「ただいまソロ。‥もう少しのんびりして来た方が良かったですかねえ?」

苦い顔を浮かべるピサロにそう続けると、間近に居たソロが抱きつき、

ブンブンと首を左右に振った。

「ううん。面倒な役目押しつけてごめんね。怒られたりしなかった?」

「大丈夫ですよ‥。ソロが心配してた話、ちゃんと伺って来ましたから‥」

「教えてくれたの?」

「ええ‥」

クリフトは掻い摘んで、竜の神から確認取れた事項をソロに伝えた。

「じゃあ、気球で海まで行っても大丈夫なんだね?」

「ええ。問題ないとの事です。」

「良かったあ。そしたらシンシアにも話聞いて、具体的に予定立てないと!」

思っていたよりも良い景色を見せてあげられそうだと、ソロがワクワクと

話した。

「細かい話はまた後でゆっくり聞かせますから。

 ソロは先に彼女達の元へ戻ってあげて下さい。」

そわそわと予定を練る彼に、クリフトがそう進める。

「え‥クリフトは? 一緒に戻らないの?」

「ええ。まだ魔王さんに話があるので。あ、そうそう。

 竜の神からお土産頂いて来ましたよ。皆さんで召し上がれと。」

クリフトは懐から瓶を取り出し、ソロへと手渡した。

「あ‥これ。」

「ええ。ソロの大好物の花の蜜ですよ。」

「わあ‥! これ、きっとシンシアも気に入ると思うんだ。

 じゃ、オレ先行ってるね。ピサロ、いろいろありがとう!」

そう言うと、ソロはサッと手を上げ踵を返した。

軽やかな足取りで場を去って行ったソロをなんとも言えない表情で見送った

魔王を、同じくこの場に留まるクリフトが同情するように眺める。

「‥フン。あちらで話を聞かせて貰おうか。」

建築中のログハウスを顎で示して、ピサロが歩き出した。

あの様子なら戻って来る事はないだろうが。念のためにと場所を移すよう提案

されて、否もないクリフトも従った。



「まずは貴方も心配なさっているだろうソロの件から話しましょうか‥」

建物の裏手で足を止めた魔王に、クリフトが切り出した。

竜の神から聞かされた、ソロの魔力が上手く戻らない理由についてのもう1つ

の見解をそのまま伝える。

「ああ‥それも確かに納得だな。」

先程のソロの様子からも、それが窺えたばかりだったので。

すんなり受け入れるしかない。

今、彼の心に大きなウエイトを占めているのは、間違いなく彼女だろう。

「‥割と冷静なんですねえ、ピサロさん。」

もっと妬くかと思った‥とこぼしながら、クリフトが少し感心したよう頷いた。

「彼女の存在に寛大なのは、この村でした事への償いの念からなのでしょうか?

