クリフトは神父の暖かいもてなしに感謝しながら、教会を後にした。泊まって行く事も
勧められたが、ともに訪れてる仲間が心配するから‥と、すっかり夜の帳の降りた中、帰
路に着いた。
途中。飲食店の並ぶ通りに差しかかると、賑やかな店から乱暴に潜り戸を開け出て来た
男と目が合った。
「…鷹耶さん。」
「…クリフト‥。」
鷹耶はくるりと踵を返し、足早に歩き出した。
「鷹耶さん‥! …あっ。すみません‥」
追いかけようと数歩足を進めた所で、クリフトは酔った足取りで歩く二人組の男とぶつかっ
てしまった。
「気をつけろいっ。ひっく‥。」
「すみません。」
「…ふ〜ん。兄ちゃん、べっぴんさんだねえ。俺らこれからもう一軒行くんだけどさ。
どお? 一緒に飲まねえか? 俺奢るからさあ。」
「おお、そりゃいいや。行こうぜっ。」
「あ‥いえ、私は‥‥」
断りかけたクリフトが、こちらを覆う影に目を止め顔を上げた。続く言葉を飲み込むクリ
フト。彼の視線に気づいた男たちも、何事かと目線を追う。
視線の先には、剣呑な眼差しで男たちを射貫く青年が立って居た。
「な‥なんだよっ!? なにか文句あっか!」
「失せろ。」
低く冷ややかな声音に、三人が凍りつく。二人組の男は、それだけですっかり萎縮して
しまったようで、舌打ちしながら場を去って行った。
残されたクリフトが、ごくりと息を飲む。
鷹耶はクリフトの腕を掴むと、宿への道をスタスタ歩き始めた。
「た‥鷹耶さん…?」
クリフトは腕を強く引かれながら、小走りに歩く鷹耶に声をかけた。
鷹耶は無言のまま宿に到着すると、掴んでいた手を離し、一人階段を駆け登って行く。
クリフトもその後を追うよう、階段を急いだ。
「鷹耶さん‥。先ほどはありがとうございました。」
ドアノブに手をかける鷹耶に、階段を登り終えたばかりのクリフトが声をかけた。
「あの‥」
「…また昨晩みたいな目に遇いたくなければ、それ以上来るな。部屋に戻れ。」
「鷹耶さん…」
数歩踏み出したクリフトだったが、鷹耶の拒絶の言葉に足を止めた。
静かに部屋に消えて行く姿を見送ったクリフトが、その場に立ち尽くす。
やがて。小さく吐息をつくと、階下にある部屋へと引き返した。
同室のブライはまだ戻っていない。クリフトはベッドにごろんと身を投げ出すと、
ゆっくりと瞳を閉ざした。
教会でも、さっきの件でも‥鷹耶は自分の為に動いてくれた。
なのに。近寄るコトを許さない。
――昨晩のコトを悔いてるから?
『それ以上来るな』との言葉には、その恐れの警告が含まれてる…?
