12
「皆本当にありがとう!
ささやかだけど感謝と労いになればと腕を振るいました。是非召し上がって下さい。」
ソロ達の新居が完成したその日。新居の側に設置されていた作業台をテーブル代わりに、
前々日から今日の為に用意していた料理が所狭しと並べられ、宴が催された。
ソロとシンシアが世話になった方へのお礼にと企画し、マーニャ、ミネア、クリフトの
協力の元、作業に携わった魔物達を招いたのだ。
出席者は責任者だったレンを含めたおよそ10名。大勢で押し掛けては迷惑だろうと
レンの方で調整した人数だったが、それも想定内と宴の終わりに来られなかった者へ
の土産を用意し、出来る限りもてなした。
「本当にありがとう。今日来られなかった皆にも、くれぐれもよろしく伝えてね。」
陽が傾き始めた頃に散会となった宴。最後まで残っていたレンに、ソロは改めて感謝を
伝えた。
「こちらこそ、今日はご馳走さまでした。
今後の作業については、後日また伺わせて頂きますので、その時に。」
「ありがとう。でもそこまで甘えてしまって良いのかな?」
「問題ありません。陛下も我々の好きにして良いと仰られてましたしね。」
申し訳なさそうに話すソロに、レンが明るく返した。
人好きするような顔で笑んだ彼に、ソロも笑顔で頷く。そんなやりとりをしていた所で、
移動呪文の光がこちらへグンと延びて来るのが見えた。
「ああ。皆さん到着したようですね。では、我々はこの辺でお暇します。」
レンがそう挨拶すると、後方で控えていた数名も会釈して一歩下がった。レンがそちら
へ合流すると、それを合図にしたようキメラの翼を用いて帰路に着く。
ソロはそれをひとしきり見送ると、踵を返し、片付けに追われるシンシア達の元へと
向かうのだった。
茜色の空が紺色にすっかり染まりきった頃。
新築の住居に明かりが灯った。
「さあ。夜の部はソロとシンシアが主役のお祝いよ!」
ご馳走がずらりと並んだダイニングのテーブルを囲んで、マーニャがそう音頭をとった。
ソロとシンシアが上座に立ち、時計回りにマーニャ、ミネア、トルネコ、クリフト、
ブライ、アリーナが並んでいる。銘々にワインの揺れるグラスを掲げて新居の完成を
祝して乾杯し、着席した。
「おめでとう、ソロ。シンシア。」
「ありがとうアリーナ。今日は来てくれて嬉しいよ。」
ソロの隣に座るアリーナが改めて声を掛けると、ソロがにっこり答えた。
「やっと少し落ち着いて来たからね。本当はもっと早く伺いたかったのだけど‥。
シンシアともゆっくりお話してみたかったし‥」
「私もよ。今日は会えて本当に嬉しいわ、アリーナ。」
シンシアが会話に加わる。今夜最初にやって来たのが彼女とブライだったので。
互いに挨拶を済ませ、すっかり打ち解けた雰囲気で、他愛のない会話が弾んでゆく。
「そうそう。初めてのお酒はどう?」
「うん。本当に苦くないのね。美味しいわ‥」
「苦いのもあるわよ。これはアルコール強くないものだけど。
喉を通ると火を吹きそうなくらい強烈なのもあるし‥」
「わあ‥それはちょっと怖いわね。」
「口当たり良くても強いお酒もあるから、飲み過ぎないよう気をつけてね、シンシア。」
「ソロはそれで、結構失敗してるものね。」
横からアリーナが茶化す。
「アリーナだって、似たようなものじゃないか〜」
ソロがむう‥と言い返していると、背後から伸びてきた腕が頭を覆い、その上に顎が
乗せられた。
「ああ、あったわねえ。気がついたら、2人して出来上がっててビックリしたり‥」
「もう、マーニャぁ。そこでしゃべらないでよ。悪酔いしたら困るだろう?」
振動が頭に響くのを気にしてソロが苦い顔を浮かべる。
「あら。大分お酒強くなったって、言ってたじゃない?」
肩を抱くように手を滑らせたマーニャが、顔を寄せてニマニマ笑んだ。
「マーニャさん。どさくさに紛れてベタベタ触らないで下さいね。」
彼女同様席を立ったクリフトが、ソロを彼女から離すよう割り込んだ。
「ふふふっ‥ソロったら、モテるのねえ!」
一連のやり取りを間近で目撃したシンシアがクスクスと笑う。
