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「ソロ‥少しは落ち着きました?」
やや戻って。食堂のカウンター席へと着いたソロとクリフト。
差し出された水をコクコク煽ったソロに、クリフトが問いかけた。
「‥うん。多分…。」
ぽつっとこぼすソロにクリフトが苦笑する。彼はそっとソロの翠の髪を梳り言葉を続けた。
「情報集めには、必要かも知れませんが‥この街に長く滞在するのは、負担が大きいので
はありませんか‥?」
「…多分、もう‥どこに居ても変わらないと思う。」
静かに首を振ると、ソロが顔を曇らせた。
「上手く言えないけど‥。なんか…違うんだ。もしかしたら‥‥‥」
ソロは言葉を切ると、思い詰めたような眸で彼を見つめた。
躰の内部で確実に何かが変わって‥変えられてゆくような、そんな感覚に包まれたのは、
つい先刻。いつもの痛みとは、まるで質が違っていた。
「はい、お待ちどう様。」
注文した料理がそれぞれの前へと並べられた。
「…食べようか。お腹空いちゃった。」
ソロは苦く微笑うと、頂きます‥とスプーンを手にした。
途中‥背中にピサロの視線を感じていたソロだったが。一度も振り向く事はなかった。
夕食の後風呂を済ませ、2人は部屋へと戻った。
既に全て終えた様子の魔王も戻って来て居る。ソロはふ‥と俯くとぼそりと「ただいま」
と呟いた。
「…ソロ。話がある。」
どこか慎重に、ピサロが語りかけた。
「オレはない。」
「‥‥何故、私を救った?」
突っぱねなど気にも止めず、ピサロが問いかけた。
「お前は私を…恨んでないのか? ‥憎くはないのか?」
「…憎んだよ。村を滅ぼしたのはあんただ‥。それは忘れてない。けど‥‥‥」
ソロは顔を上げるとキッとピサロを睨みつけた。
「その感情を忘れさせたのは、あんたじゃないか!
あんたは全部を奪って行ったけど。与えてくれたものも‥確かにあった。
だから‥‥‥
だから…オレは‥。」
生きてて欲しいと思ったんだ‥と呟いた。
「ソロ…」
「だけど‥!」
一歩前へと歩み寄られたソロが、その距離を保つよう半歩下がり視線を上げる。
「‥もう以前とは違うから…!
オレはもう…あんたの退屈凌ぎにされたりしないから‥
だから…二度と、オレに触れないでくれ!」
叫び頽れそうになるソロを傍らに立っていたクリフトが支えた。 頽れ→くずおれ
「退屈凌ぎだと…?」
確かに。最初はそれが主だった。だが――
「…その男は、すべてを知っているのだな。」
ソロとピサロのやり取りを静かに見守っている彼を見て、苦々しく吐き捨てる。
なんとなくは察していたが、随分深く事情を知っているらしい。
「‥あなたの事は随分いろいろと、ソロから伺ってますよ。
相手があなたと特定出来るずっと以前からね。」
「‥それで騎士気取りという訳か。」
「そんなつもりはありませんけど。今更あなたにお返ししませんよ?
ソロが望んでない以上ね。」
「ほう‥。」
低く落とされた呟きと共に紅の双眸が冷んやり細められた。
突然冷気を背負った魔王に、ソロが真っ先に反応を示す。
「だ‥駄目だ! ピサロ、もしクリフトになんかしたら、絶対許さないからな!」
慌ててクリフトを庇うよう立ち塞がり、ソロが厳しく睨みつけた。
「…以前ならばともかく。今は故ありとはいえ、共に行くと決めた者共だ。
不愉快な存在でも斬ったりなどせぬ。」
ふう‥と大仰に嘆息すると、ピサロはソロの顎を取り顔を上げさせた。
「だが…。お前に触れるな‥という言葉には従えぬな。」
にや‥と口角を上げると、唇が塞がれた。
「‥‥‥! ん‥‥ふ‥っ‥‥‥」
驚き目を見開いたソロだったが、強引に口腔へと入り込んで来る舌に我が物顔で蹂躙され
ると、抵抗の力が萎えた。
いつでも自分を翻弄して来た彼の熱が、本能へまず火を灯す。強い酒でも煽ったかのよう
に、思考が一気にブレた。
「ふ‥ぁ。ん‥‥‥」
はあ…はあ…と息を乱し、ガクっと腰が砕けたよう崩れる。彼の支えがなかったら、床に
座り込んでしまっているだろう。乱された思考の中、久しぶりに感じる彼の体温に、ソロ
は甘く熱が広がってゆくのを思った。
「だ‥め、だ‥‥‥」
力の入らぬ手を突っ張るように、ソロは身動いだ。
「先程お前は退屈凌ぎは厭だと言ったな。では…
それだけではない‥と申したら?」
「な‥に、言って‥‥‥?」
「例えそうだとしても。こういう方法は感心しませんね。」
混乱するよう眸を揺らす彼を、クリフトが背後から抱えるようにピサロから剥がした。
「それではますますソロが混乱するだけです。躰づくで落とそうなんてのはね。」
「クリフト…オレ‥‥」
「大丈夫ですか、ソロ?