でも…とクリフトは思った。
まとまらない思考が巡る頭をスッキリさせようと、身体を起こしたクリフトは、部屋に
備え付けられたバスへ向かった。
「はあ…。」
暖かな湯船に身を沈め、疲れきった身体を解してゆく。強ばった筋肉が緩んでいくのを思
いながら、クリフトは考えていた。
昨夜の行為は、正直怖くて、なによりいたたまれなかった。
けれど‥。
キングレオやバルザックと戦った後。不安定さに揺らいだ鷹耶は、夜独りで居るコトを
何より嫌った。
あの時は、ただ「側に居るコト」を求められた。
だが今は―――
「‥鷹耶さん‥‥」
こぼすようにひっそりと呟く。結局、どうしたらいいのか、答えは見つからなかった。
風呂から上がったクリフトは、着替えを済ますとベッドに腰掛けた。
冷たい瞳に晒される…そう思うと、身体が硬直してしまう。
だけど…
逡巡しながらも、クリフトは鷹耶が眠る部屋の前へと訪れていた。
静まり返った部屋の前で佇みながら、ドアを見つめる。あと一歩が踏み出せず、二の足
を踏むクリフトだったが、意を決したように口を結ぶと、ドアノブに手をかけた。
コツコツ‥
控え目なノックの後、そっとノブが回され、静かに扉が開いた。
「…あの、鷹耶‥さん…?」
そっと部屋を覗くクリフト。鷹耶の様子は確認出来なかったものの、しんとした室内へと
足を踏み入れる。静かに扉が閉まると、カチャリ‥と鍵をかける音が続いた。
クリフトが不審に思い振り返る。閉ざされた扉の前に、部屋の主が立ち塞がっていた。
「鷹耶さん‥」
「俺はちゃんと忠告したぜ?」
低い声が暗い室内に響く。怒気を孕んだ声音に、クリフトがごくりと息を飲んだ。
「…ええ。解ってます。」
「ふーん。解ってて来たんだ?」
クリフトの顎を捉えた鷹耶が、すっと瞳を眇めさせる。
「んじゃ‥とっとと始めよーぜ? …服、脱げよ。」
部屋の奥へとクリフトの身体を突き飛ばす鷹耶。腕を組むと、高圧的に彼を見据えた。
「鷹耶さん…」
「どうした? 解ってて、来たんだろ‥?」
「‥‥‥」
クリフトは束の間の逡巡の後、のろのろと着ているものを脱ぎ出した。
下着一枚だけの姿になると、クリフトの手が止まる。窺うように視線を上げると、
一部始終眺めていた鷹耶と瞳が交わされた。
「…鷹耶さん‥は?」
恐る恐る声をかけるクリフト。鷹耶は意を酌むように口角を上げ、口を開く。
「そうだな‥。」
そう答えると、ばさっと上着を脱ぎ捨てた。
「ん‥んんっ‥‥」
重ねられた唇の隙間から、たどたどしい仕草で、クリフトが舌を差し入れる。いつもの
彼を模しながら、ぎこちなく彼の口内を巡らせると、熱い舌が巻き付いた。
「…ん‥っふ‥‥ぅん‥」
鷹耶の広い背に回された腕に力がこもる。接吻の深さが増すごとに、足元の力が抜けてゆ
くのを、クリフトは感じていた。
「ふ‥ぁん‥っ。はあ…っ。」
下しきれない蜜が口の端から伝いこぼれる。唇が解放されると、艶めいた声が上がった。
ベッドへとゆっくり身体を沈めた二人は、更に口づけを交わし合い、睦み合う。
甘い言葉はなかったが。それでも、惑うよう触れてくる指先には、時折いつもの優しさ
が混ざっている。
言葉や態度では見えなかった彼の惑いが伝わる―――。
「鷹耶さん…。あっ‥はあ…っ‥は‥ん‥‥」
ねっとりと胸の飾りをねぶられて、クリフトが背をしならせた。
脇腹から滑った指先が下腹部を這い、内股へ降りる。撫ぜ回す手がぐっと脚を掴むと、
昂ぶりの奥にある蕾を暴き出した。潤滑用のローションがたっぷりと注がれる。
クリフトはびくん‥と身動いだが、息を詰めて行為を見守った。ゆっくりと沈む指先が
内壁で弧を描いてゆく。螺旋に進む指先は、じわじわと熱を帯び始めた。
「あっ‥はぁ‥っ。は‥‥んっ。」
敏感な場所を刺激されて、クリフトは更に艶めかした嬌声を上げる。増やされた指が更
