「今日も暑くなりそうだねえ‥」
朝食を食べる手を止めて、ソロが濃い陰を落とす窓の外の風景を眺め、嘆息混じりにこぼした。
「そうですね。町に比べれば随分過ごしやすいとは思いますけど。
日差しは大分強くなって来ましたからねえ‥」
ソロの向かい席に座るクリフトが、うんざり口調の彼に小さく微笑んだ。
「ソロ。今日は町へ買い出しに行こうと思っているのですが。
良かったら、ソロも一緒にどうですか?」
「町へ? うう~ん‥」
考える仕草のソロをクリフトは慎重に見守った。
シンシアを弔った後、山奥の村へ残ったのはクリフトだけで。
ソロが幾分落ち着いた頃からは、日中サントハイムへ通う日々が続いて。
それもやっとひと段落したその日。
あれからあまり村を離れたがらないでいるソロを、クリフトは買い物に誘ってみたのだった。
「うん、そうだね。オレも欲しいものがあるし。いいよ。」
しばらく考えていたソロだったが、意外にあっさりと同行する事に同意した。
「そうと決まったら、食事をさっさと済ませて仕度しないとね。」
「お待たせ、クリフト。じゃ、行こうか。」
妙に気合い入ったソロが、着替えを済ませて、戸口で待っていたクリフトの元へやって来た。
「え‥っと、ソロ?
エンドールはここより暑いと思うのですけど。
その格好で行くんですか?」
旅をしていた頃の衣装にマントまで羽織った姿で現れた彼に、クリフトは困惑した様子で確認した。
「旅の間はずっとこれだったし。大丈夫だよ。」
「そう‥ですか? 無理はしないで下さいね?」
「大丈夫だって。じゃあ、出発しようか。」
ソロは心配性のクリフトに笑って返すと、早速移動呪文を唱えた。
「到着~。うん、大分着地安定したよね。」
エンドールの街の入り口にすっと降り立つと、ソロが得意げに微笑んだ。
「そうですね。魔力が戻った頃は、少々手荒くなってましたものねえ‥」
サントハイムからの帰りは、ソロの移動呪文の世話になる事も多かったので。魔力の安定に伴って取り巻く風が静かに変化して行く事を知ったクリフトだ。
「あ‥はは。着地点も結構ズレたりしたし、着地自体も乱暴だったよね。面目ない‥」
「いえいえ。それでも、ソロの迎えがあったから、私も通う事を決められたのですし。感謝してますよ。」
大通りへと歩き出したソロと並んで歩くクリフトがふわりと微笑む。
「‥‥クリフトはさ。本当に良かったの?」
「何がですか?」
「うん…だってさ。サントハイムの人達、クリフトの事必要なんだなって。それなのに…」
「元々旅の後、国が落ち着いたら暇を申し出るつもりでしたから。ソロが気にする事ないんですよ。」
「そうなの…?」
「あ、ソロ。この店に寄って良いですか?」
調味料類の並んだ店の入り口で足を止めたクリフトが、ソロへと声をかけた。
「あ、うん。じゃ、オレはそこで待ってるね。」
狭い店内を占領するのも邪魔かも知れないと、ソロは近くのベンチを指した。
「ええ。それじゃ、ちょっと待っていて下さいね。」
店の扉をくぐる姿を見送って、ソロは数歩離れた街路樹の元にあるベンチへと向かった。
「ふう。やっぱり少し暑いかなあ‥」
木陰に入ると若干過ごしやすくは思えるが。村では薄手のシャツ一枚で暮らしていた事もあって。久しぶりの装束は季節的に不似合いだったと痛感する。
「旅をしていた頃は、平気だったと思うんだけどなあ‥」
移動呪文で拠点を移すと、大きく気温が変わる事もしばしばあった。けれど、ここまで負担は感じなかったなと独りごちた。
「何が平気だったんですか?」
「あ、クリフト。お帰り。早かったね。」
小さな紙包みを手に戻って来たクリフトが、首を傾げさせた。
「ああ、うん。やっぱり今日は暑いなって‥」
「買い物の前に、トルネコさんの所へ寄って、この上着脱いでしまいましょうか?」
顔を上げて視線を寄越すソロに微苦笑して、クリフトがそう提案した。
「う‥ん、でも‥‥」
「このマントはそのままで構いませんから。ね?」
「‥分かった。でも、変だったらちゃんと言ってよ?」
コクンと不承不承頷くと、ソロはゆっくり立ち上がった。
のろのろと、トルネコの店へと歩き出したソロの背を見つめ、クリフトはそっと溜息を落とした。
村では割と無防備で過ごしているが、やはり背の翼の存在が、ソロには未だに負担なのだろう。
「やあ、トルネコ。久しぶりだね。」
「おや。お二人揃って顔を出してくれるなんて、珍しい。」
店の入り口の目立つスペースに、何やら商品を並べていたトルネコに、ソロは明るく声をかけた。
共に旅をしていた頃と変わらぬ笑顔で迎える彼に、自然とソロも顔を綻ばせる。
「クリフトが買い出しに行こうって、誘ってくれたんだ。
久しぶりに街へ来たら、人の多さに圧倒されちゃった。」
「大通りはいつでも賑わってますからねえ‥
所でソロ。その格好暑くありませんか?」
微妙に茹だって見える彼を気遣うように、トルネコが訊ねた。
「うん、暑い‥」
「なので、ちょっと上着脱がせてやりたいと思いまして。
突然で申し訳ないのですけど、着替えの為に部屋をお貸りしてよろしいですか?」
立ち止まった場所で、強い日差しに晒されて、ますますしんどそうなソロに代わって、クリフトが説明をした。
「ああ、お安いご用ですよ。ささ、こちらに。」
裏口に回って、住居スペースへと案内された2人は、そのまま客間に通された。
「今何か飲み物持って来ますので。ソロはとにかく、涼しくしてて下さいね。」
トルネコはそう告げると、部屋の扉を閉めた。
階下へと向かう足音が遠退くのを聴きながら、マントを外したソロが、ベルトに手をかける。
上着をまとめて脱ぎ去ると、ベッド端に腰を下ろした。
「ふう‥暑かった~」
「これで汗を拭いて下さい、ソロ。」
カバンの中から手拭いを取り出したクリフトが、気怠げに息を吐いた彼に差し出した。
「ありがとう、クリフト。」
「そのシャツも着替えた方が良さそうですねえ‥」
汗で肌に張りついたタンクトップを見て、クリフトが嘆息する。
「‥でもさ。オレ着替えなんて持って来てないよ?」
とりあえずは蒸し上がりそうな上着を脱いだソロだったが。
一息つくと、このままだと買い物の続きが不可能ではと気づき、眉を寄せた所で、ノックが届いた。
「ソロ、大丈夫ですか?」
「あ、うん。いいよ、どうぞ。」
扉越しに聞こえたトルネコの声に、ソロが応えた。
盆を片手に戻って来たトルネコが、部屋の奥にある机へ置くと、運んで来た飲み物の入ったグラスをそれぞれに差し出した。
「ありがとう、トルネコ。」
「ありがとうございます。」
氷の浮かんだ冷たい飲み物に、早速口をつけたソロが、コクコクと喉を鳴らす。
「これ、紅茶とは違うよね。なんか甘くて美味しい‥」
「本当ですね。」
「珍しいお茶が入ったと、先日仲間が知らせてくれましてね。
特に甘味入れてないのですが、甘いでしょう?」
「うん。オレ、こういうの好きかも‥」
にっこり顔を綻ばせて、ソロはそのままコクコク飲み干した。
「ごちそうさま。なんかやっと一息ついたよ。ありがとう。」
そう言ってグラスを盆に戻すと、自分の姿を省みて、困った顔を浮かべた。
「ああ、そうそう。先日今の季節にも合う旅人の服が入荷しましてね。ちょっと、持って来ましょうか?」
ポンと拳を打って、イソイソと部屋を出て行った。
残された2人が顔を見合わせる。
「え‥と。オレ‥小遣い程度にしか持ち合わせがないんだけど。
ってか。オレうっかりしてたけど。ごめん、今までの買い物とか、どうしてたの?」
申し訳ないと頭を下げながら、ソロがクリフトに確認する。
「ああ、それでしたら問題ありませんよ。
ソロの村へ最初に訪れる前に、ピサロさんがいらしたのだと話したでしょう?
