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「‥先輩はこれからどうなさるんですか?」
取り留めない会話を交わしながら杯を重ねたクリフトが、少し惑いながらも訊ねた。
「ああ‥そうだな。それを考えようと、この町に来たんだが‥。正直、冒険者てのも‥そ
ろそろ厳しいしな。どこかの田舎町に落ち着いて、呑気に神父でもやるかな‥」
片肘ついて、カリアーノがのんびり話す。それからクリフトへと向き直ると、少し真面目
な顔付きで、続けた。
「‥お前は? 大丈夫なのか?」
「え‥?」
「お前優しいからな。‥冒険していれば、どうしたって常に血を見る羽目になる。それが
…仲間の流したものだったりすれば、痛いだろう? ‥ここがさ。」
スッと彼の胸を指して、カリアーノが苦く微笑った。
「…ええ。でも‥だからこそ、回復役は必要ですから。
…この力がその為に授かったものならば‥精一杯尽力するまでです。」
毅然と返すクリフトの言葉に、訊ねた彼が嬉しそうに笑う。
「‥なんだ。見ない間に随分と逞しくなってるじゃないか。安心した。」
「‥そうですか?」
照れたように頬を染めて、クリフトが小さく微笑った。
「‥で? じゃあ‥お前がドツボに嵌まってた原因てなんだ?」
てっきりその辺の迷いかと思い込んでた彼が、そうでないと知って、改めて問いかけた。
途端、口に運んだカクテルを噎せてしまうクリフト。
「べ‥別に…先輩に話す程の事じゃありませんよ。」
コンコンと出る咳の合間にクリフトが答えた。
「それに…なんだか先輩と話してたら、本当にちっぽけな問題に思えて来ましたし…
だから、もういいんです。」
「‥そうか? …まあ、ならあまり追求しないけど。でも…
なんだかお前、変わったな?」
清々しく笑うクリフトに、どうにか納得した彼が、今度は揶揄い交じりに口元を上げた。
「先輩、さっきと言ってる事、違ってますよ?」
クリフトが唇を尖らせて言う。それに応じようと彼が口を開いた時―――
「クリフト‥!!」
戸口からツカツカと、青年が息を乱しながら近づいて来た。
「鷹耶さん‥?」
「…クリフト、知り合いか?」
雨に濡れた青年を眉を寄せつつ窺ったカリアーノが、そっと訊ねる。
「あ‥ええ。今私が旅をしているパーティのリーダーで、鷹耶さんです。」
「へえ〜、パーティのリーダー。とゆー事は、あの姫様よりも凄腕なんだ?」
「あ‥はい。あ‥えっと、鷹耶さん。こちらは私の学校時代の先輩で…」
「カリアーノだ。よろしくな。」
触れたら火傷しそうな視線を送られた彼が、それを軽く往なして手を差し出した。
「‥鷹耶だ。」
不満そうな顔を浮かべながらも、差し出された手を握り返す。…少々きつめに。
「鷹耶さん、酷いずぶ濡れじゃないですか? 早く着替えないと、風邪引きますよ?」
ほの暗い店内で、すぐ気づけなかったクリフトが、立ち上がって首に巻いてたマフラーを
解き、濡れた髪を拭う。
「これぐらい、なんでもない。」
「でも…」
「‥じゃ、お前も一緒に戻ってくれるか?」
ぐい‥とクリフトの腕を掴んで、鷹耶が真剣な瞳を向けた。
「…仕方ないですね。あの‥先輩、今夜はこれで失礼します。」
クスっと微笑んで、すまなそうに目を移したクリフトが声をかけた。
「ああ。今夜は思いがけず会えて、楽しかったよ。」
「ええ‥僕も。…あの、先輩。僕が言うのもなんなんですけど。一度‥サントハイムへ戻
られてはいかがですか? …道が見つかるかも知れませんから。」
「…ああ。考えとくよ。クリフト、アリーナ様によろしくな。」
「はい。‥あ、お勘定…」
そのままうっかり足を踏み出したクリフトが、慌てて腰のポーチを手で探る。
「ああ‥いいよ。今夜は俺のおごりだ。先輩の顔を立てさせてくれよ。」
「…はい。ごちそう様でした。‥でも。今度会った時は、おごらせて下さいね?」
「おう。またな。元気でやれよ。」
「はい‥先輩も。」
カラン‥
バーの扉をくぐると、雨で湿った空気が身を包んだ。
「‥まだ止んでませんね、雨。」
鷹耶はもう今更‥という程濡れてるのだし。自分は流石に走ったら、酔いが一気に回るだ
ろう。クリフトは短く嘆息し、足を踏み出した。
パサリ‥先程鷹耶の髪を拭っていたクリフトのマフラーが頭にかけられる。
「被っとけよ。そんなんでも、なにもないよりマシだろ?」
「はあ‥。帰りましょうか、宿に。」
ふわりと微笑みかけて、2人はゆっくり歩きだした。
雨の町。すっかり夜の降りた通りには、先刻から続く雨のせいか、いつもより人影もまば
らで。夜も賑々しい大通りすら、不思議な静寂に包まれていた。
クリフトがふと、隣を歩く鷹耶の横顔を覗う。
――捜しに来てくれたのだろうか?
