遠目からはたいした距離に見えなかった山だが。

実際登って見ると、それなりにいい運動をする羽目になった。

まるきり人が入った様子のない山は道もなく、下草が伸び放題となっていた。

「…うわあ。やっぱ桜だった‥!」

目的の場所へ到着すると、ソロの顔が綻んだ。

きれいだなあ‥と苦労が報われたと微笑む彼を、続いて着いた2人が優しい瞳で見守る。

山の頂きにどっしりと根を下ろした桜。樹齢を重ねたその姿は、幽遠な趣を称えそこに

在った。

「丁度いい盛りですね。見事なものです。」

「すごいよね! なんで誰も来ないのかな? こんなにきれいなのに。」

「‥こんな御時世ですからね。敬遠してしまうのでしょう。」

「あ‥そっか…。結界内とはいえ、何があるかわかんないもんね。」

ジッと魔王へ目を向け、納得したようソロが嘆息した。

「ま‥いいや。こんなすごい風景が貸し切りなんて、なんか気持ちいいよね!」

ソロは桜を囲むよう置かれた丸太の元に紙袋を置くと、ぱたぱたと薄紅の花を咲かせた樹

木へ向かった。

「すごいなあ…。やっぱオレ‥桜って好きだなあ…!」

ほんのりピンクの花びらがひらりと風に舞う。

それを掌に受け止めると、またはらり‥と風に乗せた。

「本当に…見事ですね。」

彼が置いた荷物の横に、自分の荷を置いたクリフトが、さくさく歩いてきた。

「うん‥きれいだね。来て良かった。」

「ええ…。」



しばらく間近で桜を愛でた後、2人は荷を置いた場所まで引き返した。

戻ると、丸太の端に腰を下ろしたピサロが、すでに杯を傾けていた。

「あ‥ピサロ、もう飲んでるの?」

呆れた〜とソロが言う。彼はそのまま丸太に背を預けるよう地面へ座り込むと、いそいそ

と紙袋に手を入れた。その隣‥丁度ソロを真ん中にした位置へ、クリフトが座る。

ぱくん‥と早速1つ目のドーナツをほお張ったソロに、クリフトが飲み物を差し出した。

「ありがとう。クリフトは‥?」

紙袋を代わりに差し出すと、彼は「後で」と苦笑った。

そのついでに。仕方ない‥とでも言いたげに、ソロがピサロへ紙袋を向ける。

「いらん。」

あっさり断られて、「なくなっても文句言わないでね!」と、ソロはぱくぱくドーナツに

かぶりついた。

3つ程立て続けに平らげた彼は、やっと人心地着いたのか、コクコク瓶に口つけた。

ほんの少し和らいだ陽光が、桜を優しく包む。その風景へ目を止めながら、ソロはほう‥

と吐息をついた。

「あの‥ね。

 全部‥終わったらさ。オレ…故郷に帰って、桜を植えようと思ってるんだ。」

ぽつん‥とソロが独り言めいた呟きを落とした。

「…みんなのさ、お墓‥作れなかったから。その代わりに‥さ。

 村のあちこちに、桜を植えるんだ! 村のどこからでも見られるくらいいっぱいね。

 …この優しい花がみんなの魂を癒してくれるように。」

ふわりと風に運ばれてきた花びらを受け止め、ソロが静かに紡いだ。

「ソロ…」

「喜んで‥くれるかな…みんな。」

「ええ‥きっと。その時は、私にもお手伝いさせて下さいね。」

そっと肩を抱き寄せられ、ソロが彼の肩にもたれ掛かった。

「ありがと…クリフト。」

「‥‥‥‥」

ピサロは無言のまま、注いだ酒を煽った。

村を滅ぼし彼からすべてを奪ったのは己だ。故あり‥とはいえ。大切な者を奪われる気持

ちを知った現在、その過去は酷く苦く圧し掛かってきた。



茜色に染まった空が、やがて黄昏てくると、桜はまた別の趣へとその姿を変えた。

少し物哀しい佇まいを見せる薄紅の花。

ピサロがふとソロへ目を向けた。

「…眠ってしまったのか?」

先刻から静かになったとは思っていたが、考え事をしていた為か、彼が寝入ってしまった

とは気づかなかった魔王が、溜め息交じりに口を開く。

「…ええ。ついさっき‥ね。」

クリフトの膝で規則正しい呼吸を繰り返すソロに、ピサロが苦い表情を浮かべた。

「今日は‥大分燥いでましたから、疲れたのでしょう。」      燥いで→はしゃいで

「燥ぐ‥?」

いつもこんな調子なのかと考えていたピサロが、怪訝そうに返す。

「ええ‥悔しい事にね。」

クリフトが微苦笑を浮かべ、ソロの翠髪を梳いた。

『悔しい』という言葉の意味を計り兼ねながらも、その光景に魔王が舌打ちする。

「‥貴様は随分それを甘やかしているのだな?」

不愉快そうに低められた声音に、クリフトが微笑った。

「愛しいだけですよ。誰かさんに泣かされた分、笑顔を願ってもいいと思うのでね。」

「…そんなに‥泣いたか?」

「おや‥泣かせた自覚はあったんですね。意外にも。」

「‥‥耳はいいからな。」

「ああ‥それで。昨日はタイミングよく現れたのですね。」

納得‥とクリフトが頷く。

「ソロだったから…あの時飛んで来たのでしょう?」

「‥‥‥‥」

「…ずっと以前。キングレオに負わされた傷の‥薬を調合したのもあなたでしたね。

 不思議ですね。現在はともかく。あの頃‥あなたにとって彼は敵‥だったでしょう?