「いいじゃない。ぴーちゃんが居ない時しか、隙がないんだから〜」
「そう言えば、遅いわね彼。ロザリー迎えに寄ってから来るとは聞いたけど‥」
アリーナが思い出したよう呟くのと、移動呪文の気配が降りるのはほぼ同時だった。
「ああ、来たみたいだね。」
そう言ってソロが立ち上がると、シンシアも一緒に席を立った。
「やあ。いらっしゃい。待ってたよ。」
「今晩は。今夜はお招きありがとうございます。」
「ようこそロザリー。ピサロもご苦労様。さ、入って入って。」
玄関口で対応したソロとシンシアの招きに導かれて、家屋の中へと来訪者が上がる。
流石に人数が増えるとテーブル席だけでは足りないので、暖炉がある続き部屋の応接
セットが配された方へと招いた。
「ソロさん、シンシアさん、新居完成おめでとうございます。これは私と院の皆さん
からのお祝いです。どうぞ皆さんで召し上がって下さいませ。」
ロザリーが持っていた大きな箱を、ソロへと手渡した。
「ありがとう。なんだかすごくいい匂いだね‥」
甘い匂いの漂うその箱を、部屋の中央にあるローテーブルへと置いて、ソロが
一番大きな箱の蓋をゆっくりと上げた。
「わあ‥! 大きなケーキ!」
「先日は急だったので用意出来ませんでしたが。
ソロさんがお好きなものをと思いまして‥」
「ありがとう、ロザリー! 嬉しいよ。さあ、座って座って。早速切って頂こうよ!」
「私が準備しますから、ソロさんとシンシアさんこそ座って下さいな?」
ウキウキ話すソロにロザリーがにっこり申し出る。
「私も手伝うわよ、ロザリー。」
シンシアがそう声を掛けると、彼女と共に賑やかなテーブル席の方へと移動して行った。
それをぼんやり見送っていると、背後でソファに腰掛ける気配が響く。
「あ、ピサロ。何か飲む? 持って来るよ?」
そう声をかけて来たソロの腕を、ピサロが引き寄せた。
「良いから、お前も座って落ち着け。」
ぽすんと隣に腰を下ろしたソロが、隣にいる魔王に寄りかかった。
「‥ピサロ。色々ありがとう。
おかげで、やっとシンシアをちゃんとしたベッドで寝かせてあげられるよ。」
「‥足りぬものがあれば、遠慮せず申しつけろ。」
「うん。‥ありがとう。」
「うん、これすごく美味しい!」
ケーキを大きく取り分けて貰ったソロが、フォークでぱくんと一口頬張ると、瞳を
輝かせ感想をこぼした。
「お口に合って良かったですわ。」
ロザリーがホッと笑みを浮かべる。
「本当、美味しいわ‥」
ソロとピサロが腰掛ける対面に配されたソファに座ったシンシアもそう微笑んだ。
「良かったわ。こちらの生地は甘さ控えめに作ったものなのですよ。」
「ああやっぱり? 3種類のケーキ全部甘さも違っているのね?」
グラスとケーキの乗った皿を持って移動して来たマーニャが、納得顔で頷いた。
ロザリーが持参したもう1つの箱には、ソロが開けたのよりも小ぶりのケーキが2つ
入っていた。チョコレートケーキに白い粉をまぶしたふわふわスポンジのケーキ。
リンゴのケーキ‥ソロはチョコレートケーキを。シンシアは白いケーキを取り分けて
貰い、マーニャは4等分したりんごのケーキを更に半分に切り分けて、やはり薄く
切り分けたチョコレートケーキを1つの皿に乗せていた。
シンシアとロザリーの隣に腰掛けて、頂いたケーキを頬張る。
「ロザリーも好きなもの食べてね? 飲み物も色々用意してあるし。」
「ええ。ちゃんと頂いてます。あ、ピサロ様は‥」
「心配ないない。いつもの面子でベタベタしてるし。」
呆れ滲ませ話すマーニャの前方では、ソロを囲んでピサロとクリフトが談笑していた。
「旅の間もずっとあんな風だったのかしら?」
普段よりも甘やかしているよう映るクリフトや、くつろいだ様子の魔王がちょっと
新鮮と、シンシアが興味深げに訊く。
「ああ、あんな感じだったわよ、大体。」
「一度パーティから離れて過ごした後から、なんだか親密さが増したわねえ、あの
3人‥」
グラスを持ってやって来たミネアが会話に加わる。
「そうそう。クリフトは元々ソロにも甘かったけど、ピサロもあの後から、あから