その時に少し纏まった額を預かったので。それに‥‥」
「やあやあ、お待たせしました。」
ノックの後に開いたドアから、トルネコが入って来た。
「おや。どうかしましたか?」
「ああ、丁度良かった。実はソロに銀行の話をまだしてなかったので。その説明をしようかと思ってた所なんですよ。」
「ああ、そうだったのですね。本当は私の方から出向いて説明するべきだったのですが‥」
「銀行?」
ソロがきょとんと首を傾げさせた。
「ええ。旅の後にね、パーティの財産を一度纏めて、等分したんですよ。それで、他の皆さんの分は、それぞれお届けしたのですけど。ソロの分は、落ち着いてからお知らせに上がろうと思っているうちにズルズルと‥」
「そうだったんだ。そういうの、全部トルネコに任せてしまってたんだね。ごめんね、気づかなくてさ。」
「いえいえ。元々私が任されてた事ですし。
それでですね、一応ソロの分は銀行に預けてあるので。入り用な時に役立てて下さいね。」
「ありがとう、トルネコ。今ね、装備買うお金ないから、どうしようかと思ってた所だったんだ。」
「ああ、成る程。まあ、これは普通の服とあまり変わらず提供している品ですし。いかがですかね?」
そう言って、トルネコはソロに持って来た服を差し出した。
藍色のプルオーバーで、Vネックのラインと袖周辺に鮮やかな刺繍の入ったゆったりした衣装は、生地も薄くて軽かった。
「うう~ん‥これ、薄くない?」
「一応中心部分は生地が重ねられてますから、大丈夫だと思いますけど‥」
「ああ。良かったら、これを併せて下さい。」
トルネコがインナー代わりに持って来たシャツを差し出した。
プルオーバーよりも濃いめの紺のシャツは、風通しの良いしっかりした素材で作られているようだったので。ソロは汗で濡れたシャツを脱いで、袖なしのシャツに着替えた。
「‥どう、かな?」
続いてプルオーバーに袖を通すと、背中を気にする仕草で、クリフト達に意見を仰いだ。
「大丈夫ですよ。知らない人にはまず、気づかれないでしょう。」
「はい。クリフトさんの仰る通り。見た目は問題ありません。」
「そう、かな? 本当に変じゃない?」
更に念を押すソロに、2人が自信満々の笑みで応えた。
「そう? じゃ、これにする。涼しいし。」
厚手の服をもう一度着込む気にはなれなくて。ソロはその服の購入を決断した。
銀行で必要分を下ろして代金を支払うと、トルネコに感謝を、奥さんのネネに挨拶を伝えて、ソロ達はトルネコの店を後にした。
「ふふ‥なんか不思議な感じ。」
買い物の続きをと並んで通りを歩いていると、ソロがくすくす笑い出した。
「クリフトも今日は神官の服じゃないから。こうして普通の服で街を並んで歩いているのがさ。なんか、特別っぽいというか。本当に旅は終わったんだなっていうか‥‥」
一生懸命言葉を探して、今の心境を表現しようとしているソロに、クリフトがふわりと微笑む。
「そう言えば、そうですね。サントハイムに迎えに来て下さる時は、お互いいつもの格好でしたし。こうして街を歩くのは、あまりなかったですものね。」
「そうだね‥」
旅の後、故郷へ戻ったソロは、そこでシンシアと再会を果たす事となった。
だが喜びも束の間、彼女に残された時間がとても短いと知り、ソロは彼女に残された時間を少しでも多く豊かに過ごせるようにと、心を砕いた。
ふとその頃を過ぎらせて。ソロが真っ青な空へと振り仰いだ。
季節はあの頃から一つ移った夏。
まだぽっかりした寂しさはあるけれど。
クリフトと2人で暮らして、時折ピサロも訪なってくれる日々はとても穏やかに思えた。
けれど‥
「先にクリフトの買い物済ませてしまおうか。元々オレのはオマケみたいなもんだしさ。」
立ち止まった彼の様子を伺うように視線を寄越したクリフトに、ソロは不器用に笑んだ。
「そんな事は気にせず、効率良く回った方が早いですよ。」
彼女の事を思い出すと、まだ表情が強ばるのを知っているクリフトがそう柔らかく返すと、手近な店から用件を済まそうと歩きだした。
「ふう。随分大荷物になったね。」
一通りの買い物を済ませると、結構な量の荷物になってしまった。大きな袋にまとめて肩から下げるだけでなく、両手でも荷物を抱えて。2人は昼食を摂ろうかと、大通りにあるパスタの店へ向かって歩いていた。
「すっかり遅くなってしまいましたね。ソロもお腹空いたでしょう?」
「ん~そうでもないよ?
