教会へ着くと、天の神に通じるとされる神殿が、街の奥に在るのだと聞かされ、2人はそ
ちらへも向かう事となった。
向かう道すがら、ソロが重く吐息をつく。
「気が重いですか? ‥天が絡むと、ソロは消極的になりますね。」
「…なんとなく。知るのが怖いから‥かな。」
「それでも…知らなければ、無用な不安に苛まれるだけでしょう?」
そっと彼の肩を抱き、包み込むよう柔らかくクリフトが話す。
ソロは彼の顔を覗き込むと、蒼の眸を揺らした。
「無用な不安…だったらいいけど‥」
ぽつん‥呟いたソロが疑固地なく微笑んだ。
はたして。
やって来た神殿には、預言者だという神の声を託された神官らが、彼らの訪れを予期して
いたかのように待っていた。
そこで口々に語られた内容は、思いがけないものだった。
デスピサロが進化の秘法を完成させた――
地の底深く潜り、進化を続けているというデスピサロの情報。
『‥私には判ります。デスピサロの心にあるのは、最早憎しみのみ!
早く止めなければ、凄まじく邪悪な者に進化を遂げるはず‥‥』
そんな言葉を紡いだのが誰だったかすら、ソロには朧げになっていた。
こんな形で彼について、知らされると思ってもいなかったソロは、自分がどうやって宿の
部屋に戻って来たのかも覚えてはいなかった。
「‥ソロ。食事貰って来ましたよ。」
呆然としたままベッドへ腰掛ける彼に、クリフトが声をかけた。
昼飯どころかこのままでは夕飯も抜きそうだと心配した彼が、陽が傾き始めると、食堂へ
向かい食事を運んで来てくれた。
「…クリフト。ここ‥」
ややあって。やっと反応を示した彼がキョロキョロと周囲を見回す。
そんな様子にクリフトが苦笑した。
「宿の部屋ですよ。神殿から帰って来たの‥覚えてません?」
「‥そ‥だっけ…?」
「お腹空いたでしょう‥? とにかく食べて下さい。」
どこかに思考を置き去りにして来たようなソロに、クリフトが食事を勧めた。
「あ‥うん。」
ぼーっとしたまま、ソロは机へ移り、トレイに並べられた料理を食べ始めた。
なんだか考えなきゃいけない事があったはずだけど。
真っ白な頭はなんにも浮かばなくて。
エネルギー切れのせいかもと、目の前の料理を平らげた。
食事を終えると、温かな紅茶を飲み干し、大きな深呼吸を試みた。
真っ白に包まれた頭の中の霧を払う為に…
『…しかし今まさに、第2のエスタークが生まれようとしているのです!』
シスターの恐怖に戦いた顔が蘇ってくる。
ソロはガタン‥と椅子を弾き立ち上がった。
「ソロ‥!?」
きゅっと唇を噛み締め、拳を強く握り込みながら、ソロはわなわなと震え出した。
――進化の秘法を完成させたピサロが、第2のエスタークに…!!
昼間、預言者らが話していた事を思い出し、ガックリ膝を着くソロ。
「ソロ‥! 大丈夫ですか‥?」
気遣うよう足を折ったクリフトが、彼の肩を抱き寄せた。
震える躰。顔色なくし、どことも定まらぬ視線は、絶望したよう淀んでいた。
「ソロ!」
「…ピサロが、進化の秘法使ったって‥。
あいつの心には憎しみしか残ってない‥って。
第2のエスタークって‥‥なんなんだよっ!?」
呟きがやがて罵声のように変わり、ソロは苛立ち露に床を叩いた。
「ソロ…」
「…バルザックは進化の秘法で化け物になったんだろ‥?
エスタークだって…。だったら‥それを使ったピサロはもう‥‥‥!!
ロザリーが殺されたから? 人間が憎い?
