鬼は外〜福は内〜と一見和やかに始まった豆まきは、あっと言う間にバトルめいて
きて。豆の集中砲火を浴びる鬼役の魔王も、一方的にやれるのが耐えられなく
なったのか、持たされていた棍棒で飛んできた豆を打ち返すという反撃に転じた。
「ひっどぉい。何よぉ‥反撃なんてアリ〜!?」
弾き飛ばされた豆を食らって、マーニャが不服そうに抗議する。
「ふん。やり返すなとは言われてないからな。これで攻撃せぬ思いやりに感謝して
欲しいくらいだ。」
手にした棍棒を掲げ、ふふんと皮肉げに返すピサロに、アリーナが俄然張り切った。
「うん。それくらい手応えないと、倒しがいがないわね!」
「そうね。一方的なのも申し訳ない気がしてたから、その方が遠慮なくいけるわね。」
ミネアがふふふ‥と口角を上げた。
持っていた升の中の豆がふわりと浮き上がる。す‥と空中に静止した豆の下に手の
ひらをあてがうと、見えないボールを持ったかのようにそれを前方へ押し出した。
まるで弾丸のような勢いで、豆が魔王へ襲いかかる。
「グッ。こちらも本気出させて頂くぞ!」
避けきれなかった魔王が、忌々しげに吐くと気合いを溜め始めた。
それを見たソロがそうはさせじと横から豆を次々投げつける。油断していた魔王は
まともにそれを食らい、ビリビリと固まった。
「‥ソロ。魔力込めたんですか、豆に‥」
隣で傍観者となっていたクリフトが呆れを滲ませ訊ねた。
「だって‥」
「よくやったわ、ソロ! さあ、一気に落とすわよ!」
マーニャがガッツポーズで声を掛けて来ると、ソロも大きく頷いた。
「うん! 一気に決めちゃおう!」
そう言って、クリフトが持っていた升を奪うと先程よりも更に強力な魔力を豆に
込め始めた。
雷属性のその魔力を帯びた豆がバチバチ放電現象を引き起こす。
クリフト・トルネコ・ライアン・ブライは、なんとも気の毒な面持ちで凶器と
化した豆の集中砲火を食らう魔王を見守った。
「‥あ、気がついた?」
宿屋。いつもの3人部屋のベッドで寝かされていたピサロが身動ぐと、側に控え
ていたソロが心配顔で覗き込んだ。
「一応回復魔法はかけたけど。どこか痛む?」
まだぼんやりとした様子の魔王に、ソロがゆっくり問いかけた。
「えっと‥その、ごめんね‥ついムキになっちゃって‥」
申し訳ないとシュンと項垂れるソロに、やっと事態を把握して、ピサロがそっと
手を伸ばした。
「まあ良いさ。私も熱が入ってしまったしな‥」
くしゃ‥と翠髪に手を乗せて、ピサロが微苦笑する。
「随分長い事意識失ってたか‥?」
ゆっくり身体を起こしたピサロが、外がすっかり夜になっているのに気づいて
訊ねた。
「う〜ん、数時間てとこかな。夕食の刻限だけど。食べられそう?」
「別に問題ない。不覚をとってしまったが、そう気遣わずとも平気だぞ。」
「うん‥。でもやっぱり、ごめんなさい。」
「お前も夕食まだなんだろう‥?」
顔を曇らせたままのソロにピサロが柔らかく訊ねた。
「あ‥うん。皆も待ってると思うから、大丈夫そうなら食堂行こうか‥」
移動した食堂にメンバー全員揃っていた。
ピサロの姿を見るなり立ち上がって、わらわらと集まって来る。身体を案じる
男性陣と、手酷く豆をぶつけた事を謝罪する女性陣に、とりあえず不具合はない
旨伝えて着席を促した。それぞれ元の席に戻ると、ピサロとソロも空いてる席に
腰掛けた。
いつも通りの食事が始まり、その後のミーティングで明日の予定も決まり、一同
は解散した。
「おい神官。」
部屋に戻って。ソロが風呂へ向かうと、ピサロが嘆息混じりに呼びかけた。
「なんですか?」
「昼間伸されたのは私の不覚だったが。ソロも女共も責め立てたりせぬという
のに。何故ソロがいつまでも気に病んでいるのだ?」
「‥ああ。元気なかったですねえ、ソロ。」
扉の向こうにいる彼を窺うよう視線を移して、クリフトがしみじみと頷いた。
「あなたが倒れた時はかなり動転してましたし。部屋に運んだ後も、側につい
てると言い張って残ってましたから‥。無事が確認出来て気を張ってた分弛ん
だのかも知れません。」
「そんなに慌ててたか?」
「ええそりゃあ、もう。本当にあなたが倒れてしまうなんて、思ってなかった
んでしょう、きっと。」
微苦笑するクリフトに、魔王も苦い顔を浮かべる。
あれが本気で倒すつもりない攻撃だったのだろうか‥?
