「それじゃ、行って来ますね。」
旅装束に身を包んだクリフトが、朝食を終えると立ち上がった。
「今回は少し長くなるんだっけ。‥無理はしないでね?」
いつもより大きな荷物に目を向けて、ソロが案じるように彼へ視線を戻した。
「ええ。最近は街道沿いなら危険な魔物は出ませんし、山中でも意外と平和に過ごせるので。大丈夫ですよ。」
明るく請け負うクリフトの元に、心配顔を浮かべたままのソロがやって来た。
「そんな表情されると、私の方が心配になりますね。」
正面に立つソロの翠髪をそっと梳りながら微苦笑で返したクリフトが、こつんと額を合わせる。
「‥ごめん。村の事は心配いらないけど。
 ‥採集に夢中になり過ぎて、オレの事忘れないでね?」
「‥ええ。」
甘えるように寄り添うソロの頬に手を滑らせて、クリフトは唇を重ねさせた。
しっとりとした口接けは、そのまま情熱的に交わって、唇が解けた頃には爽やかな朝の空気とはかけ離れた熱をソロにもたらしていた。
「…っ、はあ…。もう…責任取って、ちゃんと早く帰って来てよ?」
「ふふ…まあ、今夜ピサロさんにたっぷり甘えて下さいな。」
「むう‥ピサロとクリフトは違うもん。知ってるクセに‥」
朱に染まった頬でむくれて見せるソロに、クリフトが幼子にするよう頭をぐりぐり撫でた。
「見送りはいいですから、ソロはちゃんと顔整えてから、外出て下さいね?」
そう忠告されて、ソロはかあっと茹だる頬を押さえ困り顔で狼狽える。
あれから7年。あの頃肩にあった髪も、現在では背中まで届く長さとなり、面差しも幼さが消えたよう思っていたけれど。こういった表情は、あの頃とあまり変わってないよう見えて、クリフトは懐かしい心地で彼を見つめた。
「‥気をつけて。本当に無理はしないでね?」
コックリ頷いたソロは、そう言って彼を送り出した。

クリフトが家を出ると、その出立を知っていた村人が何人か集まって来ているのが、声から伺えた。
賑やかな声に囲まれているのを聞きながら、ソロはテーブル席へと戻った。
脱力するままにテーブルに突っ伏して、クリフトの気配を追う。
彼がこうして数日間村を空けるようになってから、もう1年以上経つ。
今回だって、そんな外出の1つに過ぎないのに。
何故だかざわざわとした不安が沸き立って、落ち着かない。
その不安の正体を曖昧にしたまま、気配は遠ざかってしまった。


クリフトが村を留守にしてから1週間。
そろそろ戻って来ても良い頃合いだからと、ソロは珍しく部屋掃除に気合いを入れて過ごしていた。
クリフトの部屋にはあまり立ち入らないようしているソロだが、数日締めっぱなしだった部屋の空気を入れ替え、埃を払おうとハタキを持って移動する。
「ふあ‥随分増えたんだなあ‥」
机の上に積まれた本の隣には、採集し分類された植物の標本が、棚から溢れそうになっていた。
「そろそろ棚増やした方が良いかもね。」
整えられた一画の埃を払いながら、ぽつんと独りごちる。
軽い掃除を終わらせて、窓を開けると、花の匂いがふわりと通り抜けた。
ベッドメイクしたばかりのベッドに俯せに倒れ込むと、窓の向こうへ視線を向ける。
「早く帰って来ないかなあ…」
家中ぴかぴかにしたんだよ‥そう彼に報告する時の事を考えながら、うつらうつらと夢の中に入り込んでしまうソロだった。

