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「そうそう、聞いたわよ〜。洞窟でのキスv 随分熱烈だったそうじゃない?」
マーニャが思い出したとばかりに、手を打った。
女性部屋へと連行されてしまったソロ。
アリーナ・マーニャ・ミネアの3人に囲まれて、その勢いに気圧されつつ返した。
「あ‥あれは、そんなんじゃないよ。もお‥アリーナだって、知ってるクセに。」
かあっと頬を染め上げて、ソロが苦い顔を彼女に向けた。
「そりゃ‥解ってるけどさ。でも‥なんだかドキドキだったんだもん。」
「アリーナにここまで言わせるんだもん、たいしたもんだわ。
‥まあ。あたしが現場に居たら、その役奪ってたかもだけど。」
「マーニャ‥。」
「もう姉さんたら。そうじゃないでしょ。ソロ、もう身体は大丈夫なの?
なんだか勢いで引っ張って来ちゃったけど、辛かったら言ってね?」
揶揄う姉を窘めて、ミネアが心配顔で隣に座るソロを覗き込んだ。
「‥うん。心配してくれてありがと。もうなんともないんだよ、本当に。」
にっこりとソロが笑って答える。
「そう‥なら良いのだけど。」
「‥まあ、あの2人がすんなり寄越してくれてる時点で、大丈夫ってコトでしょ。
あいつら、ソロにはメチャメチャ甘いみたいだし。ね?」
妹の言葉を継いだ姉が、にっこりウインクをソロへ投げた。
「‥うん。やっぱりそう思う? ‥なんかさ、過保護だよね、2人とも。」
真っ赤な顔で俯いたソロが、上目遣いに3人を覗った。
「‥だけど。ソロだって、厭じゃないでしょう? そーゆうの。」
クスス‥とアリーナに明るく笑まれて、ソロも照れたように微笑む。コクンと小さく頷く
と、遠慮がちに口を開いた。
「‥あのね。オレ‥熱出してた時、なんか行動が幼児化してたらしくてね。クリフトは、
割とすんなり対応してくれたらしいんだけど。ピサロは‥子供相手とかって、知らない
から苦労したんだって。‥でも、根気よく付き合ってくれて。そうしてるうちに、なん
か馴染んじゃったみたいで。‥あんまりあの時のコト覚えてないけど。でも‥なんだか
すごく幸せだった気持ちが残ってるせいか、暖かくなるの。優しいのが‥嬉しいの。
へ‥変かな、やっぱり…?」
「いいえ、ちっとも。そうなの…。
ソロの介抱、彼らに任せて正解だったわね。良かったわ…」
すっと腕を伸ばしたミネアが、ソロの翠髪を梳った。優しく微笑む彼女につられて、ソロ
も和らいだ微笑みを浮かべる。
「‥‥‥‥」
彼女たちの部屋の前。
中の様子を探るよう、耳を傾けていたピサロが、そっと戸口を離れた。
思ったよりも和やかな空気にホッとはしたが、部屋へ乗り込みにくいのは一緒で。
ふと思案顔で顎に手をやると、隣室の声が耳に届いて、彼は小さく口元を上げた。
トントン…がちゃり。
彼女たちの隣室の戸を形ばかりノックして、扉を開ける。
「邪魔するぞ。」
ツカツカ入り込んで来た来訪者に、中でくつろいでいた面々が、不思議顔を浮かべた。
「‥ピサロさん。珍しいですね?」
「どうした? 何かあったのか?」
トルネコ・ブライが遠慮がちに口を開く。
「‥貴様らに用はない。」
「は‥?」
腕を組んだピサロに尊大な物言いで返されて、部屋で談話していた3人は顔を見合わせた。
「‥では、何用で参ったのだ?」
はあ‥と大きな溜息を吐いて、ライアンがやれやれと訊ねる。
ピサロはそれに答えるように、くいっと隣室を指すよう顎をしゃくった。
「‥ああ。そういえば、マーニャさん達がさっき、ソロを連れて廊下を通りましたね。
隣に来てるんですか?」
ポム…と思い至った様子で話すトルネコに、魔王が小さく頷く。
「じゃったら、隣を訪ねればよかろう?」
「…ソロに問題なければ、邪魔する気はない。」
呆れ顔のブライに、ムスっとピサロが返した。
「ふふ‥ピサロさんも女性陣のパワーには気圧されてしまう‥ってコトですかね。」
