ロザリーヒルからエンドールへとやって来たオレ達は、情報収集を含め、2〜3日この地
へ逗留する事になった。
いつも通りクリフトと同室のオレは、自由行動が決まり散会した後、一旦部屋へ戻った。
ベッド端へぽすんと腰を下ろし、ふ〜っと息を吐く。膝の上に軽く組ませた手元に視線を
向けると、もう一度小さく嘆息した。
一昨日出会ったロザリーの事、彼女の言葉…そして、ロザリーヒルに居た動物達の事が
どうしても頭から離れてくれない。
「‥どうかしましたか?」
顔に気持ちが浮かんでいたのか、一緒に戻って来たクリフトが、荷物を整理していた手を
止め、声をかけてきた。
「え…?」
「なにか‥気にかかる事でも? 随分と難しい顔なさってますよ。」
案じるように、彼がオレの様子を気遣ってくれる。
「…あ。‥うん…。なんか‥いろいろ考えちゃってさ。ロザリーヒルの事‥‥」
躊躇いがちに答えると、そのまま深く吐息をついた。
「いろいろとは‥?」
クリフトはオレの向かい側にあるベッドに、斜めに対面するよう腰掛けながら訊ねた。
「うん…。‥教会でさ、動物たちがしゃべってただろ?
進化の秘法で話せるようになったってさ。…進化の秘法って、なんなんだろう?
マーニャ達のお父さんが殺されたのは、それをみつけたせいだったよね。
バルザックやキングレオは…その力を使ってあんな怪物になってたけど…でも‥‥‥」
―――ロザリーヒルに居た動物たちは、明るかった。ピサロを‥慕っていた…
「…あの村に居た動物たちは、ちょっと変わってるだけで‥その‥‥‥」
「進化の秘法は、忌むべき力だけでもなさそう…とでも?」
「…うん。だってさ、動物たちは喜んでいただろう?」
オレがそう答えると、クリフトは腕を組みつつ深い息を吐いた。
「クリフト?」
「…進化の秘法については‥詳細が判明してる訳ではないので、はっきりと断言出来る
ものではありませんが。私見を述べれば、それの持つ危険性に逸速く気づき、それを
葬り去ろうとしたエドガン氏の行動を、私も支持しますね。」
「どうして?」
「それは―――」
クリフトが返答しようとしたのと同時に、ノックの音が部屋に響いた。
一瞬お互いの顔を見合わせるオレ達。
扉近くに座るクリフトが、小さく嘆息すると立ち上がった。
催促するよう、最初より大きめなノックに促され、かちゃり…と扉を開ける。
「ああよかった。やっぱりまだ部屋に居たわね。」
「姫様‥。ミネアさんにマーニャさんまで。」
廊下に立つ訪問者を認めたクリフトが、意外そうな声で迎えた。
「私たちね、これからモニカの所へ行くつもりなの。クリフト達も一緒にどう?」
「え‥城へですか? でも…」
「何か用事でもあるの?」
「え‥と、あの‥‥」
アリーナの問いかけに、クリフトは部屋の奥に居るオレへと、迷った視線を向けてきた。
オレはそんな彼に小さく微笑んで返すと、クリフトの肩越しにこちらへ視線を向けるアリ
ーナへと向き返った。
「オレは用事があるから遠慮するけど、クリフトは大丈夫みたいだよ。ね?」
アリーナへ声を掛けた後、クリフトに目線を戻し促した。
「本当!? よかった。じゃあクリフトだけでも一緒に行きましょうよ。」
「はあ…。ソロ、さっきの話はまた後で‥。」
アリーナに腕を引かれたクリフトが、オレへと声をかけてくる。
小さく頷くオレを確認し、彼は急かされるよう出て行った。
「…進化の秘法‥か。」
静まり返った部屋の中、ゆっくりとベッドに横になったまま、ぽつりと呟く。
クリフトに訊ねられた時、思わず口をついて出たのは…何故か、それまで深く考えた事の
ない[進化の秘法]についてだった。
そう。それまでは、深く考えた事などなかった。けれど‥‥
クリフトに話しながら、オレは1つの疑問を覚えていた。
―――ピサロは進化の秘法で、何をしたいんだろう?
