3
「‥ん、はあ‥っ。は‥‥‥ん…」
宿の部屋に戻った2人は、誰に遠慮する事のない室内で、貪るような接吻を交わし合った。
「ね‥もっと。」
「ええ、たっぷりと‥ね。しっかり付き合って下さいね?」
「うん‥。‥いっぱいね。あ‥‥‥」
すうすうと満足そうな微笑みを浮かべ、ソロは夢の人となっていた。
それを愛おしそうに眺めて、クリフトが彼の翠髪をそっと撫ぜる。
深く眠ってるのを確認してから、ベッドを抜け出したクリフトは、バスルームへ向かう。
ざっと汗を流して戻って来た時も、ソロはすやすや眠りに就いたままだった。
かちゃり‥扉が静かに開くと、洞窟へ向かっていたピサロが帰って来た。
「ピサロさん。お帰りなさい。」
「‥ああ。ソロは‥眠っているのか?」
「ええ‥まあ。」
「…ん。‥あれ‥? あ‥ピサロ。お帰り…」
カツカツと近づいてくる足音に、目を覚ましたソロが、ほんわり笑う。
「ああ‥ただいま。随分とのんびり過ごしてたようだな?」
肌着姿のソロに呆れを含ませて、ピサロは彼の頭を撫ぜた。
「ん…。ピサロも‥いいよ?」
考える仕草の後、ソロが上目遣いに覗う。
「‥では、今晩な。とっくり相手して貰おうか。」
口角を上げて、ピサロががしがし頭をかき雑ぜた。
「‥その前に、風呂だな。ソロ‥お前もついでに洗ってやるぞ。付き合え。」
降ろした手でソロの腕を掴んで、ピサロが促す。
「ええっ!? やだよ。ピサロの洗い方、雑なんだもん。」
「まあまあ。ソロだって夕食前にさっぱりしたいでしょう? 行ってらっしゃい。」
「え〜ん。クリフト冷たい。止めてくれないの?」
ひらひらと手を振るクリフトに、泣き言めかせるが、にっこり笑顔が返るだけ。
「神官は物分かりが良いからな。さ、諦めて付き合え。」
妬きもちモード全開となってる魔王さまの気持ちを汲み取って、援護射撃をするクリフト。
ピサロはにんまりバスルームへとソロを連行した。
「うわっ。もお‥そんなに乱暴に扱わないでよ、ピサロ。」
ザバッと頭から湯を浴びたソロが、顔を手で覆いながら文句をぶつけた。
ピサロの洗髪は、はっきりいって大雑把。豪快にシャンプーを泡立て、わしゃわしゃ掻き
混ぜてくるので、しっかり目を閉じてないと悲惨な事になる。
以前うっかりクリフトと比べてしまったせいか。逢瀬の頃に初めて洗髪受けた時のような、
豪快シャンプーに戻ってしまった。そもそも自分で出来るのだから必要ない‥との申し出
も受理されなくて。仕方なく、ソロはピサロに身を委ねていた。
「ぷは‥。も‥いい?」
最後にザバンと湯がかけられて、ソロがプルプル水気を弾いた。
「髪はな‥。次は身体だ。」
「ええ〜? もおいいよ〜。自分で出来るし‥」
「一日洞窟回って、帰って来たのだ。少しは労え。」
「‥これ、労い‥なの?」
「ああ‥。癒されるな、とても。」
泡立てたスポンジでソロの背中を擦りながら、ピサロが機嫌良く返す。
「‥ふう〜ん。変なの‥」
「取り敢えず、昨日の戦闘での疲労は残ってないようだな。」
翼を避けるようにスポンジを動かすピサロが、安堵したよう話しかけた。
「うん。元気だよ。言ったでしょ、もう大丈夫だって。」
「‥まあ。確かに大分回復してきてはいるようだ。」
「ん〜。なんか‥まだ不満?」
背中越しに振り返って、ソロがピサロを仰ぎ見る。
「‥あの洞窟は、深部へ行く程厄介な魔物が出ると聞いてるぞ?」
「うん‥まあ。でも、さ。ピサロだって、あの奥に住む2人組に興味あるでしょ?」
「それは‥そうだが。」
「確かに‥ブランクあったから、あの洞窟はちょっと荷が勝ち過ぎてるかも知れない。
今のオレにはさ…。でも…ピサロだって居るし、みんなも助けてくれるでしょう?」
「‥そうだな。‥さ、もういいぞ。」
「うん、ありがとうピサロ。お返しに、オレも背中流そうか? 上手いんだよ、オレ。」
身体を洗い終えたソロが、アワアワのスポンジを彼から受け取ろうと、手を伸ばした。
「ああ‥頼もうか。」
言って、場所を替わったピサロがソロに背を向けた。
にっこりと、ソロが魔王の広い背を、せっせと洗い始める。
「ね、上手いでしょ? みんなだって褒めてくれたんだから。」
「皆‥?」
「あ…。えっと‥古い話だよ? ピサロが‥まだ通って来てた頃だもん。」