でも、折角エンドール来たんだもん。美味しいもの食べたいよね。」
そうワクワク顔で返して、ソロは足を早めさせた。
細い路地を曲がって、次の角を曲がれば大通りに抜けた筈‥と、大荷物を抱えたソロが、一足先に角を曲がる。
ずっと建物の陰になってた小道の先は、日差しが燦々と降り注ぐ、蜃気楼でも見えそうな熱された石畳が待っていた。
「うわ‥暑いな‥」
丁度天辺まで登った太陽が、ぎらぎら輝き熱を振りまく。
さっきまでの日陰との温度差に、ソロはじんわり汗が滲むのを思った。
「本当に。やはり日向に出ると暑いですね。」
あまり風もないせいか、熱気がこもっているようにも感じられて、クリフトはうんざりと嘆息した。
「大通りまで出れば、木陰もあると思いますから、さっさと抜けてしまいましょう。ソロ?」
追いついたクリフトがそう声をかけて促したが、重くなったソロの足取りは、更に不安定に揺らいで、数歩先で膝を折ってしまった。
「ソロ!」
「ごめん、なんか急に気分が‥‥」
それだけ告げるのもやっとだったようで、ソロはそのまま身体を傾がせて、石畳の上に倒れ込んだ。
「ソロ‥!」
荷物を放り出したクリフトが、ぐったりするソロの前で膝を付いた。
「あれ‥? もしかして、ソロ兄ちゃん?」
ソロの容態を確認しようと手を伸ばしたクリフトの背に、少年の声が届いた。
チラッと見えた珍しい髪の色に誘われて、その姿を確認しようと横道に入って近づくと、ぐらりと身体を傾がせビックリしたのと同時に、知った名が耳に届いた。
孤児を預かる教会で暮らすロイドは、以前ソロ達が町中で倒れていた所を助けた少年レオンと最も仲の良い少年で。流行病騒動では、自身も薬の世話になった事もあって。ロイドにとってもソロ達は大恩人だった。
そんな大恩人の一大事に居合わせたのも運命と、ロイドは倒れたソロを抱くクリフトを教会へと案内した。
取り次いだシスターに来客用の部屋へと案内されたクリフトは、早速ソロをベッドに横たわらせた。
「兄ちゃん、荷物はここに置くからね。」
シスターに部屋を出るよう促されたロイドが、運んだ荷物を壁際に置く。
「ありがとう、ロイド。」
「では水を用意して来ますので。他に必要なものがあれば、仰って下さいね。」
「ありがとうございます。」
ロイドとシスターにも礼を伝え、退出する2人を見送った。
「ふう‥」
扉が閉まると、クリフトはベッド側に移動し、ぐったりと横たわるソロの様子を眺めた。
恐らく暑さにやられたのだろうと判断したが、身体に熱が籠もっていたようなのが、気になった。
汗で張りついた翠髪を掻きあげて、額に手のひらを宛がう。発熱している様子はないと、安堵するが、呼吸はまだ苦しげだ。
ベルトを外して、ブーツを脱がして‥と衣服を緩めていると、ノックが届いた。
「はい。あ、ありがとうございます。」
扉を開けると、ロイドが盆に水差しと盥を乗せて待っていた。クリフトが彼から盆を受け取って、ベッド横の机へ運ぶ。ロイドもそのまま部屋の中へ入ると、腕に乗せてた手拭いとタオルをクリフトへと渡した。
「こっちは汗を拭くのに使って下さいって、シスターが。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「ソロ兄ちゃん、大丈夫?」
「涼しい所でしっかり休めば、回復すると思いますよ。」
心配顔でソロの様子を眺める少年に、クリフトが微笑んだ。
「オレにも何か手伝える事ある?」
「そうですね‥あ。でしたら‥‥」
好意を無碍にするのも申し訳ないので、クリフトはおつかいを頼む事にした。ついでに、ここにソロが居る事は、他の子供達には内密にするよう伝える。
不思議そうな顔を浮かべるロイドだったが、静かに休ませたいのだと言うと、納得した。
「そうだね。兄ちゃん達が来てると分かったら、大騒ぎだもんね。じゃ、おつかい行って来るよ。」
はりきり顔で部屋を後にしたロイドを見送って。クリフトはソロの元へと戻り、先程の続きを再開させた。
マントと上着を脱がせて、少し迷ったが、汗で湿ったシャツも脱がせる事にした。ゆったりサイズのシャツも、汗で身体に張りついていると、思うように脱がせるのが難しい。どうにか布をたくし上げて、背中の翼がぴょこんと解放されると、バサっと小さな翼が開いた。
「ん‥」
はーっと、大きく息を吐き出して、ぼんやりソロは瞳を開いた。
「ソロ。‥気分はいかがですか?」
ほうっと安堵に口元を和らげたクリフトが、ソロの様子を確認しながら訊ねた。
「ん‥あれ? オレ‥どうしたんだっけ?」
「エンドールで買い物中に倒れたんですよ。」
まだぼんやりしているソロに、クリフトが説明する。
「そ‥っか。なんだか急に背中が熱くなって、そしたらグルグル目が回って‥‥」
「今はいかがですか?」
「まだ、グルグルしてるかも‥」
「やはり、このまましばらく休んだ方が良さそうですね。
汗を拭いて差し上げますから、先程買った肌着に着替えて、ベッドで少し眠って下さい。」
そう言って、ソロをベッドヘッドに寄りかからせて、クリフトは濡らした手拭いを用意しに、ソロから離れた。
「お待たせしました。まずは、このシャツを脱いでしまいましょうね。」
ぐったりした様子の彼を気遣うよう着替えを手伝う。
だるそうではあったが、意識がある分先程よりも脱衣もスムーズに進んで。濡れた手拭いで汗ばんだ身体を丁寧に拭いた。
「では、着替えを出して来ますね。」
肌の露出した上半身を拭き終えて。クリフトはタオルをソロの肩にかけてやると、買い物袋の置かれた部屋の入り口へと移動した。
薄くて乾きが早そうな生地の部屋着と肌着を一式揃えたばかりだったので。クリフトは荷の中から、肌着を取り出して、ソロに着せると、ベッドに横になるよう促した。
身体を横にするとすぐ、静かな寝息が始まったソロに、クリフトが小さく息を吐く。
先程までとは違って、落ち着いた呼吸で眠る姿にホッとした。
このまま休息を取れば、回復するだろう。
トントン‥
眠るソロの側で付き添っていたクリフトは、ノックに応えるよう戸口に向かった。
「すみませんクリフトさん。教会の前で馬車の事故がありまして‥」
「怪我人ですか?」
「はい、そうです。診て頂いてもよろしいでしょうか?」
やって来たシスターが、遠慮がちに申し出た。
「分かりました。準備してすぐに向かいます。」
そう返して、扉を閉めると机に置いてあった小さな鞄を身につけて、静かな寝息を立てているソロの様子をもう一度確認した。
「すぐ戻って参ります‥」
そう小さく伝えて、タオルを背中にかけ直す。
少々心配ではあったが、怪我人を放置する訳にも行かないので、クリフトは部屋を後にした。
クリフトが客間を出たすぐ後で、正面口とは逆方向にある勝手口を通って、買い物を頼まれていたロイドが戻った。
トントン‥トントン。
何度かノックを試みたロイドだったが。いつまで待っても応えがなくて。少年は逡巡しつつ、そっと扉を開いた。
「クリフト兄ちゃん? あれえ‥いないの?」
静かな室内に彼の姿は見当たらず、ロイドは小首を傾げさせた。
