3
部屋に戻ると、ソロはそのまま着替えを用意し始めた。
「少し休んでからにした方が良いのではありませんか?」
「う〜ん。でも‥一度座ったら、億劫になっちゃいそうだし…。」
クリフトに応えながら、準備を済ませたソロが浴室へ向かう。
ドアノブに手を回した所で、はた‥と動きが止まって。
ソロはそんな様子を見守ってた2人へ目を移した。
「‥クリフト。今日はどこも行っちゃダメだからね?」
ちょっぴり目を据わらせて、低いトーンで伝えると、返事を待たずにピサロへも
言い付ける。
「ピサロ。ちゃんと見張っててよ? わかった?」
「‥不本意だがな。」
仕方なしに頷いて、ピサロは窓際の壁に背を預けた。
「どこにも出掛けませんから、ゆっくり浸かっていらして下さい、ソロ。」
やれやれ‥と肩を竦めたクリフトが荷の整理を始め出す。
「‥すぐ出るもん。本当に出掛けちゃダメなんだから。」
言って、ソロは浴室へパタンと消えた。
「なんだか随分信用無くしてしまったようですねえ‥」
「昨晩は相当ショックだったようだからな。それくらい、見通してただろうに‥」
ぽつっと呟くクリフトに、ピサロが苦く応える。
「…まあ。でも‥晩のうちに戻れば平気かな‥と。結局朝帰りになってしまいましたが。」
「それが一番効いたのだろうな。余りソロを揺さぶってくれるな。」
「‥ふふ。貴方にそんなコト言われるなんてね。」
「…仕方あるまい。もう二度と、あんな思いは御免だからな‥」
暗い窓の外へ目をやって、苦々しく呟く。
その横顔から連想するのは、あの日必死となった追い駆けっこの顛末。
互いに協力し合わなければ、今日までの回復はなかっただろう。
「‥そうですね。」
しんみりと相槌を打つクリフトが、荷の整理を終えて立ち上がった。
戸口へそれを運ぼうと、足を踏み出したのと同じタイミングで、バタンと浴室の扉が開く。
「クリフト、居る?!」
「ちゃんと居ますよ、ソロ。」
苦笑を浮かべたクリフトが荷を置くと、踵を返した。
「そんなに慌てて出て来なくても。‥髪、まだびっしょりじゃありませんか。」
ツカツカと彼に歩み寄って、クリフトはその手からタオルを受け取ると、水を滴らせる
翠髪を拭き出した。
「だって…心配だったんだもん。」
「もう安心したでしょう?
さ‥座って下さい。濡れたままでは風邪引いてしまいますよ?」
促されたソロがベッド端に腰掛ける。
クリフトが手慣れた様子で、ソロの髪を丁寧に拭いてゆく。そんな光景にそっと吐息をつ
いて、ピサロは空いたばかりの浴室に消えて行った。
「…ポポロがくれた香の匂い、まだ残ってますね。」
ふわりと鼻を擽っていった香りに、クリフトがふと口を開いた。
「‥うん。だってほら‥小さい袋はこれに通したから。」
がっちりとした銀の鎖に通した白金の指輪。その鎖に小さな巾着が結わえられていた。
昼間はベルト通しに巻き付けて、腰のポーチの忍ばせてるソレは、夜は二重に巻いてブレ
スレットのように身につけているソロだ。
彼は左腕を上げ、クリフトに見せて説明した。
「‥その香り、本当に気に入ってたんですね。」
ソロが香袋を持つようになった理由を聞いてるクリフトが、しみじみと話す。
「うん。‥オレも、あんまり考えなかったけど。なんか…落ち着く匂いみたい。」
「そうですか。いいお見舞い頂きましたね、ソロ。」
「うん、本当‥。今度ポポロに何かお礼しなくちゃね。」
「そうですね。」
にっこり笑うソロにクリフトが相槌を打つ。タオルドライを済ませたクリフトが、手櫛で
髪をざっくり整えると、両頬に手を当てたままソロを上向かせ、額をくっつけた。
「今夜は熱も出てないようですし‥夕食もしっかり召し上がってましたしね。
ソロは賑やかな方が、食が進みますよね、実際。」
「うん‥。だって‥その方が美味しいでしょう‥?」
「そうですね。ソロが美味しそうに食べている姿を見ていると、それだけで食事がずっと
美味しく思えますから。今夜はとても美味しい食事が出来ました。」
「うん、オレも‥。」
クスクスとどちらからともなく笑いがこぼれて、和んだ空気が広がる。
「…相変わらずだな。」
やがて浴室から出て来たピサロが、呆れ混じりにぼそりとこぼした。
どさっと窓際のベッドに腰を下ろして。ピサロが深く息を吐き出す。
「‥ああ。戻られたんですね。では‥私も行って参ります。」
用意していた着替えを手に、クリフトが入れ替わりに浴室へ向かった。
