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「いい天気だね。」
「そうですね。風も穏やかですし。」
通りをのんびり歩きながら話すソロに、笑顔でクリフトが応える。
メイン通りでなく、小路地を選んで歩いてるので、人影もまばら。そのせいか、随分リラッ
クスした様子で、ソロは散策を楽しんでいた。
そんなソロの様子に、はじめ心配顔を見せてたピサロも表情を和ませて、3人は普段あま
り歩かないエンドールの町並みに触れていた。
「エンドールにはさ、何度も来ているのに。意外に知らない場所あるもんだよね。」
「そうですね。足を運ぶ場所って結構限られてしまいますから。ちょっと路地に入り込む
と初めて訪れた街のようで新鮮味がありますね。」
「ソロ‥お前適当に歩いているようだが。迷ったなら、すぐ申せよ?」
「迷子にしないでよ、ピサロ。知らない道だからって、帰れなくなったりしないもん。」
「ふふ‥ソロは別の意味でよく迷子になってますけどね。」
プンとムクれるソロに、クスクス笑ったクリフトが話すと、ピサロが同意を示すよう頷く。
「ちょっと〜。なんだよ、2人して。オレ迷子になんかなってないよ。」
不服そうに言うと、クリフトが宥めるように、ぽむ‥と頭に手を乗せ笑んだ。
「まあまあ‥それよりソロ、少し休憩入れませんか?」
「そうだな。あまり気負い過ぎるなよ?」
両者からの進言を受けて、ソロは少し進んだ先の木立の中へと入って行った。
丁度ベンチ替わりになる木株に腰掛けて、ソロがほう‥と吐息をつく。
「疲れたか‥?」
「う‥ん、まあちょっとは‥ね。」
「宿へ戻るなら呪文使うが?」
「まだ平気。それよりさ‥2人とも座ってよ。首が疲れちゃうよ。」
心配顔で見下ろされて、ちょっと居心地悪そうに、ソロが微笑んだ。
それぞれ手頃な木に腰掛けたところで、クリフトが切り出す。
「ソロは以前にもここへ来た事があったんですか?」
真っすぐこちらを目指していたようだったのが不思議と、問いかけた。
「あ‥うん。ほら‥前にさ、話さなかった? ここでアドンに会った事ある‥ってさ。」
「アドンに‥?」
ピサロが怪訝そうに眉を上げる。
「うん。あいつさ‥時々街に買い物に出てたらしいよ。しかも随分馴染んでんの。
‥あいつに美味しいケーキの店、教えて貰っちゃった‥オレ。」
「ははは‥本当に、それは随分馴染んでいらっしゃる。」
「でしょう? そうそう、オレ‥あいつにケーキ奢られちゃったんだよね、その時さ。」
にっこり話すソロだったが、聞いてた2人の表情が一瞬固まった。
「‥アドンさんと2人きりで‥ケーキをねえ。」
嘆息交じりに話すクリフトに、ソロが「あれ?」と首を捻る。
「…えっと。いけなかった‥?」
「いいえ。そんな事‥。ただ…なんだかデートみたいですね、それ。」
にこやかに答えるクリフトだが、微妙な刺が混ざっていて、ソロがちょっと怯んだ。
困ったようにピサロを覗うと、何故か暗雲を背負っている。
「…2人とも、変だよ?」
怖々言うソロを、ピサロがギロッと睨めつけた。
「…ソロ。私はお前とそんな風に過ごした事ないぞ?」
「え‥あ。そーだね、そういえば…」
「なのに‥ほとんど接点なかったはずのアドンと、2人きりで和んでただと?」
ムスーっと苦みを帯びた言葉を吐くピサロに、退避ぐソロ。
「ソロはなんでも私に話してくれてたと思ったのに‥そんな事があったなんてねえ‥」
「ええっ!? だって‥アドンと会った事、話してるよ、オレ。」
「ケーキを一緒した‥というのは初耳ですよ?」
「それは‥そーかも知れないけど。そんな大したコトじゃ‥」
何が悪かったのだろうと首を傾げ、ソロがこぼす。
「まあ‥とりあえず…」
すくっと立ち上がったクリフトが、にっこり微笑みソロも立つよう促した。
それとほぼ同時にピサロも腰を上げて、クリフトとは反対側からソロを支える。
「え‥あの…?」
「そのお店、案内して下さいね、ソロ?」
「それはいいけど‥」
「では参るぞ。」
「わ‥ちょっと‥‥‥」
ズイ‥と大股で歩き出したピサロに引きずられて、ソロが体勢を崩す。‥が、両脇をしっ
かり両者に支えられているので、転ぶ心配もなく、ずんずんと前へ進む。
なんだか強制連行でもされてるみたいだ…などとちょっぴり思いながら。
目的のケーキ屋へ向かう3人だった。
「ソロ‥好きなもの選んで下さいね?」
「あ‥うん。じゃあね‥」
ショーケースに並べられたケーキを眺めるソロが顔を綻ばせる。
散々迷って2つ頼んだソロと、それぞれ1つ頼んだピサロとクリフト。