部屋の奥にあるベッドには、ソロが横たわっているのが見えて。ロイドは静かに室内へと足を踏み入れると、そろそろと彼の元へ近づいた。
静かに眠る姿は、倒れた時のような険しい表情と違って穏やかに見える。
(やっぱり似てるなあ‥)
逡巡しつつもソロの近くまでやって来たロイドが、よく眠っている様子の彼の顔を覗き込んで、ほうと溜息を落とした。
教会に古くからあるタペストリーに、神話の一場面が描かれた物がある。祭壇横の壁に飾られたそれは、子供達にとって特に気を引く存在ではなかったのだが。柔らかな光に包まれた天使の姿が、教会が大変だった時に尽力してくれた冒険者‥ソロに似ていると幼い少女が呟いた。それがきっかけとなり、注目を集め、似てると同調する者、似てないと否定する者がほぼ半々。ロイドは似てる派だったので。間近でソロの寝顔を眺めながら、うんうんと納得顔で頷く。
サラサラな翠の髪も。今は見えないけど、蒼い瞳も。女性にも見えそうな優しい面差しも‥タペストリーの天使を彷彿とさせた。
こんなに間近でじっくりと眺めてたなんて、レオンに自慢したら羨ましがられるだろうな‥そんな優越感を覚えながら、ロイドは口元を緩める。
笑い声が漏れそうになったその時、部屋に近づく足音にハッとした。
カチャリ‥
部屋に戻って来たクリフトが、扉を閉めると真っ直ぐベッドで眠るソロの元へと向かった。
「‥特に変わりはないようですね。」
ほう‥と安堵の吐息をこぼすクリフトが、ふと机の上の包みに気づいた。
「おや‥。ロイドが届けてくれたのでしょうか?」
彼に頼んだ買い物が届けられているのを確認して、ソロの様子を再度確認する。
自分が出て行った時とほぼ変わらぬ姿勢で眠るソロ。肩と背を覆ったタオルも、そのまま変化は見られない。
「う‥ん。‥‥クリフト?」
タオルがズレる気配に、ソロが目を覚ました。
「あ‥起こしてしまいましたか?」
肩が出ているのを直そうとしていたクリフトが、すまなそうに話しかける。
「‥ノド渇いた。」
半分寝ぼけた様子で目をこすりながら、ソロは上体を起こした。
「今用意しますね。」
そう返すと、クリフトは机の上にある包みを開けてグラスに塊を幾つか入れた。
「ここ‥どこ?」
タオルを肩から羽織り直しながら、見慣れない部屋に居る事に気づいたソロが訊ねた。
「ああ。教会ですよ。ソロが倒れた時、ロイドが助けてくれましてね‥」
グラスを持って戻って来たクリフトが、ソロに差し出した。
「この氷も、彼が買って来てくれたものなんですよ。」
グラスにたっぷり注がれた水を受け取ったソロは、コクコクとそれを飲み干した。程良く冷えた水に、やっと一息ついた様子で、ソロが大きく息を吐き出す。
「ありがとうクリフト。そっか‥ロイドか。えっと‥確か、レオンと仲良い子だったよね?」
ソロがうんうんと納得するよう頷いた。
「そうですね。それが何か?」
「うん。ロイドはどうして隠れているのかなって。」
ふふ‥とソロが笑うと、ガンと何かがぶつかる音が響いた。
「‥おや。本当だ。」
音がしたベッドの下を覗き込んだクリフトは、ベッドの板に頭を打ったらしい少年と目が合い苦笑した。
「大丈夫ですか?」
ベッド下から出て来た少年に、クリフトが柔らかく訊ねる。
「‥ごめんなさい。」
勝手に部屋に入った事と隠れてしまった事への気まずさから、俯きがちにロイドはそれだけ口にした。
「お使い物を届けてくれたのでしょう?」
こっくり頷く少年に、クリフトは笑顔を見せた。
「ありがとうございました。こんなに早く戻って来ると思わなかったので、部屋を留守にしてて申し訳なかったですね。」
「え‥クリフトどこかに行ってたの?」
今度はソロが意外とばかりに訊ねた。
「ええ。先程教会前でちょっと事故がありまして。怪我人が出たので、治療に呼ばれて‥」
「そうだったんだ。それで怪我人は?」
「ええ。見た目程深い傷でもなかったので、大事には至りませんでしたよ。」
「そっか。良かったね。」
「ソロ兄ちゃんは? もう平気? 苦しくない?」
ホッとしたよう口元を綻ばせた彼に、ロイドが真剣な顔で訊ねた。
「あ‥うん。もう大丈夫だよ。倒れた時に助けてくれたんだって? ありがとうね、ロイド。」
「た‥たまたま近くに居たからっ。」
よしよしと頭を撫でると、ロイドはかあっと頬を赤らめた。眠っている時もドキドキしたけれど。吸い込まれそうな蒼い瞳が間近にあると、酷く落ち着かない。
「あ、あの‥オレ、シスターにソロ兄ちゃんが起きた事知らせて来るよ。心配してると思うから。」
そう、どうにか伝えて。少年はくるっと踵を返して部屋を退出してしまった。
「オレ、何か変な事した?」
騒々しく閉まった扉を眺めて、ソロがぽつんと呟く。
「ああ‥いえ。それよりよく気が付きましたね?」
自分とソロの対応への違いに微苦笑して、クリフトが先程の件を感心したように話した。
「うん。なんとなく、あれ‥?と思ってたんだ。
最初は気のせいかな‥と思ったんだけど。なんかの気配が側にあるなあって。」
「私は全く気づかなかったので。正直肝を冷やしましたよ。」
ベッド端に腰を下ろして、クリフトが疲れた様子でこぼす。
「あはは。うん、オレも結構ハラハラした。」
ロイドの様子から、翼の件は気づかれてないと判断して、2人はホッと胸をなで下ろすのだった。
トルネコの所で購入した旅人の服を着込んで、ベッドから降りようとしたタイミングで、客間にノックが届いた。
戸口に向かったクリフトが扉を開けると、シスターとロザリー、その後ろにロイドの姿もあった。
3人を招き入れると、シスターが昼食を準備してくれている事を伝えられ、ロザリーからはピサロが夕刻迎えに来る旨連絡があったと知らされた。
「え‥ピサロが?」
「はい。すみません、クリフトさんからは大事ないと伺ってたのですけど。
一応連絡をと‥そうしたら、そうお返事が‥」
申し訳なさそうに伝えるロザリーに、ソロが諦め顔で頷く。
「そうですね。まあ、もうしばらく休息取った方が良いのは確かですし、ピサロさんが迎えに来て下さるなら待たせて頂きましょう、ソロ。」
ポンと肩に手を乗せて、クリフトも残る事に賛同した。
それを聞いたシスターとロザリーも歓迎するよう笑顔を浮かべる。
「それでは、お言葉に甘えて、もうしばらくご厄介をおかけします。」
結局暇を申し出るはずが、ここで迎えを待つ事が決まって。準備をしているという食事は食堂へ向かう事で話が纏まったので、訪問者は退出した。ロイドは残りたがって居たが、ロザリーが手伝いを頼む形で一緒に連れて行ってくれたので。とりあえず部屋にはソロとクリフトだけとなった。
「はあ‥。なんか色々と面倒かけちゃっているみたいで、申し訳ないな‥。その上ピサロまで‥」
「まあまあ。魔王さんが来てくれるなら、荷物持ちに丁度良いじゃありませんか。」
ソロの様子次第では、トルネコの家に半分預けて帰る事も考えていたクリフトが、一安心と鷹揚に頷いた。
「ああ。確かにちょっと買い過ぎちゃったよね‥」
