その2
「あっ‥ああっ―――!」
猛ったモノが最奥まで穿ってくると、相変わらずの圧迫感より、不思議な充足感に満たさ
れる気がした。
―――いつかは殺す…仇‥なのに。
熱い疼きが躯を駆け巡ると、奴の楔を欲してしまう自分が居る。
―――どうして?
繰り返される律動。絶間なくこぼれてしまう甘い喘ぎ。
『快楽に溺れさせてやる―――』
…その言葉通り。オレは溺れてしまったんだろうか?
―――快楽を躯に刻みこんで――?
「…ピ‥サロ。」
ふと呼びかけた小さな囁き。
…なのに。奴の耳にそれはしっかり届いたようで、紅の瞳が真っ直こちらに向けられた。
静かに寄せられる唇。
しっとりと重なると、常とは違った優しさで、口内に舌が差し入れられた。
「ふ‥うん‥。はぁ‥‥‥」
あんまりそれが優しくて。誘われるままオレも舌を絡ませていた。
―――解らなくなる。なにもかも――
「あっ‥ああっ―――!!」
口づけの後。再び律動を開始した奴が大きく突き上げて、飛沫を最奥に叩きつけた。
そして。促されるように昇り詰めたオレもその後を追う。
しっとりと汗ばんでいた身体が脱力すると、通り抜けたそよ風に身震いが起きた。
夜の冷気が躯の内にこもった熱すら冷ましていくようで。小さなくしゃみが出た。
「…冷えたのか?」
肩で息をするオレに、ピサロが問いかける。
「あ…うん。…そーみたい。」
とりあえず素直に答えると、ピサロは無言のまま身体を起こし、まだ中に納まっていた
自身を取り出した。
「ひゃ‥ぁん‥っ。」
慣れない感覚に、思わず妙な声が上がってしまった。
ほとんど表情に変化を見せないピサロが、僅かに眉を上げた後、小さく口の端を上げる。
‥‥うう。すごい馬鹿にされてるんだな。こいつには、変なトコばかり見られてるし。
ピサロはオレの視線など意に介さぬ様子で、着ている物を脱いでゆく。
…もしかして。まだヤるつもりなのか?
サッと青ざめたオレに、服を脱ぎ捨てた奴がオレの横に移動した。
「ソロ‥。」
紅の瞳が穏やかにオレを促し上体を起き上がらせる。
ピサロはそのままオレを横抱きにすると立ち上がった。
「‥‥あの?」
「冷えたのであろう? 後始末ついでに浸かって行くといい。」
「後始末って…」
途端、あの泉での行為を思い出し、頬が染まる。
そんなオレに愉しげに嘲笑んだ後、ピサロが意地悪く声をかけた。
「安心しろ。また泣かれても面倒だからな。優しくしてやる。」
うああああああっ!! …穴があったら入りたいって、こういう心境なんだろうな。
「いい、いい! いらないから、それ。」
ブンブンと身体ごと振って遠慮を示す。もうあんなのは、嫌だ―――!
「…ほう。ならば自分で始末するか?」
え‥? 自分で…?
「まあ‥好きにするがいい。」
ピサロはそう言うと、階段上になってる場所から水場に入り、オレの身体をほおった。
ほおり出された身体は、一旦水に沈んだが、大して深くもない水深だったので、尻餅つい
た後顔を上げると水面の上に出た。
「ぷあ…っ。いきなり落とすなよ!」
オレの抗議を肩で躱すと、ピサロはオレの隣に座り込んで来た。
「いろいろと注文の多い奴だな、お前は。」
違うだろ、それ――?!
激しく突っ込みたいのは山々だったが、結局憮然とした顔で睨みつけるだけに留める。
奴から顔を反らせると、オレは汗ばんでた身体の汚れを落とすよう、まだ暖かい湯の中で、
手を滑らせた。
とりあえず、全身は問題なくきれいに出来たんだけど…
…後始末‥って。…やっぱ、嫌だなあ‥‥‥
「どうした? それで終わりじゃ、明日きつかろう?」
揶揄かい交じりの声音が間近で響く。
「う…だって‥‥‥」
「…ソロ。来い。」
途惑うオレに命令口調が届く。ふと顔を上げると、有無を言わせぬ双眸が貫いた。
不承不承、オレは奴に促されるまま、その膝の上に跨がる。
「ピサロ‥あの…」
遠慮がちに声をかけると、紅の瞳を眇めさせた奴が口を開く。
「落ちぬように掴まれ。」
「あ‥うん。」
言われるまま素直に両腕を奴の首に回すと、窄まりに指が入り込んできた。
「ふ…あ‥‥っん…」
指の抽挿に合わせて入り込んでくる湯の感触に、全身が総気立つ。
内部を押し広げられると、滑り込んできた湯が触れて、躯が戦慄いた。
「あ…ん‥やあ‥‥‥」
「また欲しがり出したか?」
「ち‥違…ふぅ‥んっ…」
愉悦を含ませ訊いてくる奴に、否定するよう首を振ったけど、甘い吐息がついでに零れた。
目茶苦茶恥ずかしくて。居たたまれない後始末がなんとか無事終わると、オレは奴の膝の
上に跨がったまま、脱力してしまった。
「はあ…。」
奴の肩口に顔を埋めたまま大きく嘆息する。
「…あのさ。あんた‥エンドールの武術大会に出ただろ? …それってさ‥
‥‥‥‥勇者‥を捜すためだったの?」
ぼんやりとしながら、オレは問いかけていた。
「‥‥‥そうだ。」
「‥‥勇者を殺すために?」
顔を上げ、奴の表情を窺いながら更に訊ねる。
「そうだ。」
静かな双眸が、これっぽちも揺るがないまま返された。
「‥‥そう…だよな。なのに…なんで‥‥‥。何故オレを殺さない?」
「死を望まなかったのは貴様だろう?」
俯いたオレの顎を捉えた手が、顔を上向かせてくる。
「…だから躯を差し出した。…違うか?」
顎を捉えたまま、長い指先が頬を滑った。紅の瞳が艶を帯びて怪しく光る。
―――オレに力がないから、村の皆は殺された。そして…
―――オレに力がないから、仇に身を任せても、生き抜かなければいけない。
いつか――仇を討つために――――!!