それまでは単純に[魔物の強化]が目的と思っていた。
だが…動物たちへは、それとは違う意図でそれが使われていたように思えてならない。
―――どうしてあいつは‥‥‥
迷路に迷い込みそうな思考を切り替えるよう、身体を起こすと、オレは部屋を後にした。
「はあ‥‥‥」
エンドールの城下町。
賑やかな大通りから外れた小道を、オレはほてほて歩いていた。
特に目当てのないまま溜め息混じりにただ歩を進める。
どすん…
俯きがちに居たせいか、前方に居た長身の男の背にぶつかってしまった。
「あ‥すみません…」
不注意を詫びるよう小さく会釈をし、その場を去ろうとすると、
「いえ…大丈夫です…と、おや‥奇遇ですね、ソロさん。」
聞き覚えのある声に名を呼ばれる。
「え…。あ…、あんたは‥‥‥!」
顔を上げたオレの前には、意外な人物が立っていた。
「‥ここならいいか。」
オレは思わぬ場所で会った彼を小道から外れた木立へ誘い、周辺に人の気配がない事を確
かめると、ほーっと吐息を吐いた。
「意外に積極的なんですね、ソロさん。」
掴まれた腕を解放された男が、大木に寄りかかりながらのほほんと笑んでくる。
「なっ何がだよ!? オレはただ…」
ちょっとこいつに聞きたい事があったから、ゆっくり話せそうな場所へ移動しただけだ!
それをちゃんと説明しようと、口を開いたオレだったが、それより先に奴が切り出した。
「なにかお話でも?」
…なんだ。解ってるんじゃないか。
「…あんた、性格悪いって云われない?」
からかうような視線に、オレが憮然と返す。
そういや‥こいつって初めて会った時もこんな感じだったな…
赤い髪の魔族。ピサロの側近でロザリーの護衛役‥アドン。
「お褒めの言葉をどうも。それで、どういったご用件なんです?」
褒めてないんだけど…。ま。いいや。
「あのさ‥。どうしてあんたがここに居る訳? あいつもそうだけど、あんたも結界関係
ないの? 街の結界って‥魔族には効力ないって事?」
一応声を顰めながら、オレは気にかかってる事を早速訊ねた。
「効力ない訳ではありませんよ。まあ‥私の場合、半端者の特権という事ですかね。
普通の魔族なら、まず侵入は不可能でしょう。余程術に長けてる者か、強大な魔力を
まとっている者くらいだと思いますよ、無効化出来るのは。」
「そう‥なんだ…。」
オレはほーっと脱力すると、近くにあった切り株を椅子替わりに腰掛けた。
「もう1つ‥訊いてもいい?」
顔を上げ、彼と視線を合わせながら、オレは遠慮がちに訊ねた。
「あの‥さ。あんた…随分と街に慣れてるみたいだけど。人間の事…嫌いじゃないの?」
「‥同族でも相入れない者は在ります。それと同じ事ですよ。
ソロさんは、人間全てを受け入れられますか? 好意を示せますか?」
ソロは否定を表すよう小さく首を振った。
「…人間だって嫌な奴はいるよ。ひどい奴だって‥‥‥」
「どこにだっていけ好かない奴というのは在るものです。そして‥その反対もね。」
「そうだね。オレ…あんたの事嫌いじゃないよ。変な奴だけどさ…」
「それはどうも。私もあなたを気に入ってますよ。その真っすぐな所は特にね。」
…後半が皮肉めいて聞こえたんだけど。オレは苦笑して返すと、立ち上がった。
「…時間取らせちゃって悪かったね。買い出しの途中だったんだろ?」
「ええまあ。そうそう、丁度評判のケーキを買いに行く途中だったんですよ。
ソロさんもいかがですか? ごちそうしますよ。甘い物お好きでしたよね。」
「え‥でも…。」
躊躇するオレに構わず、先程とは逆に彼に引きずられるよう木立を抜ける。
愉しげな彼の横顔を眺めながら、観念を決め、共に小道を進んだ。
「ねえ。その評判‥って、どうして知ったの?」
