「…オレ、アイスが食べたいな‥」

お昼になって、食べたいものは‥と訊ねられたソロが、ぽつんとこぼした。

「…アイスねえ。流石に作る訳にはいきませんね。」

「…ピサロ。買って来てくれる?」

う〜んと腕を組み悩むクリフトに、ソロがピサロへと声をかけた。

「‥ああ。何が良いのだ?」

「うんとね…バニラとストロベリーがいいな、オレ。」

「了解した。他に入り用な物があれば仕入れて来るが?」

ソロへ答えた後、隣に立つ神官へピサロが訊ねた。

「‥そうですね。ちょっと待ってて下さい。」

そう言ってクリフトはメモに幾つか買い出しリストを書き、出掛ける支度を終えたピサロ

へと手渡した。



ピサロが移動呪文で館を出ると、クリフトが寝台に腰掛けるソロの隣に招かれ座った。

「‥どうしました、ソロ?」

「‥うん、あのね‥‥」

柔らかく訊ねてくるクリフトに、ソロが躊躇いがちに口を開く。

「あの‥ね。…オレ、昨晩ね‥ピサロに抱かれてね、思ったの。あの‥ね‥‥‥。

 えっと‥‥オレ‥ピサロのもので‥居たいんだ。だからね…あの‥‥」

「クスクス…すごーく残念ですけど。ソロがそう願うのなら、私は引きますよ?」

真っ赤に頬を染め上げて、たどたどしく語るソロに、クリフトが微笑んだ。

「クリフトぉ‥。オレ‥クリフトにはいっぱい甘えて。なのに…すごい勝手で‥‥‥

 ごめん‥なさい‥‥」

きゅっと腕に縋りついて、ソロがぽろっと涙を落とした。

「いいんですよ。それで…ちゃんとソロは伝えたのですか? 本当の気持ちを。」

優しく髪を撫ぜてくる彼に、ソロは緩く首を振って答えた。

「おや‥。まだ…信じきれませんか、彼を…。」

「‥うん。わかんないの。…でも‥オレ、ピサロだけ…覚えておきたいんだ。

 そしたら…忘れられるかな‥って。あいつのコトも‥魔物のコトも‥さ。」

「‥そうですね。早く忘れてしまって下さい。悪夢はすべて…」

そっと抱き寄せて、静かにクリフトが語りかける。

「…うん。でも‥ね。クリフトのコトは‥忘れないよ? ‥大切な思い出だもん。

 いっぱい愛して貰ったの…。今だって‥大好きなんだよ? ただ…」

「ずっと恋だったのは‥彼だけ‥なんですよね、ソロは。」

「‥うん。…ごめんね、クリフト。」

こくんと頷いて、心底済まなそうにソロが呟いた。

「忘れないでいいですよ‥そう初めに言ったのは私ですから。謝る必要ありませんよ?