戸口の脇の壁際に置かれた荷を見て、ソロが呆れを滲ませ微苦笑した。
「あ、そうだ。こんなゆっくりしてる場合じゃなかった。」
ソロは思い出したように言うと、立ち上がった。
「食堂行くのに、これはおかしいよね?」
言って、ソロは羽織った白いマントを指した。
「ああ‥そうですね。外しても全く問題ないですよ?」
「うう~ん。でもさ‥」
ソロは倒れた時に身につけていたプルオーバーの下に着ていたシャツを手に取った。
ハンガーにかけてあったシャツは、まだ少し湿ってはいたが、プルオーバーの下が薄い肌着だけなのは不安が残るので。結局それもちゃんと着る事にした。
「暑くはありませんか?」
一連の動作を黙って見守ったクリフトが、確認する。
「うん。しっかりした生地の割に風通すから、あれより全然楽だよ。」
エンドールへ到着した時に着ていた旅の装束よりもずっと快適だと、ソロはきっぱり言い切った。
「本当に大丈夫だってば。ここは外よりも過ごしやすいし。」
まだ心配顔を崩さないクリフトに、ソロが問題ないと説明する。
「‥気分悪くなりそうでしたら、早めに仰って下さいね?」
「うん。ありがとう、クリフト。」
「食事の準備が整いましたって、シスターが。」
ややあって。再びやって来たのはロイドだった。
シスターの伝言をとやって来た彼は、まずその用件を伝えると、逡巡するよう戸口に立つクリフトと奥に居るソロへと目線をそわそわ動かした。
「あ、あのね。兄ちゃん達が来てる事、すぐにみんなにバレちゃうと思うんだけど。オレからも話して平気?」
「ああ。ええもう大丈夫ですよ。ロイドのおかげでソロもゆっくり休める事が出来ました。ありがとうございます。」
「ふふっ。兄ちゃん達が来てる事知ったら、みんなビックリするぞ~!」
ガッツポーズで喜んだ少年は、善は急げと食堂とは反対の子供部屋のある方向へと走って行ってしまった。
「そっか‥みんなに内緒にしててくれてたんだ。」
嬉しそうに走り去る後ろ姿を見送って、ソロがぽつんとこぼす。
「ええ。その方がゆっくり休めるかと思ったので。」
「うん。しっかり休めたよ。ありがとね、クリフト。」
隣に立つクリフトに寄り添って、いつも色々気配ってくれる彼に改めて感謝の念を深めるソロだった。
「あ~本当だ! ソロ兄ちゃんがいる!」
食堂で用意されていた食事を済ませた頃。おやつの時間になった事もあって、子供達が続々と集まって来た。
食堂へ通じる扉の前がにぎやかになって来たのは聞こえていたけれど。その扉が開放された途端、ドッと入って来た子供達はソロとクリフトの姿を確認して嬉しそうにはしゃいだ。
「やあ。こんにちは。みんな元気そうだね。」
食堂へやって来たのは、教会で暮らす子供達の中でも小さい子ばかりの5人。ロイドよりも年少の、幼児中心の集団は、きゃっきゃと珍しいお客さまの2人の側へ集まった。
「こんにちは。いらっちゃいませ。」
「にいちゃん。いたいのなおった?」
ソロの側へやって来ると、おしゃまな挨拶と小首を傾げた問いかけが届いた。
「うん。治ったよ。ありがとうね。」
側に来た子供達の頭をぽんぽん撫でて、それぞれに笑いかけると、満足したのか自分の席へとぽよぽよ向かった。
クリフトの元へも2人向かって、同じように撫でて貰って。遅れてモジモジと近づいて来た男の子も、ソロが笑いかけるとおずおずやって来て、他の子同様頭を撫でて貰って満足したようだった。
一同が着席すると、それを見計らったように盆を持ったシスター達が入って来る。
「さあさ。今日のおやつはお客さまと一緒に頂きましょうね。」
クッキーを数枚とカットされた果物が乗った小皿に、飲み物の入ったコップがそれぞれの席に配られた。
小さな子供達の間に、盆を持ってやって来たロイド達が着席し、お祈りが始まる。
「頂きます」の大合唱を合図に、子供達は目の前に並ぶおやつを食べ始めた。
「オレ達までご馳走になっちゃって、良いのかな?」
子供達の分を削ってしまったような気がして、ソロが斜め前に座るロザリーに声をかけた。
「ええ。このクッキーは、この子達と一緒に焼いたものなので。是非味見をしてあげて下さいな。」
彼女の隣に座る、ロイドより少し上に見える少女2人が照れた様子で頷いた。
「そっかあ。こんな立派なお菓子作れるなんて、すごいね!」
そう言うと、ソロは早速クッキーを一口かじった。
「うん。美味しい! すごく美味しいよ。」
サクッと口の中で解けるクッキーは、お世辞なしで美味しかった。にこにこ頬張る姿を、少女達も嬉しそうに見守る。
「ねー! ねえたんのクッキー、みうもすきなのー」
少女の隣に座る小さな女の子がソロに相槌をうった。
小さな手には大きく見えるクッキーを、小さな口に運んでもぐもぐ頬張る姿が愛らしい。
自然と笑みを誘われる大人達に、子供達も笑顔を浮かべる。
静かな生活にも随分慣れたけれど。こういった空気も良いものだなあと、ソロは目を細めさせた。
おやつが終わると、子供達に引っ張られて。ソロとクリフトは礼拝堂の方へと連れて来られた。
「見せたいものって、なんだい?」
目当ての場所に着いたのか、子供達は祭壇横の壁で立ち止まった。
「これね。みうがみつけたんだー」
誇らしげに言って、幼女が壁に飾られたタペストリーを指した。
「これこれ。ソロ兄ちゃんにそっくりなんだよ。」
ロイドがそのタペストリーの脇に居る人影を指さした。
「これって‥‥」
「天使さまだよ。なんかう~んと昔の神話の絵なんだって。この黒い影が悪魔でね、天使さまが賢者達と一緒に追い払ったんだってさ。」
天空人のように見える人物を示されて、ソロが反応に途惑っていると、レオンが説明した。
「ああ。この世界の始まりの神話の一節ですね。」
「オレに‥似てる?」
「ほら、髪と目が同じでしょ。」
「そっくりだよ。」
途惑うソロに、無邪気に笑う子供達が頷く。
「ああ‥髪と目の色か。」
確かに描かれた天空人は、自分と同じような髪と瞳の色をしていた。
「うん。翼があったら、本物の天使さまじゃないかと思うね、絶対。」
こうして直接見比べてみて、やはりよく似ていると確信したロイドが、きっぱり言い切った。
「‥翼があったら、変だよ。きっと。」
「ええ~? 変じゃないよ。かっこいいよ、絶対。」
「だよな。翼いいよな。オレも欲しい。」
「天使の翼は、ソロさんだから似合うんじゃないの。」
ロイドとレオンが盛り上がっている横で、少女達が夢見心地で、うっとり呟く。
「あんた達には、雀の翼くらいが似合いだと思うわよ。」
「なんで雀なんだよ~。」
子供達のやり取りに、胸のつかえが軽くなった気がして、ソロがクスクス笑い出した。
「倒れたと聞いたが、元気そうだな?」
「ピサロ。」
礼拝堂の入り口に立つ彼の姿に、少女達と幼い子供達のテンションがわっと上がる。
ちびっ子数人が、一斉に駆け寄って、足下に纏わりついた。
「わあ。人気ですねえ、ピサロさん。」
「神官。眺めてないで、どうにかしろ。」
対応しきれないピサロがクリフトに助けを求める。
「頭撫でてあげたら、満足するんじゃないかな。」