ずぶ濡れで、息を切らせてやって来た鷹耶を思い出しながら、ひっそり思う。
――心配して? それとも‥‥
「…今夜は遅くなるのだと思ってました。」
ぽつんとクリフトが呟いた。
「‥お前が居なきゃつまらねーからな。ルーエルは訳解んねー説教してくるし…」
「説教?」
「…お前を怒らせたのは、俺に問題あるってな。」
不服そうに言う彼に、クリフトがクスクス笑い出す。
「あはは。そうですね。そうかも知れません。でも…」
クリフトがスッと鷹耶の腕に自らの腕を絡ませた。
「なんだかどーでもよくなってしまいました。」
機嫌良さげににっこり笑って、こつんと頭を寄せる。常ならば見せない行動に、鷹耶が訝
しむよう様子を覗った。
「‥クリフト。お前‥酔ってるだろ?」
「ええ‥そーですよ。いけませんか?」
「俺以外の奴とそんなになるまで飲むなよ。」
肩を抱きながら、苦々しく鷹耶が零す。
「ふふ‥いいお酒だったんですよ〜。大切なコト‥思い出させてくれました。」
「大切なコト…?」
「ええ。」
「なんだ?」
足を止めた鷹耶が、まっすぐな眼差しをぶつける。だが、それには答えず。クリフトはニ
コッと大きく笑んで、絡ませていた腕を解き、フラフラ足取りで、2〜3歩先へと進んだ。
「内緒です。」
きっぱり言って、蹌踉けた自分を支えてくれた腕の中に収まる。
それから徐に伸ばした両手で、彼の頬を包み込んで、唇を寄せた。
触れ合う唇は、最初こそ雨で冷たくなっていたが、すぐに互いの温もりを感じ合い、深まっ
た。
夜の闇と雨がその姿を隠してるとはいえ、やはりいつものクリフトらしからぬ行動だ。
アルコールのせいなのか‥それとも、先刻まで一緒だった男のせいなのか…
後者でない事を祈りながら、鷹耶は口接けに応えていった。
宿の部屋に到着すると、もどかしげに濡れた服を脱ぎ捨てて、ベッドへと向かう。
「…ん、鷹耶…さん‥寒く‥ないですか?」
雨に濡れた身体を気遣って、自身を組み敷く青年に、クリフトが声をかけた。
「‥すぐに暖まるさ。そうだろう…?」
言って、鷹耶がさわりと彼の胸を撫でる。そのまま唇を首筋へと寄せながら、膨らみのな
い胸を彩る突起を指で挟み込んだ。
「ふ‥ぁ‥‥っ。んっ‥‥」
甘い疼きにゾクンと肌が粟立ったところで、耳朶に湿った音が響き吐息が零れた。
首筋を辿って到着した濡れた舌先が、耳をねっとりと舐ってくる。
「あっ…ん‥、それ‥なんだか…ふ‥‥っ…」
頬を朱に染め上げて、熱に潤んだ瞳を向けると、柔らかな息が耳にかかり擽った。
「‥本当、弱いよな‥ココ。」
ふふ‥と笑われて、かあーっと目元が染まる。それを認めた鷹耶が口元を上げ、調子づい
た悪戯な指先が、滑らかな肌を弄った。
「それに…ココもな‥」
「は‥っん、ふ…あ‥‥っ、あ‥‥」
きゅ‥っと同時に摘まみ上げられた胸の飾り。敏感になってたそこに強い刺激が与えられ、
クリフトは躯を跳ねさせた。
しこった突起をクニクニと転がしてきたと思うと、片側へは唇まで降りてくる。
「あ‥ん、そんな‥されたら‥‥‥んっ…」
「もう余裕ない…?」
ぺろりとそれまで含んでた赤い果実を舐め上げて、上目遣いにクリフトを覗う。そうしな
がら伸ばされた手が、緩んでいたズボンの合わせから忍び込んだ。
既に窮屈さを訴える屹立に軽く触れて、指で小さく弾く。
「ふ…、ああっ‥」
「先に一度達っとくか‥?」
ひくんと揺れるそれを解放してやった鷹耶が、くすりと笑う。
ズボンを下穿きごと降ろしてから、組み敷くように躯を重ねると、クリフトが赤い顔のま
まブンブンと首を左右に振った。
「…が、‥い‥。」