「フン‥。ここの女共は無駄にエネルギーが溢れてるからな。」
「わはは‥。まあ、否定は出来ぬな、それは。
まあ良いわ。丁度主にも話があった所だしのう。」
愉快そうに笑ったブライが、適当に腰掛けるよう促した。
「…なんだ?」
壁際のベッド端にどっかり腰を下ろしたピサロが、嘆息交じりに口を開く。
「本当の所が知りたくてな。今日の戦闘‥主の目から見て、ソロはどうだったのだ?」
鋭い眼差しを送られて、ピサロはひっそり嘆息した。
一方女性部屋。
「ね、ね。やっぱりさ、あの指輪って意味深なブツだったんでしょ?」
しんみりした空気が一転して、マーニャがワクワクソロを覗う。
お茶を口に運んでいたソロは、思わずそれを吹き出して、ゴホゴホ咳込んだ。
「い‥意味深て…」
「婚・約‥の証、だったんですってね。」
「う…」
グッと間近に迫ってくる顔に思わず逃げを打つソロが、真っ赤な顔でコクリと頷いた。
「あ〜あ。やっぱりソロはお嫁に行っちゃうのか‥」
「嫁‥? それにやっぱりって‥?」
「相手が魔王さま‥ってのは意外だったけどサ。
クリフトにはすっかり抜け駆けされちゃったかな‥って。思ってたからさ。
ま。ソロの花嫁姿‥ってのも、すっごく楽しみだけどv」
似合うだろうな〜と、ほくほく笑顔でマーニャが語る。
「お式には、ちゃんと呼んでよね?」
ぎゅっと両手を握り込んで、マーニャが真顔でソロに迫る。
「な‥な‥‥」
何故に花嫁衣装? お式?…あまりに唐突な単語が飛び出して、ソロがあたふた途惑う。
「…確かに。ソロの花嫁姿は可愛らしいでしょうけど。話が飛躍し過ぎてません?」
戸口から呆れ交じりの青年の声が届いた。
「クリフト‥!」
「あら‥。迎えなんて呼んだ覚えないんだけどな。」
ホッと顔を綻ばせるソロとは対称的に、苦い顔でマーニャがぼやく。
彼女がソロと盛り上がってる際、届いたノックに逸速く反応したミネアに招き入れられた
クリフトが、ツカツカソロの元へやって来た。
「こちらから出向かないと、返して頂けそうにないのでね。そろそろ解放して下さいな。
もう気が済んだでしょう?」
言いながら、ソロの前に立ったクリフトが、彼の肩に手を乗せる。
「ソロも。今日は久しぶりに戦闘もこなして来てるのですから、疲れたでしょう?」
「‥そうね。そうだったわね。あんまり無理はさせられなかったのよね。」
アリーナが、ハッと気づいた様子で姉妹と顔を見合わせた。
「ごめんなさいね、ソロ。つい長く引き留めてしまって‥」
「あ‥ううん。大丈夫だよ。‥また、お茶に呼んでね?」
「ええ、是非。またおしゃべりしましょv」
ぺこり‥とアリーナに謝られたソロが、微笑を作ると、彼女もにっこり微笑んだ。
「えへへ‥。」
女性部屋を後にして、廊下に出ると、ソロがにこにこクリフトの腕に手を回した。
「ありがとね、クリフト。迎えに来てくれて。」
「話の途中お邪魔しても‥とは思ったのですけど。
丁度良いタイミングだったようですね?」
甘えてくる彼に、クリフトが悪戯っぽく笑んだ。
「うん。すっごくいいタイミングだった。なんか圧倒されちゃってさ。
‥女の人ってすごいよね。あの勢いにはビックリだよ…」
「‥ですねえ。あの勢いだと、予行演習‥とか言い出して、ドレス着せられてたかも知れ
ませんね。ソロ?」
クスクスと笑うクリフトに、ソロが苦い顔を浮かべる。
「う‥やっぱり。クリフトもそう思う? あのテンションは不味いと思ったんだ‥オレも。」
過去に女装させられた時と同じ瞳の輝きで、熱く語っていた彼女に、そんな危機を覚えて
いたソロが嘆息した。
「なんでオレが花嫁衣装着るって決めつけるかなあ?」
「‥そりゃあ。ピサロさんには似合わないからでしょう?」
さくっと返された台詞に、思わず想像してしまったソロが、ぶはっと吹き出した。
「あはは‥! それは確かに嫌だなあ‥。面白そうではあるけど。」