慣れた様子で入り組んだ小道を歩く彼に連れられ、オレは疑問をぶつけた。
「ここへは何度か買い物に訪れてますから。それなりに情報は入ってくるんですよ。」
「ふう〜ん。そんなもん?」
「そんなもんです。」
にっこりと返した彼が、小さな店の前で立ち止まった。
カランコロン…
軽やかな響きがドアの開閉と共に鳴る。
「いらっしゃいませ。」
奥のカウンターから女の人の声が届いた。
「ソロさん、お時間の方大丈夫ですか?」
「あ‥うん。」
「じゃ、今度は私に付き合って下さいね?」
そういうと、彼は小さな喫茶スペースへと足を向けた。
促されるように、彼の向かいの席へと座る。
「‥あんたの方こそ、大丈夫なのか? 戻らなくてさ。」
「ええまあね。さあ、お好きな物頼んで下さい。」
にこにこと愛想よく勧められ、オレは[本日のオススメ]と書かれたケーキセットを遠慮
なく注文した。強引に誘って来たから、奴も甘い物が目当てなのかと思ったら…ブラック
コーヒーを頼んだだけ。…本当、よく解らない奴だよな‥
「…どうかしましたか?」
早速運ばれて来たコーヒーを含んだアドンが、その様子を見守っていたソロに訊ねた。
「いや…随分のんびりしてるんだな‥と思ってさ。…その、心配じゃないの?」
「ああ。彼女の事を案じて下さってるのですね。ありがとうございます。
今日は大丈夫ですよ。」
「お待たせいたしました。」
オレの前に甘い香りの紅茶と、もっと甘く匂う生クリームたっぷりのケーキが並べられた。
真っ白なクリームの上に、幾つかのフルーツが美味しそうに飾られている。
「さ、どうぞ。」
「あ‥うん。いただきます‥」
…なんとなく不自然なこの状況がまだ馴染めずに居たオレだけど。目の前の食べ物には罪
ないし…とゆーコトで。オレはパクンと一口ほお張った。
「あ‥おいしー。」
軽い舌触りのクリームと、しっとりしたスポンジの具合が絶妙で、すっごく美味しい。
オレはパクパクと瞬く間にケーキを平らげてしまった。
「クス‥。もっと召し上がりますか?」
「えっ本当!? いいの?」
「ええどうぞ。」
「じゃあ‥これとこれと…これ、お願いします。」
「はい畏まりました。」
彼の言葉に甘えて、カウンター横のショーケースに並べられたケーキを3つ程頼むと、
オレは再び席に戻った。
「…そういえばさ。さっき‥『今日は』って言ってたよね?
それって…あいつが彼女の所に来てるってコト?」
「何故そう思われたんです?」
声のトーンを落として訊ねるソロに、相変わらずの口調で彼が切り返す。
「だって‥。あんたと初めて会った時…あの時ってさ、あいつ‥彼女の元へ行ってたんだ
ろ? ロ‥彼女は‥あんな風に言ってたけど。オレには‥彼女の方がずっと‥‥‥」
ずっと…大切に想われている気がする。
「ああ‥あれは…」
言いかけて、彼は思案するよう考え込んでしまった。
「‥彼女はその…病を抱えてらして。発作に対応出来る薬の処方は、知識ある者でなけれ
ばならないものですから…」
「病気…? そういえばあいつ‥やけに薬とかに詳しそうだったもんな。
‥そうなんだ。それで‥‥‥」
「ソロさん‥。」
テーブルに並べられているケーキを、ゆっくりとした動作で口に運びながら、もそもそと
咀嚼するソロ。どこか強ばった表情は、心ここにあらずだったが‥
「それで。彼女は大丈夫なの? この前会った時は、そんな素振りなかったけど‥」
気持ちを切り替えるよう嘆息すると、彼女を案じるよう真摯な面持ちで訊ねた。
「ええ‥。以前よりは発作の回数も減っているそうですし。それさえなければ、普段は
あの通りお元気でいらっしゃいますよ。」
「そっか‥。今の暮らし‥彼女には窮屈なだけでもなかったんだね‥」
欲にかられた追っ手を気にして、隠れて暮らさなければならない彼女を思い、申し訳ない
