「‥みんながあんなにあっさり承知してくれるとは思わなかったよ…。」

部屋へ戻ると、ソロが拍子抜けしたようこぼした。

一緒に戻って来たクリフトが、「よかったですね」と微笑む。



エンドール。

魔界で意識を失ったソロを連れ、一旦地上へと引き返した一行。

彼らはソロが目覚めた事を知ると、アリーナ達女性陣の3人部屋で早速これからについて

話し合った。

ソロが千年花を探したい‥という旨を皆に伝え、意外にも簡単にその賛同を得、ミネアの

提案より、ゴットサイドへ向かう事を決め散会した。

スムーズに事が運んだのには、魔界でソロを拠点へ連れ帰った時、心配顔で迎えた一同と

クリフトの会話が影響していたのだが、ソロ本人にその件は語られなかった。



「千年花のコト、クリフトがみんなに話してくれてたの?」

ベッドに腰を下ろしながら、ソロが確認するよう訊ねた。

「‥ええ。あの時聞いた情報だけですが、皆さんに伝えてありました。

 あの時あの場に居た魔族の1人が、ピサロナイトだったとは驚きましたが。」

「ああ‥そういえば、あいつロザリーヒルでは鎧着込んでたもんね。」

素顔は知らなかったのか‥とソロが納得した様子で頷く。

「ソロは以前から知っていたのですか?」

「ああ‥うん。…ピサロが魔王だって知らなかった頃に初めて逢って‥

 あとはロザリーヒルと、このエンドールでも逢ってるんだ。なんか‥変な奴でさ。

 すっごい街に馴染んでるんだよ? 変わってるよね。」

クスクス‥と笑んでみせたソロだったが、すぐに顔が曇ってしまった。

彼の隣へと腰掛けたクリフトが、そっと柔らかな髪を梳く。

「ね‥クリフト。本当に‥いいのかな?

 みんなは‥あのエビルプリーストの話に怒ってるから、ピサロにも同情してるみたい

 だったけど。オレは…。オレはただ‥あいつを‥‥‥」

「ソロは‥マスタードラゴンにお会いした時の事、覚えていますか?」

「え…?」

突然思いがけない名を出され、ソロが怪訝そうに彼を窺った。

「覚えてはいらっしゃいませんか?」

「え‥っと。なんとなくは覚えてると思うけど…あっ。」

ソロは謁見の間を出た後、竜の神の私室で告げられた事を憶い出した。

「ね‥ねえ、クリフト。もしかして‥マスタードラゴンて、オレとピサロのコト‥知って

 たの? なんかオレに呪文かけられているとかなんとか、術使ってたよね?」

「呪印ですよ。その解呪を行ったのです。恐らく、移動中のあなたに容易に逢いに来られ

 たのは、その為だったのでしょうね。」

「‥ああ、目印とかって言ってたっけ?」

記憶を辿るよう呟く彼にクリフトが微笑する。

「魔界へ下るには厄介だと、それは解呪してしまいましたが。マスタードラゴンは、こう

 も仰られてましたよ。『魔王だから倒さねばならぬ訳ではない』と。」

「え‥」

「勇者の使命はこの世界を護る事‥だともね。」

「それって…ピサロの考えを変えるコトが出来れば、戦わなくてもいいってコト!?」

「そうですね。それが出来れば恐らくは…」

「オレ、絶対見つける! 千年花を!!」

蒼の瞳に強い光を宿らせ、ソロは決意を滲ませた。



ちゃ‥ぽん。

部屋風呂へと浸かったソロは、深い息を吐き出した。

狭い湯船の中で、そっと呪印があったと云われた場所を確かめるよう触れる。

(‥あいつとの繋がり、なんにもなくなっちゃったんだな…)