に探春を深めてゆくと、湿った水音がリズムを上げた。
「あっ‥ああっ――!」
いきり勃った彼を受け入れたクリフトが、苦しそうに眉根を寄せた。昨日より痛みは薄
らいでいたが、軋む躯が更に悲鳴を上げ辛かった。
「た‥かや‥さん。」
クリフトが目尻に涙を溜めながら、鷹耶にキスを強求った。ゆっくり身体を沈めてきた鷹
耶の頬に手を添えるクリフト。しっとりと唇が重ねられると、クリフトは伸ばした腕を彼
の首に絡めた。
濃密な接吻を味わいながら、繋がりが徐々に深められる。鷹耶は全てが収まりきると、
ゆっくり律動を開始した。
「あ‥んっ…。あっ‥ふあ‥‥っ。」
「‥もう達っちまいそうだな。」
鷹耶が揶揄かうように彼の下芯を爪弾く。張り詰めた昂ぶりからは、白露が溢れていた。
「あんっ‥。ダメ…も‥鷹‥耶さ‥‥っ。」
「こっちだけで達けるんじゃねー?」
鷹耶はそう言うと、本格的な抽挿を始めた。彼に取り縋りながら、込み上げる衝動に翻弄
されるクリフト。幾度か大きな波を憶えながら、クリフトは腹の間に欲望を解き放った。
「あ‥ああっ‥。はあ‥‥‥っはぁ…」
「…くっ。はあ…」
それに続くように鷹耶も極める。そのままどっさりと鷹耶はクリフトの上に身体を重ねた。
しっとりと汗ばむ身体が荒い呼吸を繰り返す。
「鷹耶さん…」
クリフトが俯せたまま横へ顔を向ける鷹耶の髪にそっと触れた。すぐ隣に頭があるのに、
向こうを向いたままなのが、なぜか侘しい。
「…クリフト。」
鷹耶がひっそりと呟くように語りかけた。
「あの‥な。…その、悪かったな‥‥」
「鷹耶さん‥。…あの。よかったら、聞かせてくれますか?」
「‥‥‥」
鷹耶はしばらくの沈黙の後、顔をクリフトの方へと返した。
「…昨晩の夢。‥あのピサロと呼ばれていた男は、あいつは‥‥デスピサロだ。
…俺はあいつに逢ってるんだよ。…村に迷い込んだ旅人が、奴だったんだ!」
「え…?」
「俺も抜けてるよな。今の今まで、あの旅人が奴だったなんて、思いもしなかったんだ。
あいつが…仇だなんて‥な。知らずに済まなく思ったりして‥本当、馬鹿だよな‥」
自嘲するよう微笑む鷹耶に、クリフトが瞳を曇らせた。
「鷹耶さん…。僕は‥そういう鷹耶さんの方が好きですよ。きっと‥鷹耶さんの村の人
たちだって、そうだったのではありませんか?」
「クリフト…」 生命→いのち
ただ一度出会った旅人も、鷹耶にとっては[あの日]に失くし哀しんだ生命の一つで
あったのだろう…そうクリフトは思った。だからこそ、それが実は全ての元凶と知り、
途惑ったのだ。村人への祈りまでが踏み躙られたように思えて。行き場のない憤りに
苛まれていた――そういう事だろうと。
「…昨晩の事、許してくれるか?」
寄り添いながら、鷹耶がそっと訊ねた。その瞳には、いつもの優しい光が戻っていた。
「…昨晩の行為は辛かったけど‥。なにより苦しかったのは‥‥心が見えなかったコト
です。もうあんな風には、触れないで下さいね‥?」
彼の髪を梳くクリフトが、ふうわりと微笑った。
「え…? あっ――!?」
ずん‥と身の内に広がる圧迫感に、クリフトがびくんと躯を跳ねさせた。
「…悪い。なんか‥その気になっちまった…。」
まだお前の中に居たんだよな…そう付け足しながら笑った顔は、どこか悪戯めいていた。
「た‥鷹耶さん…? もしかして…?」
「もう一回ヤラせて?」
「ええっ!? ウソ‥でしょう? ち‥ちょっと、鷹‥耶‥ぁんっ‥。だ‥ダメ…っ。」
すっかりいつもの調子を取り戻した鷹耶。それはとても歓迎すべきところではあったが、
傍若無人なのは結局変わらず、クリフトの受難は続くのであった。
2004/5/3
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