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「…そうでしたか。神官の方が熱を‥。こちらでもシスターがやはり床に臥せってしまい
まして。案じていた所です。」
「そうですか。昨日の薬草、もう少し補充しておいた方がいいかも知れないですね。」
余分にある…といっても、こうも続々倒れていたのでは、すぐに足りなくなるのでは‥と
ソロが申し出た。
「…それはそうなんですけど。魔物の事もありますし‥」
「大丈夫。昨日は結局遭わなかったしさ。もし遭ったとしたら退治するだけだから。
他にも入り用な薬ってありますか? こいつが結構詳しいから、あればついでに摘んで
来ますよ?」
「おい‥ソロ、貴様なにを‥‥」
「いいじゃない。ついでだもん。」
「本当にありがとうございます。」
「…うん‥と。なんか…いろいろあるなあ。薬屋が開けそうだ。」
あれば助かる薬のリストを眺めながら、ソロがぼやいた。
大通り。宿への道。
「またパーティ募って参るなら、私は行かぬぞ?」
「ええっ? なんだよ、それ!?」
「貸し借りなし‥なのだろう? 私に手助けする義理はないと思うが。」
にやり‥と意地悪い微笑を浮かべてくる魔王に、ソロが苦虫を噛み潰したよう渋面を作る。
「う〜。手伝ってくれないの?」
「見返りがなければな。」
「見返り‥って?」
「難しい事は言わぬ‥が、邪魔者はいらん。」
いつもべったりな神官が居ないのだから、余計者はいらぬ‥とピサロが含ませた。
「う〜ん。…まあ、魔物が出たって、2人がかりでもどうにかなるもんね‥。
いいよ。じゃあ、一旦宿に戻って装備整えて‥行こうか。」
丁度目を覚ましたクリフトに説明して、2人は再び西の丘を目指し出発した。
昨日と同じ道程を、今日は2人きりでテクテク歩く。
昨日もそうだったが。
不思議とこの辺りに棲息する魔物にすら出遭わずに、平和な道中だった。
ぽかぽか日だまりの中を歩いていると、ピクニックでもしている気分になってくる。
「…なんかさ。昨日も今日も、ちっとも魔物に遭わないね。」
「そうだな。」
「どうしてだろ?」
「さあな。」
テクテク‥テクテク‥‥
「あのさ…。‥やっぱいいや。」
言いかけて。ソロが頭を振って、歩を速めた。
「なんだ? 言いかけてやめるな。」
「‥うん。あのさ…どうして、彼女と過ごさないの? 自由時間なんだよ?」
「元々‥彼女と始終共に過ごす事などなかったしな。‥元気であれば良い。」
「そうなの? ふう〜ん…」
テクテクテク‥‥
(…オレと居てくれるのは…どうして‥?)
歩きながら、ソロがぼんやり考える。
ふと視線を上げると、もう丘の頂上は目の前だった。
そういえば――とソロが憶い出す。
この先に、あの白い遺跡が在った事を。
(…薬草摘みが早く終わったら‥誘って、寄ってみようかな…)
そんな事をぼんやり思うソロだった。
ソロは昨日と同じ薬草を摘み、ピサロはリストを参考に、役立ちそうな薬草を次々採取
して行く。
「ふわあ‥大分溜まったねえ。」
それぞれの駕籠を眺め、ソロがにんまりと笑んだ。
「取り敢えず、お昼にしようよ。オレお腹減った〜。」
緑の芝の上に腰を降ろし、ソロがふーと吐息をつく。隣にピサロが腰掛けると、それを
待っていたように、ソロがバッグからお弁当と飲み物をイソイソ取り出した。
「はいこれ。ピサロの分。」
包みを1つ渡すと、自分の分を早速開き、現れたバケットをほお張った。
「美味しーv …ねえねえ。ピサロの方はどれくらい採れたの?」
ぱくぱくと口へ運びながら、ソロが訊ねた。
「そうだな…最低限必要そうな種は確保したぞ。」
「え…本当?! すごい‥!」