喉の奥で消えてしまってそうなか細い声が、紡がれる。鷹耶がじっと見守ると、照れた様
子で目を泳がせて、もう一度クリフトが口を開いた。
「鷹耶‥さんが…欲し‥い‥‥‥」
「クリフト…」
鷹耶はバッと躰を起こすと、唯一身に着けていた下着を乱雑に脱ぎ捨てた。
それから常に携帯してるポーチの中を探って、目当てのモノを取り出してから、再びベッ
ドへ戻り、クリフトの足の間に躰を割り込ませた。
「クリフト、押さえてて。」
ぐいっと開かせた脚が閉じないようにと、彼の腕を太股へ導く。
素直に従った彼に、小さく笑って、鷹耶は潤滑油を手に纏わせた。
たっぷりと液体を馴染ませた指を蕾へ宛てがう。
そのままそっと忍び込ませてゆくと、ビクンとクリフトの躯が大きく跳ねた。
「‥すげえな。なんだか吸い込まれてゆくみたいだぜ。」
難無く指を呑み込む様に感心しながら、鷹耶が指を増やしてゆく。
「や‥、そんな‥言わな‥っ、ああっ…」
敏感な箇所を掠められて、クリフトが背を撓らせた。零れる吐息がどんどん艶を孕ませて
ゆくのを聴きながら、鷹耶は更なる探春を進めた。
「ふ‥ああっ、た‥鷹耶‥さん、も‥いい‥っから‥‥‥」
奥まで潤滑油を含まされたクリフトが、躯を震わせ懇願する。
「早く…来て‥‥‥!」
「加減効かなくても、知らねーからな‥っ。」
鷹耶だって余裕などないのだが、それ以上に切羽詰まった様子のクリフトに、かけらの理
性すら吹き飛ばされて、引き抜いた指の代わりに己を宛てがった。
「ふ‥ぁ、ああ‥っ‥‥‥! 鷹耶‥さんっ。」
グッと脚を大きく割られたと思うと、ズン‥と押し入って来た肉塊が内部を埋め尽くした。
熱い塊に満たされて、クリフトが大きく息を乱した。
律動するそれに息を持っていかれながら、クリフトが腕を差し伸ばす。鷹耶の腕へ触れた
指先は、ゆっくり肩へと滑った。
「鷹耶さん‥‥!」
「‥くっ、クリフト‥っ…!」
はあ‥はあ‥‥‥
互いに昇り詰めた後、そのまま躯を重ねさせて、その余韻に浸っていた。
鷹耶は躯を脱力させたまま、クリフトの上に俯せた状態で重なってるので、早鐘を打つ鼓
動を、お互いはっきり感じる。
「‥髪‥いつの間にか乾いてますね。」
そっと腕を曲げたクリフトが、間近にある鷹耶の髪に手を入れた。
ゆっくり梳りながら、クリフトは仄かな微笑を浮かべる。
「はりきったせいかな‥」
クスリ‥と口元を緩めさせて呟いた鷹耶が、ニヤリ‥とクリフトを見つめた。
「今夜のお前可愛過ぎて‥俺、理性飛びまくり…」
「何言ってるんです‥? 目をどうかしたんじゃないですか?」
「んにゃ。お前の方がどうかしてるぞ? それとも‥酔うとやりたくなる性分とか?」
「バッ‥そんな訳ないでしょう? 鷹耶さんが‥いけないんです…」
かあっと頬を染めて言い返したクリフトが、ふと視線を反らせた。
「なあ‥聞かせてくれよ? 昨日から機嫌悪かったんだろう…?」
両腕で頭を包み込むようにした鷹耶が、こつんと額を合わせ、静かに紡いだ。
「‥くだって。…僕だって、気づきたくなかったですけど。…無欲な訳じゃないんです。
触れたいと…思うのは、あなたばかりじゃありませんから‥‥‥」
伏せた瞼を揺らしながら、クリフトが思いを吐露した。その奥にある想いを押し込めて…
「いつもいつも、振り回されてるのに‥。私が欲しい時には…温もりすらくれなくて‥
だから僕は‥‥‥っ!」
感情に声が揺らぐと、唇が塞がれた。しっとり重なったそれは、すぐに離れて、そっと頭
を抱き寄せられる。
「‥ごめんな、クリフト。昨日は柄になく緊張しまくってたから…怖かったんだ。」
「怖い‥?」
「お前に触れると、抱えているもの全部‥軽くなるからさ。でも…昨日は‥‥