「――ソロ。ソロ…」
身体を揺さぶられて、ソロは意識を浮上させた。
「ん…クリフト‥?」
「済まないな。待ち人ではなくて‥」
はあ‥と盛大な吐息と共に告げられた台詞に、寝ぼけていた頭がスッと覚めた。
「ピサロ。ごめん、もうそんな時間だった?」
「その様子では、夕飯もまだ済ませてはいないようだな。」
「あ‥うん。ピサロは?」
「お前が張り切ると言ってたからな。期待して帰ったのだが?」
ぐりっと頭を撫ぜながら、呆れた様子で返されて。ソロが申し訳なさそうにうなだれた。
「いつものメニューなら、すぐ出せるから。待ってて。」
ソロはスッと立ち上がると、パタパタ駆けて行った。
残されたピサロが、小さな明かりに照らされた室内をぐるりと見渡す。
記憶にあるよりも整えられた部屋の様子をなんとなく眺めていると、ふと違和感を覚えて、視線が一点に留まった。
ピサロにとっては、天敵のような苦手意識をもたらす気配が、机の奥から感じられるのだ。
ソレの気配を辿ると、引き出しの奥に想像通りのモノがしまわれていた。

金のキメラの翼――竜の神がクリフトに押しつけた天空城直通の移動アイテム。
天空城しか行けないけれど。緊急時に移動出来るのは便利だからと、採集時に常に携帯していたはずの道具。
移動呪文の使えないクリフトを心配したソロが、遠征に必ず持ち歩くよう念押ししていた道具。
「‥まさか、な…」
ぽつりと零れた呟きは、彼にしては珍しい感情が滲んでいたが、それを聴く者は居なかった。


予定を2~3日過ぎても戻らないクリフトに、最初のうちはなんでもない風を装っていたソロも、流石に心配を隠せなくなって来た。
「何かトラブルがあったのかも知れない。
 オレ、探しに行こうと思うんだけど、しばらく留守頼めるかい、レン?」
夜のうちに準備を整えたのか、すぐに出立出来る装いで朝一番にやって来たソロが、そう彼へ頼み込んだ。
村の宿屋の管理人を任されて、結局住み着いてしまった魔族の青年レン。
村の人口も増え、色々役割分担が進んでいるのだが、ソロとクリフトが揃って不在の中の要となれるのは、彼くらいしか居なかった。
「探しに行くって、彼が向かった場所が分かるのですか?」
移動呪文で向かえるのは、一度立ち寄った村や町等結界のある場所。クリフトが採集に向かった場所は、そういった場所から更に移動した土地なので、追うのは容易ではない。
「‥分からない。けど、もう待ってるだけなんて、無理なんだ…」
「ソロさん…。クリフトさんを見つけて下さい。」
戸口へやって来た少女が、ソロの手を握ると、思い詰めた瞳で懇願する。
「モモ…」
彼にとても懐いていた少女なので、ソロ同様不在を案じての表情かと窺っていると、モモは居たたまれなくなった面持ちで、更に顔を歪めた。
「クリフトさん、病気を治す方法探しに行くんだって…。でも、もしかしたら…っ、あ…、えっと‥‥‥」
言い掛けた言葉を飲み込んで、口元を押さえたモモがソロの様子を窺う。
「病気…? クリフトが…?」
「モモ、それ本当なのか!?」
彼女の隣に立っていた兄のロコが、妹の肩を掴んで確認した。
「…うん。」
涙をこぼしながら、こっくり頷くモモに、レンが深い吐息を落とした。
「ソロさん。クリフトさんを探す宛がないのでしたら、陛下の元へまず行く事をお勧めします。」
真っ青な顔のままフリーズしているソロに、レンが声を掛ける。
「数日前から、陛下がクリフトさんの捜索を始めているんです。
 ソロさんが自ら探しに向かうと言って来たら、お伝えするよう申し使ってました。」
「ピサロが? …色々混乱してるけど。分かった。行ってみるよ。
 村の事、よろしく頼むね?」
「はい。」
「畑とかの方はオレ達でやっとくから、大丈夫だよ。」
ロコがトンと胸を叩いて請け負うと、ソロがコクっと頷いた。
「うん、頼むね。じゃ、行って来ます」
ソロは踵を返して戸口から離れると、すぐさま移動呪文を唱えた。

