その1


「どうした? 眠れないのか‥?」

サランの町。バルザックを倒したその晩、クリフトは宿の屋上から闇に浮かぶサントハ

イム城を、独り眺めていた。

「鷹耶さん‥。」

 そんな彼の元へとやって来た鷹耶は、声をかけるとすぐ隣へと並んだ。

「なんだか浮かない顔だな。」

「…そうですか?」

 小さく苦笑んだ後、彼は視線を戻しぽつりと語り出した。

「‥そうかも知れません。バルザックを倒せても‥城の現状は変わらないままです…。

城の皆の行方も…未だ掴めないままですし…。」

「…そうだな。いくら魔物を倒しても、住む人間が居なければな‥。

  曰く付きの城だからな‥‥‥あ。‥すまない。」

「いえ‥。本当の事です。マーカスからの報告でも、同じ事言われました。」

「ああ。奴には教会サイドの情報聞き出したって言ってたっけ。

  …皆に報告してない情報、やっぱりあったんだ?」

「‥はい。…その、必要ないかと思ったので…。」

申し訳なさそうにクリフトが頭を下げた。

「ああ‥解ってる。気遣ったんだろう? ‥彼女をさ。」

「…鷹耶さん。」

腕を回し頭を寄せる鷹耶に、クリフトはそのまま委ねた。

「…サントハイムの為に、何も出来ないまま‥また旅立たなければならないかと思うと

心苦しくて…。姫様も‥随分と気落ちしてらっしゃるようですし‥。」

「…ああ。‥確かにな。明日にでも、ちゃんと慰めてやれよ。しっかりな。」

「出立は明後日でしたっけ?」

「ああ。今日の戦闘はきつかったからな。キングレオ以上だったぜ?」

「…ええ。皆さんかなりな深手を負ってらっしゃって…。

  鷹耶さんだって、結構ダメージ受けてましたが…もう大丈夫なんですか?」

…そう。確か宿の部屋で休んでいたのに‥と、クリフトが心配そうに様子を窺った。

「怪我の方は魔法で回復して貰ったからな。明日一日休めば、問題ねーよ。」

「…とりあえず、部屋へ戻りましょうか?」

安心させるように笑んで答える鷹耶に、クリフトも小さく微笑んで返すと促した。



「鷹耶さん‥それ…。」

昨日と同じ部屋に戻ると、クリフトがナイトテーブルの上に置かれたグラスと瓶に目を

留めた。

「ああ‥食堂を覗いた時にな、貰って来たんだ。

  グラス余分に持って来たけど、お前もやるか?」

酒の瓶を手に取った鷹耶が訊ねた。

「はあ…。…じゃあ、頂きます。」

ベッドをソファ代わりに腰掛けた鷹耶に倣って、クリフトもベッドサイドに腰を下ろす。

トクトクと注がれる液体から、仄かな甘い香りが広がった。

「‥林檎酒ですか?」

「そうらしい。…そんなに強くないやつらしいから、飲めるだろ?」

「え‥ええ。」

こくん‥と小さく口に含んだクリフトが答えた。

そんな様子を確認しながら、鷹耶もこくこくと煽った。

「…美味いけど‥ちょっとジュースみたいだな、これじゃ。

  ま。クリフトには丁度いいか?」

「…どういう意味ですか? それ。」

不服そうにクリフトが顔を顰める。

「ん? だってお前、酒‥弱いんだろ?」

「…そんなことありませんよ。」

「本当に?」

「…そ‥そんなに強くもないですけど。これくらいでは…」

「ふ〜ん? …その割に。あの学友君と飲んでた時は、随分酔いが回ってなかったか?」

怪訝そうに鷹耶が訊ねた。

「あの時は‥。あの時は…いろいろと。…マーカスが変な話するから‥。」

目線を外した後、頬に朱を走らせながら、クリフトが口籠もった。

「どんな?」

「え…?」

「何を話してたんだ?」

「あ‥はあ。…その、いろいろと…。学校時代の話とか…その‥つまらない話ですよ?」

