾き始めた時
分、2人は広い場所へ移動して、最近日課になりつつある剣の手合わせを興じていた。
互いに習練用の木刀を用いてる為、金属とは違った響きの音が触れ合う度に小気味良く上
がる。今日のソロの目標は、ピサロに両手を使わせる事。ソロは軽快に剣を繰りながら、
そのタイミングを測り、魔法を練る。
「やっ‥! ‥‥これで、どうだ!?」
剣が合わさり距離が詰まった瞬間に、メラを放ち身体を傾け軸足を蹴りつける。
メラに気取られた一瞬の隙を狙ったつもりの作戦は、あっさり破られてしまった。
ずで〜んっ!!
スッと小さな動きで避けられて、逆に払われてしまった。不安定な体勢になってたソロだっ
たので、そのまま見事にすっ転んだ。
「いったぁ…っ。…くそぉ‥」
「ふん…残念だったな。魔法力を溜めてたのがまる解りだったぞ?」
口角を上げたピサロが跪き、ソロの首に木刀の先をひたりと寄せた。
「蹴りに入る動作もまだまだ荒い。あのじゃじゃ馬姫の方が余程速いぞ。」
そう続けて、ピサロが剣を引いたので、ソロはムッスリと上体を起こした。
「うるさいな。…ちぇ。結構いい作戦だと思ったのに‥。」
体勢が崩れた所を打ち込んで、両手を使わせる…そんな作戦は入口で潰えてしまった。
「…まあ。一連の動作をスムーズにこなせれば、悪くない手だとは思うが。
…お前は身軽だからな。」
一応彼を評価しているような口ぶりに、ソロが顔を綻ばせる。
すう‥と伸ばされた手が翠の髪を優しく梳いて来て、ソロの鼓動がとくんと跳ねた。
ドキドキドキ…
さっきまでなんともなかったのに。急激に体温が上がっていくのを覚え、頬が赤らむ。
「ソロ…?」
さっと身を後退させてしまった彼に、ピサロが怪訝顔を向けた。
「‥あ。えっと…付き合ってくれてありがとな、ピサロ。今日はもういいよ。」
そう言うと立ち上がり、ソロはそそくさとその場を駆け去ってしまった。
はあ…はあ…
ソロは木立に紛れると、乱れた呼吸を整えるべくゆっくり息を吐き出した。
幹にもたれかかって、まだ熱い頬を手のひらで包み込む。
「‥やっぱり変だよな。でも‥‥‥」
小さくこぼして、ソロはフッと瞳を細めた。
ピサロと共に旅をする事が決まった時は、不安でいっぱいのソロだったが。
ひっそりと逢っていた頃とまるで違うピサロに途惑いながらも、今の関係を、ソロは
擽ったくも受け入れつつあった。
そう…嬉しい‥と。
ずっと躯だけの関係でしかなかったから。
日常の中に共に在る…それが不思議で。でも…嬉しい。
ただ‥‥問題がない訳でもなかった。
「‥クリフト。」
パトリシアの世話を終えたクリフトが道具を片付けていると、大きな樹木の陰に隠れるよ
うしながら、ソロが彼を手招きした。
呼ばれたクリフトが道具を置いて、静かにそちらへ向かう。
「どうしたんです、ソロ?」
その表情と声音から、なんとなくの察しはしていたクリフトが、幹に手を付き彼を覗き込
み訊ねた。
「…あのね‥」
頬を朱に染めたソロが、俯きがちに甘みを含んだ声で呟く。
「‥夕飯の前に…その‥付き合ってくれる…?」
「いいですよ。丁度終わった所ですから。では‥ちょっと断って来ますね。」
ふわりと微笑んだクリフトが、小さく彼の頭を撫ぜて踵を返した。
「お待たせしました。行きましょうか。」
すぐにソロの元へと帰って来たクリフトが、すっと彼の肩を抱き歩き出した。
しばらく歩くと小さな滝壺の辺へと出た。
「野営に使う水場とは別なので。ゆっくり出来ますよ。」
クリフトの言葉に小さく頷いて、豪快な水音を立てる滝の辺に並んで腰を下ろす。
ソロはゆっくり隣に座る彼へもたれ掛かった。
「…あのね。やっぱり今日も駄目だったの‥」
消え入りそうな声で、ソロが熱い吐息を混ぜつつこぼした。