あの戦いの後改築されたデスパレスは、現在はただパレスと呼ばれる魔族達の情報拠点となっていた。
人間との取り決めがきちんと守られているか、問題発生時の対応等を決める際の責任者として、ピサロはこちらで執務を行っている。
ソロはパレスの屋上に着地すると、普段彼が仕事をしている執務室へと向かって駆けだした。
「ソロ様! 陛下がこちらへお連れするようにと…」
階段を幾つか降りた所で、下の階から上がって来た兵士が案内を申し出る。
案内に従って向かった先は、会議室だった。
「陛下。ソロ様をご案内しました。」
ピサロは顎を軽く引いて応えると、ソロへ視線を移した。
「少し待っていてくれ。」
それだけ言って、話の続きに戻って行く。
会議室の大きなテーブルには、地図が幾つか広げられ、白と赤の駒が目印のように置かれている。それを示しながら、ピサロがテーブルを囲んだ部下に指示を出していた。
レンが言っていた通り、ピサロは数日前からクリフト捜索に乗り出していたらしい。
世界地図上の赤の駒は、ソロ達が旅をした際に通って来た町ばかり…というのは、すぐに理解した。
白の駒は2カ所。その周辺地図が、それぞれテーブルに広げられていて、その片方には沢山の赤い駒が置かれていた。
ピサロの話から、その2カ所で彼の目撃情報があったらしい事が伺える。
思っていた以上に大規模に探してくれている事に、正直驚いた。

「…ピサロは知っていたの?」
報告と指示が一段落した所で執務室へ移動したピサロとソロ。
ソファーへ並んで腰を下ろすと、ソロがぽつんと問いかけた。
「クリフトの病気の事…」
予想外の言葉が飛び出したとばかりに、ピサロは目を開いた。
「…違うの?」
怪訝そうに窺うソロに、ピサロは珍しく狼狽した様子で、額に手をあてる。
「クリフトが予定を過ぎても帰らぬ事を案じて、ここへ来たのではないのか?」
「うん。それでクリフトを探しに行こうと思って、レンに留守を頼みに行ったら…
 モモがね。クリフトが病気を治す方法探しに行ったんだって…」
「モモが?」
思いがけぬ所からの話に、ピサロが嘆息した。
「…病の事は気づかなかったが。その懸念はあった。」
ピサロが重い息を吐いた後、両手を軽く組んで、そう切り出した。
続く言葉を待つソロが、じっと彼を見つめる。
そんな緊張した場に、軽いノックが届いた。
テーブルに温かな飲み物と菓子が並べられて、給仕は退出した。
扉が閉まって2人きりになると、ソロは勧められるまま飲み物に口を付ける。甘い香りの温かなお茶は、ぎゅっと縮こまっていた身体を解すようしみ入った。
「お前は、ザキとザラキの呪文の違いを知っているか?」
かちゃり…とカップを置く音が小さく響いた後、ピサロが口を開いた。
「え…、ザキは単体に。ザラキはグループに発動する事が出来る死の呪文…だったよね?
 ザキの方が強力なイメージあるけど。MP消費が激しいんっだっけ?」
ソロは突然振られた話題に首を傾げながらも、以前クリフトが語っていた言葉を思い出しながら答えた。
「…ああ。あの時確かに、そんな弁明していたな。
 実際に負担なのはMPでなく、媒介に用いるモノの消耗だったのだが…」
「媒介?」
「呪文の発動には、それぞれ必要な媒介があるのは知っているだろう。
 事象の改変は、基本的に外から必要な要素を抽出するが。
 生命に働きかける呪文の中でも、ザキとザオリクは特殊でな。
 自身の命を用いて発動させるのだ。」
「自身の命…?」
「そうだ。
 蘇生呪文は循環に用いられるだけだが、ザキは対象を冥府に叩き込む為、己の命を矢のように放つ。
 その際、冥府と繋がる道が生じるのだ。呪文が強力なもの程、その道は色濃く残る。」
「…それって、術者にも死への誘いが発生しているって事?」
ソロはサーッと顔を青ざめさせながら、確認した。
「そういう事だ。通常ならば大した影響は及ぼさないかも知れぬが。
 弱った時等、その効力が強まる可能性は、排除出来ない…」
「それが、ピサロが懸念していたクリフトの病なの…?」
「そうだ。ただの取り越し苦労に終われば、それで良かったのだが。
 モモがクリフトの口から聞いたのだろう? ならば、ほぼ確定だろう…」
彼女に病について語っていた事から、戻らない事を前提に出て行ったと確信したピサロは、クリフトから口止めされていた話を明かした。
「奴の行方は、こちらでも手を尽くしていたが。方針の変更が必要か…」
考え事を纏めるように視線を移すと、ぽつりと呟く。
「ソロ。指示を出したら、村に戻る。見せたいものがある…」
スッと立ち上がったピサロは、そう彼に声を掛けると、執務室を後にした。