 それとも‥彼女自身について、何か思う所があっての事でしょうか?」

探るような瞳で見つめられて、ピサロがムッと睨み返した。

「何が言いたい?」

「彼女に残された時間について、竜の神にも手出しは出来ぬとはっきり言われ

 ました。貴方も気づいていたのでしょう? 最初から‥」

それだからあれこれ手配を急いでくれてたのだろうと、クリフトは最終確認を

するように訊ねた。

「‥‥‥」

「‥竜の神はソロも、それを理解していると仰ってました。」

「まあ‥な。それ故余裕がないのだろう?」

「さっきソロに伝えた気球の件ですが。竜の神は、不測の事態が生じた際、

 余所の国の人間と関わってしまう事も心配の1つだと言われました。

 上空から地上を眺める程度なら、問題ないそうなんですが。

 空の旅はどんなトラブルに見舞われるか予測つきませんし‥」

クリフトは搭乗しなかったが、乱気流に巻き込まれ気球が不時着した島こそが、

天空の塔と天空に近い町と呼ばれるゴットサイドのある地だったのだ。

乱気流に巻き込まれた時の体験談は、聞いてて心底ゾッとしたのを思い出し、

クリフトが一層顔をしかめさせる。

「あの踊り子にも同行させれば良かろう。ソロだって、恐らく緊急事態に

 遭遇すれば、回避するだけの魔力コントロールは適うだろうがな‥」

「それで問題ありませんかね?」

「念のためこちらからも、飛行出来る者にガードさせても良いが?」

「そうですね。その辺はソロ達ともよく話し合ってみます。

 貴方の方からもそういった申し出があったと。」

ホッと表情を和らげるクリフトに、ピサロが口元を緩める。

「貴様の最大の懸念はそっちだったのか。」

高所恐怖症なのだとパーティの誰かから聞いていたのを思い出して、ピサロ

が得心したよう何度も頷く。

「そうだな。食えぬ神官殿にも、思わぬ弱点があるもんだな。」

本来なら供をと申し出たい所なれど、気球に乗る勇気が持てないクリフトを

「人間らしい所もあったのか」とピサロが楽しそうに眺めた。

「貴方やソロとは違った意味で、私も彼方が苦手なんですよ‥」

ふ‥と空を仰いで、クリフトが皮肉げに微笑う。

「ですから、あまり便利に使わないで下さいね?」

にっこりと静かな気迫を漂わせて、クリフトが魔王に念押しした。

「‥了解した。」

怒らせると怖いというソロの言葉を過ぎらせながら、ピサロは短く返した

のだった。





シンシアが気球で出かけられる事が判明してから3日目。

気球のメンテナンス作業もほぼ完了し、後は天候の良い日を待つのみとなったので。

その日は朝食後から、マーニャはミネアと共に、エンドールへピクニック用の買い

出しへと出掛けた。魔物達が完成を急がせてくれているログハウスの方は、特に

手伝いもいらないと断られているので。

日常の雑事を終えた3人は、テーブルを囲んで他愛ない雑談を楽しんでいた。

「この間頂いた蜜、あれをドバドバお茶に注いでるソロ見て、本当に驚い

 ちゃった!」

淹れたての紅茶を一口こくんと口に含むと、シンシアが思い出したように吐息

をついた。

「確かにソロは甘いもの好きだったけど。なんか重症化しちゃったのね‥」

「なんだよ、もう。別にいいだろ。だって甘いの美味しいもん。」

呆れたようこぼすシンシアに、ソロがぷうと頬を膨らませた。

「まあ‥甘いもの食べてる時は、ソロ機嫌良いですからね。

 ついつい与え過ぎてしまったんですかねえ‥」

「ちょっとクリフト。なんだよお、それじゃオレ子供みたいじゃないか。」

むむ‥とますます膨れっ面になったソロをニコニコ眺める2人に、ムクレた

様子で横を向いたその時‥

「ん‥? 誰か来た?」

移動呪文の光がこちらに真っ直ぐ伸びて来るのを認めて、ソロがなんだろう

と立ち上がった。



果たして。村への訪問者はピサロとブライだった。

村の入り口まで移動した3人が、思いがけない訪問者を出迎える。

「ブライ。久しぶりだね、元気だった?」

「おお、なんとかな。お主も元気そうで何より。

 その娘さんじゃな。お主の幼なじみの‥」

「シンシアと言います。初めまして、ブライさん。

 ソロが大変お世話になりました。」

「いやいや。わしらの方こそ、ソロにはいろいろ世話になった。

 のう、クリフト?」

「ええ‥そうですね。」

照れた様子で彼へ話題を振るブライに微笑んで、クリフトが返した。

