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「‥ソロ、どうかしたか?」
「あ‥ううん。…なんでもない。」
洞窟の途中に位置する、不思議な宿屋。
そこへ移動した一行は、洞窟探索メンバーを送り出した後、残ったメンバーである、ソロ・
ピサロ・ライアンの3人が剣術中心とした鍛練を行っていた。
昼食を挟んでの休憩中。
洞窟深部へ向かう入り口へぼんやり目を向けたままのソロに、ピサロが声をかけた。
「‥少し疲れたのではないか? 大分気負って、取り組んでいたようだしな‥」
同じく側で休息を取っていたライアンが、案じるようにソロを見つめる。
「まあ‥慣れないコト、やらされたからね。それは疲れたけど‥。
でも、別にそんなに消耗はしてないよ?」
「ならいいが‥。明日は洞窟探索に向かうのだろう? 消耗しきっても困るだろう。」
「そうじゃな。一応目的は果たせて居るのだし、午後は解散するかのう?」
顎に蓄えられた髭に手を当てながらこぼすブライに、ミネアが続く。
「そうね。洞窟攻略も大変だけど。それ以上に手強い彼らとの戦闘を控えてるのですもの。
待機の間に消耗する訳にも行かないわね‥」
「…そうだね。うん、じゃ‥洞窟メンバーが戻るまで解散しようか。」
結局、午後はそれぞれのんびり過ごす事となり、ソロはピサロと一旦部屋に戻った。
シャワーを浴びて、すっきりした所で、ソロはピサロを伴って、深部へ向かう入り口が見
通せるベンチに腰を落ち着けた。
「…気になるのか?」
稽古中は集中していたが、気が抜けた途端、心ここに在らず‥といった調子のソロに、
ピサロが神妙な口調で問いかけた。
「…え?」
「‥奴の姿が見えぬと、落ち着かぬのだな、お前は。」
ふう‥と吐息交じりにこぼして、ピサロが微苦笑する。
「だって‥。心配‥なんだもん。」
抱き寄せられるまま、その身を預けて、ソロが小さく答えた。
「心配?」
「‥ん。…待つの‥好きじゃない‥‥。だって…」
ぽつんとこぼしたソロが俯き、顔を曇らせてゆく。
「…壊れちゃう‥んだもん。」
「ソロ…」
「‥なんでもない。変‥だよね、オレ。」
「変でも良いから、話してみろ。‥聞いてやる。」
作った微笑を張り付かせ、躰を離したソロを、ピサロが再度引き寄せた。
彼の胸に顔を埋めて、ソロが瞼を綴じる。
脳裏に浮かぶのは‥ピサロの訪いを待ち続けていた自分の姿と、雨のデスパレス―別離の
刻―、そして‥イムルで見た夢―――
ソロは小さく躰を悸わせて、きゅっとピサロにしがみついた。
「…いいの。もう‥‥‥」
ぷるぷるとか弱く首を振るソロが、消え入るように吐く。
「ソロ…」
それ以上聞き出すのを諦めて、ピサロはソロが落ち着くように、翠髪を梳き続けた。
「あら、ピーちゃんじゃない。どうしたの、そんな所で?」
洞窟深部へ向かっていたパーティが帰還すると、魔王の姿を一番に確認したマーニャが、
小走りしてやって来た。
「あら‥ソロも一緒‥ってか、眠ってるんだ。」
魔王のひざ枕ですやすや眠る姿を覗き込んで、彼女が笑みを深めさせた。
「まあ‥本当。どうしてこんな所で? お部屋に連れて行って上げれば良いのに。」
彼女に1歩遅れてやって来たアリーナが、口に手を当て小首を傾げた。
「…どうせ。目を覚ませばここに戻るだろうしな。仕方あるまい‥」
肩を竦めて答えたピサロが、こちらへ向かって来る青年を見つめて嘆息する。
マーニャとアリーナが、視線の先に在る彼に目を移して、得心いった様子で双方を眺めた。
「‥ぴーちゃん。微妙にソロの愛が薄いのね、まだ‥」
「マーニャさん‥いくらなんでもそれは‥」
追いついたクリフトが、苦笑しながら窘めた。
「‥ん。…あれ?」
ざわざわとした人気に身動いで、ソロが目を覚ます。ぽやんと起き上がると、自分達を囲
むように集うメンバーの姿に、一瞬ここがどこかを失念してしまう。
「あれ‥オレ‥? ここ‥どこだっけ?」
「ここは洞窟内部の宿屋があるフロア‥でしょ、ソロ。」
「そうよお。あたし達、しばらくここを拠点にするって、移動して来たでしょ?」