会議室で新たな指示を出し終えたピサロは、しばらく出て来ると告げ、ソロを伴って移動呪文を唱えた。
ピサロが使う移動呪文は、村の入り口ではなく、ソロの家の裏手にある村の境界付近に着地点が設定されている。夜間の移動が多い為、彼専用の陣が設置されたのは、村の宿屋が稼働始めてしばらく後の事。自宅前に移動出来るのは便利なので、ソロも覚えたかったが。センスの問題なのか、近距離でしか発動しなかった。
という訳で。ピサロの移動で到着したのは、ソロの家のすぐ近く。
2人はそのまま自宅へ入ると、ピサロはまっすぐクリフトの部屋を目指した。
「クリフトの部屋?」
スタスタ歩く彼の後ろを歩くソロが、首を傾げる。
果たして。ピサロの語る「見せたいもの」とは、彼の机の引き出し奥に収まっていた。
「え…これって…。なんで、ここに…」
そこにあったのは、金色のキメラの翼を象ったアクセサリー。天空城限定にしか移動出来ない、竜の神から預かったアイテムだった。クリフトが採集に行く時の必須アイテムでもあるそれが、机に仕舞われている事実に、ソロの鼓動がどくんと厭な響きを立てる。

『何かあった時の為に、移動手段は絶対必要だから。絶対忘れないでね』
単身で採集に向かう話を切り出したクリフトに、ソロはそれはもう、口を酸っぱくする勢いで、念押しした。
『竜の神から預かっているアイテムを、そんな便利道具にするのもどうかと思うんですがね…』
『いいんだよ。本当に困った時の保険にする位で、目くじら立てないよ、きっと』
苦笑いするクリフトに、ソロが自信満々で請け負う。

外出先で遭遇するトラブルを案じたソロが、お守り代わりに持ち歩くよう念押ししたアイテムが、残されている。
その意味は――

「…オレ、天空城に行ってくる! 竜の神なら、何か知っているかも知れないし…」
引き出しからアイテムを取り出したソロは、それを握りしめたままピサロへ伝えた。
「そうか…。確かに奴ならば、我々とは違う手段を持っている可能性は高いな。
 私はモモから話を聞いて、パレスに戻る。
 ソロも奴との話が終わったら、そっちへ顔出してくれ。」
「うん、分かった。…ピサロ。ありがとう。」
彼がクリフトの為にここまで真剣に動いてくれている事が、ソロは嬉しかった。
ふわりと微笑まれて、ピサロの目元が和らぐ。
思っていた以上に落ち着いて見える彼の様子に、ひっそりと安堵の息を落とすのだった。

天空城へ到着したソロは、天空人の案内で、竜の神の私室に近い応接室へと通された。
「マスタードラゴンのご公務が終わられるまで、こちらでお待ち下さい。」
「突然押し掛けてしまったのはこちらですから。」
ソロはそう返すと、勧められるままソファーへ着席した。
前回こちらへ訪れたのは何年前だったか。クリフトと共にやって来て案内されたのが、この部屋だった。そんな事をぼんやり思い出しながら、ソロが重い溜息を吐く。
「待たせたな…」
テーブルへ用意された花茶がすっかり冷めた頃、壮年紳士の姿をした竜の神がやって来た。
「いえ。…その、ご無沙汰してます。」
久しぶりに対面すると、人の姿を象っていても、その気配から竜の威圧感が感じられて、思わずしり込みしてしまう。
「それで…お前が単身訪れるとは、どんな事態が発生したのだ?」
ソロの向かい席に腰掛けた竜の神が、厄介事の予感に眉を顰め訊ねた。
「それが…」
ソロは出来るだけ丁寧に経緯を説明した。