 私が欲しいのは‥あなたの笑顔ですからね。

 ですから、私で力になれる事があれば、今まで通り頼って下さいね?」

「でも‥そんなに甘えてたら…悪いよ。優しすぎるよ…クリフト。」

「ソロに甘えられるのが好きなんですよ。知らなかったのですか?」

そっと頬に当てられた手に導かれ、向き合う形になると、こつん‥額が触れ合った。

「オレも‥クリフトが好き。ピサロと居るとドキドキするけど…

クリフトの側は、安心するの。だから‥大好き。」

そう顔を綻ばせて、ソロは触れるだけのキスを唇へ落とした。

「‥キスはよかったのですか?」

クス‥と笑いながら、クリフトが耳元でひっそり訊ねる。

「うん‥。だって‥あいさつだもん。マーニャ達だって、たまにして来るでしょ?」

「…ほう。それは初耳だな。」

すっかりクリフトに甘えていると、ちょっぴり低い声が戸口から聞こえた。

「…ピサロ。」

「おや‥。お帰りなさい、早かったですね。」

「神官、頼まれたものは、そこに置いてある。ソロ、こいつはどちらで食すのだ?」

アイスの包みらしき袋を指し挙げて、ピサロが訊ねた。

「‥そっち行く。」

ソロはすっと立ち上がると、パタパタ隣室へと向かった。



長いソファへと腰掛けると、早速ソロが包みを開ける。

氷の袋の間に埋もれるよう入った小さな容器が2つ。

ソロはその1つをいそいそ取り出した。

「‥あ。バニラだ。頂きま〜す。」

添えてあった簡易スプーンを手に、ソロがぱくんとほおばる。

「美味し〜v ありがとうね、ピサロ。」

にこにこぱくぱく…

最近のソロにしては珍しく、買って来て貰った2つのアイスを瞬く間に平らげてしまった。

「…すごい勢いで食したな。」

「うん。美味しかった。ごちそうさま。」

「‥まあ。少しでも食せるようになったなら、ひと安心だな。」

隣で見守っていたピサロが、ぽんと頭に手を置いた。

「‥うん。我がまま聞いてくれて、ありがとね、ピサロ。」

こてん‥と彼の肩に身を預け、ソロがぽつんと告げた。

「…で。先程の話だが。お前は‥あの娘たちともベタベタしてたのか?」

アイスで有耶無耶になったとばかり思ってた件を蒸し返されて、ソロが怖々彼を窺う。

久しくお目にかかってなかった、妙なオーラを背負っている魔王。

「…えっと。最近の話じゃないよ? …それに、キスだって‥唇はあんまりないし。

 マーニャもミネアもオレを弟みたいに思ってるから‥だからだよ?」

「ほお‥。お前は本当に、甘やかしてくる相手に弱いのだな。よく解った。」

「あの…怒ってる?」

「‥別に。過去だろう、それも。神官同様、お前の気落ちを癒しただけなのだろうが…

 今後は一切認めぬぞ? 例外は1つだけだ。覚えておけ。」

「1つ…?」

「‥安心するのだろう? あれの側は。」

ソロはこくんと頷いて、ピサロに寄り添った。

「…聴いてたの? さっきの‥」

「聴こえたのだ。…私の側はドキドキするとも申してたな?」

「し‥知らないもん。」

「確かに‥拍動が速まってるな。」

かあっと頬を赤らめ俯くソロに、笑みを深めたピサロが揶揄かい囁く。

ピサロは彼の顎を上げさせて、唇を重ねた。

ソロがうっとりとそれに応え、緩く首筋へと腕を回す。やがて深まった口接けは、甘やか

に光へと融けていった。



「ソロ…眠ってしまったのですか?」

少し遅くなった昼食を運んで来たクリフトが、ソファでピサロの膝に頭を預け寝入って

しまった彼を認め、小さく声をかけた。

「ああ‥。まだ熱も残ってるようだしな。

 恐らく‥翼の痛みが抜けるまで、発熱も続くのだろうな。」

「‥そうですか。今日は大分いいようですけどね。‥痛みはまだ残ってるようでしたし‥

やはりもう2〜3日、身体の不安定な状態が続くのかも知れませんね。」

すうすうと穏やかな寝息を立てているソロを眺めながら、盆からテーブルへとクリフトが

器を移し並べてゆく。