何故かちびっ子からの人気が高いピサロに、ソロがにっこり助言した。
眉根を寄せつつ、彼の助言通りに子供達の頭をぽんぽん叩く。すると、羞恥みながらも満足そうに離れた。
「ピサロ様も、天使の翼似合いそう‥」
ソロの側で彼に見とれていた少女がほう‥と夢見心地で呟く。
「ええっ? ピサロ様なら、真っ黒い翼の方が絶対かっこいいよ!」
呟きを聞いていたレオンが断言する。
ここの子供達は、ロザリーの呼び方が定着したのか。ピサロ様と呼ぶ子が多い。彼の背に似合う翼の色で議論が始まった事で。ソロとロザリーはクスクス笑い出し、クリフトも抑えてはいたが、肩が笑ってるのは隠しきれていなかった。
しばらく苦い顔を浮かべていたピサロが、事の発端になったタペストリーについて聞かされたようで。それの前に移動すると、少女からの説明に耳を傾けた。
「成る程。確かに似ているかもな‥」
光を纏った姿に目を細めさせて頷くと、ピサロが傍らにやって来たソロを見つめた。
「そして。私は天使をさらう悪魔という訳だ‥」
スッと手を伸ばしたピサロが、そのままソロを横抱きにした。
「ち‥ちょっと。ピサロ‥」
「世話になったな。この礼はまた日を改めてしよう。」
彼を抱き上げたピサロは、それだけ伝えてスタスタ礼拝堂を後にした。
ぽかんとそれを見送る子供達に小さく会釈して、ロイドに感謝をもう一度伝えると、クリフトも彼らの後を追う。
ロザリーに後の事を託して。とりあえず、荷物がある客間へと向かった。
「もお~。強引なんだからっ。」
一足先に客間へ到着したピサロとソロ。室内へ入った所で彼の腕から逃れたソロが、むくれたように話した。
「ふん。あのまま付き合ってたら、お前の身が持たぬだろうが。昼間倒れたのだろう?」
「それは‥そうだけど。‥もう、大丈夫だもん。」
ソロが居心地悪そうに返すと、カチャリと静かに扉が開いた。
「あ、クリフト。」
「シスターにも暇を伝えて参りましたので。もう出立出来ますよ?」
「そっか。ありがとうクリフト。オレってば、なんかちゃんとお礼も言えないまま来ちゃったよ‥」
「今度元気な時にお礼持って伺わせて頂きましょう?」
ふわりと笑んだクリフトの提案に、ソロがこっくり頷いた。
「それじゃ。ピサロさん、これソロの分の荷物だったので。よろしくお願いしますね。」
彼ににっこり笑んだ後、扉の近くに寄せてあった荷物群を指し、クリフトはにこやかに頼んだ。
「‥こんなに買い込んだのか?」
思いがけない量に、ピサロが呆れを滲ませ、うんざり顔を浮かべたのだった。
「ただいま~」
大分陽が傾いてはいたが、どうにか明るいうちに村へ帰る事が出来て、ソロはふう~と伸びをした。
「じゃあ、ピサロ。悪いけど、それ家に運んでおいてね。」
村の入り口で、ソロはそう彼に告げると走り出した。
「えっ? おいっ!?」
移動呪文を発動させたばかりだったので、思わず対応に遅れたピサロが、ソロの背を見送る。
「ああ、すぐ戻りますよ。いつもの所ですから。」
クリフトはそう答えると、魔王を促し家へと歩き出した。
「‥倒れたと聞いたが?」
嘆息した後、彼に続いて歩き始めたピサロが低い声で訊ねた。
「ええ。暑さにやられたのだと思いますけど‥」
クリフトが経緯を順を追って説明した。
「‥そうか。先程見た限りでは、お前の見立て通りだとは思うが。あれにも詳しく聞くとしよう。」
ピサロは大きく息を吐いた後、そう言って到着した家の中へと上がり込んだ。
荷物を居間の方へと適当に置くと、そのまま戸口へと引き返す。
「おや、どちらへ?」
「ソロの迎えだ。」 承知って→わかって
承知っていながら聞いて来たような口振りに憮然と返して、ピサロはソロが居るだろう場所へ向かうのだった。
「何をして居るのだ?」
果たして。彼が向かった場所に、確かにソロはいたのだが‥何故か土まみれになっていた。
「あ‥ピサロ。‥うん、球根をね、植えてたの。」
彼女の墓の傍らを指して、ソロがしんみり話した。
「冬に咲く花なんだって。ここの花畑は、冬には寂しくなっちゃうから。出来れば一年中、何かの花が慰めてくれたらいいな‥って。そう思ってさ。花の種も色々買ったんだよ?」
「‥そうか。上手く育つと良いな‥」
「うん‥」
「それはそれとして。ソロ。」
優しい口調がガラリと変わって、ソロはビクっと肩を跳ねさせた。
「昼間倒れたばかりなのに、走るわ、泥だらけになるわ‥
家に戻る前に、風呂へ行くぞ。」
言って、荷物を担ぎあげるように彼を肩に乗せると、スタスタ歩き出した。
「ち‥ちょっとお。オレ、荷物扱いなの?」
「お姫様抱っこでも構わんが?」
「‥荷物でいいです。」
怒っているなあ‥色々と。そう感じたソロがひっそり嘆息する。自分を案じてくれているのは理解しているのだけど。心配が過ぎて叱られるというのも、なんか腑に落ちないと眉を顰めて、風呂場へと連行されたのだった。
温めの湯で汗と土を流して、脱衣場に備えてある着替えに袖を通す頃には、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
「ピサロは、今日はゆっくりして行けるの?」
帰り道をほとほと歩きながら、ソロは隣を歩く彼に訊ねた。
「ああ。その為に執務を済ませてから向かったのだ。」
「そっか。それにしても、ロザリーの連絡網にはびっくりだよ。あのなんとかって箱、本当に便利だねえ‥」
エビルプリーストの動向を探っていた際、便利に活用されていたのを思い出して、ソロが微苦笑した。
「ああ、確かにな。アドンが魔界から調達して来たらしいが。こちらが落ち着いたら、返却して来ると言ってたな。」
「ふうん。‥って。あれ? 魔界への道って、閉じてないの?」
てっきり、エビルプリーストを倒せた時点で、扉も閉ざされたとばかり思っていたソロが、慌てた様子で確認する。
「ああ。だが、門番の管理下に置かれているから、以前のような無分別な往来は制限されてるぞ?」
「そ‥そーなんだ?」
仕組みはよく理解出来ないけれど。多分、ちゃんと平和になっているんだよな?と。ソロは思わず空を仰いだ。
使命はちゃんと果たしたんだし。うん、大丈夫‥
「ソロ。どこへ行くんだ?」
家の前を通り過ぎて行きそうになった彼を、ピサロが呼び止めた。
「お帰りなさい。遅かったですね?」
帰宅すると、クリフトが炊事場の方から顔を出した。
「あ、うん。ごめんね、手伝えなくてさ。」
「お風呂入って来たんですね。逆上せませんでした?」
申し訳ないと謝るソロに首を振って、彼の顔色を確認するようそっと覗き込む。
「うん。土落として汗流しただけだから。ピサロったら、人の事荷物扱いして、風呂場に直行させられたんだよ。」
「ふん。倒れた後だと言うのに、土まみれになっているのが悪い。」
「ふふっ。まあまあ2人とも。とにかく奥で座っていて下さいな。もうじき食事も出来上がりますから。」
クリフトに追い立てられるように居間へ移動した2人は、ソファへと並んで腰を下ろした。
明かりの灯った室内は、比較的明るくなっているので、ピサロは隣に座るソロの状態を確認するよう顔をこちらへと向かせた。