オレは奴の言葉を肯定するように、力無く首を振った後呟いた。
「‥‥けど。いつか、オレはあんたを討つ。…寝首を掻くかも知れないよ?」
精一杯の強がりで、奴と視線を絡める。
「面白い。出来るならば、いつでも試せ。構わぬぞ?」
「…その台詞。絶対後悔させてやる。」
そう言い切ると、オレは奴の肩に乗せた腕を突っぱね、離れようと身動いだ。
…が。オレの背を支えていた手に力が込められ、阻まれる。
「ソロ。」
ピサロが言い聞かせるよう声をかけてきた。
「忘れるな。この躯は私の所有だ。…今日以上にこの躯に女の匂いを纏わせる事は許さぬ。
再び独りになりたくなくば、肝に銘じて置くがいい。」
低い命令調な声音。オレは奴の顔を窺うよう見つめていた。
――こいつ。本気で言ってるんだ。
「ピサロ…。」
一気に身体が強ばる。どくどくと鼓動が早まり、胃の腑がキリリと締め付けられた。
「‥1つ確認したいんだけど。」
オレは努めて冷静に問いかけた。
「それは…彼女達と旅をするなと言う事?」
「お前が誰と旅をしようが、興味はないな。」
「じゃあ…」
「やはりその疎さは変わらぬようだな。躯は随分覚え込みが良いのだが。」
呆れながら返された言葉は、最後に揶揄かいが込められていた。
え‥‥? え…と、それって――――?!
「私はこの躯を誰とも共有するつもりはない。」
きっぱり言い切った瞳から感情は読み取れなかったが、言いたい事は伝わった。
「…つまり。あんたとしてるよーな事、やらなきゃいいんだな?」
「そうだな。」
「…なんだ、そんな事。そっか…。
…オレはあんたと違って見境なくねーもん。そんな気ねーよ。」
…第一オレ、彼女達に男扱いされてねーし‥。口籠もりながら発した言葉。
それがきっちり奴の耳に届いてるとも知らずに――
けれど。嘘のないソロの瞳に、その台詞が決定打となり、ピサロは己の杞憂を過ぎた事と
確信した。
――変わってないのだ。あの閉鎖された村に居た頃と。
「…ピサロ?」
ずっと黙ったままの彼を訝しむよう、ソロが声をかける。
「…帰るぞ。」
ピサロはそう言うと、彼を促し立ち上がった。
「来い。」
着替え終えたオレにピサロの声が掛かった。オレは数歩進んで奴の前に立つ。
ピサロは側に立ったオレを抱き寄せると、そのまま移動呪文を唱えた。
束の間の浮遊間。風が止み地面の感覚を捉えると、オレは奴の腕から離れた。
周囲を見渡すと、そこはエンドールの宿の上。元の場所。
…ちゃんと送ってくれるとは思わなかった。(置いて行かれても困るんだけどさ。)
「‥ありがとう。」
オレの言葉に奴が怪訝な瞳を返す。
「可笑しな奴だ‥。」
…う゛。オレだってそう思うよ。…けど、つい口をついて出てたんだよ!
キッと睨んで見ると、不意に腰へと回された腕がオレを引き寄せ、整った顔が間近に
迫った。
「ん‥‥」
しっとりと重なった唇は、離れる間際つい‥と差し出された舌が歯列をそっと触れた
だけで解放された。
「また来る。」
「あ‥うん。」
反射的に答えたオレに、ピサロが目を見張らせる。…オレ、また変なコト言ったのか?
「じ‥じゃあ、おやすみ!」
これ以上失言しないよう、オレは奴から逃れると、踵を返し建物に向かった。
ぱたぱたと走り去るソロの背に、くつくつと笑うピサロの姿があった事など、当人は知る
由もなかった。
――だからアレは面白い。
予測つかない彼自身に、すっかり興味溢れさせるピサロであった。
2004/2/12
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