「つまらなくてもいいぜ?」

「はあ…。」

 どうしても話の先を促そうとする鷹耶に、クリフトは深く嘆息した。

「…学校時代に、写真屋‥というのがサントハイムに立ち寄った事がありまして‥」

クリフトは先日のマーカスとの会話の中で、一番差し障りなく、だが‥とても驚かされた

事実について話し始めた。

「…写真機‥というのは、あの時見ただけだったのですが、不思議な道具でして。絵よ

  りもずっとそっくりな姿を紙に写し出すんですよ。それで‥。人気のある若い女性を

モデルにしたブロマイドというのが一時流行りまして‥。神学校でも小遣いを貯めて、

  意中の人のブロマイドを忍ばせる者が居たんですけど…。」

クリフトはそこまで話すと、正面に構えて聴き入る鷹耶を上目使いに見た。

「その…。マーカスが言うには、学校で一番人気あったのが…その‥私‥だった‥と。」

居たたまれないように真っ赤に俯いてしまうクリフト。

「私が全然気づいてなかっただけで、その‥モテてたんだとか‥そんな事まで言い出し

  て…。あんまり突拍子な話だったんで…その‥‥‥」

「クリフトのブロマイドねえ‥。あいつもそれ持ってるって?」

「え‥? さあ‥。でもいくらなんでもマーカスがそんな物‥。」

「クリフトは? 持ってないの?」

「はあ‥。私もそんな物があった事すら知らなかったので…。」

「そっか‥。見てみたかったな、そのブロマイドってやつ。」

残念そうな鷹耶に、クリフトは一瞬躊躇った。自分の‥ではないが、ブロマイドなら1枚

持ってはいるのだ。

「なあなあ。…もしかして。アリーナのなら‥持ってたりするんじゃないか?」

一瞬の逡巡を見てとった鷹耶が、探るように訊いて来た。

「‥‥!」

真っ赤な顔が答えを物語っていた。

「…やっぱり‥。なあ‥どんな物なんだよ、それ?」

「…鷹耶さん‥。」                            吐息→ためいき

興味津々な彼の様子に、諦めたように吐息をついたクリフトが立ち上がった。 

 荷物からごそごそとなにやら取り出し、封書だけ抜くと再び荷を閉じる。

「…あの。皆さんには内密にお願いしますね?」

クリフトは念を押すと、封書を彼に手渡した。

「ああ‥解ってるって。」

 鷹耶はそおっと封書の中に納められたカードを取り出した。

「へえ‥! これがブロマイドか! すごいな。本当にそっくりじゃん!

  …今より大分お子様してるけどな。」

 セピア調に彩られた世界の中、笑顔をこちらへ向けたアリーナが写っていた。

「今から3年程前になりますから。」

「ふ〜ん。‥なあ。本当にあいつ、お前の持ってねーの?」

「持ってる訳ないですよ、そんな物。」

クリフトが呆れたように返した。

「解んねーじゃんそんなの。…じゃさ。もし奴が持ってたら‥どうする?」

「え‥。そんなの…絶交するに決まってます!」

先日の会話を憶い出しながら、少々酔いが回った様子でクリフトが答えた。

「そいつは穏やかじゃないな。」

愉しそうに鷹耶が笑う。

「…だって。今まで内緒にしてたんですよ? ひどいじゃないですか!?」

「はは‥。そうだな、あいつはひどい奴だ。」

「…鷹耶さんは楽しそうですね?」

「そうか? 気のせいだろ。ほら‥もうないだろ? 足してやるよ。」

鷹耶は空いたグラスに酒を注いだ。

妙に機嫌よく飲む鷹耶と、不本意な話題が終わらず少し自棄になったクリフト。持って

来た1瓶を空にするまで、酒盛りは続いたのだった。




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