盛大に笑うソロの頭に、コツン‥と拳固が降りた。
3人部屋の扉前。並んで歩くクリフトとソロの背後に、ムスッとした魔王が立って居た。
「ピサロ‥。もお‥なんだよ?」
特に力が込められてた訳ではなかったが。不意打ち食らったソロが眉を顰めさせた。
「妙な想像巡らせるからだ。」
「だって‥。思わず浮かんじゃったんだもん。」
「ふふ‥想像でも、浮かべたくないですけどね。それは。」
クリフトが苦笑しながら、不可抗力‥と返すソロを促して、3人は部屋へと戻った。
「‥それで。ピサロさんはどちらにいらっしゃったのですか?」
てっきり女性部屋へ向かったとばかり思っていたのに。廊下にも姿がなかったのを不思議
に思ったクリフトが訊ねた。
「…隣室だ。」
「え‥? アリーナ達の隣部屋ってコト? それって‥ブライ達の部屋だよね。なんで?」
「‥女共に遊ばれるのは御免だからな。隣室で待機してたのだ。
…まあ。少々話し込む羽目になったがな。本当にここの連中は順応性が良過ぎる‥」
不思議顔のソロに、渋面を浮かべたピサロが答えた。
「へえ〜。ブライ達と話ねえ‥。ふふ‥ちゃんと皆とも上手く付き合ってるんだね。」
ソロが嬉しそうに微笑む。そんな彼の表情に、自然とピサロも柔らかな面差しになる。
「そうですよ。例の館に滞在中、細やかな定期報告をしてくれていたそうで。
皆さんピサロさんの意外に律義な一面を知ったと、仰ってましたし。」
「へえ〜! そうなんだ。ピサロがねえ‥。本当にありがとう、ピサロ。」
「‥お前の顔が見えぬ分、心配が膨らむらしく、不安面を並べていたからな。」
「そっか…。本当に‥みんなに心配かけてたんだね、オレ…」
「そうですよ。言ったでしょう?
パーティで一番愛されてるのは、あなたなんですよ‥と。」
ベッド端に腰掛けたソロの隣に座ったクリフトが、そっと彼を抱き寄せた。
「オレ…本当に‥‥‥」
コツンと身を預けたソロが、ほお‥と長い吐息の後ぽつんと呟いた。そのまま深い呼吸が
繰り返されたと思うと、ソロの身体が弛緩する。
「‥眠ったのか?」
すうすうと寝息の始まった彼を覗って、ピサロがそっと声をかけた。
「やはり疲れが溜まっていたのでしょう。夕食までゆっくり休んで頂きましょう。」
「そうだな。」
言って、ピサロがソロの身体を抱き上げベッドへと寝かせつけた。
「ごちそうさま。」
宿の食堂。モリモリと食事をきれいに平らげたソロが、空の食器の前で手を合わせた。
「よかった。食欲も大分戻って来ましたね、ソロ。」
丸テーブルの隣席で、クリフトがにっこり微笑んだ。
あれから、小1時間程ぐっすり眠ったソロは、ぱっちり目を覚ますと空腹を訴え、いつも
の3人で食堂にやって来ていた。
昼間の戦闘での消耗を補うかのように、パクパクと料理を口に運んだソロは、デザートの
ケーキもきっちり平らげて、満足そうに笑った。
臥せる前に比べたら、まだ快調とは行かぬようだが、それでも最近の食を考えたら、大き
な前進と言えそうだ。
「ソロ。お食事済んだら、ミーティングいいかしら?」
既に先に食事を終えていた一同を代表したアリーナが、彼らのテーブルに訪れ訊ねた。
「あ‥うん。ごめんね、待たせちゃったみたいでさ。」
「いいのよ。皆好きに過ごしてたのだから。気にしないで。」
「ありがとう。じゃ‥オレ達もそっちに移動するよ。」
長テーブルで談笑していたメンバーの元へ、ソロ達も向かう。
一同着席すると、ミーティングが開始された。
「では‥明日のメンバーはピサロ・ライアン・ミネア・ブライの4名が洞窟へ向かう‥と。
到達目標は、例の場所‥って事でいいわね?」
今後の打ち合わせを一通り終えると、アリーナがまとめに入った。
「‥で、明日のソロの様子次第で、更に奥を目指しましょう。」
「うん。まだ本調子‥とは言えないけどさ。でももう本当に大丈夫だから。早くあいつら
の元を訪ねて、情報入手しようよ。」
