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「ふふふ‥。オレ知ってるんだ。ピサロもさ、クリフトに負けてないもんね。」
クスクス笑いをこぼしながら、ソロが楽しそうに話す。
グッと押し黙ったピサロに、クリフトもクスッと笑いをこぼした。
「そうですね、負けてません。…というより、今はピサロさんが一番なのでは?」
「オレもそう思う。」
ソロがクスクス答えると、その翠髪に大きな手が降りる。わしゃわしゃと掻き混ぜられて、
手から逃れたソロが、ピサロを恨めしげに睨んだ。
「もお‥絡まっちゃったじゃないか。」
「そうか? 甘やかす手に弱いんだろう、お前は。」
「これは違うもん。意地悪だもん。」
くっく‥と笑うピサロに、頭をガードしながらソロが返した。
「なんだか楽しそうね。」
「あ‥マーニャ。」
背中に届いた声の主を覗うよう振り返ったソロが、すぐ後ろにやって来た彼女に笑んだ。
「飲んでるなんて珍しいわね、ソロ。」
「あ‥うん。これ1杯だけだから。平気かな‥って。」
「そうみたいね。旅が終わったら、あたしともお酒飲みましょうよ?
ソロだったら、酔い潰れてもあたしが介抱してあげるし。ね?」
「酔い潰れるまでは飲まないよ。ちゃんと自制出来るもん。」
「‥まあ。その時は私も同行しますから。マーニャさんのお手は煩わせませんよ?」
ソロの背後から抱きしめようとした彼女の手からガードするようソロを引き寄せ、クリフ
トが笑んだ。
「なによお。たまには保護者抜きで羽伸ばさせてあげなさいよ!」
「却下だ。」
「まあ、ピーちゃんまで。狡いな、狡いな。たまにはソロ貸してよ。
ねー、ソロだってさ。いつも同じ面子じゃ飽きるでしょ?」
「う〜ん、別に飽きないけど。でも、さ。うん、今度マーニャ達ともちゃんと付き合うよ。
一緒にお酒飲もう。ね?」
強求る瞳に見つめられて、ソロがクスクス返答した。
「‥保護者抜きで?」
「う‥ん。そーだね、いいよ。」
チラっとクリフト・ピサロを窺った後、ソロが微苦笑った。
「ほんと? 約束よ? いい?」
ぱあっと瞳を輝かせ、マーニャが確認を取る。ソロの両脇の苦い顔した連中は見ないフリ
して、マーニャは約束の念を押し立ち去った。
「ソロ、いいんですか?」
「うん‥? 別にいいじゃない。女の子達の話に付き合って飲むくらいさ。
いろいろ揶揄われそうだけどさ。」
「…達ねえ。ま、仕方ないですかね。パーティのアイドルですからねえ、ソロは。」
アリーナ・ミネアも同席するなら、無茶飲みはしないで済むだろうと、クリフトが嘆息交
じりにこぼした。
「アイドル‥って。それ違くない?」
「間違ってないだろう。」
むむ‥っと眉を顰めるソロに、苦い顔のピサロが呆れを滲ませ呟いた。
パーティの結束力というものが、一番発揮されるのは、ソロ絡みで何かトラブルが生じた
時のようだと、今日の戦闘で確信した。それは、ソロが『勇者』だからでも、『リーダー』
だからでもなく、ソロ自身へ向けられる『情』の深さ故だろう。
フッとピサロの口元が和むと、怪訝そうに彼を睨んでいたソロも顔を綻ばせた。
「ま…いいや。そろそろさ、部屋に戻ろうか。」
既に氷だけになったグラスをカランと鳴らして、ソロが両者を覗った。
2人ともほとんど空になってたのを飲み干して、グラスを置くと席を立った。
「うわ‥っと。‥ありがと。」
カクテル1杯だけで。そう酔ってる自覚はなかったが。立ち上がって数歩歩くと、ふわっ
と足元が不安定に傾いだ。蹌踉けたソロを脇に立つピサロが支え、そのまま肩を抱く。
「大丈夫ですか‥ソロ?」
会計を済ませ戻って来たクリフトも逆サイドに立つと、案じるようソロを覗った。
「うん、平気。‥久しぶりだったから、ちょっと回りが早いのかなあ‥」
「そうかも知れませんね。まあ明日はオフですし。今夜はゆっくり休んで下さいね。」
部屋に到着すると、ソロはよろよろと大きなベッドに横になった。
「‥大丈夫ですか?」
「うん。ちょっとふわふわ、くるくるするだけ‥」
ベッドに手を着いたクリフトが、顔を寄せて心配げに訊ねると、ソロがほんわり微笑った。
「‥まあ、おとなしく寝ていれば回復するだろうが。気分が悪くなるようなら、申せよ。」
クリフトとは反対のサイドに足を乗り上げて、ピサロがそっとソロの額に触れる。
「うん、ありがとう‥ピサロ。」
ソロはふんわり微笑うと、静かに瞳を綴じた。
「…あれ。クリフトどこ行くの?」
そのまましばらく眠ってしまったソロが、ぱっちり目を覚ました。
着替えを手にベッド脇を通り抜ける彼を見つけ、ソロがぼんやり訊ねる。
「ええ、折角の温泉ですから、寝る前にもう一度、ゆっくり浸かろうかと思いまして。」
立ち止まったクリフトが、にっこり笑顔を向け話した。
「そっかあ‥。そーだよね。オレも入ろうかな‥?」
