一行はミントスへとやって来た。疲れきった身体を休める為に。地上ではまだ陽も高い
時刻だったが、彼らは今日一日しっかり身体を休める事に決め、早速宿へと向かった。
「…んじゃ。部屋割りは‥アリーナ達女四人とライアン達男四人。俺とピサロが残る
二人部屋だ。」
言いながら、彼は預かって来た鍵を渡した。
「「ええっ!?」」
意外そうに一同が口を揃えた。
「ん? なにか不満でも?」
「…せっかく久しぶりに逢えた恋人同士がいるのに、水入らずにさせてあげないんだ?」
「マ‥マーニャさん、私達は別に‥‥‥」
「とりあえず俺達と同行する以上、規律は守って貰わないとな。男女同室なんて認め
てたら、緊張感なくなるだろう?」
「…緊張感ねえ。…ま。いいけど。」
マーニャがふとクリフトに視線を送った後、女性陣を促した。
「…あんたも、文句ねえな?」
「…ああ。構わん。」
有無を言わせぬ口調の彼に、ピサロは素直に従った。
「明朝ここを発つまでは自由行動だが、宿に泊まる時は体力をしっかり回復させる事が
第一だからな。それだけは忘れるな。」
部屋に着くと、鷹耶がピサロに声をかけた。
「ああ…。」
ピサロはそう答えると、窓の外へと視線を移した。…ほんの少し前まで、憎み続けていた
‥滅ぼそうとさえ思っていた人間の町。そこに敵対してたはずの勇者と共に居る自分を不
思議に思いながら、ぼんやりと景色を見つめていた。
どさ…。
重い音に振り返ると、鷹耶が奥のベッドにごろんと身を投げ出し、仰向けになっていた。
「‥‥‥‥。」
閉じられた瞳のせいか、彼の考えが掴めぬピサロがその様子を無言のまま見守る。
彼の村を滅ぼした時、ほんの少しの会話を交わしたが、その時の彼から感じられた緑風
が今は影を潜めていた。代わりに纏う気からは、あの時微塵も感じられなかった血の匂い
が漂っている。
その事実が物語るモノを思うと、ひどく居心地が悪く感じられた。
「‥‥‥。」
それを振り払いたく思ったピサロが、彼に話しかけようとした時、
トントン…とノックの音が届いた。
ピサロはふいにノックが聞こえる部屋の扉へ視線を向けた。
トントン…。
再び届くノックの音。ピサロは鷹耶を見たが、彼は全く動く気配を表さなかった。
「‥‥‥。」
カチャ‥。
不承不承ドアを開けたピサロの前に立っていたのは、先程別れた仲間の一人だった。
「…あ。…ピサロ‥さん…。」
意外そうな眼差しで言った後、訪問者が更に続けた。
「あの…鷹耶さん‥は?」
ピサロは目で彼を指し示した。
「…クリフト。…どうしたんだ?」
訪問者の声に身体を起こした鷹耶が穏やかに訊ねた。
「あ‥ええ。…ちょっとお話が‥‥」
「…いいぜ。入って来いよ。」
「あ…はい‥。」
クリフトはドア口に立つピサロの様子を窺うように見つめながら答えた。
「…しばらく出てくる。」
ピサロはぽつりと呟くと、クリフトと入れ違いに部屋を出てしまった。
「…あの。よかったんでしょうか‥?」
ピサロが出てしまった後。クリフトが気にするように言った。
「あん? 何を気にしてんだ、お前は?」
「え‥だって。なんだか私が追い出してしまったようで…。」
「は‥。いいんじゃねーの? あいつも居心地悪そうだったしな。」
「鷹耶さん‥。…あの、大丈夫なんですか…?」
彼の側に歩み寄りながら、クリフトが訊ねた。
「…あなたは、我々の事を気遣って部屋割り決めたつもりなんでしょうが…。
正直‥まだ心配で…。」
「…奴が信頼出来るかどーか、判らないからか?」
頷く彼を確認しながら、鷹耶は続けた。
「まあ。ついさっきまで、敵だった奴だしな。…個人的に恨みがない訳でもないし…。」