さまにソロべったりになったわよね。」
彼女の後ろからひょいと顔を出したアリーナも、うんうんと頷いてみせた。
やって来た2人はソファとローテーブルの間の空間に座り込んで、対面のソファで
くつろぐ話題の3人の様子を伺う。
「パーティから離れた時って‥ソロが大変だったっていう‥」
「ええ。魔物に襲われて、かなり消耗してしまったそうで。
療養の為に一時離れてた時の事。シンシアはその話聞いてた?」
「ええ‥。ソロから少しと、詳細はクリフトからも聞いてるわ。
その節は皆さんにご心配おかけしたようで‥」
アリーナが声を顰めて彼女に返すと、シンシアも小声で応じ深々と頭を垂れた。
「私達は本当に待ってるしか出来なかったのよ。
あの時は意外にも、ピサロが色々気を配ってくれてね‥」
「そうですってね。ソロがとても世話になったんだって。
ノロケかと思っちゃうくらい熱心に語ってたもの。」
「‥ゴホッ。‥‥‥」
「どうしたの、ピサロ?」
酒の入ったグラスを傾けていたピサロが突然噎せたのを見て、隣に座っているソロが
「大丈夫?」と背中を擦る。
「い‥いや。なんでもない。」
ちょっと意外そうな顔でソロを眺めた後、努めて平静を装いピサロが返した。
そんな彼の一瞬の動揺を逃さなかったクリフトが、正面にいつの間にか集っている
女性陣へと目を移し、もう一度魔王を見やる。
「女子トークでも拾いましたかねえ?」
クスクスと独り言のようにこぼすクリフトに、ソロが前方へと目を移した。
「あ。なんか皆集まっているね。ピサロ会話が聞こえてるんだ?」
「お前と話しているのに、余所の会話などに聞き耳立てたりはせぬぞ?」
「そう‥?」
ソロが首を傾げていると、隣からトントンと肩を叩かれ振り向いた。
「ご指名みたいですよ、ソロ。」
振り返ったソロに、クリフトが対面の方を示して伝える。
正面へと向き直ると、女性陣が手を振ってにっこり笑っていた。
ソロと視線が合ったのを確認すると、おいでおいでと手招きされる。
「‥えっと。呼んでいるのは、オレだけ?」
「みたいですねえ。どうぞ行ってらっしゃい。」
縋るような瞳に微苦笑し、クリフトが快く送り出そうとする。
「以前にも似たような事があったな‥」思いつつ、ソロは立ち上がった。
「聞き耳立てずとも、しっかり聴こえている癖に‥」
ソロが女性陣と合流したのを見届けて。クリフトがぽつりと呟き、グラスの酒を煽る。
「フン。勝手に耳まで届くだけだ。」
ムッと短く応えて、グラスに残ってた琥珀の液体を一気に飲み干した。
久しぶりにソロとゆっくり過ごせる気がしたのに。自分のグラスと大事に抱えてた
ケーキの乗った皿ごと移動したソロは、多分しばらく戻らないだろう。
ソロの為にシンシアの隣に座っていた踊り子が席を譲って、ソファを囲むように
女性陣が集まっているのを眺めてたピサロが嘆息する。
「そう言えば、ピサロさんはもう聞きました?」
和気藹々と語らっている様子を微笑ましく見守りながら、クリフトが思い出した
ように訊ねた。
「何をだ?」
「いえね‥私が留守をした晩なんですが。
ソロが彼女と一緒に入浴したそうなんです‥」
「何?」
「ああ。彼女はマーニャさんが買って来た水着を着てたとかで。
まあ‥何も起きてもいないと思いますが‥」
そうクリフトが続けると、身を乗り出してたピサロが脱力したようソファの背もたれ
にどっさりと背中を預けた。
「なんとなく想像はつくが‥。ソロもあの娘も訳分からん‥」
何かあったら、それはそれで嫉妬で怒り狂うかも知れないけれど。でも何事もなく‥
というのは、実際どうなのかと妙な所が気になってしまった自身の感情にも困惑する。
「ふふふ‥。まあ、ソロらしいとも思いますけどね。」
クリフトが自分のグラスにお代わり継いだついでにと、ピサロの空いたグラスにも
琥珀の液体をなみなみ注いだ。
自分がその話を姉妹から聞かされた時とかなり近いリアクションをする彼見て、
困惑の心境を共有出来た事に親近感を覚える。
「以前から思ってたのですけど。
ピサロさんて、ソロに逢う前は、来る者拒まず‥といった主義だったでしょう?