「…ふむ。クリフトの行方か…これを持っていてくれたら、難なく追えたであろうが…」
テーブルに置かれた金のキメラの翼に手を伸ばした竜の神が、長い吐息を落とす。彼が持ち歩いていたというそれを残して行ったのは、捜索を回避する為でもあったのだろう。
「見つけだせると断言は出来ぬが…こちらからも探ってみよう。」
「本当!? …その、良いの?」
基本的に地上に直接介入は出来ないと聞いていたのを思い出したソロが、後半トーンを落として訊ねた。
「勇者一行としての縁もある。…そしてお前との縁の深さを思えば、居所を探る程度、介入などにはならぬだろう。」
「ありがとう…!! 何か分かったら、これで呼んで!」
金のキメラの翼は、天空城への転移機能ともう1つ、呼び出しがある時に宝玉が点滅するという機能もあった。初めてそれを知った時は、苦い気分を抱いたものだが。その機能をありがたく思える日が来るとは…
「ああ。其方でも探し出せた時は、此方へ報告に来るのだぞ。」
クルンと踵を返したソロが、慌ただしく帰ろうとしたのを呼び止めるよう、竜の神が声を掛けて。立ち止まったソロがコクンと頷きお辞儀した。
「あ…うん、そーだね。それじゃ、お邪魔しました!」
少しは落ち着いたかと思ったが、こういう所を見ると、世界を旅していた頃の彼と変わらずに見える。
彼は等間隔に立ち並ぶ柱から庭に出ると、そこから移動呪文を唱え立ち去った。
竜の神はソロが移動する光を見届けた後、少し難しい表情を浮かべ、一度目を瞑った。そして目を開いた時には、いつもの涼しい顔を作って、足早に何処かへと向かうのだった。

天空城からパレスへと移動したソロは、まっすぐピサロの元へと向かった。
「ピサロ! 何か進展あった?」
会議室へ入るなり、せっかちに問いかけるソロに、ピサロが苦く笑う。
「新しい情報はまだないぞ。そっちこそ、どうだったのだ?」
「竜の神も行方追うのに協力してくれるって。」
「ほお…。それはありがたい助っ人だな。」
「うん。何か分かれば連絡くれるって。だから、オレもこっちでの捜索を手伝うよ。
 目撃情報があった所へ行ってみようと思う。」
詳しい場所を教えて欲しいと、ソロが地図を眺めつつ話した。
「そうだな。現地に行けば、何か掴めるかも知れん。」
ある程度近くまで行けば、気配を追えるかも知れないと考えるピサロに、ソロも同意する。
元々ソロが戻り次第移動するつもりだったのか、ピサロは「後を頼む」とだけ伝え、会議室を後にした。

移動呪文でやって来たのは、ソレッタの北にある山。
ソレッタで、クリフトの姿を見た人がいて。その後、馬車道に点在する物見櫓から街道警備をするドラゴンライダーからも報告を得られた。
「この山へ向かっている姿を見たんだね?」
「ハイ。クリフト様トハ気ヅキマセンデシタガ。ソレッタカラ旅立ッタ人間ガ、ソチラヘ向カッタノハ確カデス。」
「ありがとう。情報くれて助かったよ。」
探しに向かう方向が見定められた事で、確実に近づけている気がして。ソロが素直に感謝を伝えた。


「…ふう。そう簡単には行かないか…」
なんとなく、このまま見つけだせるんじゃないか…と思ったソロだったが。向かったと思われる山から始まり、近隣の山々まで向かったが。クリフトの行方は掴めなかった。
探索が得意な魔物達にも協力して貰いながら捜索し続け丸2日。
山には最近人が立ち入った痕跡も見当たらなかった。
「この辺には来てないのかな…」
「うむ…山に入らず別ルートを使ったか…」
街道沿いは警備隊の目がある。それを避けようと思ったら…そう考えて、上空からルートを探っていたピサロは、北にそのまま向かったのでなく、
山裾を西へ進んだのでは、と考えた。遠くに聳える険しい岩山。流石に徒歩で移動するには距離があるが。
黙考していたピサロの思考は、突如降り出した豪雨に中断させられた。
「うわっ…降って来ちゃったね。」
朝から泣きそうな空だった事もあり、予想外ではなかったが。流石に激しく叩きつけて来る雨の中で捜索するのは難しい。
ピサロはソロの肩を抱くと、移動呪文を唱えた。