「鷹耶さん‥。だから‥だからこそ、心配なんです。本当に大丈夫なんですか?」
「…大丈夫だ。‥お前が俺を強くしてくれたから。」
鷹耶はそっと彼を引き寄せると、強く抱きしめた。
「俺は平気だから…。‥ありがとう…。」
「鷹耶さん…?」
クリフトの両肩に手を置き、身体を離した彼を不思議そうに見つめた。
「‥行っていいよ。彼女の所へ。…あいつの方が、余っ程‥‥‥」
「‥アリーナ様。…お一人で…?」
窓の外へと視線を向ける鷹耶に倣ったクリフトが、宿を出た彼女の姿を見つけた。
「‥行って来いよ。な?」
「…はい。…鷹耶さん。‥ピサロには‥くれぐれも用心して下さいね。」
「ああ‥判ってる。」
部屋を出ようとした彼の言葉にしっかり応える鷹耶。そんな彼に安心したような微笑を浮
かべ、彼は部屋を後にした。
「ふう…。」
彼が行ってしまった後。鷹耶は深く息を吐ききると、再びベッドに倒れ込むように横になっ
た。
大丈夫――と彼に答えたものの、正直戸惑いは在った。思っていたよりは軽度ではあっ
たが、時折フラッシュバックのように蘇る[あの時]の喪失感に苛まれていた。
カチャリ‥。
夕陽が長い影を落とす頃、ピサロが部屋へと戻って来た。
同室の勇者が部屋の奥側のベッドに横になったままでいるのを確認すると、小さく吐息
を吐いた。
静かに眠る勇者にどこかほっとする自分に、小さな溜め息を零すと、窓際へと移動した。
赤く染まった町並みは所々に明かりを灯しながら、夜を迎える準備を始めて居る。
ふと視線を落とすと、宿へと向かって歩いて来る人影が目に留まった。
(あれは…。確か先程の…)
『クリフトさんですわ。神官をしてらっしゃるそうで。旅の道中私の身体の事を随分と
気遣って下さった、親切な方ですのよ。』
彼が宿を出て行く姿をみかけた時、隣にいたロザリーが笑顔で言っていたのを思い出しな
がら、彼の隣の人影へと視線を移した。彼の隣に居たのは、魔界からこちらへと向かう道
中、なにか言いたげな瞳を自分に向けていた少女だった。
ロザリーからパーティのメンバーについていろいろと聞かされていたピサロだったが、
まだ会って間もないメンバーだけに、その少女についてはメンバーの一人であった事しか
思い出せない。
彼は興味なさそうに瞳を閉じると、部屋の奥へと目線を移した。
『…鷹耶さんには道中本当にお世話になったんですよ。私を庇って怪我まで負われて‥
なのに、とても優しく微笑みかけて下さるんです。』
「…人間‥か‥‥‥」
ピサロは呟いた。戸惑いを憶えてるのは彼も同様で、他のメンバーがそれぞれ大なり小な
り案じていた戦闘モードへの突入もなく、静かな夜が更けていこうとしていた。
「…うっ。…は‥‥!」
夜もすっかり更けた頃。小さく魘されるような声の後、ガバッと鷹耶が起き上がった。
「はあ…はあ…。…くそっ‥!」
汗を拭いながら隣のベッドを確認すると、吐き捨てるように零す。
彼は静かに立ち上がると、サイドテーブルに置かれた水差しを手に取り、コップに水を
注ぎ、一気に煽った。
窓際のベッドで眠るピサロの気配に神経を向けながら、彼は静かに部屋を出ていった。
「‥‥‥。」
残されたピサロは、ただ静かにその様子を送っていた。
宿の屋上へと出た鷹耶は、降るような星空を見上げ、大きく息を吐いた。
「…鷹耶‥?」
屋上へと着いてまもなく。彼女はやって来た。
「…アリーナ。」
「…眠れないの‥? 鷹耶。」
躊躇いがちにアリーナが声をかけた。
「アリーナもか‥?」
小さく苦笑う鷹耶に、彼女も笑んで応えた。
「…ね、鷹耶。」
隣へとやって来たアリーナが、遠慮がちに切り出した。
「…あのね。‥聞いてもいいかな…? …辛く‥ない?