「それで、今日はどうしたのブライ?」

「おおそうじゃった。実は2〜3日、これを連れ帰らせて貰いたいのだが‥

 大丈夫かの?」

「え‥クリフトを?」

「何かあったのですか。ブライ様?」

「いろいろと国の方も落ち着いて来たのでな。姫様と王様や城の者達の帰還

 を祝う祭りを開く事になったのだが‥。行事に詳しい神職者が居らぬでな。」

「‥分かりました。ソロ、そういう事らしいので、しばらくサントハイムへ

 戻っても、大丈夫でしょうか?」

小さく吐息をはいて、クリフトはソロへと伺いを立てた。

「あ‥うん、勿論だよ。皆困ってるんでしょ? 行ってあげて?」

「すまぬのう、ソロ。ただ、それが済めば、姫様も少し時間取れるでな。

 その時はわしも姫様と共に寄せて頂くとしよう。

 今日は慌ただしくてすまないが、こ奴借りて行くぞい。」

「あ、うん。アリーナによろしくね。今日は会えて嬉しかった。

 今度ゆっくり遊びに来て。」

「ああ。ではな‥。主にも世話になったの。‥では行くぞい。」

見送るソロとシンシアに会釈して、彼らから離れた場所に立つ魔王へと声を

かけると、ブライは移動呪文を唱えた。



「‥なんだか慌ただしく行っちゃったね‥」

光の弧が空の彼方に消えると、ソロがほう‥と息を吐いた。

「そうね‥」

シンシアが相槌打つ。彼女は視線を少し先に立つ魔王へと移した。

「ああ‥ピサロが案内してくれたんだよね。ありがとう。」

ソロが彼女の視線を追うと、そう彼を労った。

「ふん‥サントハイムの姫に頼まれてたものを届けたら、アレに捕まった

 のだ。」

「アリーナに頼まれたもの? なんか意外な感じ‥」

「今日は随分静かだが、姦しい姉妹はどうした?」

ゆっくりした足取りで側へとやって来たピサロが、周囲を探るようにしな

がら訊ねた。

「え‥ああ、ミネアとマーニャ?

 2人なら今度のピクニック用の買い出しに出掛けているんだ。」

「そうか‥。」

「あ‥護衛の話ありがとうね。レンにも伝えたけど、マーニャも居るし、

念のためキメラの翼も各自持って出るから大丈夫かと思ってさ‥」

「そうだな。しばらく天候も落ち着いてそうだし、楽しんで来るといい。」

「うん。」

「時間があるなら、少し寄って行きませんか?

 お茶くらい出しますよ。お話したい事もありますし‥」

ピサロとソロの前へ立ったシンシアが、どこか疑固地ない2人へと声を掛けた。

「話‥?」

ピサロは首を傾げたが、神妙に頷くと招きに応じて歩き始めた。



テーブルの上には、まだ飲みかけのティーカップが残っていたが、シンシアが

入れ直して来ると一旦ティーセットを纏めて場を離れた。

残された2人が所在なくそれを見送って。ソロが彼に楽にするよう声を掛ける。

「適当に座ってよ。シンシアもすぐ戻って来ると思うから。

 ‥あ。本当に時間大丈夫だった?」

忙しいと聞いていたので。無理させているのではと心配になったソロが案じる

よう訊ねた。

「ああ‥それは問題ない。」

「そう‥なら良かった。」

ホッと安堵の笑みを浮かべたソロが、彼の向かい席に腰掛ける。

「そういえば。アリーナに頼まれたものって、何だったの?」

「紙の束‥だな。」

いろいろと手探りで進めている事なので。説明が面倒だった魔王が端折って

答える。

「は‥‥?」

流石にそれで理解出来るはずもなく、ソロが怪訝そうに首を捻った。

「まあ‥もう少し方向性が見えて来たら、お前にもきちんと説明するから、

 それまで待ってくれ。」

「うん‥まあ。別にいいんだけどさ‥」

恐らく聞いてもよく判らない部類の話なんだろうと察したソロが、曖昧に頷く。

会話が途切れた所でシンシアが戻って来た。

ティーポットからカップにお茶を注いで、魔王、ソロ、そして自分の席にと

配して腰掛ける。

丁度三角形を描くような位置へ座ったシンシアが、微妙にフリーズしたままの

2人へと声を掛けた。

「お口に合うか判らないけれど。どうぞ?」

「あ、ああ‥」

「ソロはこれ使うんでしょ?」

言って、テーブルの中央に置かれたままだった花の蜜の瓶を彼の前に置いた。

「あ、うん。ありがと‥」

ソロが紅茶にいつもより過剰にドボドボ蜜を注ぐ。

そんな姿を眺めながら口元を緩ませたシンシアが、そのままクスクス笑い

出した。

「ふふ‥2人ともそんなに構えないでくれる?