「…恐らくここは、元はそういった薬園だったのだろう。」
「そうなの? なんで?」
「普通こんなに密集し、薬草が群生する事はないからな。珍しい種も随分みかけるぞ?」
「へえ‥。やっぱピサロ、詳しいね。」
食べながら。ソロが素直に感心するが…
「…やっぱさ。ロザリーの為‥?」
ふとそれを思い起こし、瞳を曇らせた。
「薬草について学んだのは、育てた爺が病に臥せたのがきっかけだ。
…まあ。そのうち調べる事に興味覚えて、いろいろ収集したものだが。」
「そうだったの? …そっか‥‥‥」
ソロがふわりと表情を和らげる。隣でそれを見つめていたピサロも目を細めさせた。
再会した頃あれ程敬遠した2人きり…といった状況でも、ソロは仲間の前同様くつろいで
みえる。光の中に在るソロは、夜の訪いで見せていた姿よりもずっと伸びやかに表情を変
えるものだと、不思議な感慨を覚えるピサロだった。
「おお〜。やあっと、見つけたぜ。可愛い子ちゃん。」
昼食を終え、午後の作業に取り掛かろうかと腰を上げた2人の前に人影が2つ舞い降りた。
黒い翼を持った魔族が2人。黒髪・青髪‥金の双眸。コウモリのような黒い羽根…
「ソロ‥知り合いか?」
一応‥とピサロが確認してくる。ソロは首を左右に振って「知らない」と答えた。
「覚えてねーだと!? 随分と嘗められたもんだな、俺達も。
この前の借り、きっちり返させて貰うぜ!!」
黒髪の男がギリっと歯噛みすると、腰に帯びてた長剣を抜いた。
それと同時に青髪の男が呪文を唱える。――呪文封じだ。
ソロの呪文は封じられてしまった。
「‥ああ。思い出した! あんた達、遺跡で遭った奴らだな。」
「おおそうよ。やっと思い出したか。だが‥ちょいと遅かったな。
お前の呪文は封じさせて貰ったぜ?」
「別にいいよ。今日はちゃんと剣持ってるし。」
言いながら。ソロも剣を構えた。
「最近この辺に出没する魔物って、あんた達だったんだね。
街の人達迷惑してるみたいだから、遠慮なく行くよ?」
「誰が魔物だ! ギッタギタに伸してやるっ! 覚悟しろよっ!」
「…ほお。どんな覚悟だ?」
おとなしくやり取りを見守っていたピサロが冷ややかに睨めつけた。
漸く‥とソロの隣に立つ男へ黒髪の魔族の目が注がれる。
銀の髪に紅の双眸。黒衣に身を包んだ魔族――
「お‥おま…っ、貴様は‥‥‥!??」
「…死んだという噂はデマだったのか?」
彼より少し前に、ピサロに気づいていた青髪の魔族が独りごち、後退る。
「残念だったな。…で。どんな覚悟だ? 黄泉路へ向かう覚悟が出来たのか?」
チャキ‥と携えていた剣をひたりと当て、冷酷に嘲う。黒髪の魔族もざざっと身を引いた。
「私の連れに手を出そうというのだ。それでも足らぬぞ?」
「…め、滅相もない! 貴公の連れとは存じませんでしたので。その…」
「この場から去ぬるか、死すか‥好きな方を選ぶが良い。」
「す‥すぐさま、去りますです、はいっ!」
黒髪の男がそう返答すると、がちゃがちゃと剣を収め羽根を広げた。
青髪の男もそれに続き、ふわりと舞い上がる。
「お〜い! もうここへは来るなよ! 今度悪さしたら承知しないぞ!」
飛び去ってゆく影にソロが大きな声で話しかける。
ソロの耳には届かなかったが、「もう来ません」と返してたらしい。
あたふたと去った2つの影が空に融けると、ソロはふう‥と剣を鞘に収めた。
「あ〜あ。なんだかどーっと疲れた。」
その場に腰を下ろし、大きく嘆息する。ピサロも剣をしまうと、周囲へ目を向けた。
随分騒がしくあったが、魔物を呼び寄せた様子はない。
それを確認すると、ピサロも隣に腰掛けた。
「あの者らに、以前も遭っているのか?」