ソロ自身、そこにそんなモノがあったなんて意外だったし。実際ピサロの事を忘れてなく

ても、解呪には応じただろうと思う。けれど…

『…微かだが、情を交わした証が‥』

魔界で出会ったピサロの兄だといった男の姿を思い出し、ゾクッと躰が強ばった。

ピサロとそっくりな姿…瞳の色を除けば、その声音も酷似していた。

「オレ‥あいつに‥‥‥」

ぶるっと躰が悸える。確かによく似ては居たが、あれは別人なのだ。

その彼に、なんの抵抗も出来ぬまま、躰を踏み躙られてしまった。

ぎゅっと自らを抱きしめる両腕に力がこもる。

一時とはいえ、ピサロと見違えた自分が悔しい。

それほどに切望してたのだ。

彼との逢瀬を――



ソロはぽろぽろと伝う涙を湯船へ流すと、至る所に残る情事の名残を消すよう、丹念に躰

を洗い始めた。



「ソロ‥! もうやめて下さい。」

なかなか戻らぬ彼を心配したクリフトが湯船へ様子を見に行くと、一心に躰を洗い続ける

ソロの姿が在った。白い肌が赤く腫れ上がっても、ソロは手拭を離そうとしなかった。

「ソロ‥! もう十分でしょう?」

彼を背後から抱きしめて、再度クリフトが声をかけた。

「‥クリフト。でも、まだ‥‥‥」

跡が消えないんだ‥と泣き出しそうに弱々しく、ソロがこぼした。

「ソロ‥。大丈夫ですよ。もうどこにも残ってません。」

優しく言い聞かせるよう話しかけるクリフトに、でも‥とソロが口を開いた。

「あいつの匂いが、きっと残ってるから‥‥‥!」

気の済むようにさせて‥そう懇願する。

「駄目ですよ。これ以上やったらホイミじゃ済まなくなりますから。」

「でも…!」

尚も譲ろうとしないソロが、更に言い募ろうと首を後ろへ回した。

続くはずだった言葉を、クリフトの唇が飲み込む。

しっかりと重ねられた唇は、柔らかな温もりを残し、ゆっくりと離れた。

「‥私が消しますから。ソロを愛させて下さい…」

静かに頬へと添えられた手が顎を上げてくると、再び口接けが降りた。

羽根のように軽やかに啄まれ、それはしっとり重ねられた。

「ん…ふ‥‥」

やがて深められた接吻が、じんわりと熱を移してゆく。

絡められる舌から伝わる労りと温もりは、ゆっくり別な色を孕んでいった。

固く握り締めていた手拭が、その手から滑り落ちる。

口接けに応えるようソロが彼の首へ腕を回すと、愛おしげに抱きしめられた。



ベッドへと場所を移し、ソロは甘い吐息を上げていた。

赤く腫れ上がっていた肌は回復呪文の治療を受け、今ある赤い花跡は彼に施されたものだ

け。すっかり乾いた翠の髪をシーツの海でふわりと散らし、ソロは覆い被さる彼へ手を差

し伸べた。

「…ツラくはないですか?」

その手を繋ぐよう握って、気遣うクリフトが訊ねた。

夕明かりが残っていた部屋も、いつのまにか宵に包まれている。

外から入る明かりよりも、闇を嫌ったソロに願われ点けたランプの方が、確かな光源となっ

ていた。オレンジ色の光の中、少し儚げな表情が映し出される。

「…平気。ね‥もっと‥‥‥」

愛して…ひっそりと乞うように囁いて、ソロは空いた手で抱き寄せた彼に口接けた。



ピサロを救いたい――



その我儘を通そうと決めた時、密かにソロは決意をした。

好き――という気持ちは結局失せなかったけれども。

彼を救うコトが出来たなら‥戦いを回避出来たなら…

それで終わりにしようと――

決して交わるコトはないのだと、自らに言い聞かせ、決意する。



ソロは奇跡を得るために、一番の望みを断つ事で願かけしたのだ。



同じ世界に生きてて欲しい…ただそれだけを願って。



ただ…独りで抱えきれない傷みが、温もりを与えてくれる存在を必要として‥

ソロは優しい愛撫に溺れた。

ふ‥と瞳が交わされると、優しい笑みが返ってくる。

それが何より嬉しくて。満たされる想いに包まれる。

『愛させて下さい――』

そう告げた、クリフトの言葉が蘇った。



――ああそうか。



幾度も重ねた行為だけれど。

ソロはようやく、この行為が持つ本来の意味を理解した。



好き‥って気持ちが重なるから、心地よくて、こんなに安心出来るんだ。

あいつのコト‥あんなに好きでも、いつも不安で苦しかったのは‥宿敵だからじゃなくて。

あいつの気持ちが読めなくて。信じられなかったから‥。



「クリフト‥好きだよ。」

彼を受け止めながら、そう微笑むと、「私もです。」と返された。

「愛してます…ソロ。」

耳元で囁いたクリフトが、口接けを落とす。



――この『好き』が一番になればいいのに‥



それを享受しながら、ソロはひっそりと願う。

ヒトは変わってゆくものだから。

いつか…そうなるかも知れない。

そうなれば‥いいな――そんなコトをぼんやり思うソロだった。




            

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