7
結局その日はそのまま彼のベッドの傍らで眠り込んでしまったクリフトだったが。
夜中に一度目覚めた鷹耶が彼を隣の空いてるベッドへと移し寝かせて。
クリフトはいつ移ったか記憶のないベッドの上で、翌朝目を覚ました。
ふと頭を横向け、隣のベッドを確認すると、穏やかな寝息を立て眠る鷹耶の姿が在る。
ほう…と安堵の吐息を漏らしたクリフトは、ゆっくり身体を起こすと既に目覚めていた
らしい魔王の姿を窓辺に見つけた。
「…おはようございます。」
「ああ‥」
「昨日はご面倒お掛けしました。」
「そう思うなら、それの側に居てやる事だな。」
「それは…」
口の端で少しだけ微苦笑んだ彼に、クリフトが眉を曇らせた。
そんな様子に魔王も片眉を上げ、怪訝そうに窺う。
「…貴様の手に余ると申すなら、私が引き受けても構わぬが‥それでも良いのか?」
鷹耶が目覚めた事に気づいたピサロが、そうクリフトへ提案した。
「ピサロ‥さんが? 鷹耶さんを‥引き受ける?」
言葉の意味を計り兼ねて、惑う瞳でクリフトが呟く。
「睦言で紛れるものもあるからな。」
フッと意味深に微笑まれ、クリフトの頬に朱が差した。
「そ‥んなの。‥‥鷹耶さんが決める事ですから。」
ぎゅっと拳を握り込んで、クリフトは俯きがちに答えた。
「…俺はクリフトだけでいいんだけどな。」
沈黙が部屋を包むと、静かにベッドを抜け出した鷹耶が、クリフトを背中から抱きしめた。
「鷹‥耶‥さん‥‥」
「さん…はいらねー、言っただろう?」
惑う声に苦く微笑んだ鷹耶が、彼を抱く腕に一層の力を込めた。
「この前の事は謝る。だから…側に居てくれ。」
想いを現すように、熱っぽく乞われて、クリフトが躊躇いがちに口を開く。
「…つい先日。私は‥アリーナ様から、言葉をいただきました。
旅の途中幾度願ったか判らないお言葉を‥」
「クリフト…」
鷹耶の腕が僅かに緩んで、クリフトは苦い微笑を浮かべた。
「‥私は‥‥‥」
途切れた言葉を続けようと、ぽつんと口に上らせた時、クリフトの肩口をぐいっと掴んだ
鷹耶が、そのままベッドへ縫い止める。
「俺は認めねーからな。今更、譲れねーよ。例えアリーナといえどもな。」
覆い被さるように組み敷いて来た鷹耶が、唸るように吐露した。
「倖せにしてやるなんて、大見栄切れねーが。それでも‥手放したくねー…
側に居てくれ、クリフト‥。俺にはお前が必要なんだ‥!」
「本当に‥。私の倖せがどこにあるのか…解ってないんですね‥」
すっと瞳を眇めたクリフトが、ゆっくりした動作で鷹耶の髪に触れる。
「幸・不幸に大きく心乱してくれる、困った方の笑顔‥望むのはそれだけ‥ですよ?
ですから‥私はその方の何よりの心の支えでありたかった。なのに…
私はその困った方に、信頼されていなかったんですよね‥」
哀しげに微笑して、クリフトが瞼を伏せた。
「すまなかった。俺が不甲斐ないばかりに、お前を無駄に苦しめてしまった。
いい加減…見限っちまったか‥?」
俯く彼の顔を覗き込むようにしながら、自嘲気味に口の端を上げ訊ねてくる。
「…私だって。
私のポカで‥あなたをみすみす危険な目に遭わせてしまいました。
そんな自分が許せません…だから‥」
「だから‥?」
「やはり‥距離を置いた方がお互いの為かと‥‥っん‥」
最後までしゃべらせず、鷹耶がクリフトの唇を塞いだ。
「お前が許せずいても‥俺は気にしてねー。
どうか俺と共に生きてくれないか? ‥愛してる。誰よりも‥な。」
触れ合いそうな程間近に顔を寄せて、鷹耶が熱っぽく訴えた。
「…鷹耶。‥今の私は、不安定に揺らぎ過ぎています。それでも‥いいのですか?」
「その原因を作ったのは俺だろう‥? なら‥その責任取らせてくれ。
どうかもう一度チャンスを与えて欲しい。」
「鷹耶…。1つだけ‥確認させて下さい。」
熱く乞われたクリフトが、その瞳を覗き込み言葉を続ける。
「あの時仰った後悔…その本当の意味を。」
「あれは‥お前との関係への言葉じゃねー。ただ…俺の強引さが悔やまれてな。
もっと違う始まりだったら‥と。だから、ずっと自信が持てなかったんだ…。」
「‥もう、それを後悔などと呼ばないで下さい。約束‥してくれますか?」
「ああ。約束する。」
コツン‥と額が合わさると、どちらからともなく微笑がこぼれ出す。
クスクスと笑い合いながら、軽い口接けが交わされた。
そのまますっかりやる気モードになった鷹耶が首筋に口接けて来て、クリフトがハッと現