気持ちを覚えていたソロが、小さく嘆息した。
「…今日はごちそうさま。彼女によろしくね。」
「はい‥‥あ。」
店の外で別れのあいさつを交わしていると、アドンが前方に一瞬視線を取られ、反射的に
顔を伏せた。
「おや‥やっぱりソロさん。」
その様子に振り返ったソロが、恰幅のいい見知った顔に驚いたように固まってしまう。
「…トルネコ‥。」
「あー、ソロ兄ちゃんだ。久しぶりだね、元気だった?」
彼の後ろからひょっこり顔を出した少年が、嬉しそうに手を振ると、駆け寄って来た。
「…やあ。久しぶり。元気そうだね‥」
子犬のようにじゃれついて来るポポロの頭を撫ぜながら、オレは辛うじて笑みで返した。
「今夜はみんなを夕飯に呼ぼうって、母さん張り切ってるんだよ。
でね、デザートは美味しいケーキがいいね‥って、買いに来たんだ!」
「あ‥そうなんだ…。それでここへ‥」
「ねえ。兄ちゃんもウチに来るでしょう?」
「え‥。えっと‥‥オレ、夕飯はもう‥」
ちょっと食べ過ぎで苦しいんだよな。‥って。そうじゃなくて、あいつは‥‥
矢継ぎ早に訊ねてくる彼に答えながら、オレはふと後方へ視線を向けた。
先程まであいつが立っていた場所には、既に人の気配は残ってなかった。
「‥先程の方、ソロさんのお知り合いですか?」
いつもと変わらぬのんびり口調で、トルネコが訊ねてきた。
「あ…ううん。ちょっと道を聞かれただけ‥」
「そうでしたか。それで‥息子も話してましたが、今夜はネネが腕を奮ってくれるそうで。
ソロさんも是非いらして下さい。」
「あ‥それなんだけど。…オレ、そんなの考えてなかったからもう‥」
「まさかケーキの食べ過ぎで、食事が出来ない‥なんて事はありませんよね?」
トルネコが、オレが立ってる場所の前にある店の看板を見上げ、ちょっぴり冷んやりした
空気を背負って、静かに問いかけて来る。
う゛‥。トルネコってあんまり怒らない人だけど。食事にはうるさいんだよな。
『おやつの食べ過ぎで食事が採れないなんて、以っての外です!!』
‥って。アリーナと一緒に何度怒られた事か‥。
「えっと‥はい。…後でお邪魔させて頂きます‥。…夜でいいんだよね?」
「はい。お待ちしてますよ。」
「わかった。じゃ‥ポポロも後でな!」
オレはそれだけ言うと、足早に小道を駆け、彼らの元から遠ざかった。
結局。夕食の時間までに、少しでもお腹を空かせて行こうと、せっせと運動したりして。
なんか戦闘なかったのに、やけに疲れた身体を引きずって、オレは風呂に浸かっていた。
「はああ‥。疲れた〜」
宿の大浴場にザブンと浸かると、吐息とともにぽろりと言葉が吐き出される。
汗かいちゃったから、トルネコの家に向かう前にお風呂へ来たけど。結構空いてるもんな
んだ。ここは部屋風呂もあるせいかな?
オレはのんびり湯に浸かると、部屋へ一旦戻る事にした。
まだ大丈夫‥だよな? 確かクリフト達もまだ戻ってないはずだし‥
そんな事を考えながら階段を上ると、ライアンとブライが部屋から出て来た。
「あれ‥。ブライ達もう出掛けるの?」
「おおそうじゃ。ソロも一緒に行くか?」
「あ‥ううん。ちょっと一休みしてから行くよ。お風呂入って来たら、疲れちゃった。」
「そうか‥。髪もしっかり乾かしてな。夜は冷えるぞ?」
「うん。じゃ‥後でね。」
ライアンに答えると、オレは自室のドアに鍵を差し込んだ。
かちゃり‥
軽い音を立てさせ、静かに扉を開いてゆく。
少し前までの黄昏すら窺わせない、夜の闇が広がっている部屋。しんと静まり返った空間
に身体を滑り込ませると、そのままベッドサイドに腰掛けた。
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