あの日の苦しみを和らげて、彼女に会うべきじゃない…そう思ってさ。わざと避けてた。
お前の気持ちも考えずに‥。ごめんな。」
「鷹耶さん…」
彼の思いを知って、未だ根深い傷を知り、クリフトは胸を突かれた。
「鷹耶さん‥ね、今度はゆっくり‥あなたを…下さい‥」
鷹耶の頭を掻き抱いて、ひっそりと囁きを落とす。
「ああ‥そうだな。今夜は目一杯付き合ってくれな。」
「‥はい。…ん‥‥‥」
ふわりと微笑を浮かべ応えるクリフトに、口接けが降りる。啄むように幾度か触れた唇は、
やがて深く交わった。
触れ合う温もりを感じながら、クリフトは思う。
理解出来ない―――そう感じてた、ルーエルとオルガの関係。今なら少し解る気がする。
―――リーダーを失った。
そう語った懐かしい友人の言葉が、氷の矢となって、胸を貫き、氷の飛礫を残していった。
触れ合う事の出来るこの瞬間。それは決して永続的なものではないのだ。
だからこそ。この今を確かなものにしたくて‥温もりを求める。
失う怖さ‥‥それを知る者は慎重になるのだろう。だから‥
何時‥何処でそれが訪れるかも知れない身を案じて、残る者を思う‥
勇者である鷹耶に、不測の事態が起こるとは考えられない。だが‥
もしもこの身にそんな事態が訪れた時…憂いが残らぬように。
望む温もりを分かち合うのは‥そう不純でもないのかも知れない。
ならば―――
翌日。
すっきりさっぱりした表情の鷹耶とは対照的に、クリフトの目覚めは重かった。
「ん〜、ちょっと熱あるみたいだな。」
倦怠そうに身体を起こしたクリフトの額に手を当てて、鷹耶が小さく息を吐く。
「すみません‥。鷹耶さんは大丈夫なんですか?」
自分以上に雨に濡れたはずの彼を案じて、クリフトが訊ねた。
「ああ全然。それよりさ、食欲は? なんか食えそうだったら、貰って来るぜ?
とりあえずさ、今日はどうせ町泊まりなんだし、ゆっくり休めよクリフト。」
「‥はい。食事は‥今はいいです。もう少し眠らせて頂いていいですか?」
ぼ〜っとする思考のまま、クリフトが申し出る。
「そっか。‥ごめんな。昨晩無理させちまったんだよな‥」
申し訳なさそうに謝ってくる鷹耶に、クスリとクリフトが笑った。
「昨晩は‥鷹耶さんばかり責められないです。…僕だって‥‥んっ…」
突然降りた口接けが続く言葉を飲み込んで、解かれた。
「あ〜、なんかもう、このまま予定うっちゃって、いちゃいちゃしてーな、今日は。」
ぎゅむっとクリフトの頭を抱え、頬擦りしながら、うっとりと鷹耶が弾んだ声を上げる。
「もう‥。何馬鹿な事言ってるんですか? 鷹耶さんが予定こなして下さらないなら、私
が起きます。離れて下さい。」
「う…。やっぱりそーゆートコはしっかり者なんだな。‥お前に無理させたら意味ねーだ
ろ。‥解ったよ。買い足す物が分かってるなら、お前の分も買い出して来るぜ?」
少々冷たく叱られて、鷹耶が渋々身体を離した。
「‥えっと。道具の補充はメモ取ってあります。‥じゃあ、お願いしていいですか?」
「ああ。‥昼飯の前に一度戻るけど、その前に軽い食事とか運んで置くか?」
「…いえ。食堂くらい向かえますから大丈夫ですよ。‥ありがとうございます。」
気遣いに微笑んで、メモを彼に手渡したクリフトが横になった。
静まり返った部屋。瞳を綴じると溢れる想いが全身を満たしてゆくのを感じる。
―――恋なんだと、気づいてしまった。
愛しい姫への想いとは、確かに違うのに。
けれど‥溢れる想いの名の、他の呼び名をクリフトは知らない。
想いの正体を…自覚したクリフトだった。
2007/7/24 |