状に立ち返る。
「ち‥ちょっと、鷹耶さんっ。」
ぐいっと彼を押し退けて、クリフトが慌てて身体を起こそうとジタバタ始めた。
「なんだよ、クリフト?」
むう‥と膨れっ面になった鷹耶が訝る目線をぶつけてくる。
「だって‥ピサロさんが‥‥‥」
うっかり失念していたが。彼とも同室‥というか、すべて見られてしまったと、クリフト
が顔を赤くしたり青くしたりして、先程まで彼が居た窓辺を怖々窺う。
「奴ならとうに部屋出てったぞ? なんだ‥気づいてなかったのか?」
にやにやと鷹耶がクリフトを覗き込んだ。
周囲に気を配る余裕もなく居たクリフトを知って、すっかりご機嫌になった鷹耶。
「せっかく気を利かしてくれたんだ。甘えてやろうぜ?」
そう悪戯顔で笑んで、しっかり圧し掛かりながら口接けた。
「ん…っ、ふ‥‥‥」
薄く開いていた入り口からスルリと侵入を果たした舌がクリフトのそれに絡みついてくる。
ゆっくりした動作は愛おしむよう熱を分け合って、甘い感覚を呼び起こした。
「ふ‥あ‥‥っ。ん‥たか‥や…さ‥‥‥」
うっとりとそれに応えながら、クリフトが鷹耶の髪を掻き抱く。
さらさらと指の間を流れ落ちるその感触に、満ちる心を感じて、クリフトは目の端に涙を
浮かべた。
「‥クリフト…?」
怪訝そうに覗き込まれて、クリフトが微笑む。
「あ‥ホッとしたらなんだか‥。もう本当に終わりかと‥ずっと不安だったので…」
「ごめんな‥。俺も‥怖かった。本当に失ってしまったかと思うとな‥」
鷹耶がぴったりと躰を重ねさせる。それに応えるようにクリフトが彼の背に腕を回して、
ベッドに横たわったまま、温もりを移しながら抱きしめ合う。
しばらくそうして重なり合っていたが。
いつまでもおとなしくしてる鷹耶でもなくて。
ゆったり巡っていた指先が、やがて意味を帯びたものに変わり、クリフトの体温が瞬く間
に上昇させられた。
上着の裾から入り込んだ手先が器用に彼の弱点を辿って、熱い吐息がこぼれてしまう。
クリフトは上気した表情で鷹耶の頬へ手を伸ばすと瞳を交わした。
情に潤んだ瞳が細められ、唇を寄せる。
「‥今はもうあなただけなんです。…愛してます、鷹耶‥」
柔らかく触れ合った唇を解いたクリフトが、ひっそりと告げた。
頬を染め照れた様子のクリフトに、鷹耶が破顔させる。
「俺もだ‥。クリフト、お前を愛してる。」
量感込めた囁きの後、引き寄せられるよう口接けて。思いのまま互いを求め合う。
睦み合う音だけが室内を満たしていった。
「…そういえば。
鷹耶、体調はもう大丈夫なのですか?」
昨日の彼の様子を思い出して、ベッドに横たわったままクリフトが問いかけた。
散々営んだ後なので。今更だとは思うが、滅多に見せない姿だっただけに、やはり気に掛
かってしまうクリフトだ。
「‥ああ。昨晩はぐっすり眠れたからな。もう全然問題なしっ。心配かけちまったな‥」
にかっと笑った鷹耶が、腕枕している手を曲げクリフトの髪を梳いた。
「‥本当に、ただの寝不足だったんですか?」
そうピサロが言ってたが。真実だったのか‥とクリフトがこぼす。
「…情けなくて悪かったな。」
拗ねたよう口を曲げて、ぼそりと言う鷹耶に、クリフトが微笑んだ。
「そんなコト思ってません。ただ‥‥」
クリフトは言葉を切ると俯いた。
「ただ‥ピサロさんて。…あなたの事、よく見ていらっしゃるな‥って。昨日だって…」
そういえば。今朝も何やら意味深な科白を告げられたような‥
クリフトは眉間に皺を寄せて、考え込んでしまった。
「…あの、鷹耶? もしかして‥ピサロさんと…その‥何かあったんですか?」
恐る恐る‥といった面持ちで、クリフトが彼の顔を上目遣いに覗き込む。
「何か‥って‥なんだよ!?」
じーっと見つめられて、鷹耶が動揺を隠しつつ切り返した。
「‥そうですか。何かあったのですね‥。」
そんな様子にす‥っと目を細めさせて、心持ち低くなった声でぽつんとクリフトが呟く。
「ピサロさん、なぜだか鷹耶のコトはよく構ってますものね‥」
はあ‥と大仰な嘆息を交ぜて、クリフトは吐いた。
「なんで‥何かあったって、決めつけてんだよ?」
少々後ろめたさを覚えながらも、白を切り通そうと、鷹耶が不服を現す。
そんな彼をちろっと睨んで、クリフトがもう1つ吐息を落とした。
「‥だってあの人。あなたのコト、どこか子供扱いして構うでしょう?