3人は入り口で注文を終えると、奥の喫茶ルームへ足を運んだ。
「はあ‥。もう、2人とも足早すぎだよ…」
壁際の4人掛け席に腰掛けて、ソロが大きく息を吐いた。
「‥すみません、疲れさせてしまいました?」
「あ‥別に平気だけどさ。でも一体どうしたの‥?」
「ゆっくり現場で聞かせて貰おうと思ってな。」
「何を?」
「奴と過ごした時の事に決まってるだろう。」
「へ…?」
苦々しく話すピサロに、きょとんとした顔を浮かべるソロ。
続く言葉を遮って、店員がジュースを先に持って来た。
「どうぞ」置かれた飲み物を、ソロが嬉々と手に取る。
「喉渇いてたんだ」言いながら、ストローを口にして、ごくごく飲み始めた。
続いてケーキと珈琲が届けられて。
食べる方へ気持ちが向いてるのがありありなソロと共に、話を聞き出したい2人もフォー
クを取る。
一見和やかな風景が、そこに広がっていた。
「‥あのね。アドンと来た時はね、あの席に向かいで座って食べたんだよ。」
とりあえず、1個食べ終えたソロが一心地着いた様子でぽつり語り出した。
「オレは幾つも頼んだけど‥あいつは結局お茶だけ‥だったんじゃないかな?」
フォークをひとまず置いて、記憶を手繰るように、ゆっくり説明する。
「こんな風に‥手を握られたり、妙な誘いを受けたりしませんでした?」
徐にソロの手を握ったクリフトが、神妙な面持ちで問うてくる。
「‥妙な誘いって。あいつとは‥ロザリーの話‥しただけだもん‥」
ちらっとピサロを窺ってから、ソロがぽつんと小さく答えた。
フォークを再び手に持って、ケーキをさっくり1口ほおばるソロ。
もぐもぐ咀嚼しながら、彼はあの日座った席へ目を移した。
あの頃は――
ピサロが好きなのはロザリーで。自分はただの退屈凌ぎでしかないと信じていた。
その時のイライラや哀しみ…その正体も、現在なら理解る。 現在→いま
「…あのさ。‥ひょっとして2人とも、妬いてるの?」
急に不機嫌ぽくなったのは、そのせいなのかと辿り着いたソロが、直球で返した。
「おや‥解ってくれましたか?」
「…悪かったな。」
微笑を浮かべるクリフトに、罰が悪そうに苦く吐くピサロ。
ソロはホッとしたよう笑むと、ぱくん‥とケーキをほおばった。
2〜3口続けて運んで、ジュースを飲んで一息つく。
「ふふふ‥変なの。あいつ‥オレなんかに興味あるはずないのに。」
「ソロは鈍いですからね。
それらしい事言われても、気づいてないだけかも知れませんし。」
「あれで意外にお前の扱いは、私より上手かったしな…」
クスクスっとソロが笑って、ケーキの残りを口へと運ぶ。
「‥でもさ。あれはやっぱりデートとかとは違うよ。
オレには今日の方がずっと、ドキドキするデートみたいって思うもん。」
コクン‥と飲み物も終えて、ソロが店員を呼ぶよう手を上げた。
やって来た店員に、ホットココアを頼んで、2人へと目線を戻す。
「…好きな人と出掛けるのが、デートでしょ?」
ふわっと笑んだソロだったが、言い終えると照れが走ったように俯いてしまった。
「…そうか。」
「ふふ‥そうですね。」
思わず笑みに見惚れてしまった2人にも笑みが浮かぶ。
3人顔を見合わせて、クスクス笑い合っていると、頼んだココアがやって来た。
「甘い‥美味しい…!」
一口試すよう口に含んだソロが、顔を綻ばせる。
「ねえねえ…それ、一口貰ってもいい?」
カップを降ろして、ソロがピサロの前にいつまでも残ってるフルーツタルトを指した。
「ああ‥食せるなら、構わん。」
「わあ〜い。いただきますv」
イチゴを丸まるフォークで刺して、カスタードとタルト生地と一緒に早速ほおばる。
「うん、美味しー。」
「ソロ。よかったらこちらも一口召し上がれ。」
満足気に感想を漏らす彼に、クリフトが声をかけた。
「本当? じゃ、遠慮なく‥」
実は気になってた‥と、ソロが嬉しげに一口貰った。
もっと‥とも勧められたが、流石に今日はもう無理そうだと、残念そうに遠慮して。
楽しいお茶の時間は、平和に過ぎて行った。
「あ‥ソロ、お帰りなさい。」
宿の入り口。人待ち顔で立っていたマーニャが、一行を見つけると安心したよう笑んだ。
「ただいま、マーニャ。‥もしかして、待ってたとか‥?」
「ん〜まあ、アリーナ達からお昼頃には戻る‥って聞いてたから。そろそろかなあ‥って。
どお? 疲れたりしてない?」
「うん大丈夫。‥ごめんね、心配かけてさ。」
「いいのよ、そんな事‥。お昼は食べたの?」
「あ‥うん。食べて来ちゃった。」
「そっかあ‥。残念。」
「あ‥後でさ。アリーナ達と一緒にでも部屋に来てよ。よかったらさ‥」