ただの第3者でしたら、ここで邪魔に入るのは無粋極まりないのでしょうが…
生憎余所事ではありませんから。静観決め込んだりは出来なくてね。」
睨みつける魔王に負けず、クリフトが冷ややかな目線でピサロを牽制する。
「邪魔する権利があると‥?」
「そういう事です。ソロを愛してますから。」
クリフトはにっこり笑むと、ソロの髪にキスを送り、きゅっと抱きしめた。
「クリフト‥」
照れたように頬に朱を走らせ、ほう‥と柔らかな吐息を落とすソロ。
憮然とそれを見ていた魔王がムッカリと吐く。
「それは私の所有だ。返して貰おう。」
「オレはモノじゃないっ。ヤりたいなら、彼女と別に部屋借りたらいいだろっ?」
「何故ここでロザリーが出て来るのだ?」
「‥ああゆーコトって、本当は好きなヒトとするもんだから。」
ふい‥と顔を背け、ソロがぽつっと語った。
「ああもう‥なんかムカムカして来ちゃった。」
嫌気が刺したよう、吐き捨てると、ソロが身体を起こした。
「オレ‥もう寝る! …疲れちゃった。」
立ち上がると3つ並んだベッドを一瞥し、クリフトへと顔を向ける。
「クリフト。こっちのベッド、オレに使わせてね。」
ピサロが使うベッドから一番離れた端のベッドへ、ソロはさっさと入り込んだ。
「…私が真ん中ですか‥?」
険悪ムードを漂わせた直後なだけに、う〜ん‥とクリフトが難しい顔を浮かべる。
ソロはちょいちょいと彼を招くと、彼の首に両手を回した。
「ごめんね‥クリフト。好きだよ。」
そう言うと、ソロが彼に唇を寄せた。すぐに離れた唇は、クリフトに微笑を。ピサロに舌
を出して、とっとと就寝モードを決め込んでしまう。
しばらく唖然としていたクリフトは、クスクス笑い出すと「おやすみ」と布団の上からキ
スを返した。
「‥まあとにかく。夜も更けた事ですし。私も休ませて頂きます。お休みなさい。」
展開について行けず、まだ呆然と固まってるピサロに声を掛けると、クリフトもベッドへ
潜り込んだ。
残されたピサロが深々と吐息を吐く。
少し見ぬ間になんだかすっかり扱いにくくなってしまったソロに、ピサロは途惑う。
触れ合う唇から伝わる熱は変わらぬように思えたのに。
自分を捉える度沈む、蒼の瞳が脳裏を過る。
遠い昔に寄せられた幼い瞳とはまるで違う、苦しげな瞳。
倖せそうな笑みを向けてきた時もあったのに…
そばに在る今…彼から向けられるのは拒絶ばかり。
『‥ああゆーコトって、本当は好きなヒトとするもんだから。』
――だから触れるな‥と?
好きなヒト…それはこの神官を指しているのだろうか?
そんな事を考え、ピサロはムカムカ苦いものが込み上げてくるのを思った。
立場から一度は手放したが、共通の敵を討つ為に組んだ今、そばに在るのに近づけない。
以前ならば、有無を言わさずコトに及んだだろうが。
生憎ここは『勇者』のパーティで。
己は新参者に過ぎないのだ。
大きな借りを作ったばかりで無体に及ぶ訳には行かない。
ピサロはもう一度大きく吐息を吐くと、自分もベッドへと移動した。
思いがけない新メンバーが加わった一日は、一部荒れ模様となりながらも、どうにか無事
に過ぎていった――
2006/3/24
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