声のトーンが低くなったので、慌ててソロが言い繕った。
「ほお‥で?」
「だ‥だから、ピサロが長く来なかった時にね、大浴場で一緒になったブライやトルネコ
の背中流した事があったんだよ。たまに‥だよ? それに…クリフトと付き合ってから
は、やらなくなったし‥」
「‥止められたのか?」
「え‥ううん。そんなコトもなかったと思うけど…。なんとなく?」
「なんとなく‥な。ま‥なんにせよ。今後は禁止だ。
お前は無防備に愛想振り撒き過ぎだ‥」
後半ぶちぶちと独白めいた文句をこぼし、ピサロはソロからスポンジを奪った。
「‥今夜はたっぷり相手して貰うからな。後は湯に浸かって、温まったら先に出ろ。」
振り向き様掠めるだけのキスも奪って、耳元に囁いた。
「う‥うん。分かった…」
かあ‥と頬を染め上げて、既に茹だった風体で、ソロが湯船に向かった。
身体を洗うピサロの姿を、ソロはぼんやり眺める。
(‥変なの。ピサロ‥優しい。)
夜の訪いの頃も、幾度か風呂を共にしたが。あの頃は‥緊張が常に同居してたから。
妬いたピサロがこんな風に甘やかしてくるのが、不思議で堪らない。
嫉妬深く、常に束縛したがった彼が、クリフトの存在を積極的に認めてくれてる。
そう‥思う。
「あまり長湯すると逆上せるぞ?」
ぼーっと湯船の縁に頬杖つくソロに、ピサロが声をかけた。
「あ‥うん。…じゃ、オレ出るね。」
「ああ。」
促されたソロがザバンと湯船から上がる。残る彼に声をかけ、ソロは浴室を後にした。
「ふふ‥なんだか賑やかでしたね?」
シャツとズボン姿のソロが脱衣所から出ると、クリフトがにっこり話しかけてきた。
「ん‥だって。ピサロってば乱暴なんだもん。髪洗うの。」
がしがしとタオルドライしながら、ソロが口をへの字に曲げる。
「くす‥ソロの反応が可愛いと、仰ってましたからね。改めないでしょうね、あれは。」
そう返しながら、クリフトはソロに飲み物を差し出した。
ありがとう‥と受け取ったソロが、冷えたジュースをコクコク飲む。
一息つくと、ベッドに腰掛けるよう促された。
「‥やっぱり、わざとなんだ。甘やかしたり、意地悪したり‥そういうトコ、クリフトと
似てるよね?」
髪の水分をタオルに含ませながら、ソロが嘆息交じりに呟く。
「心外ですねえ‥。こんなにソロに尽くしてるのに…」
彼からタオルを奪って、タオルドライを引き受けたクリフトが、吐息を落とした。
「ん‥そうだけど。だって‥クリフトも、時々意地悪だもん。」
「おや‥。それは‥強求られているのでしょうか?」
クスリ‥と笑うクリフトに、ソロがブンブンと首を左右に振った。
「ううん。全然っ。オレ‥優しい方が好き!」
力説するソロに、クリフトが笑みを深める。
「では‥意地悪したら、嫌われるのでしょうか?」
やや芝居がかった口調で、淋しげに肩を落としてくるクリフトに、ソロが慌てる。
「そ‥そんなコトないよ。意地悪でも…好き‥だもん。」
「本当ですか?」
「うん。」
頬に手を添え上向かせたクリフトが、覗き込み訊ねると、ソロがコクンと頷いた。
「…でもね。優しいクリフトが、いいな、オレ‥」
遠慮がちに付け足すソロに、クリフトが吹き出した。
「ふふ‥ははは! やっぱりソロは可愛いですね。」
「…貴様と違ってな。‥何を遊んでるんだか。」
呆れた口調で、風呂から上がったピサロが嘆息する。
「あ‥ピサロ。早かったねえ。」
「あまりのんびりも出来ぬだろう? 夕食の時間が遅れれば、ミーティングにも影響する。
貴重な宵の刻を、煩わしい事で削る気はないからな。」
「ピサロさんは連日の洞窟探索でしたのに。お元気ですねえ‥」
ソロに意味深な笑みを送る魔王に、クリフトが肩を竦めさせた。
「‥あ、あの。…お手柔らかに‥ね? ピサロ?」
嵐の前の静けさ‥といった風情を感じたソロが、無駄と知りつつ懇願するのだった。
夕食はいつも通りの3人で。
その後のミーティングは、長テーブルを囲んで行う運びとなった。
今日の報告を済ませると、今後についてが語られる。
明日からは拠点を洞窟内の不思議な宿へと移して。そこから最深部を目指す事と決まった。
明日の洞窟メンバーは、アリーナ・トルネコ・クリフト・マーニャ。