「な‥に‥?」
「エンドールでは確認出来なかったからな。」
そう答えて、ピサロがソロの顔色を伺う。
「もう、なんともないよ?」
「しっかり診て頂いた方が良いですよ、ソロ。」
盆に飲み物を乗せてやって来たクリフトが、グラスをテーブルに置きつつ声をかけた。
結局、今日の経緯を細かく説明するソロに、足りない部分をクリフトが補って、ピサロに伝えられた。
「‥まあ。神官の見立て通り、暑さにやられたのだろうな。」
翼に相当熱が篭もっていたと聞いたピサロが、ソロの翼に触れながら、そう頷いた。
「旅してた頃は、もっと暑い所へも行ってもなんともなかったんだけどな‥」
「色々な要因はあるのだろうが。お前の場合、ここに熱が篭もっていた事と関係あるのだろうな‥」
今ソロが着ている服は、寝間着兼用の部屋着で。前後に深めのVラインが入った、ゆったり目の丈長シャツなので。
翼も比較的開放された状態で居られるのだが。出かけた際に着ていた馴染みの服は、がっちりガードされていたし、その後着替えた服も、背中はきっちり覆っていた。それが相当負担だったのだろう。
ここでは基本見知らぬ人間が立ち寄る事はまずないから、割と楽な格好で過ごしていたので。そこへの負担は考えた事もなかったソロだ。
「やっぱり、面倒だなあ‥」
その存在に顔を顰めて、ソロはコクコクとグラスに残ったレモネードを飲み干した。
「‥おや。ソロは眠ってしまいました?」
食事を済ませて。クリフトがその後片づけをして戻ると、ソファに座ったままスウスウと寝息を立てていた。
「流石に疲れたのだろう。人混みへ出掛けたのも久しぶりだったろう?」
「ええそうですね。気分転換になれば‥と誘ったのですけど。時期が悪かったようですね‥」
ソロの前に立ったクリフトが、額に落ちる髪をすくって、その寝顔を眺め嘆息する。
「気分転換にはなっただろう。正直今日は驚いたぞ。」
声を潜めながら、ピサロが小さく微苦笑った。
教会の礼拝堂で、翼の話をしながら笑っていた姿を思い出しながら、ソファの背もたれに体を預け、そうくつろいだ表情を浮かべる。
「あの天使と似ていると、言われたんだろう?」
「ええ。私もハラハラしましたよ。ですが‥子供達のエネルギーというのは、すごいですね。かっこいいとか。自分も欲しいとか。そういう言葉が重ねられて、ソロも呆気に取られているようでした。」
「ああ。雀の翼がどう‥とか言ってたな。」
「ピサロさんには黒い翼が似合うとか。」
クスクスと思い出したクリフトが笑う。
「ソロにも盛大に笑われてたな‥」
苦い顔を浮かべるピサロが、隣でスヨスヨ眠るソロの頭を撫ぜた。
「天使の翼が似合うという言葉にも驚きましたが。黒い翼が‥と言われて、確かに似合いそうだな‥と。ソロもこぼしてましたよ。」
「貴様にも、存外似合うのではないか?」
皮肉混じりに訊ねると、クリフトがにっこり受ける。
「本物の魔王さんには及びませんよ。」
その胡散臭い笑顔には、やはり漆黒の翼が似合いそうだと、密かに確信するピサロだった。
「ん‥あれ? ピサロ、帰っちゃったの?」
しばらくして。目を覚ましたソロが、周囲を見回し訊ねた。
「いえ。今日は泊まって行けるという事でしたので。浴場の方へ行ってます。」
隣に腰掛けていたクリフトが、そう彼に説明した。
「そっか‥」
ホッとしたよう呟いて、小さく微笑む。
「クリフト、今日はありがとうね。いつも色々助けられてるけど、今日は色々気遣わせちゃったよね。」
隣に体ごと向いたソロが、彼の手を取り真っ直ぐな瞳で感謝を伝えた。
「いいえ。大事に至らなくて良かったです。」
「クリフトがさ、トルネコの店寄ってくれてなかったら、もっと酷くなってたと思うんだ。それとお金の事とかも。オレって、本当、みんなに支えられてたから、困難な旅も続けられてたんだなあと、改めて実感したよ‥」
「そうですね。きっと、誰が欠けても成し得なかった事かも知れませんね‥」
「うん‥」
旅をしていた頃は、何かに追い立てられ、目の前の困難を乗り越える日々の連続だったが。それでも、その辿った道の先に現在があるのだ。
「オレさ‥」
クリフトの肩に頭を預けたソロが言いかけた時、ドアの開く音が届いた。
「お帰りなさい。」
体を起こしたソロが、居間へ入って来たピサロを迎える。
「起きたのか。」
「うん、さっき‥‥あっ。‥何話してたんだっけ?」
気が逸れたせいで、話そうとしていた事が吹っ飛んでしまったソロが首を傾げさせながら、クリフトへと視線を投げた。
「ソロが何か言いかけてましたけど。続きはまた思い出した時で良いですよ。」
そう苦笑して、クリフトは立ち上がった。
「私もお風呂頂いて来ますね?」
「あ、うん。いってらっしゃい。」
ピサロと入れ違いに、クリフトが風呂へ向かって。居間にはソロとピサロが残された。
「そうだ。今日トルネコの所行って、初めて聞いたんだよね。銀行の事と、クリフトが預かったお金の事。」
ソファに腰掛けたピサロが、テーブルに用意してあった酒のボトルを取り、グラスに注ぐのを眺めながら、ソロが思い出したように語り出した。
「‥ああ。そんな事もあったな。」
「オレもうっかりしてたけどさ。ピサロに出して貰うのも変だから、ちゃんと返しておこうと思ってさ‥」
むうっと口をへの字に曲げて言うソロに、ピサロが眉を顰める。
「別に返す必要もないだろう。あれは元々お前達パーティの財布から出たものだ。」
「は?」
「商人から聞いたのだろう? パーティの財産を分割した件。違うのか?」
「それは聞いたけど‥」
半分程に減ったグラスをテーブルに置くと、途惑うソロの頬に手を添える。
「私の分まで律儀に分けて寄越すというのでな。この家の建築に必要な物資調達の依頼を商人に任せ、残りを神官に預けたのだ。」
「そう‥だったんだ。オレ‥本当に何も考えてなくて‥」
落ち込む様子のソロの額に自らの額を宛てて、ピサロは静かに伝える。
「彼女の為に懸命だったのは知っている。
お前には、何よりそれが優先されていただけだろう‥?」
「‥うん。でも‥折角逢えたのに。今度こそ助けたいって思ったのに‥結局、何も力になれなかった‥‥」
ぽろぽろとこみ上げて来た涙を落とすと、ピサロの肩口に顔を埋めて、ソロが悔やむように吐露した。
「‥ロザリーがな。あの娘に言われたそうだ。夢の中にいるみたいだと。」
「夢‥?」
「叶わぬと諦めていた未来の世界に在る夢だと。」
『ソロにお帰りなさいが言えた事、旅の仲間だった人に会えた事‥その彼らと友人になれた事。
まあ、唯一の誤算は、ソロがお嫁さんになりそうだって事くらいかしら?』
そう倖せそうに笑んだ姿が鮮明に残っていると、後半の台詞は端折って聞かされたピサロが、ソロに伝えた。
「‥そっか。この前来たマーニャも、似たような話してた。
きっと‥それも、シンシアの素直な気持ちだったんだよね。」
残された時間は短かったが。決して悲嘆して過ごしていた訳ではない。それだけは確かだったと、思い出す。
「あ‥そっか。」