むっくり身体を起こして、ソロが考えるよう顎に手を置く。
「湯あたりしても知らんぞ?」
頭上に溜め息交じりの声が落とされた。
顔を仰向けると、ベッドヘッドの向こうに立つピサロの渋い顔があった。
「…そんなに長湯しないもん。汗かいたし、さっぱりさせたい。」
「適当に切り上げて来いよ?」
「ピサロさんは入らないのですか?」
吐息の後諦めた様子で念を押すピサロに、やり取りを見守っていたクリフトが声をかけた。
「‥ああ。まあな。」
「ピサロは随分お酒飲んでたもんね。」
「ああ、そうでしたね。…ソロは大丈夫なんですか?」
「一杯だけだもん。もう大丈夫。一眠りして、ふわふわも取れたよ。」
元気だと話すソロは、クリフトと共に豪華な部屋風呂へと移動した。
昼間しっかり全身を洗ったばかりなので。掛け湯をした後、湯船へゆっくり身体を沈める。
「はあ‥気持ちいい〜。」
岩風呂に胸まで浸かって、ソロが背を平らな岩に預けた。
「本当ですね。洞窟攻略が続いてましたから、こんな風にのんびりしていると癒されます
ね‥。」
対面の岩にソロと同じよう背を預け座ったクリフトが、ふんわりと微笑む。
「だよね‥。広いお風呂も久しぶりだし…」
「そうですね。大抵の部屋風呂は狭いですしね。」
背に翼が現れてから、宿の大浴場に入れなくなったソロに付き合う形で、自然と部屋風呂
しか利用しなくなっているクリフトが笑んで返した。
「‥オレはさ。仕方ないから諦めてるけど。クリフトはさ、たまに大浴場使えばいいよ。
ピサロも…やっぱり気を遣ってくれてるのかな‥?」
つ‥と彼の隣に移動して、ソロがぽつんと口に上らせた。
「‥広い風呂は魅力的ですけどね。私はのんびり浸かりたい方なので。一人の方が基本的
に気楽なんですよ。ピサロさんも同じだと思いますよ?
あの人が大浴場使った事、ありました?」
「‥ない、かも。…あ。もしかして、オレ‥クリフトの邪魔しちゃった?」
一人の方が気楽‥と聞いたソロが、ついて来て迷惑だったかと窺った。
「何言ってるんです、ソロ。他人とあなたとでは、比べようがないでしょう?」
クスクス笑って額を合わせ、クリフトが柔らかく言い聞かせる。
「そ‥そう? えへへ‥ならよかった。」
ぽっと頬に朱を走らせて、ソロが照れた様子で羞耻んだ。
長湯はしないように‥と適当に身体が温まった所で、彼らは温泉を出た。
「湯冷めしないようにして下さいね?」
「うん、大丈夫。髪は濡れてないし‥」
「ああ‥昼間ピサロさんに使っていた髪止めですね。割と便利に使ってますね、それ。」
身体を拭いて着替え始めたソロがアップにしていた髪を解くのを見ながら、クリフトが話
しかけた。
「うん。最初ミネアに貰った時は、女の子みたいだから嫌‥って思ったんだけど。使って
みたら、結構便利なんだよ、これ。」
「そうみたいですね。」
ソロはともかく、三つ編みしたピサロにまで用いられているとは、贈り主も思うまい。そ
んな事を考えながら、クリフトがにこやかに返した。
「あれ‥ピサロ。何読んでるの?」
風呂から戻ると、ベッドサイドに腰を下ろしたピサロが、何やら手紙のようなモノを広げ
ていた。
「‥ああ。アドンからの報告が届いたんでな。」
「手紙で‥?」
「ああ。伝書箱にな。」
「何それ?」
首を捻るソロに、ピサロが脇に置いてあった小箱を差し出した。
「これは対になっている魔法道具でな。魔法紙の転送が適うそうだ。」
「それは便利ですね。」
「ああ‥そうだな。アドンがどこからか調達して来た物だが。…確かに便利だな。」
側で会話を聞いていたクリフトが感心したよう話すと、ピサロも同意を示し頷いた。
「それで‥アドンはなんて言って来たの?」
「ああ。デスパレスに近々奴が現れそうだ‥とな。」
「ほんと?」
「恐らく‥な。新しい主を迎える為の準備がほぼ完了したらしい。」
フッと口元に笑みを浮かべる魔王を、ソロが苦い顔で見つめる。
「…いよいよ、だね。」
視線を落としたソロが、きゅっと拳を握り締めて、堅く呟いた。
「そうだな…」
「明日のミーティングで皆さんにも伝えて、迫る戦いの準備を整えた方が良さそうですね。」
「うん、そうだね。装備の点検と、道具の補充と‥魔法の聖水も、手に入れられれば欲し
いかな。」
「そうですね。そういった事を含めて話し合いましょう。」
指折りしながら予定を立てるソロに、クリフトが頷く。ピサロも静かに頷くと、小箱を道
具袋にしまい込んだ。
近づく決戦。
その日が本当に間近にある事を思って、ソロは荷が置かれた机上へふと目を向けた。
失われた体力の回復は、もう望めないだろう。それならば‥
ソロは1つの決意を胸に、眠りに就いた。
2009/4/3
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