「オレ…変なのかなあ‥?」
熱い頬に手を当てて、ソロが困惑に眸を曇らせる。色を滲んだ表情がますます艶を増して、
クリフトは微苦笑しながらその手に己の手を重ねさせた。
ピサロと接する機会がグンと増えたこの数日。
その接近の度合いによって、スイッチが入るのか、度々情を孕んではクリフトを頼るソロ。
今日は特に重症かも知れない。
クリフトはゆっくりと顔を合わせるように近づかせ、柔らかく瞳を細めさせた。
「別に変だとは思いませんけどね‥」
そう言って、小さく口接けると口元を耳へ寄せひっそり囁きを落とす。
「好き‥だからでしょう?」
ソロはコックリ頷いて、ぎゅっとクリフトに抱きついた。
「…好き。それでも‥いい?」
不安そうに蒼の眸を揺らし、怖々とソロが訊ねる。
「構いません…そう言ったでしょう?」
「うん…。…クリフト、ね‥しよ…?」
熱っぽい瞳で、ソロが強求る。口接けが交わされると、それはすぐに深められた。
「ん…ふ‥。ふ‥ぁ。‥っ‥‥ふ…」
あやすように丁寧に口内を巡る舌が、更に躯の熱を高めていく。
「…ほう。愉しそうだな。」
縋るようにしながら口接けに酔っていると、低い声が間近から届いた。
「‥ピサロ。」
「おや、ピサロさん。早かったですね。」
軽く肩を竦める神官に、魔王が苦い顔を返す。
「こそこそと消えたと思ったら‥。気に食わんな。」
「‥いいだろ。自由時間なんだから。大体…、っなんでもない。」
言いかけたソロが慌てて口を噤んで顔を逸らした。
「大体‥? なんだ?」
「まあまあ。なんでしたらピサロさんもどうぞ?」
差し出すようにクリフトがソロの背後に移動し、微笑んだ。
「クリフト!?」
「中断する方が辛いでしょう、もう?」
「だけど‥‥‥っ。誰か来たら…」
「では‥もう少し場所を移すか。」
そう言うが早いか、ピサロは移動呪文を唱え、滝の上へと移動した。
「ここなら奴らが顔を出しても見られはすまい?」
「そういう問題じゃ…っん、…ふぅ‥ん‥‥‥っ。」
文句を唇で飲み込んで、ピサロが先刻の2人より濃厚な口接けを貪ってくる。
きつく握りしめた拳が緩く解かれるのを見計らって、ピサロは唇を解放した。
「‥所で神官。貴様の主が探していたようだったが?」
ふと顔を上げたピサロが、思い出したよう告げる。
「姫様が‥? …承知りました。」 承知り→わかり
邪魔者だと物語る瞳に苦笑して、小さく肩を竦めたクリフトがソロの髪を梳く。
「ソロ‥残念ですけど、呼ばれてしまってるようなので。」
頬にキスを落として、クリフトがスッと身を引いた。
「クリフト…」
「‥大丈夫でしょう?」
こくっとそれに頷いて、ソロがクリフトの手をきゅっと握り込む。
「早く戻ってね‥っ、ふ‥ぁ…あんっ、ピサ‥ロっ‥」
スルっと上着の裾から入り込ませた手が敏感な胸の飾りを摘まみ上げて来て、ソロが嬌声
を漏らした。解かれた手が空を掴むと、グッと腕を掴んで来たピサロへと引き寄せられる。
すっぽり抱き込まれてしまうと、背後に回された手が敏感な背を辿った。
ビクンと躰を震わせて、ソロがピサロに縋る。
「や‥っ。そこ‥あんまりっ、触らない‥でっ‥‥」
情欲めいた声音は寧ろ行為を煽るだけで、身内を巡る熱の奔流がかき乱され、思考が薄れ
ブレていってしまう。
「は…ん‥っ‥‥ふ‥‥」
熱い吐息を繰り返すうち、すっかり服を取り払われてしまったソロが草地に組み敷かれた。
冷たい草の感触が熱を帯びた肌に心地よく伝わる。ソロはさらりと流れ落ちてきた銀髪を
一束掴むと、覆い被さって来た彼の紅い眸に吸い込まれるよう瞼を綴じた。
「…ん‥ふっ‥‥‥ん…ん…」
望んだ口接けを甘く享受しながら、彼の広い背中に回した腕に力を込める。