「うん、いってらっしゃい。」
快く送り出して、ソロが扉の奥に消える人影を見守る。
「ソロ。」
ぼんやり扉を見つめる彼に、ピサロが声をかけた。
呼ばれたソロが視線を向けると、小さく手招きされる。腰を上げたソロが向かうと、導か
れるように、彼の脚の間にすとんと座らされてしまった。
そのまま背中を包むように抱き締められて、ソロがきょとんと首を巡らせる。
「‥どうしたの、ピサロ?」
「…お前が他の者ばかり構うから、確認だ。」
「確認‥?」
「私はお前の何なのだろうな‥?」
「何‥って。…何だろう?」
苦く笑うピサロに、ふと首を傾げてソロが返した。
「クス‥冗談だって。そんなの‥判ってるでしょ。‥特別な‥ヒトだもん。」
顔を顰めてしまった魔王に笑いかけて、ソロが唇をそっと重ねさせた。
すぐに解かれた口接けは、肩を強く引き寄せて来たピサロによって、再び塞がれて。
熱のこもった口接けへと変わった。
やがて。
上体につられるようにピサロと向かい合う姿勢へと変化し、ソロの唇が解放された。
すっかり息の上がった様子のソロが、くた…と彼の胸に寄りかかる。
「恋人‥と答えて欲しいものだな、そこは。」
ふう‥と嘆息しながら呟かれて、ソロがくるりと身体を戻した。
「こ‥恋人‥って。オレとピサロが‥?」
「…違うのか?」
どぎまぎ返すソロが耳まで真っ赤にしてるのを見たピサロが、クスクス囁く。
「‥違わない‥けど、あっ‥。」
耳にかかる息を擽ったく思った次の間には、上耳が食まれて、ソロが甘い吐息を上げた。
「ん‥っ、ちょ‥ピ‥サロ。やん‥‥‥」 手遊び→てすさび
ソロの耳で揺れるピアスを手遊びしながら、耳朶を唇で舐ぶられて。湿った舌が耳の付け
根の裏側を舐め上げてくるので。ソロがゾクゾクと身を悸わせた。
「ダメ‥だ‥っふあ‥あ‥ん‥‥‥」
悪戯を仕掛けてる手とは反対の親指が、ソロの口内へ侵入し、歯列をなぞり上げて、更に
奥へと潜り込んだ。ゆったり巡る指先の感触に、ぞくんと肌が粟立つ。
耳を弄っていた手が下方へ移って、上着の裾から忍び込む。うなじに降りた口接けに、背
を撓らせると、胸の飾りが爪弾かれた。
「あんっ‥。も‥馬鹿ぁ‥‥」
艶帯びて喘ぐソロが、不服を申し立てようとするが、それすら甘い吐息に掠れてしまう。
「‥おや。まあ‥」
浴室から出て来たクリフトが、ベッドにすっかり連れ込まれてしまってるソロを見て、
小さく呟いた。
「あ‥クリフトぉ‥。見てないで‥止めて‥んっ‥」
助け舟を求めるソロに、クリフトがゆっくり近づく。
「困りましたね。なんとも‥」
ピサロの腕から逃れたソロが、クリフトの方へ上体を傾ける。
「‥それだけ煽られてたら、止めた方が辛いでしょう?」
嘆息したクリフトが、そんな彼の頬に手を添えて、ふわりと微笑んだ。
「え‥んっ、‥ふ‥‥‥」
きょん‥と目を開いたソロの唇が塞がれて、深く重ねられた。
「ん‥んふ‥ぁあっ‥‥ン…」
口内を一巡りした舌がソロのそれに絡まって、甘い疼きが広がる。
夢中で貪っていると、背後から伸びて来た腕がソロの上着を捲り上げて、両の胸を弄って
きた。
「ふぁ‥っ、ああ‥‥も‥クリフトまで、ど‥して…?」
すっかり肌を桜色に染めながら、ソロがどうにか紡ぐ。
「解りませんか‥?」
くす‥とクリフトが笑んで。
キスを落としながら、彼の背後の魔王と協力しあい、服を脱がしてゆく。
「‥魔王さん、今日は随分と忍耐強いられてたようですよ?」
「え…?」
「子供相手にでも、見境なく妬いてしまうようですから。」
「それって‥あっ、ん‥ん‥‥」
強引に横向かせてきたピサロに口接けられて。ソロが縋りつくよう腕を回した。
「‥妬いてた‥って、ホント‥‥?」
解放された唇から、小さな問いが投げられる。
「…そう易々と、変わるものでもなくてな。」
苦く笑って、そっと抱き寄せるピサロの唇が首筋から背へと下った。
「あっ‥ん、ひゃっ‥!? んんぅ‥‥‥ひゃう‥‥」
肩甲骨の下から伸びた小さな翼の裏側に差し入れられた指先が、ふわりと擽る。もぞもぞ
と周囲を探られるとじっとしてられなくて、突飛な声が上がった。
「クリ‥フト‥も…っ?」
思わず滲んだ目尻の涙をそっと拭ってくれる彼に、ソロが訊ねる。
「私はそこまで狭量じゃないですから。」
クス‥と笑んで、さらりと指の間を滑る翠髪を梳る。
「どちらかと言えば‥魔王さんに…ですかね?」