 忌むべき大敵‥違いますか?」

「‥‥‥何が言いたい?」

苦々しくこぼす魔王に、クリフトが苦笑する。

「別に‥なにも。

 ソロの鈍さは半端じゃないと思ってましたが。どうやらあなたはそれ以上らしい。」

クリフトは肩を竦めてみせると、呆れた様子で嘆息した。

「‥まあ、あなたの事はともかく。

 ソロは今、いろいろな意味で不安定なので。これだけは肝に銘じて下さい。

 力づくで行為に至るような真似はなさらないで下さい。決して‥ね。」

「それは‥‥力づく‥でなければ構わぬ‥という事か?」

興味深げに眉を上げ、ピサロが問うた。

「ソロ次第‥という事です。」

くしゅん…

2人の視線が彼へ集中したのを感じたのか、眠っていたソロが小さなクシャミの後、目を

覚ました。

「ん‥あれ‥? オレ‥寝ちゃってた?」

ぼ〜っと目を擦りながら、ソロが身体を起こす。キョロキョロと周囲を見回すと、「ああ」

と憶い出したように手を打った。

「すっかり陽が暮れちゃったんだね…。」

周囲はすっかり宵に包まれている。ソロはゆっくり立ち上がると、真白に浮かび上がる桜

の元へ向かった。

「…夜の桜って、なんか‥寂しいよね。」

「‥そうですね。」

彼の後に続いてやって来たクリフトが、しんみりと話すソロの肩を抱いた。

「さ‥そろそろ宿に戻りましょうか? 冷えて来たみたいですしね。」

「うん‥そうだね。戻ろうか。」



夕食を済ませ、宿の部屋へ戻ると、魔王がまず昨晩と同じ一番端のベッドを陣取った。

次いでクリフトが反対側のベッドへと向かう。

出遅れてしまったソロは、残る真ん中のベッドを見て、唸ってしまった。

「‥オレ、真ん中やだな。」

今日一日で、ピサロと居る事には大分慣れたが。それもクリフトというクッションがあっ

ての話。まだ彼と対で向き合うのには不安があった。

ぽつんとこぼすとクリフトに、物言いたげな瞳を向ける。

「クリフト‥オレ、そっちで一緒に寝ていい?」

「却下。」

クリフトが答える前に、尖った声が背後から飛んできた。

「な‥んだよ、ピサロ。あんたは関係ないだろっ。」

ムスッとソロが食ってかかる。

「‥今日一日、あれだけベタベタしてたのだ。寝所くらい離れろ。さもないと…

 …私の身が持たん‥」

厳しい声音が途切れると、ぐっと押し殺した様子で、ピサロが吐いた。

「‥ク‥クックックッ。」

「クリフト‥?」

「ああ‥いえ。まあ‥ピサロさんの言い分も理解出来ますので。ソロ、諦めてそのベッド

使って下さいね?」

「でも…」

「ツライようでしたら、移ってくれて構いませんから。‥ね?」

こつん‥と額を付けながら、惑うソロにクリフトが柔らかく微笑んだ。

「…うん、わかった。おやすみ‥クリフト。」

甘えるように両腕を首に回すと、自然と唇が重なった。ソロにとっては、既に馴染んで

しまった儀式なのだが…見せつけられた魔王には、爆弾投下もんな光景。

眦上げてふるふると彼らを凝視めるピサロに、クリフトが苦笑する。

「ソロ‥彼にもちゃんと声掛けてから、休みましょうね。拗ねますから・・」

「…わかった。」

ソロは小さく頷くと、ぽてぽてとピサロのそばへ歩み寄った。

「…お休みなさい、ピサロ。」

俯きがちにそう呟き、ソロはクルッと踵を返した。

「待て。」

そのままベッドへ滑り込もうとした彼の肩を、ピサロが掴む。躰を半分返させると、一歩

足を出したピサロと向き合う形になった。

「忘れものだ…」

そう言うと、ピサロがしっかりソロの唇を奪った。

不意打ちに固まってしまった彼に、魔王がにやりと笑む。

「お休み‥ソロ――」

そっと彼の頬を掌に包み、ピサロがもう一度口接けた。今度はゆっくり時間をかけて。

唇の感触を確かめるよう触れてきたそれは、今までの官能を煽るものと違い、不思議に

穏やかだった。

「…な。んで‥‥‥」

「独り寝が愁いのなら…私の元へ来い。お前が望まぬなら‥行為はなくても構わん。」

ぐいっと彼を抱き寄せ、乞うように魔王が囁く。

ソロは信じられないよう蒼の瞳を見開くと、ふるふると首を振った。

「…そんなの、嘘だもん。」

彼の腕から逃れると、ソロが強ばった表情で告げ離れた。



――ずっと。躯だけの関係だったのに。



