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宿の屋上。日中は暖かでも、この時間になると夜の冷気に包まれて。なんとなく肌寒い、
そんな微風が頬を撫ぜて行く。
ソロは壁に肘を置き、ぼんやりと中空の月を眺めていた。
今夜は満月らしい。煌々たる月明かりが、遠くの山々の影をくっきり浮かび上がらせる。
「…ピサロ。」
足音に振り返ったソロが、一瞬目を開き、そのまま微笑した。
「…初めてこの街に来た時。あんたと会ったの‥ここだったね。」
「…ああ。」
「あの時は…ビックリしたな。まさか街にまで来るとは思わなかったし…
それに‥なんでやって来るのか、全然解らなかった…」
「‥私にも、解らなかったな。その執着が何故なのか‥」 何故→なにゆえ
ゆっくりと距離を詰めたピサロは、そっとソロの頬を手のひらで包み込んだ。
「以前‥お前は言ったな。『ロザリーは勘違いしている』と。だが…
真実勘違いしていたのは‥どうやら私の方だったらしい。」
「ピ‥サロ?」
「この執着の名を…私は知らなかった。…いや。
認められずに居た‥といった方が正確だな。それ故、酷い遠回りをしたが‥
ソロ…私は、お前を‥‥‥」
「ダメ。言わないで。」
ソロがはしっと彼の口を手で塞いだ。
「…愛してる。」
恭しくその手を取ると、ピサロがその甲へ口接けた。
「し‥信じない‥もんっ。」
頬を染め上げて、ソロは狼狽えつつも返した。
「…構わん。信じたくなるまで、繰り返し告げるまでだ。」
フッ‥とピサロが双眸を細めさせた。和らいだ笑みにソロの鼓動が跳ね上がる。
「そ‥そんなコト言ったら。ずっと‥信じないからっ。知らないよ…?」
――それは本当は告白を望んでいる‥という事ではないのか?
ピサロは拒絶の中に隠れた、ソロの気持ちにやっと触れた気がした。
「…そうだな。ではせめて、逃げられぬよう所有の印を刻ませて戴こうか――?」
腰に回した腕を寄せ、ピサロはソロの唇を塞いだ。
「ん…っ‥。ふ‥‥‥」
しっかりと合わさった口接け。
慎重に唇を割って入ってきた侵入者は優しく口内を巡り、ソロへと絡まってきた。
「はあ…はあ…。‥もう、こんな所…誰かに見られたら‥‥‥」
「では…場所を移すか?」
すっかり息の上がってしまった彼に、ピサロが機嫌良く提案する。
「…でも。クリフト‥‥」
「アレなら問題なかろう。出ても構わぬ‥と許しは得ているしな。」
1人の方がゆっくり休めるだろう…と付け加えられて。ソロは考え込みつつ頷いた。
移動呪文でやって来たのは、昼間も訪れた白い遺跡。
月明かりに照らされた神殿跡は、青白い光に満たされ輝いていた。
「…昼間もきれいな所だけど。夜はもっときれいだよね‥」
白と青のコントラストが神秘的だと、ソロが微笑んだ。
「ああ…。以前から知った場所だったが。
お前と共に訪った後‥ふらりと立ち寄る事が増えてな。よく思い出していた。」
「…なにを?」
「お前は意地を張らずとも、鈍いのだな。」
フッ‥と口角を上げ、ピサロは彼の耳を食んだ。そのまま耳朶に舌を這わせ、耳の奥へと
辿る。ビクンとソロが身動ぎ、甘い吐息をこぼした。
服の裾から入り込んだ手先がじわじわと躯を摩り上げてゆく。
やがて辿り着いた果実を親指の腹で弾くと、弾力を確かめるよう捏ね始めた。
「や‥ん…。」
脚の間に割り込んで来た足が反応を始めた中心を煽ってくる。
ソロは彼に縋るよう広い背へ腕を回すと、情に潤んだ瞳で彼を見つめた。
うっすら開いた唇へ口接けが落とされる。
もっと…と強求るように、ソロは指先に力を込め引き寄せた。
「ふ…ぁ‥。ん‥‥‥っ。は‥‥‥」
濃厚な接吻を交わしながら、滑らかな白い肌が露となってゆく。
ぱさり‥と服が石畳に落とされた頃には、もう自力で立つ事も適わなく蕩けていた。
「…ピサロも。」
冷んやりとした石畳に横たわるソロが、覆い被さって来た彼の上衣に手をかけ、微笑む。
「ああ…。」
徐にピサロが上着を脱いだ。
月明かりを背に受けて、露になった逞しい肌に、ソロはとくんと鼓動が跳ねるのを思った。
「…銀髪が、きらきらしてる。」
ふふ‥とソロがそっと手を伸ばす。月光を浴びたそれは、白銀の輝きを放っていた。