鷹耶苦手っぽく接してますけど。‥嫌いじゃないですよね、そーゆーの。
エンドールの彼だって、今でも慕ってるでしょう?
彼に強く出られたら、流されそうですもん、鷹耶。」
口を屁の字に曲げて、面白くなさそうに言うクリフトに、今度は鷹耶が嘆息する。
「‥そりゃ。奴には一番辛い時に助けて貰って‥恩義を感じちゃいるが。恋愛感情なんざ
抱いてないぜ?」
「知ってますよ。‥でも。それでも、彼らとは深い関係結んだのでしょう?
同じ理由でピサロさんと…って、疑いたくもなります。」
「そりゃ飛躍じゃねーか?」
「隠し事してるのは事実でしょう? 嘘はやめて下さいね?」
キッと睨みつけた後、クリフトが愁そうに瞼を伏せて呟いた。
「…不意打ち喰らったんだよ。」
大きく嘆息した鷹耶が観念し、ぼそっと答えた。
「キス‥だけだ。それ以上は‥ない。本当だぜ?」
疑うような眸のクリフトとまっすぐ目線を交わして、彼が言い切る。
「‥ピサロさんて。あなたのコト‥好き‥なんでしょうか?」
「冗談だろ? 揶揄って遊んでるんだよ、絶対!」
ぼんやり話すクリフトに、鷹耶がきっぱり否定した。
「…その。怒ったか?」
「え‥?」
「だから‥キス。…ごめんな。」
気不味そうに鷹耶が謝る。
「‥いいえ。私だって‥悪かったんですから。」
自分が突き放した事で不安定に揺らいでいたんだろう鷹耶を、ピサロもほおっておけなかっ
たのだろう‥そうクリフトは思った。
不安気に覗き込んでくる彼の頬へ手を伸ばして、クリフトはそっと額を寄せる。
「もう‥喧嘩は止めましょうね?」
互いに愁い思いをするような苦しいだけの喧嘩は御免蒙りたい‥そんな思いを込めて囁く。
「ああ‥そうだな。」
頬に伸ばされたクリフトの腕を掴んで、鷹耶が微苦笑した。
「あ‥そうそう。」
遅くなったが食事に向かおうか‥と身支度を整えて、部屋の戸に手をかけた鷹耶がふと
動きを止めた。背後に居るクリフトへクルリと振り返ると、更に続ける。
「あいつにはな、絶対隙見せんなよ? あいつ‥お前にも興味持ってるらしいからな!」
「え‥? まさか…。」
「あ〜あ。お前、変なトコ勘が働くクセに。自分のコトはさっぱりなんだな。
うっかりしてると食われるぞ、本当に。」
脱力したように項垂れて、鷹耶はぐっと彼の両肩を掴んだ。
「奴が俺に妙にちょっかいかけてくるのは事実だが。お前にだって‥なんだかんだ構って
来てるだろーが? 奴が進んで声かけてる相手って、他にはロザリーだけだぜ?」
そう言われて。クリフトが頭を捻って考え込む。
…確かに。
別段意識した事もなかったが。ピサロから話しかけられた記憶は幾度もある――
どうにか2人の関係は一先ず修復出来たが。
なんだか頭の痛い問題が残っているようで‥
2人は互いに顔を見合わせて、困ったよう微苦笑した。
「‥本当に。喧嘩は止めましょうね、お互いに‥」
「ああ‥そうだな。」
小さな吐息を落として、鷹耶とクリフトは部屋を後にした。
ピサロの真意がどこにあるのか――
その答えは‥‥‥
2006/11/23
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