そして去る者追わず‥というか、相手に興味を持たないと。」
「貴様だって似たようなものだったろう? どうせ‥」
「おや。分かりますか?」
クスクスと愉快げに返されて、ピサロが渋面を浮かべた。
「まあ。そんな我々だから砂糖菓子的回路がより難解に見えるだけかも知れませんが‥」
正面に見える集団をぼんやり眺めながら、クリフトがグラスを傾ける。
「なかなかもどかしいものですね‥」
「‥そうだな。」
「ううん‥意外だわ。」
「何が?」
マーニャがお代わり継いで戻って来ると、そう呟いて小首を傾げさせた。
「いやあ。ソロをこっちに呼んだから、向こうはさぞ寂しくなったかと心配したんだ
けどね。何か割といい雰囲気なのね‥と思ってさ。」
ソロの問いかけに応えたマーニャが、クイと前方を指さした。
何やら会話を交わしているらしいピサロとクリフトの姿に一同の注目が集まる。
「割と仲良いわよねえ、あの2人って‥」
親密な雰囲気を醸し出す2人に、アリーナがほう‥と溜息ついた。
「性格はともかく。見た目は整ってるからねえ‥」
ほんのり頬を赤らめたアリーナに苦く笑って、マーニャが納得顔で頷く。
「ああやっぱり。マーニャ達から見ても、整っている部類だったのね、彼らって。」
シンシアがポンと手を打って、納得とばかりに話した。
「ソロって面食いだったのねえ‥」
こつんと隣に座る彼の額を小突いて、シンシアが微笑む。
「そんな事‥ないと思うけど‥」
そうぼやきながら、コクコクとグラスの酒を煽る。
ぽんぽんと会話が進む女性陣に、そろそろ追いつけなくなって来たソロは、また前方
へと視線を戻した。
クリフトがピサロに酒のお代わりを注いで、彼と同じように深くソファにもたれ
かかっている姿が妙に親しげで。ソロがむっかりこみ上げたモノを流そうと半分程に
なってた酒を一気に煽った。
「‥妬けるよね、なんか‥」
ぼそ‥と独りごちたつもりの一言だったが‥
「へえ‥妬けるんだ。あれが。」
面白そうにマーニャが絡んだ。
「ソロは結構妬きもちさんなんだー」
アリーナも楽しそうに追従する。
「だってさ。2人仲良くなったらさ、オレいらなくなっちゃうじゃんかー」
「ないない。それはないから、安心しなさい。そんな心配するのは、あんただけよ。」
泣き出しそうなソロを慰めつつ、マーニャが空いたグラスにワインを注いだ。
「ちょっと姉さん。ソロ、結構酔ってない? あまり飲ませたら‥」
「大丈夫だもん。まだそんなに飲んでないもん。」
ふるふると首を左右に振って、ソロがグラスを取り上げられないようがっしりと持つ。
「確かもう2杯はその同じの空けているけど。
その前から違うの飲んでいるわよね、ソロ?」
「ケーキ食べている時飲んでたのジュースだもん。」
案じるように訊ねるシンシアに、ソロがきっぱり答えた。
「でも乾杯の時は、お酒だったわよねえ‥?」
アリーナも思い出したように付け足す。
「平気だもん。」
口々に心配されたのを跳ね退けるよう宣言すると、くぴくぴ酒を煽った。
「ソロはそれがお気に入りなのね。美味しい?」
嘆息したシンシアが、そう柔らかく訊ねる。
「うん、美味しいよ。オレ好きなんだー。シンシアも飲む?」
「いいの?」
「うん。」
にっこり笑って、ソロがグラスをシンシアに手渡した。
「‥あ、本当。美味しいわ‥」
一口含んだシンシアが、素直な感想をこぼす。
「でしょー? あっ! またベタベタしてるー!」
ほわっと笑ったソロが、正面の2人に目を留め、むうーっと頬を膨らませた。
普通に話してるだけにしか見えない姿が、ソロにはそう映るらしい。
女性陣が互いに顔を見合わせると頷きあった。
このメンバーで、乙女回路が一番発達しているのは間違いなくソロなんだろうと。
「あいつらの所に今ソロ戻したら、ちょっと面白いものが見られるかも?」
「マーニャったら。流石に人前では自重するでしょ、彼らだって‥」
女の目から見てもちょっと危うい状態なソロを窺い見ながら、アリーナが小声で返す。