今更‥まるで労るようにされたって…



信じられない――



ピサロは好き。



今日はなんでもない時間を共に過ごせて…本当に楽しかった。

ちょっとだけ‥ロザリーを忘れて。

夢に浸らせてもらった。



それだけでよかったのに――



ベッドへ入ると布団を被り、重い吐息を落とす。

クリフトの方へ身体を横向けていたソロは、ちょっとだけ顔を覗かせた。

おいで‥と仕草で招かれて、ソロが小さく微笑を作る。だが‥あんまり上手く出来なくて、

ほろっと涙がこぼれ落ちた。

クリフトが身体を起こしベッドを離れる。

「ソロ‥」

身を屈めたクリフトに縋って、ソロは腕を伸ばした。

躰を悸わせるソロを彼が静かに抱きしめる。優しく髪を梳る感触を心地よく思いながら、

ソロは瞳を閉じた。



「‥‥‥‥」

ソロがゆっくり落ち着いてゆくのを見守っているしか出来ないピサロは、ひっそり嘆息

した。『不安定』だと語ったクリフトの言葉を思い出し、もう1つ吐息を落とす。



『…そんなの、嘘だもん。』



触れ合う唇からは―拒み―は見えない。

けれど…一度それが離れれば、ついて出るのは拒絶だけ。       一度→ひとたび

安堵の笑みは‥決して自分へは向けられない。



――笑み?



今日一日共に付き合って、ずっと覚えていた苛立ちの原因。

それが、己へと向けられないソロの安らいだ表情にあると到り、ピサロは途惑う。



『独り寝が愁いのなら…私の元へ来い。お前が望まぬなら‥行為はなくても構わん。』



らしくもない科白が思わずついて出たのは…それ故か?

魔王は自嘲気味に嘲笑った。



敵対関係‥という構図が除かれれば、残ったのは彼を突き動かしていた―思い―だけ。

もう…いつからか解らない。

けれど――

欲していたのはソロ自身。心ごとの躰…



『ピサロ様は翠の‥いえ、ソロさんを…愛してらっしゃるのですわ。』



勇者一行の訪れの後立ち寄ったロザリーヒルで。ソロと対面を果たしたばかりの彼女が

そう微笑んだ。その時は一笑したが…



――勘違いは、私の方だったのだな。



ふ‥とソロへ目線を遣ると、ようやく寝入ったのか、クリフトが彼から身を離し寝かせつ

けていた。愛しげに柔らかな髪を梳る姿に嫉妬はあったが。現状誰よりソロを理解し、

支えてやれるのは彼なのだろうと心に留める。



――いずれ返して貰うぞ。



そんな思いで神官を睨めば、その意を汲んだのか小さく口角が上げられる。

神官VS魔王…

勝負の行方は未定――――?




2006/3/27










あとがき
今回のお話。実は冒頭部分のピサロに「おはよう」を照れつつ伝えるソロ…
といったシチュが描きたくて綴り始めたのがきっかけ。
本当はSSみたいに上げようと目論んでたんですが…
気づいたら、1日ほのぼの・・なお話になりました。
クリフトに甘えつつ…実はぴーサマが一緒なのが嬉しいソロ。
エンドールでの3人が、「お母さん」「お父さん」に甘える子供…のように見えて
しまいました(@@;
ピサロの前でも…とゆーより。彼がそばに居るせい・・なのですが。
いつも以上にクリフトに甘えた様子のソロ。
ほとんど精神安定剤的存在と化してしまってます、クリフト★
ソロの方は、それでなんとか安定を保っているんですけど。
それを見守るしか出来ない魔王サマからしたら、かなりな試練(^^;
精一杯クールを装ってますが。内心かなり動揺しまくり。(笑)
以前ならば、有無を言わさず引き離して、強力呪文をクリフトに・・なんて。
躊躇わずになさったのでしょうが(^^;
エビルプリーストとの決着をつけるためにも、ソロの協力は必要と言い聞かせて。
どうにか耐えている模様…
まあ。いつまで忍耐が続くのか…(既に外れかかってるか?(^^;)

ソロへの気持ちを自覚したら、ますますヘタレちゃいそうなぴーさんですが。
がんばって口説き尽くさないと、ソロには届かないんですよ!

次回はもしかしたら、久々に潜るかもです。(晦へと)

でわでわ。ここまでお付き合い下さりありがとうございました!



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