「‥あれだけ帯電させた豆を纏めて食らえば、大抵の者を行動不能に出来ると
思うぞ?」
実際ピサロが倒された一番の要因は、それだった。特に2発目の豆攻撃は半端
なかった。
「ソロは集中すると魔力が一気に高まるみたいですからね。
本人が一番驚いたのかも知れませんね。」
「ああ‥そうだったな。」
「そういえば。本当に身体はなんともないのですか?」
食堂でも訊ねたが、皆の前で無理した可能性もあるので、クリフトは再度確認
をした。
「ああ問題ない。元々ダメージ事態は大した事なかったしな。本当に不覚を
とっただけで‥」
「丈夫な身体で何よりです。一応彼女達もかなり反省してたんですよ?」
「‥まあ、普通の人間相手にアレ食らわせたら、大事にはなっただろうからな。」
ダメージはともかく。それでもそれなりに痛かったのだと呟く魔王に、クリフト
がクスクス笑う。
「結構理不尽な目に遭ったと思うんですが。怒ってはいないんですねえ‥?」
「まあ元は遊びだからな。鬼もそれなりに楽しめたぞ?」
「おや‥そうだったんですか?」
意外そうに目を丸くして、クリフトが返したのと同時に、浴室の扉がバンと開く。
「それ本当? ピサロ?」
濡れた髪を拭いてる最中だったらしいソロが、頭にタオルを乗せたまま勢いよく
飛び出した。
そのままツカツカと窓際の壁に寄りかかっていた彼の元へと向かう。
「ピサロも、ちょっとは楽しかった?」
目の前に立つと、ソロは探るような瞳で問いかけた。
「酷い目に遭ったって‥怒ってないの?」
「酷い目には遭ったがな。怒る程でもない。それなりに楽しめたのも本当だ。」
小さな吐息の後、ピサロが静かに返した。和らいだ表情の彼にソロもほう‥と
安堵の微笑を浮かべる。
「そんな事を気にしていたのか?」
ソロの頭に乗ったままのタオルに手を伸ばし、濡れた髪を乾かすように拭った。
「だって‥。オレ達ばっかり楽しんで、ピサロにはただの災難だったかな‥って。
なんか申し訳なくてさ‥」
「ソロは楽しかったのか?」
「‥うん。なんかゲームみたいで、ワクワクした。でも‥そう思ってたのも、
後になってやっぱり悪かったかな‥って。倒れたピサロ看てて思って‥」
「倒れされたのは不覚をとっただけだ。お前が気に病む事ではない。それにな。
どうせ申し訳なく思うのだったら、もっと違う形で返してくれた方がありがた
いぞ?」
一通りタオルドライを済ませた魔王が、ニッと人の悪い表情を浮かべた。
「違う形‥?」
きょとんと首を傾げるソロの額に口接ける。
「とりあえず手付けだ。続きは後でな。」
そう言うと、ピサロはソロと入れ替わりに浴室へと向かった。
残されたソロが、一部始終を眺めていたクリフトへと目線を移す。
「ピサロ‥。本当に怒ってないのかな?」
「そのようですね。意外に楽しめたとも仰ってましたし‥」
「うん‥びっくりした。」
彼が消えた扉へ目を戻して、悩みが吹き飛んだ顔のソロがこぼした。
「それに。違う形で返せって‥」
額に手を宛て、ソロが頬を染める。
「言ってましたねえ‥。まあ、せいぜいサービスしてあげたら、彼も満足なので
はありませんか?」
「そんな‥サービスって。何やったらいいか、分からないし‥」
「そうですねえ‥」