「まあ‥あいつらが何か掴んでくれてるかどうか、判らないけどね。」
肩を竦めたマーニャがこぼすと、何人かが同調するよう頷いた。
「それでも‥得られるモノはきっとあると思うんだ。‥勘でしかないけどさ。」
ソロが苦笑し返す。それにミネアが同調した。
「そうですね。それが何かは判りませんが。得るモノがある‥というのは私も感じます。」
「ミネアが言うなら、期待大ね。気合入れなくちゃ。」
グッと拳を握り込んで口の端を上げるアリーナ。
「‥って事で。明日のメンバーがんばってね! 奥へ向かうにしても、ソロの負担が軽く
済むようパーティ組むなら、それなりの成果見せてくれないと。」
「うむ‥。気持ちを新たに臨んで、姫の期待に応えましょうぞ。」
ライアンがやる気満々で応えた所で、一行は解散した。
「明日はきちんと身体を休めるのだぞ?」
3人部屋。ベッドサイドに立つソロに、ピサロが念を押し、額を合わせた。
「‥ん。分かってる。くす‥心配性だよな、本当…」
小さくキスを贈って、ソロがくすくすと笑う。
「お前の大丈夫は宛にならぬからな‥。
正式な復帰がしたいのだったら、明日はおとなしくしていろ。」
「うん‥。ありがとね‥賛成してくれて。」
明日一日経過を見守って、不調がなければ問題なし‥と、ソロの前線復帰をピサロが認め
たのは大きかった。ソロの過保護者である彼の判断だけに、本人の弁よりも重んじられた
のだ。
「条件付きだがな。‥神官、貴様もしっかりソロを見てるのだぞ?」
就寝準備をしていたクリフトに、ピサロが声をかけた。
「ええ。判ってますよ。ソロが本当に回復してるかどうか‥一日張り付いて見てます。」
「‥怖いなあ。やっぱり本当は信用ない? オレ‥」
「ソロは自分の不調をすぐ、隠したがりますからねえ‥」
同意を示すよう頷くピサロに苦笑して、ソロはベッド端に腰を下ろした。
「なんか。こーゆー所の結束力、すごいよね、2人とも。」
「苦労させられましたから。」
にっこり微笑まれて、幾分分が悪そうなソロが、肩を竦めさせる。
クリフトのこの手の笑顔は、意外に曲者なのだ。
「さ‥てと。オレも寝仕度しようかな。」
深く追求されたくないソロが、よっこいしょ‥と立ち上がり、着替え始めた。
既にピサロもクリフトも寝着に着替え終えている。
「それで、ソロ。今夜はどう休むのだ?」
ちょっぴりビクビクさせながら、着替えを済ませたソロに、ピサロが声をかけた。
「‥あ、うん。…クリフトと一緒がいいかな。」
両者を覗って、ソロがぽつんと答えた。
「…えっと。それで‥いい?」
ピサロの傍らに立ったソロが、そう彼を覗き込んだ。
「ああ。構わん。‥明日は待機だ、しっかり眠って体力回復に励むのだな。」
「うん。おやすみなさい、ピサロ。」
柔らかな声音に、ソロも安心したよう微笑む。
すっと頬へ伸ばされた手に、うっとり目を閉ざすと、触れるだけの口接けが降りた。
「おやすみ、ソロ。」
「‥ソロ。今夜は私がそちらのベッドへ移動しましょうか?」
ピサロが離れると、3つ並んだベッドの真ん中を指して、クリフトが声をかけた。
「‥うん。それから‥明かり全部落とさないでね?」
「ええ。こちらに置いておきますね。」
クリフトとソロのベッドの間に置かれたサイドテーブル上にランプを乗せて、クリフトは
明かりを絞った。
「‥ありがとう。」
それを見守っていたソロが安堵したよう微笑んで、ベッドへと身を乗り上げる。
「おやすみなさい、ソロ。」
同じように身体を滑り込ませて来たクリフトが、ソロの額に唇を寄せて、そっと抱きしめ
た。
「おやすみなさい、クリフト。」
ぎゅっとソロも抱きついて、それから身体を離すと、ふふふ‥と笑う。
しっかり彼の温もりが伝わるよう横になると、そのまますう‥と眠りに落ちてしまった。
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