アリーナ・マーニャの言葉に、「ああ」とソロも頷いた。
「えへへ‥そうだったね。洞窟メンバー戻って来たんだ。お帰りなさい。」
すぐ前に立つ女性2人に微笑んで、その後方に控えてるクリフト・トルネコにもふんわり
笑んだソロが、メンバーを迎えた。
「ただいま、ソロ。もしかして‥あたし達の帰りを、待っててくれたの?」
「あ‥うん。まあ‥」
「クスクス‥。マーニャには気の毒だけど、待ち人は限定されてそうよ?」
曖昧に言葉を濁すソロに、アリーナが愉快げに笑った。
それから彼女とトルネコを促して、「お先に」と、宿へ向かって歩き出す。
やや不満そうなマーニャを両脇から窘めながら、足音が遠ざかって行った。
「‥お帰りなさい、クリフト。」
「ただいま、ソロ。」
腰掛けていたベンチから身体を伸ばして、ソロがクリフトへと抱きついた。
「‥今日は、何かあったのですか?」
その晩、少し早めに就寝したソロを見守りながら、クリフトが静かに同室のピサロへ声を
かけた。
「いや。別段変わった事などなかったぞ。」
ピサロがどっさり自分のベッドへ腰掛けて、溜め息混じりに答える。
「そうですか‥。やはりまだ、前線復帰は早かったんですかね‥」
身体への負担分、精神的にも不安定に傾いてしまうのではと思うクリフトが嘆息する。
「‥まあ、無理をさせているのは確かだろうな。だが‥」
ソロが懸念していたように。もう時間がないのも確かなのだ。
両腕を考え込むよう組んだピサロの意を汲んで、静かに眠るソロへと目を移したクリフト
が、もう一度嘆息した。
進化の秘法に手を染めた邪神官との対決の時が迫って居る―――
ミネアの水晶、デスパレスを探る従者の報告‥そのどちらもが、迫る決戦が近い事を予感
する。大気全体がぴりぴりした気配を纏っているようだと、出立前、ソロも不安気に天を
仰いでいた。
翌日。
当初の予定通り、ソロも洞窟メンバーに加わって、ピサロ・ライアン・ブライと共に朝か
ら探索へ向かう事となった。
今日の予定は、昨日練習した新しい連携の確認と、ルート確認が主である。
最深部へ抜ける道を少ない戦闘で済ませられるように、出来るだけ排除するのだ。
「‥無理はなさらないで下さいね?」
「うん、大丈夫。ぐっすり眠ったから、ちゃんと回復したもん。」
洞窟の入り口で心配顔を浮かべるクリフトに、ソロがにっこり返す。
「まあ今日はそう深部まで行かぬだろうて。わしも最初からガンガン呪文飛ばすしの。」
ボス戦を想定しての戦闘パターンを試すのだと、老魔導師がカッカと笑った。
「いいなあ。あたしもそういう戦闘の方が好きなのよね。」
待機組のマーニャが、羨ましそうにこぼす。
「ふふ‥。まあそれは、彼らに会った時のお楽しみ‥でいいじゃない。」
アリーナが気合たっぷりで口元を上げた。
頼もしい女性陣に微苦笑しつつ、ソロ達は洞窟の奥へと出立した。
「‥女の子って、強いよねえ…」
強敵との戦いを心待ちにしてるように窺える彼女達に対して、ソロがぽつんとこぼす。
「姫様はのう‥強い相手との対戦が、何より楽しいらしいからのう‥。主とピサロの手合
わせ見ながら、心底羨ましがっておったぞい。」
「ああ‥そういえば。アリーナに頼まれてたんだった。」
ピサロとの手合わせの仲介を頼まれていた事を思い出し、ソロがはっと手を口元に当てる。
頼もうとした矢先、アクシデントに見舞われてしまったソロだったので、今日までケロリ
と失念していたのだ。
「‥オレ、自分の事に手一杯で。アリーナに悪い事しちゃったな…」
「アリーナ姫も承知しているだろう。
手合わせなら、大望を果たした後でも適うだろうしな。」
「そーだね。‥ピサロ、よろしくね?」
「‥‥‥‥」
「おおっ! そうか、姫様の願い、聞き届けてくれるか。ありがたい。」
苦い顔を浮かべるピサロに、笑顔全開でブライが話した。
「うん、大丈夫だよ。アリーナにはいろいろ世話になったんだしさ。
それくらいで、喜んで貰えたら嬉しいよ、ね?」
ニコニコとピサロへ同意を求めてくるソロに、ただ押し黙るピサロだった。
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