 今日はそんな難しい話をするつもりないのよ。」

にこやかに話すシンシアに、ソロは向かいに座る魔王と見合わせ、彼女へと

視線を移した。

「あのね‥もし都合がついたなら、私‥ロザリーさんに会ってみたいの。」

「ロザリーに?」

ソロが意外な名前が飛び出したのに驚いた様子で、首を傾げさせた。

「ええそう。私と同じエルフなのでしょう? いろいろ聞いてみたい事とか

 あるのよ。ここへお招きしたら、来て頂けるかしら?」

後半ピサロへ向けるように、シンシアが訊ねた。

「実はな、少し前に商人から聞いたのだが。

 ロザリーもお前に会いたがっているらしい。」

「まあ本当!?」

「ああ‥。

 勝手に押し掛ける訳にも行かないだろうと残念そうにしていたとな。」

「まあ‥! ああ思い切って話してみて良かったわ。私のわがままだから、

 お願いして良いものか迷ってたの。」

「なんだ。それならもっと早く相談してくれたら良かったのに、シンシア。」

「あら。ソロに話したら、彼女を寄越すようにピサロに無理言いかねないん

 だもの。彼女の意向と事情を慮って判断出来る人に頼むのが筋かと思って。」

不服そうに話すソロを窘めるよう説明して、シンシアがピサロを見つめた。

「‥そうだな。互いに望んでいるなら話は早い。

 今日はここも静かだからな、丁度良いだろう。」

そう告げると、カップの中身を飲み干して、ピサロが徐にに立ち上がった。

「これから彼女を迎えに行って来る。」

「え‥今から? 大丈夫なの?」

ロザリーにも都合があるんじゃないかと、ソロが気にするようにピサロを窺う。

「問題ない‥と思うが。日を改めた方が良いか?」

ピサロはソロへ答えた後、シンシアを見て改めて確認した。

「‥そうね。予定が入ってなければ是非。今日はマーニャ達も遅くなるから。

 良かったら一緒に昼食を召し上がりませんか‥とお誘いして下さる?」

「了解した。ならば、食事もエンドールで見繕って来るとしよう。

 たまにはのんびり過ごすのもいいだろう?」

「まあ‥ありがとう。ではお言葉に甘えさせて頂こうかしら。ね、ソロ?」

「あ‥うん。」

こっくり頷くソロを確認したピサロが踵を返すと、ソロも立ち上がって見送った。

数歩進んだ所で、移動呪文の風が彼の身体を包み、ふわりと上昇した。

光の矢が西の方へと伸びて消える。

一頻りそれを見送ったソロは、光が消えると大きく息を吐いて腰を下ろした。

「ふう‥。なんだか思いがけない展開になったね‥」

朝の予定から大分変更された現在に、ソロが着いて行けてないとばかりにこぼす。

「そうね。確かにいろいろビックリね。」

そう返して、シンシアがカップの紅茶を一口含んだ。

「いや‥シンシアは普通だった。

 普通にいつも通りで、そっちもビックリしたんだけど。」

テーブルに肘をついて、ソロが眉を寄せ彼女を眺めた。

「クスクス。ソロはいつになく挙動不審だったわね。」

「う‥だってぇ‥‥」

「ふふ‥まあいいわ。それより、あの人本当に迎えに行っちゃったけど。

 ロザリーさん、気を悪くしたりしないかしら?」

困った様子のソロに小さく笑ったシンシアが、話題を変えた。

「ん? ロザリーならそんな事ないと思うけど。

 ただ‥彼女エンドールでやりたい事見つけて、忙しくしてるって聞いて

 たから。急に誘って平気かな‥と思っただけで‥」

「そうなんだ?

 それじゃあやっぱり、日を改めて誘って貰った方が良かったかしら?」

「まあそれだったらピサロも諦めて、別の日にって言ってくるんじゃない

 かな? とにかく、のんびり待ってればいいよ。

 昼飯も用意しないで済んじゃったしさ。」

コクコクと甘い紅茶を一息に飲んで、ソロがお代わりをとティーポットを

取り寄せた。

「そうね。あ‥ソロ、またそんなに入れて‥。甘過ぎないの、それ?」

先程のようにドボドボ蜜を注ぐ姿を認めて、シンシアが呆れがちに嘆息する。

「だって甘いと美味しいんだもん。」

そう答えて。にこにこ美味しそうに紅茶を啜るソロだった。
 

2014/6/10
 
           






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