あいつの事…鷹耶の判断を間違ってるとは思わないけど‥。でも…。誰よりもあなた
が辛いんじゃないかって…。」
「…奴の事を‥憎んでないと言ったら嘘になるが‥。今は‥何よりもあの野郎を叩きの
めす事の方が優先だからな。勇者として、やらなきゃいけねー事がある以上、そっち
を優先させなきゃ、村の皆に申し訳立たねーだろ?」
「…そうだね。鷹耶は偉いね…。」
アリーナが苦笑った。
「…んな事ねーよ。建前についていけねーから、こんな所に居るんだしな…。」
「くす‥。そっか…。私も‥ふっ切れてないのかな…?」
「…。サントハイムの件、気に罹ってるんだろう?
…ずっと、あいつを追ってた訳だしな。」
「‥ん。でもね。これでも随分持ち直したのよ?」
「ああ‥そうみたいだな。」
「…昼間ね。クリフトが言ってくれたの。独りで抱え込まなくていい…って。私‥ずっ
と、お父様達の事、自分がなんとかしなくちゃ!‥って思ってた。けど…違ったんだ
よね。たくさん泣いたら、すごくすっきりしちゃった‥!」
「良かったな。」
鷹耶がアリーナの頭にそっと手を乗せた。
「うん‥。まだね、ちょっと戸惑うけど…私は、きっと大丈夫だと思う。…鷹耶は?」
「お子様には負けてられねーしな。‥なんとかするさ。」
鷹耶が苦笑した。
「お子様‥ってのが気に罹るけど。良かった。…じゃ、私もう行くね。」
アリーナはにっこり笑うと、扉へと足を向けた。
「アリーナ! ‥明日のメンバー、お前を外すからな。」
鷹耶が彼女の後ろ姿に声をかけた。
「彼女を‥守ってやってくれ。頼りにしてるぜ?」
「…うん。ロザリーの事は任せて。留守はちゃんと預かるわ。じゃ、おやすみなさい。」
「‥‥‥‥」
独り残された鷹耶は、雲間からのぞく星々へと視線を移した。
瞬く星は儚く暗く瞳に映る。
「…鷹耶さん。」
「…クリフト。どうしてここに…。…いつから居たんだ‥?」
思いがけない訪問者を見るように、鷹耶が戸惑った。
「‥アリーナ様がいらしたすぐ後に。」
「…聞いて‥いたのか…?」
「…少しだけ。実は‥マーニャさんもこちらに来ていたんですよ。」
「マーニャが?」
「ええ。姫様を心配して来てくれたようで。先程一緒に戻ってしまいましたが‥。」
「‥‥‥。お前は‥? 何故‥行かなかった?」
隣へやって来た彼を不思議そうに見つめた。
「…さあ。解りません。」
クリフトが小さく笑った。
「‥‥はあ。クリフト。お前、それ天然か? せっかくオレが諦めようとしてるってのに
…。譲る気失せても知らねーぞ?」
「鷹耶さん‥。ん…っ‥は‥‥‥」
彼を強く抱きしめた鷹耶は、そのまま口づけた。
「俺は‥本気で‥‥に‥‥‥かも知れない…。」
キスの後、消え入るように鷹耶が呟いた。
「‥‥え? なんですか‥?」
聞き取れなかったクリフトが、自分に甘えるように顔を埋めた彼に訊き返した。
少しづつ変わって行くような予感を秘めながら、夜は静かに更けて行く。
混迷する感情の行き先は‥‥‥‥不明…。
2002/8/10
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