好きな人を問われて、真っ先に目が向かっていただろう‥と、クリフトが静かに続けた。
それから―――
「‥やっぱり1ラウンドが限界でしたね。」
なんだかんだと美味しく魔王さまに頂かれたソロが、しっかり意識まで飛ばして。
クークーと寝入ってしまった彼を見守るクリフトが、ぽそりと話した。
「だろうな。‥しかし。貴様も案外容赦ないな?」
寝入る彼を同じように見守るピサロが、眉をほんのり寄せる。
「貴方に言われるのは心外ですけどね。」
苦く言われて、クリフトが肩を竦めて返した。
「‥まあ。今夜は発熱もしてなかったですし。軽い運動くらいなら、平気かな‥と。
大体先に仕掛けてたのは、魔王さんの方でしょう?」
ソロの躰を清めてやりながら、呑気なやり取りが進んだ。
「‥煽ってくれたのはソロだ。」
「ふふ‥ソロは納得しないでしょうけどね。」
「‥それが一番問題だと思うがな。些か鈍すぎないか?」
「貴方も負けてなかったですよ、その辺は。」
クス‥と笑って答えるクリフトに、ピサロが渋面を浮かべる。
「‥だが。学習はしてるぞ、私は。」
過去を振り返れば、他者の気持ちなど顧みる事もなかったので。一部認めつつ返した。
「そうですね。‥まあ、ソロの場合は。どうも自分に向けられる好意‥というモノを、
リセットしがちなようですから。最初に言ったでしょう? ソロは手強いと。」
「貴様がやたらとソロに言葉を浴びせる理由は身に染みたな、確かに。」
気が付けば。確かな好意を伝えるべく、言葉にするのを心掛けている自分が居て。ピサロ
は自嘲するよう口角を上げた。
そう言えば。こんな風に神官と言葉を交わす事も格段に増えた。
「‥なんですか?」
ふと視線を覚えたクリフトが顔を上げる。
「いや…変わってゆくものだな‥と思ってな。」
自分も‥そしてロザリーも、ソロ一行と共に行動するようになって間がないのに。
様々な変化があった。
煩わしい事も増えたが。不思議と不快ではない――そんな事を思うピサロだった。
翌朝。
「う‥ん。」
「おはようございます、ソロ。」
ぼんやりと目を覚ましたソロの耳元に、柔らかな声が届いた。
「おはよー‥クリフト。あれ‥オレ‥‥?」
「覚えてません‥?」
首を捻るソロに、クスクスとクリフトが訊ねる。
「…思い出した。」
かあーっと頬を染め上げて、決まり悪そうにソロが唸った。
「また途中で寝ちゃったんだ、オレ‥」
「そうですね‥。熱はないみたいですが、気分はいかがですか?」
ふわりと微笑んだクリフトが、こつんと額を合わせ確認する。
「‥うん、平気。どこもなんともないよ。わ‥?」
にこ‥と答えたところで、不意に脇へと伸びて来た手が、ソロをベッドから引き出した。
「‥ピサロ。おはよう‥」
彼の腕の中にすっぽり納まってしまったソロが、とりあえず朝のあいさつを送る。
「おはよう。‥お前、私は探してくれぬのだな?」
「え‥?」
「それの事は確認したがるだろう?」
ぎゅっと抱き込んで、ピサロが苦々しく述べた。
「だって‥居るの知ってたもん。」
「ソロはピサロさんの気配には、敏感ですからね。」
それ呼ばわりされてしまったクリフトが、クスクス微笑う。
「‥ほう。それは気づかなかったな。」
「本気で気配消されたら、解らないけど‥。ピサロ、今はそうしてないでしょ‥?」
「まあ‥必要ないからな。」
「だから‥判るんだもん。」
えへへ‥とソロが微笑む。甘えるよう寄り添うソロのこめかみにキスを落として、ピサロ
がようやく解放した。
「‥じゃ、みんな準備はいい?」
朝食後。馬車の元にメンバー全員が揃ったところで、ソロが最終確認をする。
「ええもちろん。あちらへ着いたら、すぐにでも洞窟へ向かえるわよ。」
「ふふ‥頼もしいな、アリーナは。じゃ‥あちらでの洞窟探索の指揮は任せたからね?」
「ええ。例の場所へ到達するまでは、私に任せてくれていいわよ。」
にっこりと話すアリーナに笑顔で頷くソロ。
「それじゃ‥出発しましょうか。みんな馬車に乗り込んで。」
話がまとまった所で、マーニャが声をかけ、一同は馬車に乗り込んだ。
「お父さん、ソロ兄ちゃん、みんな行ってらっしゃい!」
1歩下がったポポロに送られて、移動呪文の光に包まれた馬車は彼の地へと向かった。
2007/9/14
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