「だよねえ。人前でいちゃつくタイプじゃないかな‥」
「気にしないと思いますよ?」
「気にしないわね。」
ほぼ同時に、ロザリーとシンシアが口を開いた。
「うん。気にしないね。」
こっくり頷いたソロが、きっぱり断言する。
「だって、人目があった方が愉しいって、言ってたもん。」
続いた言葉に女性陣からどよめきが上がった。
「なになに、その辺もう少し詳しく!」
マーニャが嬉々として、がっつり食いつく。ミネア・アリーナも瞳を輝かせて
にじり寄って来たので。ソロがびっくりと身体を引いた。
「なんか‥マーニャ怖いよ‥」
「あ‥あら、ごめんなさい。
ソロの話、もう少し詳しく聞かせて欲しいなあ‥と思ってさ。ね?」
「やだ。オレ、もうあっちに行くもん。」
声を和らげたマーニャに不審げな眼差しを送って、ソロはすくっと立ち上がった。
「あ‥あれぇ? ぐるぐるする‥‥」
急に立ったせいか、世界が回るような気がして、ソロがふにゃりと体勢を崩した。
側に居たマーニャがとっさに手を伸ばして支えたおかげで、ソロは元の場所にすとん
と座り直すに留まったが、不安定に傾ぐ身体を駆け寄ったピサロが支えて肩を抱いた。
「飲み過ぎだな‥大丈夫か?」
「あれえ‥ピサロだ。オレちゃんと歩けたんだ〜?」
「残念ね。ソロは一歩も移動してないわよ?」
彼の胸に頭を預けるソロの髪をそっと梳いて、シンシアが微苦笑する。
「大丈夫? ぼんやりしてるみたいだけど‥」
「平気〜。ふわふわするだけだもん。」
案じるシンシアにソロがへらへら笑って返した。
「まあ、酔っぱらいだな。完全に‥」
「酔ってませ〜ん。」
「成る程。ソロって酔うとこんな感じになるんだ。面白いわね‥」
へらっと笑うソロをまじまじと覗き込んだシンシアが、興味深げに観察する。
「酔ってないも〜ん。シンシア〜今日は楽しい?」
間近にある彼女の顔へと手を伸ばしたソロは、そっと頬へと触れた。
「ええ‥とっても。ソロはいい仲間に恵まれたのね‥」
頬に置かれた手の上に自身の手を重ねさせて、シンシアがふわりと微笑む。
「うん。大事な‥自慢の仲間なんだ‥‥」
柔らかく微笑む彼女に安心したよう顔を綻ばせ、ソロはそのまますーっと身体を弛緩
させた。
「あら‥眠ってしまったみたいね。」
普段から寝付きの良いソロだったが、酔うと更に早いようだと、シンシアが苦笑する。
「おやおや。ソロは眠ってしまったのですか?」
隣のダイニングからやって来たトルネコが、すうすうと寝息を立て始めたソロを見て、
暢気な口調で話した。
「そろそろお暇しようかと、挨拶に来たのですけど。
まあ、ソロはそのまま寝かせてあげて下さい。」
そう前置きして、トルネコが一同に暇の挨拶を伝えた。
ブライがトルネコを送って行くというので、ロザリーも一緒に戻る事となり、まだ
残っていたいというアリーナはピサロが送り届ける事で話もまとまり、3名が退出
した。
「‥おや。ソロを寝かせに行ったんじゃなかったのですか?」
3人を見送りに行っていたクリフトが戻ると、ピサロは元居たソファに腰を下ろして
いたが、その膝上にはすっかり眠りこけているソロの姿があった。
「今夜は最初の晩だからな。
途中で目覚めた時、無人の見知らぬ部屋にあるのは問題だろう‥」
「そうですね‥」
そう返して、クリフトがソロの髪に手をのばす。
慈しむような仕草に、対面のソファに座ったままのシンシアがクスリと笑んだ。
「確かにソロの過保護者ね。‥でも、安心した。」
シンシアが姿勢を正して、ピサロとクリフトに真っ直ぐな眼差しを送る。
「いつまでも共に。ソロの事‥支えてやって下さいね。
お願いします‥」
深々と頭を垂れるシンシアに、会話を聞いていた一同が押し黙り沈黙がその場を
支配した。
それは、確実に近づいて来た別れの時を感じたシンシアの一同への挨拶でもあった
のかも知れない――――
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