指の間をさらりと滑る長い銀糸の感触を、ソロが慈しむように梳る。
「ピサロの髪…好きだな‥」
「…髪だけか?」
「‥‥紅い眸も‥好き。」
再び覆い被さって来た彼にひっそり訊かれ、ソロはぽつんと答えた。
「…初めて逢った時も、同じように申していたな‥」
「え…? ‥ん‥‥‥」
何の事だと思案げに眉を寄せたが、続いて降りて来た口接けに思考が持って行かれてしま
う。躰を弄ってくる指先が下肢へ蟠る熱を煽って、ソロは艶やかな吐息をこぼした。
「…あのね。」
行為後の微睡みの中。ぽつ‥とソロが呟いた。
「聞いても‥いい?」
「なんだ…?」
「…ピサロはね、女の人と、その‥‥‥あの…。…しないの?」
真っ赤な顔で目線を彷徨わせながら、ソロが遠回しに問いかける。
言い淀むその様子に、訝しげに眉を寄せたピサロだったが。得心したのか、口角を上げた。
「お前とするような行為を‥か?」
「だ‥だって。ずっと女の人嫌いなんだって…そう思ってたのに。ロザリーが居たし…」
「…何度も申して居るが。彼女とはこのような関係ではないぞ?」
「‥うん。それは‥解ってる。けど…」
未来までは解らない…ぼんやりと思いながら、ソロがひっそり嘆息した。
「…お前と出会う前は、男女問わず気が乗れば、相手にしたがな。だが‥‥‥
幾度も夜を過ごしたのは、ソロ‥お前だけだ。」
「…そう‥なの?」
「ああ。更に加えれば、お前を抱いてからは、女に興が乗らなくなってな…」
「ふ‥ふ〜ん…」
「質問は終わりか?」
返答に困った様子のソロに、にんまりとピサロが訊ねた。
「ん〜」とソロが彼の胸の上に当てた指で弧を描く。
「‥えっとね。以前はね[共有]はごめんだって言ってたのに。
‥今はね、…よくなったの?」
「…あの神官か。‥仕方あるまい。手放せぬのだろう、お前は?」
緩々と髪を梳いてくる感触を心地よく思いながら、ソロはコクンと頷いた。
「…それでも。お前を欲しいと‥そう思ったのだ。ならば…妥協するのは私だろう?
保護者付きでも構わん…今はな。」
「‥‥もし。」
ぽつん‥と声のトーンを落とし、ソロが口を開いた。
縋るような瞳がピサロへと向けられる。だが…
「…ううん。やっぱ‥いい。…そろそろ、帰ろうか。」
視線を落とすと腕を着いて、ソロは躰を起こした。
そのまま月光を反射し輝いている水面へ、躊躇いなく飛び込む。
「…ピサロ。ちょっと冷たいけど、気持ちいいよ。一緒に入ろう?」
全身ずぶ濡れになったソロが大きく手を振り呼びかけた。
誘われたピサロが腰を浮かすと、彼の隣へ飛び込む。
間近で飛沫が上がったせいで、ソロは頭からそれを被ってしまった。
「うわ…っ。もうちょっと場所選んで入ってよ?」
「選んだぞ、しっかりな。」
抗議するソロの肩に腕を回し、ピサロがニヤリと意地悪く笑んだ。
確信犯と知るソロが呆れ返った様子でぽかんとそれを凝視する。
「も…な‥っん‥ふ‥‥‥」
文句の1つでも返そうと口を開きかけた彼の唇が塞がれた。
冷たい水は浸かる躰を冷やしていくのに。頬が紅潮し、鼓動が速まる。
「‥それだけ余力があるのなら。もう少し相手を願いたいのだがな…?」
色めいた声音を耳に落とし、ピサロがソロを抱き寄せた。
悪戯な指先が腰から下って双丘の狭間へと伸びる。意図を持った手先は、芯に熱を点火す
よう敏感な場所を辿っていった。
「…も。さっき‥まで、散々‥したの‥に…っ。」
「では‥帰るか…?」
熱い吐息交じりに異議を申し立てるソロに、魔王がほくそ笑む。
「…ちゃんと、責任‥取ってよ…」
蟠ってしまった熱に負けて。ソロがきゅっと彼の背に手を回した。
「了解した。」
結局。かなり限界まで貪られてしまったソロは、翌日‥ほとんど回復したクリフトの隣の
ベッドで、半日くったり過ごす羽目となったのだが…。
その詳細は同室のメンバーのみが知る所で。
目一杯我がままに魔王を使うソロが在った事も。やけに上機嫌に1日を過ごした魔王の事
も、唯一の目撃者の胸中に仕舞われた。
エンドール滞在最後の1日は、ゆったりと過ぎて行った――
2006/5/11
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