「ソロも夕食は、もう少し食べられるようだと良いのですけどね‥。」

「そうだな…。」

柔らかな翠の髪を撫ぜながら、魔王も重く吐息を落とすのだった。



「ん…あれ‥‥?」

午後の日差しが柔らかく変化を見せ始めた頃。

ソロは寝台の上で目を覚ました。

「目が覚めたのか?」

「‥ん。オレ‥寝ちゃってたんだ…」

寝室の机の前で何やら書類めいた物に目を通していたピサロに、ゆっくり躰を起こしなが

らソロが応えた。

「‥どうだ。気分は…?」

ツカツカと彼の前までやって来たピサロが、髪を梳くよう手を伸ばす。

「…何か食せそうか?」

「オレ‥起きる度、同じコト言われてるね…」

ソロがくすくすと苦く微笑んだ。

「‥うんと‥ね、喉‥渇いたかな?」

指を口元へ当て、考え込みながら、ソロが続ける。

「そうか。では‥なにか用意しよう。」

「…クリフトは?」

ぽむ‥と頭を軽く叩いて踵を返した魔王に、問いかける。

「奴なら厨房でなにやら作っているようだぞ? 食材を買い足したからな。」

「ふうん‥。オレも‥一緒に行こうかな。」

「抱いて行ってやろうか‥?」

クスッと提案して来る魔王。ソロはカッと朱を走らせて、2〜3歩先に歩いた。

「そこまで病人じゃないもんっ。」

そのまま勢いに任せ小走りするよう寝室を抜ける。

だが‥居間に入った所で、ピサロに肩を掴まれてしまった。

「まだ熱があるのだ。おとなしくして居ろ。」



結局腕を組んで歩く事で妥協したソロは、ピサロと共に1階の厨房へと足を運んだ。

「クリフト。何作ってるの‥?」

本を広げてボールに入ったクリームを泡立てている彼に、ソロが興味津々声をかけた。

「ソロ‥。起きたんですか?」

「‥ねえ。何作ってるの?」

甘い匂いの広がる厨房に、ソロがわくわく問いかける。

「‥上手く出来たらお持ちしようと思ってたんですけどね。

 アイスクリームが食べられるなら、大丈夫かな‥と思いまして。

 ムース作ってるんですよ。苺のね…」

「クリフトが‥!? すごいなあ‥!」

「…食べられそうですか?」

「うん‥! オレ、食べたい。」

「よかった。…では、後で出来たら上へお持ちしますね。

 …ところで。どうなさったんです?」

嬉しそうに答えるソロに、にっこりとクリフトが微笑み訊ねた。

「‥これが喉が渇いたというのでな。飲み物を取りに参ったのだ。」

「そうですか。冷たいものならすぐ用意出来ますけど‥?」

「うん‥とね。レモネードがいいな、オレ。」

「はい。では‥ちょっと待ってて下さいね?」

ぱたぱたと用意するクリフトの様子を眺めつつ、ソロが初めて入る厨房を見渡す。

不思議と生活感のある風景に、今自分が在る事が、なんだかくすぐったい。

戦いを離れた優しい日常。…旅立ってから、ずっと忘れていた空気。

クリフトが盆に飲み物を用意した時、ソロの瞳からぽろっと涙が伝った。

「お待たせ…ソロ、どうしたんです?」

「…うん。なんかね‥嬉しかったの。…ピサロもクリフトも‥ありがとう‥」

「…可笑しな奴だな。」

そう呟いたピサロがソロを抱き寄せる。

ソロは小さく頷くと「そうだね」と泣き笑いを見せた。



2階の居間へと戻ったピサロとソロは、ソファに落ち着いて、持って来た飲み物をグラス

へと注いだ。

「…頂きます。」

既に涙の止まったソロが、こくんとレモネードを口につけた。

「‥ここは、静か‥だよね。」

「そうだな…」

「…まだ戦いが残ってるって‥なんだか忘れてしまいそう。

 だけど‥本当の平和は、あいつを倒さないと‥得られないんだよね…」

「そうだな…」

「ふふ…。なんだかピサロとこんな話してるなんて‥変なの。」

くすくす‥とソロが微笑む。ピサロも微苦笑すると、自分のグラスを煽った。

「…ソロ。お前、これは甘過ぎないか?」

ソロ用に作られた物を口に入れた魔王が顔を顰める。