さっきクリフトに言い掛けた言葉を思い出して、ソロは起きあがった。
それと同時に扉の開く音が届く。クリフトが湯から戻って来たのだ。
「ただいま‥。おや。ソロ、どうかしましたか?」
涙の跡を目敏く見つけて、クリフトが心配顔を寄せる。
「あ‥ううん。なんでもないよ。クリフト、オレさ、さっき言い掛けた事思い出したんだ!」
そう言って、ソロはクリフトにも座るよう催促した。
ソロを中心に左右にピサロとクリフトが腰掛けて。ソロがしゃべり出すのをじっと待つ。
「‥あのね。旅の中で本当に色々あって。
嫌な事とか、思い出したくない事とかもやっぱりあるんだけど。
それでもね。今、こうして居られるのは、そういうのを乗り越えられたからなんだな‥って。
だから、えっと‥側に居てくれてありがとう。
オレ、今‥幸せだよ‥」
えへへ‥と後半照れた様子で羞恥んで。ソロが今の心境をゆっくり言葉を探しながら、2人に伝えた。
「困ったな‥」
「困りましたね‥」
左右から溜息混じりにこぼされて。ソロがハラハラ両者を見やる。
「昼間倒れたと言うから、今夜は慎むつもりだったんだが‥」
「ですねえ。ゆっくり休ませてあげたかったんですけど‥」
「え‥あれ?」
左右の手をそれぞれに持ち上げられて、鈍いソロも状況を把握した。どうやら2人のスイッチを押してしまったらしい。
「一応加減はしますから‥」
そう囁いて、クリフトが手の甲にキスを落とす。
「寝込んだ時は、責任持って介抱してやる‥」
そう苦笑したピサロが、掴んだ腕を引くと口接けた。
「ふ‥っん‥‥はあ‥‥っ‥」
不意を突かれた口接けは、思いの外深かった。
「も‥全然手加減する気ないでしょ‥」
ソロが頬を染めて、既に潤んだ瞳でピサロを睨めつけた。
寝室へと場所を移すと、クリフトからも口接けが降りた。
啄むような口接けが徐々に深まってゆく、甘いキス。
それに応えているうちに、着ていた衣服が手際よく脱がされてしまうのも、いつもの流れではあったが。
加減する‥と言っていたクリフトも、しっかりスイッチオン状態だなあと、まだ少し冷静なソロがぼんやり思う。
けれども、2人掛かりで本気モードの愛撫を施されては、そんな思考も一気に吹き飛ばされて、久しぶりに限界まで喘がされるソロだった。
「はあ‥はあ‥‥も、無理‥‥っ。はあ…」
肩で息を継ぐソロが、四肢を投げ出すとギブアップした。
「水持って来ましょうか…?」
声が掠れているソロに苦笑して、クリフトが声を掛けた。
「うん…お願い‥」
ソロの返事に応えるように、クリフトがベッドを離れる。
「もお‥本当に加減なしなんだもん、2人とも‥」
彼の隣に寝そべるピサロが翠髪を弄ってくると、むくれたようにソロがこぼした。
「私はまだまだ足りぬがな‥」
クスっと暗に手加減している事を示すよう呟くピサロに、ソロが頭を彼へ向けて、真意を探るようその紅い瞳を伺う。
「‥今日は、本当に無理‥だよ?」
「無理強いなどせぬから、安心しろ。」
わしゃ‥と困惑顔を浮かべるソロの頭を乱雑に撫でていると、寝室へ戻って来たクリフトが吹き出した。
「ソロ。お待たせしました。どうぞ‥」
眉を寄せるピサロをスルーして、持って来たグラスを差し出す。
「ありがとう、クリフト。あ‥レモン搾ってくれたんだ。
さっぱりして美味しいよ!」
早速口に付けたソロが、ゴクゴクと勢いよく飲み干した。
「思ったより元気なようで、安心しました。」
うっかり暴走した自覚のあるクリフトが、ベッド端に腰を下ろしてソロと目線を合わせると、そう安堵した。
「うん。疲れてはいるけど、大丈夫だよ。」
ニコニコと彼に返すソロの姿に、ピサロが更に眉を寄せた。眉間に皺が刻まれている魔王に苦笑したクリフトが、ソロの肩を軽く叩いて知らせてやる。
「あ‥口の中がさっぱりしたら、体もさっぱりさせたくなったな。ピサロ‥風呂場に連れて行ってくれる?」
甘えるように強求ると、ピサロは眉間の皺を解き口角を上げて頷くのだった。
「はあ‥やっぱりお風呂に浸かるとホッとするなあ‥」
汗を流した後、温めの湯に浸かったソロが、のびのびと話した。
「私は先にお暇しますね。」
「え‥クリフトは入らないの?」
汗を流しただけで立ち上がった彼に、ソロが訊ねた。
「流石に今夜は限界なので。先に休ませて頂きますよ。」
「じゃ‥オレも‥‥」
言い掛けて、湯船から出ようとしたソロだったが、彼を抱き込むように湯船へと入って来たピサロに阻止された。
「逆上せる前には解放するから、付き合え。」
背中から抱きしめられ耳元で囁く声に、ソロはこっくり頷いた。
クリフトにお休みなさいと声を掛けて見送ると、しばらく沈黙が降りた。
「‥ピサロはさ。これからどうするの?」
ぽつんとソロが逡巡しながら訊ねた。
「これから?」
「うん。旅の後も、ずっと忙しそうにしてるでしょ?
何かしたい事とか‥ある?」
「…まあ。半分は務め‥と思っている部分もあるが。
だが‥そうだな。私的な部分では、願い‥のようなものはある。」
「願い‥?」
「ああ。今日のように、お前と共に過ごす時間を重ねて行けたら良いと思う‥」
両手を組んで、水面を弾いてたソロの手を上から重ねさせて、ピサロがひっそり伝える。
「‥ぶっ倒れたオレの迎えに、教会に迎えに来てくれたり?」
「教会へ迎えに行くのは構わぬが、また倒れるとかは言わないでくれ。知らせを受けた時、本当はすぐにでも向かいたかったのだからな‥」
茶化したソロに、ピサロが大きく息を吐いて返した。
「そっか‥。ごめんね。それから、ありがとう‥ピサロ。」
そう言って振り返ったソロがピサロへ唇を重ねさせた。
「今日ね、来てくれて嬉しかった。それに‥子供達になんか人気なのも見れて、嬉しくなったんだ。」
そっと彼の胸に頭を預けて、ソロが微笑む。
「そうか‥。私は、子供でもお前に心酔している姿を見ると、妬けてしまうがな‥」
「ふふ‥ポポロにも妬いてたよね、ピサロ。でも‥」
ソロがピサロの手に指を絡めさせ口元へと引き寄せた。
「ピサロとクリフトの相手だけで手一杯だから。安心していいよ?」
「私は‥お前だけで手一杯だ。」
指先に軽くキスを寄越されたピサロが、彼の頭を上向かせるとそう自嘲気味に微笑んで、口接けた。
「…愛してる‥」
口腔を辿った舌が一巡りして離れると、額を合わせて祈るような声音でピサロが伝える。
「オレも‥好きだよ、ピサロ。…愛してる‥」
紅い瞳が揺らぐのを見つめながら、ソロも小さく返した。
使命を果たして。幼なじみの少女を看取って。なんとなく過ぎて来た日々から。変化が訪れる予感を覚えながら。
ソロは満たされている幸福感に包まれるのだった。
2019/4/5
あとがき
ご訪問ありがとうございます! 月の虹です。
鷹耶編の更新に続いて、ソロ編も本編の更新です。
2017/8/11発行の『天使とソロと』は7章序章‥という事で。
もう少し平穏な日々を描いたら、本題に入ろうかなあ‥と。
最近は執筆にあまり時間割けてなくて、次の更新がいつになるか読めませんが。
またこちらへお立ち寄り下さると幸いです。