ガッカリ肩を落とす彼女に、ソロが提案した。
「‥いいの? 一緒でも。…疲れない?」
「今日は大丈夫だと思う。だから‥さ。ね?」
にっこり笑むソロに、マーニャも喜色を浮かべる。
「ありがとう! じゃ‥後で伺うわ。あたしご飯済ませて来るわね!」
ブンブンとソロの手を握った彼女が2、3度振って離す。そのまま踵を返すと、食堂へ
足早に消えて行った。
「…見事に我々の存在無視してましたねえ。」
ぽつんとこぼしたクリフトに、微かに頷くピサロだった。
「良いのか、ソロ?」
部屋に落ち着くと、ピサロが神妙に訊ねて来た。
早速報告をと呼ばれたクリフトが出て行ってしまったので。今は2人きり。
「何が?」
マントを外して、ブーツを脱いで‥くつろげる格好になりながら、ソロが返した。
「疲れてないのか? 無理する必要ないのだぞ?」
「‥ありがと。大丈夫だよ。なんかね、今日はあんまり疲れないの。本当だよ?」
「…なら良いが。昼のうちに体力全部使ってくれるなよ?」
ベッドに腰掛けたソロの頭に手を乗せて、ピサロが尚も言い置く。
「‥あ。晩ご飯ちゃんと食べれなくなるから?」
「まあ‥それもあるが。…もっと後にだな‥」
コホン‥と咳払いしたピサロが、すっと身を屈めてソロの耳元に囁き落とした。
「…今夜は自制効かぬぞ。その分も残しておけよ?」
かあーっと頬を染め上げて、ソロがコクンと頷く。
「わ…わかった。うん、いいよ‥」
火照る頬に手を添えてそう答える彼に、ピサロが満足気に微笑んだ。
午後は部屋に訪れたアリーナ・ミネア・ライアン・マーニャの4人と過ごして。
ソロは昨日よりずっとリラックスした様子で、アリーナの話す近況などに耳を傾けた。
雑談交じりの報告が、やがて他愛のない会話へ移ってゆく頃、退席していたピサロが戻り、
皆も暇を申し出た。
「‥じゃ、ソロ。明日‥体調が良いみたいだったら、今日くらいの時間にミーティング、
いいかしら?」
立ち上がったアリーナが、気遣うような口調で確認を取る。
「うん、そうだね。大丈夫‥だと思うよ。」
「あまり時間かからないようにするから。お願いね?」
「うん‥ありがとうね、アリーナ。」
にっこり笑うソロの額を、彼女がツンと指で弾いた。
「倍返しして貰うから。」
「あ‥アリーナもなの!?」
ウインク付きの笑顔で話すアリーナに、びっくりとソロが目を丸くする。
「え‥なにが?」
「‥なんか昨日、クリフトにも同じ台詞言われた、オレ。」
「うふふ‥。そう言えば、あなたの口癖だったわね。」
ソロの側で控えるよう立って居たクリフトへ目線を移して、アリーナが微笑んだ。
「ああ‥確かに言いそう。この男なら。」
「あら‥姉さんだって、似たような事よく言うわよ?」
「まあまあ。ほら、ソロも困惑して居るぞ。我らは失礼しようではないか。」
「あ‥ごめんごめん、ソロ。じゃ、行くわ。ゆっくり身体休めてね?」
ライアンに促され、パッと切り替えたマーニャが笑いかけた。
「うん、じゃ‥みんな、また明日ね。今日はありがとう。」
ぱたん…見舞い客が退出し、扉が静かに閉ざされた。
「なかなか賑やかにやってたようだな?」
ソロの間近にやって来たピサロが、嘆息交じりに口を開く。
「うん、そうだね。」
「‥疲れてないか?」
「大丈夫。元気だよ‥?」
心配そうに顔を覗き込んで来るピサロに笑んで答えるソロ。
「…それでも。夕食まで、少し横になられてはいかがですか?」
ソロの肩に手を乗せて、クリフトが進言した。
「今日は随分歩きましたし。午後もずっと休まず居たのですから。ね?」
「そうだな。そうしろ、ソロ。」
「…うん。分かった。じゃあ‥ちょっとだけ、横になろうかな。」
そう答えると、ベッドに就いてたソロは、そのままもそもそ横になった。
枕に頭を沈めて布団を被る。深い呼吸が数度繰り返されたと思うと、それは寝息に変わっ
ていった。
「…やっぱり。大分疲れていたんでしょうね。」
「そうだな‥。だが‥回復し始めてるのも確かなようだ。」
穏やかな寝息を繰り返す彼を見守りながら、2人が静かに語り始める。
「そうですね。今日は‥昨日のような緊張も特になかった様子でしたし。」
「ああ。明るい顔をしていたな、先程も。」
和らぐ瞳が優しげに細められて、そっと翠の髪を梳る。
憂いのない顔で眠るソロの姿を見守りながら、ようやく、仲間の元へ戻って来て良かった
のだと心から思うピサロだった。
2007/4/30
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