オレだって、村を滅ぼされたんだ! あいつに…!! けど‥‥‥っ」
ソロはぼろぼろと泣き崩れ始めた。
もう本当にピサロとは逢う事が叶わないのだと、脱力感を覚えながら‥
泣いて泣いて‥一頻り涙に暮れた後、ソロは隣でじっと支えてくれていたクリフトにゆっ
くりしなだれた。肩口に顔を埋め、ぼんやりとその温もりに浸る。髪を梳く感触を心地よ
く思いながら、ソロはゆっくり呼吸を整えていった。
「…あ。」
頭を撫ぜていた手がスッと肩から背へ下ってゆくと、ソロはビクンと躰を跳ねた。
過剰な反応に驚いたクリフトが、朝の話を思い出す。
「‥もしかして、痛むのですか?」
静かに訊ねられて、ソロはぷるぷると首を振った。
「…違う。けど‥‥‥ひゃっ!?」
確かめるようそっと触れられて。ソロが弾けたよう飛び退いた。
「ど‥どうしたんですか?」
突拍子のない声を上げ後退ったソロを、クリフトが困惑混じりに覗う。 後退った→あとずさった
すっかり夜に包まれた室内は暗かったが、彼が妙に気恥ずかしそうにしてるのは、仕草か
ら読み取れた。
「…ソロ?」
「クリフト〜」
困ったような、それでいて甘えるような声音は、先程までの色と全く違うものに変化して
いる。クリフトは躊躇いつつも距離を詰めると、そっと彼の顔を上げさせた。
「…背中‥のせいですか?」
雲から抜けた月が暗かった部屋を淡い光で満たす。間近で覗う彼の表情は情を孕むよう潤
んでいた。コク‥と目だけで返事をしたソロの眉が下がる。
「オレ…やっぱり変だよぉ‥」
「どんな風に‥?」
言いながら、クリフトはソロの背を抱いた。ビクっと躰を引きかけたソロだったが、逃が
さぬようしっかり抱かれ、背を走る強烈な感覚に吐息を漏らした。
クリフトはそのままベッドへソロを連れて行くと、彼を横たえさえ、明かりを灯した。
サイドテーブルへ明かりを置いたクリフトが、俯せに横たわるソロの隣に腰掛ける。
「ちょっと失礼しますね。」
彼の上着をまくり上げ、クリフトが診察を始めた。
「‥うう。手加減してね…」
躰に走る感覚をやり過ごすソロが、ビクビクと頼む。クリフトが了解を示すと、安堵の吐
息がこぼれた。そんな様子がどこか幼くて、クリフトが瞳を細めさせる。
「…どう?」
「そうですね…」
オレンジ色の明かりの元なので、はっきりと言い切れないが。一番感覚の鋭敏になってる
と思われる肩甲骨の下、その周辺が白い肌をうっすら朱に染めているだけで。朝と大きな
違いは見受けられなかった。
「今のところ、特に大きな変化はありませんよ。」
「よかった‥‥あっ。クリ‥フト?」
ほう‥と安堵するソロの背を、先程とは明らかに意図を違えた指先が滑った。
ゾクンと肌を震わせたソロが、潤んだ瞳で肩越しに彼を覗う。
「‥すみません。ちょっと…こちらもスイッチ入ってしまったようで…」
クリフトはそう苦笑すると、ソロの肢体を返し圧しかかって来た。
一瞬呆気にとられたようなソロだったが。すぐに微笑み返し、間近に迫る顔を両手で包み
込んだ。
「…うん。オレも‥欲しい。」
「ふあ…っ。クリフト‥そこ、やだ‥っ、駄目‥って‥‥‥」
熱に浮かされた肌は、どこもかしこも敏感に反応を返す。
その中でも、例の背の部分は鋭敏な反応を示した。
「本当に‥ビックリするくらい反応しますね。」
感心したように、彼を抱くクリフトがこぼした。
「も…駄目だ‥って。そこ‥‥っ、ぁん‥‥」
「感じ過ぎちゃいますか…?」
色よく示す彼にクス‥と微笑いを交ぜた声が、耳元に落ちた。
艶めいた囁きにもゾクンと感じて、ソロは白い喉を反らせる。縋るように彼の背に腕を回
し、ソロは幾度目かの遂精を果たした。
「元気ですね。‥こっちも満足しちゃいました?」
悪戯な指が秘所を伝う。ソロは真っ赤な顔を更に染め、熱っぽい吐息をこぼした。
「あ‥ん。も‥焦らさないで。」
「ソロ‥好きですよ。」
縋りつく彼に、己を宛てがったクリフトが囁く。
「あ‥オレも…!」
好き‥と、ソロは穿ってくる熱に融かされながら、彼に口接けた。
翌日。
随分と陽が高く昇った頃、ようやく目を覚ましたソロは、とうに目を覚ましてたらしい
クリフトと目が合うと、にっこり微笑んだ。
「おはようございます、ソロ。」
「おはよう、クリフト。オレ‥寝過ごしちゃった?」
「そんなでもありませんよ。昨夜はいろいろ疲れてたでしょうし‥。」
神殿へ赴いた時の事を暗に示したクリフトが、気遣うよう微笑む。
だが、ソロはそんな彼の言葉を別の意味で捉えた。さっと朱を走らせたソロが、照れた様
子で微笑う。
「やだなあ。あれくらい、どってことないよ。いつもと変わらないって。」
「え‥?」
「久しぶりだったし、オレ背中変だったし。ちょっと張り切り過ぎたかも‥だけどね。」
腰が重い‥と苦く笑いながら、ソロはベッドから出た。
「あの…ソロ。その‥昨日の事は‥‥‥」
どうにも言い淀んでしまうクリフトが、怪訝そうに彼を窺う。
ソロはクリフトが何を言いたいのか判らなくて、きょとんと首を傾げた。
「昨日‥? 昨日って‥何かあったっけ?」
――!?
「…神殿へ行った事なんですけど‥」
「神殿? ‥ああ、なんか預言者とかって人達が居た?」
「ええそうです。」
ホッと安堵の息を漏らしながら、クリフトが答えた。
「ちゃんと覚えてるよ。デスピサロが進化の秘法使った‥とかって話だろ。」
「え‥ええ。」
何故だか奇妙な違和を覚えつつ、クリフトが頷く。彼が更に質問を重ねようと口を開いた
時、ノックの音が届いた。
扉の前に立っていたのは…これからの予定を立てようと、彼らを呼びに来たアリーナ・マ
ーニャだった。
ソロの様子に心配を抱くクリフトだったが、当の本人はのほほんとしているし、ミーティ
ングを彼抜きで進める訳にも行かない。
結局、彼女らと共に部屋を出たクリフトは、ひっそりと溜め息を残し扉を閉ざした。
彼が感じた違和――
それはすぐに始まったミーティングの時に知る事となる。
2006/2/21
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