更に顔を真っ赤に染めて、ソロが慌てふためくと、おもむろに立ち上がったクリ
フトが、ソロの前までやって来た。
「何‥?」
見定めるようにジッと眺めると、スッと伸ばされた手がまだ半乾きの髪を耳の
上で束ねられる。ソロは厭な予感を覚えたように苦く口元を歪めさせた。
ピサロが風呂から戻ると、部屋の明かりが絞られていた。
就寝前仕様の照明はベッドサイドのテーブルに置かれたランプが、枕元辺りを
柔らかな光が照らしている。
そんな光の届かない部屋の片隅に気配を感じてそちらを窺うと‥
「‥ソロか?」
もじもじ佇む人影に、ピサロが声を掛けた。
「う‥ウチ、鬼だっちゃ!」
半ばヤケクソじみた声音で、ソロが叫ぶと1歩前へと進み出た。
両サイドの髪を耳の上で小さな団子を作るよう髪を結って、虎縞のミニワンピ
を身につけた彼の姿に、意表つかれたピサロが目を丸くする。
「鬼だっちゃ! 鬼だっちゃ! 鬼だっちゃ!」
自棄になったソロが喚くように同じ言葉を繰り返す。
「‥随分可愛い鬼だな?」
「う‥や、やっぱり‥変だよね‥?」
クスっと笑われて、ソロがかあっと頬を染め上げ眉を下げた。
「で? 鬼になってどうするんだ、ソロ?」
ツカツカと彼の前まで移動したピサロが、彼の顎を取って覗き込むと訊ねた。
「‥昼間。ピサロが鬼やったから。今度はオレが鬼になって、倒されたらお相子
かな‥って‥」
「成る程。倒していいのだな‥?」
「クリフトが、この格好なら倒したくなるからって。‥倒す?」
「ああ‥確かに。倒しがいはあるな。」
視界の隅っこに今回の黒幕を認めて、にんまりと笑む。視線で会話したように
互いに頷くと、クリフトは用意してた着替えを持って、浴室へと移動した。
「では‥遠慮なく倒すぞ。」
言って、ピサロがソロを抱き上げる。お姫様抱っこをされたソロは、驚く声を
上げる間もなく、照明の照らされたベッドへと放られた。
「わっ‥え、んっ‥‥」
ふわっと投げ出されたソロの身体の上に圧し掛かって来たピサロが口接ける。
「ふっ‥ぅ、はぁ‥っ、んぅ‥‥‥」
一頻り口腔を味わったピサロが唇を解放する。ソロはくったりした様子のまま、
眼前の男を睨んだ。
「もぉ‥、セリフすっかり飛んじゃったじゃないか〜」
「それはすまなかったな。‥つい興が乗ってな‥」
言いながらソロの髪を梳る。結った髪の束をそっと触れて、ピサロはクッと
口元を綻ばせた。
「これは神官がやったのか?」
「‥うん。鬼の角‥の代わりだって。」
「妙な言葉遣いも奴の入れ知恵か?」
「うん‥なんか、送られて来た節分道具の中にあった鬼っ娘を参考にしたって‥」
「ああ奴らが寄越した景品の賜か‥」
先日エッグラ&チキーラを倒した際、もうやるものないから‥と、適当に見
繕ったらしい箱を渡された。その中身が異世界の節分道具一式だったのだ。
由来等もそれで知ったソロ達だ。
「成る程な‥。ソロ、さっきのもう一度やってみろ。」
「さっきのって‥鬼だっちゃ?」
コックリ頷くピサロに、ソロが躊躇いがちに口を開く。
「‥鬼だっちゃ。ひゃ‥ぅ。」
ぽつっとリクエストに答えると、ピサロが耳たぶを食む。そのままぺろっと
舌が這って、ソロは躰を跳ねさせた。
「鬼‥だっちゃ‥やん、も‥何?」