「ね…どうして‥?」
唇が解放されると、ソロは熱っぽく訊ねた。
「なにがだ‥?」
質問の意図が読めなくて、ピサロが眉をほんのり寄せる。
「…キス、優しいから‥‥」
「そうか‥。乱暴な方が良いか?」
途惑う瞳に小さく微笑って、ピサロがひっそり耳元へ落とした。
ふわっと擽られる感触にゾクンと身を震わせたソロが緩く首を振る。
「‥優しくして…?」
乞うように、躰を寄せたソロが紡いだ。
「んっ…ああっ‥‥ピ‥サロ‥‥‥」
穿たれたソロが熱い喘ぎを上らせる。赤く山間に沈んでゆく夕陽を目の端で追うソロの眦
から生理的な涙が伝い落ち、その視界がぼやけた。
身内に蟠った熱を発散させて。
ソロはぼんやりと赤から紺へ移ってゆく空を眺めていた。
すっかり身支度を終えた後、滝壺の下へと戻った2人だったが。色めいた余韻を残すソロ
は、半分夢の人と化した様子で胡座をかいたピサロの肩にもたれ掛かかっていた。
「…ソロ。迎えが来たようだぞ。」
近づく気配に、ピサロが小さく隣に座るソロを揺すった。
「‥ん、なに…?」
カサリ…草を踏む音が間近でして、振り返ると、よく知った青年の姿が在った。
「クリフト‥」
「‥そろそろ皆さんも心配してますので。」
眠そうな彼にふわりと笑ったクリフトが、膝を折って目線を合わせた。
「え…? あ‥、オレ‥‥。」
バッと躰を起こして、ソロが一歩ピサロから離れた。
「なんだ‥それは?」
遠退かれてしまったピサロが、その動作に憮然と呻く。
「あ…だって。‥‥クリフトぉ、どうして…?」
最初にここへやって来た時一緒だったのはクリフトだったのに。
どこで入れ替わってしまったんだろう? ソロは困惑顔で2人を見やった。
「…途中でピサロさんがいらしたの、覚えてません?」
その様子にクスリと微笑って、クリフトがソロの頭を撫ぜた。
「…覚えてる。‥で、なんかキスされて…その後は‥‥‥」
「覚えて居らぬのか?」
ちょっとばかりショックを受けつつ、魔王が詰め寄る。
ソロはブンブン首を横へ振ると、真っ赤な顔でぽつぽつ返答始めた。
「…覚えてる‥けど。…夢かと思って‥た…。だって‥‥‥」
すごく優しかったから…ピサロですらやっと聞き取れる程ぽっそりと、ソロがこぼした。
隣でピサロが盛大な溜め息を落とす。
確かに。逢瀬の際は手酷く扱う事も多かった。けれど。そんな夜ばかりでもなかったと思
うのだが‥
ささっとクリフトの背に隠れるよう、ピサロから離れてしまったソロに、もう1つ吐息を
つくと、ゆっくりした動作で彼は立ち上がった。
「‥先に帰ってる。後は任せたぞ。」
不承不承‥といった面持ちで、クリフトへ声をかけて、魔王は野営地へ足を向け去った。
「…怒っちゃったかな…?」
立ち去る背中を見送って、ソロがぽつんと口を開いた。
「‥さあ。大丈夫だと思いますよ。」
「みんな待ってるんでしょ? オレ達も戻ろう?」
ぽんと安心させるよう肩に手を乗せたクリフトに、ソロが話しかけた。
「‥少し休んでからね。」
まだちょっと、余韻残ってますよ‥耳元で囁かれ、ソロがかあっと頬を染め上げた。
「…だって。クリフトが居なくなっちゃうから‥。歯止め効かなかったんだ‥もん。」
「それはすみませんでした。…でも、大丈夫だったんでしょう?」
「ん‥。…ごめんね、クリフト。」
クリフトは小さく微笑んで、彼をそっと抱き寄せた。
緩やかに梳いてくる感触を心地良さそうに受けながら、ソロが瞳を伏せる。
やがてスウスウと規則正しい寝息が始まり、クリフトが隣で眠る彼の顔を覗き込んだ。
安らいだ寝顔に瞳を細め、口元を綻ばせる。
3人の関係はまだ始まったばかり――
そんなある日の1日が過ぎて行った‥
2006/10/10
|