ソロもメンバー入りを希望したが。あっさり却下されて、翌日のメンバー入りを条件に、
渋々承知した。
「はああ‥。なんでいつまでも病人扱いするかなあ? 本当にもう、大丈夫なのに‥」
3人部屋に戻ると、ソロがガッカリ肩を落としたまま重い吐息をついた。
「明日のメンバーにはなりませんでしたけど。ピサロさんとライアンさんが、稽古つけて
下さるのでしょう? ぼんやり過ごすのでもないのですから。」
「‥うん、まあ。連携に必要だって言うんだもん。ライアンまで‥。」
ソロの実際の今の戦闘力を測って置きたいと、そう言われて。その為に明日は一日2人と
稽古に励む事と決まった。ブライとミネアにも見学して貰い、補助系呪文のタイミングを
シミュレーションし、チキン達との戦闘に備える‥という訳だ。
「一撃の破壊力は衰えたかも知れぬが、素早さが上がっているからな。あの姫との速攻、
以前よりもかなりスムーズに流れているだろう?」
ぽすん‥とソロの頭に手を乗せて、ピサロが彼を褒めた。
「‥そういえば。うん‥そーだった。」
昨日の戦闘を振り返って、ソロがこっくり頷いた。
「納得して貰った所で。切り替えて貰おうか、ソロ?」
言って、ピサロがソロを横抱きに抱え上げた。
「わ‥!? な‥ピサロ?」
「今宵は私に付き合え‥と申した筈だが?」
「そ‥そーだけど。でも‥まだ…」
「後は就寝するだけだろう?」
ピサロが耳元で低く囁く。艶を混ぜた響きの声音に、ソロがゾクンと躯を震わせる。
ドキドキ‥と、胸が早鐘を打って、ソロは目を泳がせた。
「え‥えっと。クリフトは…?」
「クス‥私は遠慮しますよ。昨晩からずっと、独占しちゃいましたしね。」
「‥あ。うん‥分かった。…おやすみなさい、クリフト。」
「おやすみなさい、ソロ。」
伸ばされた手にキスを落として、クリフトがふわりと笑んだ。
その手が離れた所で、自分のベッドへと歩き出すピサロ。
あっと言う間に到着したその場所に、ソロを横たえさせ、ピサロが覆い被さった。
「‥ピサロ。昨日の晩も‥妬いてたの?」
覗うように訊ね、ソロが彼の双眸をじっと見つめる。
「…そうだな。理解と心情は、別物らしくてな。」
微苦笑するピサロが、瞳を眇め、ソロに引き寄せられるよう口接けた。
「ん…ふ‥。ピ‥サロ…。あ‥っ…」
背に回された手がソロの小さな翼に触れると、ビクンと躯が撓った。
入浴中はなんともなかったのに。今は酷く切ない情動を抱かせてくる翼。
「あっ‥あ。それ‥すごく、ダメ‥だよぉ…ひゃ‥ん。」
「昨晩はずっと神官に触らせてたろう‥?」
ビクビクと全身を震わせて、敏感に反応を示すのが愉しくて、手遊びさせるピサロ。
「や‥ん、ダメ‥ぇ…。は‥あぁ…、も‥ど‥にか、してぇ…」 手遊び→てすさび
一気にアルコールが回ったかのように、火照った顔が蕩けた。
「そう煽るな。‥本気で加減出来なくなるぞ?」
くったりと身を預けるソロに、ピサロが苦笑混じりにこぼす。
「‥いいよ。だから‥ね‥‥‥」
上着を脱がせてくるピサロに協力したソロが、するりと彼の首に両腕を回し、顔を近づけ
る。紅の双眸を覗き込んで、秘め事のようにひっそり乞うと、それに応えるように、ピサ
ロが口接けてきた。
「…ん。」
すうすうと穏やかな寝息を立てるソロを眺め、ピサロがそっと吐息をついた。
ソロのスイッチが入ってしまった事もあり、つい遠慮なく貪ってしまったが。腕の中で眠
るソロの様子を見る限り、体力の消耗はそう酷くもないようだ。回復して来ているのは、
確かなのだろう。
それでも…
衰えた筋力がそう一朝一夕に戻るものではない。
その懸念も考慮して、フォロー体勢を組み立てるべきでは‥と言い出したのはブライだっ
た。ピサロの見立てとライアンの見立てを総合した結論に、ピサロも異論なかった。
個の力でもねじ伏せられる相手ではない強敵と闘うならば、相互支援が必勝の重要な鍵と
なるのは間違いない。
『もう時間がないって、ピサロだって解ってるんでしょ?』
―――そう。
邪神官が進化の秘法を完成させるまで、残された時間はそう多くはないだろう。
ピサロは小さく吐息を落として、瞳を閉ざした。
最後の闘いまで、残された時間は僅か…
そんな予感を覚えながら、しばしの休息に身を預ける魔王だった―――
2008/5/28 |