「ああうん‥まあね。」
「どこで?」
「…この先の、例の遺跡で。‥前にピサロが連れてったろ? …覚えてないかな。」
「‥ああ。先人の遺産か。神殿跡‥だったな。」
「うん。覚えてるんだ…」
ソロがふわっと微笑んだ。
「…気に入りの場所だからな。」
「そうなの?」
「ああ…。行って見るか?」
「うん。」
所々崩れた石段。白く輝く石柱。神殿跡に溜まった透き通った水がなみなみと揺れ、陽光
を反射する。遺跡は静かな佇まいで訪れた2人を迎えた。
「…イムルでね。ロザリーが‥人間に殺された夢を‥見たんだ。」
揺れる水面を見つめながら。ソロがぽつんと口にする。
「ピサロが…人間への復讐を誓う姿も‥あったよ。」
「ソロ…」
「人間に向けられた激しい憎悪が‥酷く切なかった。だって…
オレは[勇者]だから。それを受け止めて、退けなきゃいけないんだもの…」
寂しげに眸を細め、ソロがピサロを見つめた。
「だからね…全部、捨てようと思ったの。独りになりたくて、移動呪文唱えた時…偶然見
つけたこの場所で。全部捨てよう‥って…。‥でも。…結局出来なかったな。
オレが要らないと思ったオレを‥欲しいって、必要だって…そう言ってくれたんだ‥
クリフト。あの時‥本当に全部捨ててしまってたら‥
きっと…全部違ってたんだろうな。…千年花の奇跡もなかったかも知れない。」
再び視線を水面に移し、ソロは淡々と紡いだ。
「…不思議だね。前に訪れた時は、すべてを捨てても倒さないといけないって…そう思い
詰めてたのに。今は…共通の敵を倒すため、一緒に旅する仲間として在るんだから。」
静かな横顔が少し和らぐ。ソロはその場にしゃがみ込むと、水面を指で弾いた。
「ロザリーを殺したのは‥結局人間じゃなかったけど。でも…彼女が人間に酷い目に遭わ
されて来たのは確かで。それで人間を憎く思うのは‥仕方ないと思うけど。でも…」
ソロがちらっと肩越しにピサロを覗う。
「オレはもう…ピサロとは、戦いたくないよ? …奇跡を無駄にしないで?」
「…ああ。そうだな。私も‥お前と剣を交える気はない。」
「本当に…?」
「ああ。貴様は忘れているようだがな、ソロ。ロザリーは確かに大切な娘だが…
お前は私の…光りそのものなのだ。」
膝を着いたピサロが背中から覆うようソロを抱きしめた。
「…そんなの。嘘だもん‥」
「…何故、そう思う?」
「‥‥どこにも、居なかった。だから‥いいの。」
ソロは弱々しく吐き出すと、彼を退けて立ち上がった。
「…私は信用出来ぬか?」
頑なに否定してくるソロに落胆した様子で、ピサロが皮肉げに口の端を上げた。
「信じてるよ…。もう戦わないんだよね?」
ピサロと向き合ったソロが、ふわりと微笑んで彼の頬へ手を添える。
「ああ…誓おう。」
その手の上に自らの手を重ねさせ、ピサロが真摯に紡いだ。
今は‥まだ時ではないのだと。そう諦めて、今求められている答えだけに留める。
ピサロはソロの頬へと手を移すと、つい‥と顔を寄せた。
「‥我が剣はお前と共にある事を。約束しよう…」
瞼を伏せたソロが小さく頷く。ピサロは彼の顎を上向かせると、誓いを込め口接けた。
しっとり重なった唇がゆっくり離れる。ソロはほう‥と吐息をつくと、彼の腕から離れた。
「そ‥そろそろ、戻ろうか。…あんまり摘めなかったけどさ。」
「…そうだな。」
荷物をまとめると、移動呪文をピサロが唱え、2人は遺跡を後にした。
ふわり起こった風が止むと、遺跡に再び静寂が訪れる。
真白な石柱の落とす影が長く伸び、水面にひっそり揺れていた――
2006/5/8
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