「え‥そう? いつもこんなだよ。美味しいけどなあ‥。」

こくこくと口に含みながらソロがぼやくと、ピサロが苦いものでも見るようグラスを見つ

めた。

「…これも飲めるようなら、やる。私には飲めん。」

すっとグラスを差し出して、ピサロが嘆息する。ソロはむう‥と膨れ、半分程注がれてい

たそれを飲み干した。

「もお…残すなんて勿体ないよ。」

「それは済まなかったな。」

肩を竦めて返す魔王に、ソロも吐息を落とすと、そっと寄りかかった。

「…みんな、今頃どうしてるのかなあ‥?」

「少々人恋しくなったか‥?」

「…ん。だって‥こんなに長いコト離れてるのって、初めてだもん。」

「そうか‥。では‥明日辺り、適当に見舞い客を連れて参っても良いぞ?」

ピサロは安堵の息を漏らし、柔らかく微笑んだ。

「見舞い‥? オレの‥?」

「お前以外誰が居るというのだ? 街へ報告に行くと、喧しくお前の容体を訊ねて来る

連中ばかりなのだぞ? 解ってるのか?」

うんざりと告げて来る魔王に、ソロが頼りなげに笑う。

「‥そっか。ピサロがみんなとの連絡持っていてくれたんだね。ありがとう‥」

「…神官は移動呪文を使えぬからな。仕方なかろう…」

渋々‥と話すピサロにソロが微笑んで、彼の腕に自分のそれを絡め寄りかかった。

「本当に‥頼もしい仲間だね、ピサロって。…一緒に旅が出来て‥嬉しいよ。」

「‥私もだ。このような時が送れるとは‥思ってもいなかったからな…」

「…うん。そうだね‥‥‥」



穏やかな午後が過ぎてゆく。

この館へ移って初めて、ソロが離れた仲間への執着を垣間見せたその日――

ソロは背に負った翼への憂いに顔を曇らせる事なく過ごした。



回復の萌しを覚え、ひっそり嘆息した魔王は、寄り添うソロの髪を梳りながら、茜に染ま

り始めた窓の外へと目線を移す。

鳥の群れが塒へ帰る姿が遠くに見えて。やがて空へと融けて行った。



今のソロが帰る場所。

それは‥ピサロには喧しく思えるあの仲間達の元なのだろう。

そんな事を思いながら、心地良さそうに瞼を綴ざすソロを見やる。

穏やかな面差しにそっと口元が和らぐ魔王だった――




2006/5/31






あとがき

ようやくソロの迷走も晴れる気配が漂って参りました(^^
長かったです。『ツタ』のフォロー…(@@;
3人模様もヒト段落つきそうな予感ですが・・・
なにぶんそこは、ソロなので。
書いてみないと判りません、はい(^^;

とうとう下界に降りちゃった竜の神。
本当は反則なんだろうに。ソロの為に、「つい」出張っちゃう辺り
「爺バカ」です、はい(^^;
ウチのところの2人は、どうも「おじいちゃん」と「まご」な関係で。
本当は、ピサロと会った時、言ってやりたいコトい〜っぱいあった
んですけど★ 彼にとっては、魔王もまだまだ若輩者らしく。
結局用件だけに抑えました(^^;
対決させたら楽しそうだったんだけどなあ…

やたらとヘタレな魔王さま。
怒るソロに部屋を追い出されてしまう辺り…やはりまだまだソロの
気持ちを読むのは苦手みたいです(++;
肝心なところで気持ちがすれ違ってしまうのは…
やはり「まだまだだね…」といった感じなんですかねえ・・
クリフトのフォロー、いつまで必要かなあ…?(苦笑)

クリフトとの「別れ」を決意した(のか?)ソロ。
だけど。気づけばやっぱり甘えてます…。

次回はピサ勇で濃く展開したいものですが。
はてさて…

といったところで。
がんばって更新続けてましたが。
ちょっと夏コミ準備に力を入れたいので、そっちの目処がつくまで
ソロ編はお預けです…(><

ただ…本編はお預けですが。
Web拍手のうさみみ仮面、増えてるかも?

とゆー訳で。
そちらも愉しんで頂ければ幸いです。
ここまでお付き合い下さりありがとうございましたvv



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