続けてと乞われて口にすると、今度は首筋にぺろっと舌が降りて、擽ったさに
身を捩らせる。
「可愛い鬼に豆をぶつけるのも忍びないからな‥攻め方を変えてみた。
‥効果抜群だろ?」
気恥ずかしさに途惑うソロがほんのり艶めいた表情で見つめてくるのに興が
乗ったピサロが、愉しげに返した。
「そんな事‥ひゃん、あ‥ち、ちょっと‥あん‥‥」
肩口、鎖骨‥次々キスの雨が降って来て、ソロが躰を跳ねさせる。
「も‥降参‥‥」
「おや‥随分早いギブアップですね。」
ジタバタもがきながら値を上げるソロに、のんびりとした声が掛かった。
「クリフト遅いよ〜ピサロが意地悪なんだ〜」
「元凶はその神官だろうが。その格好と設定吹き込んだ。」
意地悪言われて傷ついた魔王が、ソロを組み敷いたまま唸った。確かに考える
とそれももっともなので。ソロが「あれ?」と首を傾げる。
「意地悪されてたというより、随分愛でられてように見えましたけどね。」
そう微笑って、クリフトがベッドサイドまでやって来る。
「そうだろう。貴様の見立ては正しい。」
ニッカリ満足げに口角を上げると、ピサロは身体を起こし、ついでにソロも
一緒に引き上げた。
「ひゃっ‥」
ピサロが背中の下に腕をくぐらせた際、指先が翼を掠めたせいで、ビクンと
躰が跳ねる。上体を起こされたソロは、そのままピサロの胸の中に抱き込まれ、
クリフトと対面になるよう座らされた。
「ほら‥な。」
「ええ、本当に‥」
差し出されたソロの顔に手を添えて、クリフトがしげしげ見つめ得心する。
「もお‥2人で訳分かんない会話し‥ぅん、‥‥‥ふ‥」
独り納得行かない顔で言いかけたソロの唇を塞いだ唇は、スルリと舌が潜り
込み、既に上気していた彼の熱を一気に上げた。
ソロが着ている虎縞のミニワンピの片側しかない肩布を腕へと滑らしたピサロが、
滑り落ちる衣装の下から露わになった白い背中に唇を寄せる。
「う‥ひゃっ!? あ‥ぁん、それ‥ぴゃっ‥‥」
背中に降りた唇が、ソロの小さな翼をそっと食んで来たのに敏感に反応した彼が
素っ頓狂な声を上げた。
「今日はダメな日なんですね‥」
唇を解放したクリフトがクスっと微笑んで、肘の辺りまで降ろされた布を腕から
スルンと外してしまう。
相変わらずの連携プレーで、あっと言う間に半裸にされて、ソロは酒を飲んだ訳
でもないのに、酔った時のような酩酊感を覚えクラクラした。
「もぉ‥ちゃんと責任取ってよね‥‥」
ここまで煽られてしまったら、内包した熱を発散しないとどうにも治まらない
のは経験上理解しているソロなので。
ちょっと困惑混じりに嘆息した。
―――明日の洞窟探索は、ピサロにピンチヒッターさせればいいか。
そもそも昼間彼を倒してしまった事への贖罪的な意味も含めて、クリフトに勧められる
まま妙な格好までしたのが発端だったのだが。そんな事まで振り返る余裕もなく。2人
が与えてくれる甘い熱を享受する。
節分。季節の変わり目に鬼を払い福を呼び込む儀式。
異世界の風習は、ちょっと妖しい風を孕ませて、通り過ぎて行った―――
2014/2/13
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