彼らが居た場所より更に上空。雨雲を見下ろすように浮かんだ影が1つ。
じっと佇んでいたその影は、ぴくりと首を揺らした。

――見つけたぞ

影は光へと姿を変え、地上へまっすぐ降下を始めた。


激しい雨音が屋根を叩く音に目を覚ましたクリフトは、戸口に気配を覚えて、じっと様子を窺う。
小川の近くにひっそり佇む古い小屋。ベッドから戸口まで遮るモノがない室内で、クリフトは外に確実に誰かがやって来たと理解した。
一応鍵はかかっていたが。扉は難なく来訪者を招き入れた。
「…随分と探したぞ。」
ツカツカと室内に足を踏み入れた人影は、ベッドの前までやって来ると、嘆息と共にそう落とした。
「…まさか、貴方がやって来るとは思いませんでした‥」
ベットに横たわったまま、クリフトは微苦笑を浮かべ返した。
「お前の行方が判らぬと、ソロがやって来たのでな。捜索の協力を約束した。
 魔王がソロが動き出す前から、お前の行方を追っていたらしく、ある程度場所が絞り込めていたのが功を奏したな‥」
壮年の紳士の姿をした彼が、そう経緯を説明しながらも、その瞳はクリフトの全身の状態を探り続けていた。
「竜の神も、存外暇なのですね…」
そう呟く声は、力なく。竜の神は眉を顰めさせる。
「…思っていた以上に、深刻な状態になっているな…」
ソロの話では、旅立つ前に変わった様子は窺えなかったとの事だが。目の前に横たわる青年は、身体を起こすのも億劫となっているようだ。
「…ここへ到着した翌日辺りから、急激に体力が落ちたんです…」
自分でも困惑しているのだと、その揺れる瞳が物語る。
「ソロとお前の魂は、波長がとても近しい。
 側に居る間は、それが上手く作用して、症状を抑えていたのだろう…」
「シンシアとの約束を破ってしまったから、罰が当たったんでしょうね…」
もしもの時が来ても、ソロから離れないで欲しいと願われた。
病を理由に離れるのだけは、しないで欲しいと。
けれど。
自分は逃げてしまった。
「ソロをあまり泣かせたくなかったんですけど…」
「手遅れだな。魔王が全て話したそうだ。
 お前自身の言葉でしか、ソロの悔いは拭えないだろう…」
竜の神はそう言い聞かせるよう語ると、近くにあった椅子を引き寄せ腰掛けた。
「クリフト。お前が負っているのはいわば呪だ。
 死へ結びついた命を引き寄せる力に抗うだけの生命力を維持出来ず、消耗を続けている。
 薬でどうこう出来る類でもない。だが――」
竜の神はそこで言葉を切ると、珍しく狼狽を滲ませ視線を外した。

――方法がない訳ではない。

そう切り出した彼が語った内容が、予想外過ぎて。流石にクリフトも即断は出来なかった。
竜の神もそう返される事を予見していたようで。一晩の猶予を告げて立ち去った。
返事は明日の朝、ソロ達と共に来た時でも構わないと。
竜の神の話はともかく、明日になったら、ソロがこちらへやって来る。
彼とどう向き合えば良いのか。それも考えなくては行けないのだ。
クリフトは、気休め程度の効果しかないが…と渡され装備した腕輪をじっと眺める。
身につけていると、少しずつ体力が回復する魔法道具は、落ち続ける一方だった砂時計を停止させてくれたようで。
クリフトは安堵の息をもらし思考の海に沈むのだった。


パレスへ戻ったピサロとソロが、濡れた服を着替え、留守の間の捜索の進展状況等の報告を受け、食事を摂りながら今後の予定について話し合っている時だった。
「陛下。先程新しい報告が届きました。」
会議室で情報を纏めている兵士が、届いたばかりの報告を伝えに、食堂へとやって来た。
それに寄ると、ピサロ達が去った後、上空から光が落ちて来たのを目撃したとの事だった。移動呪文の光にも似ていたが、地上へ到達する前に消えてしまった為、流星の可能性もあるが、捜索の手掛かりに繋がればと報告を寄越したらしい。
「もしかして、竜の神が見つけてくれたのかも知れない!」
ガタっと立ち上がったソロが、すぐにでも飛び出しそうな勢いでテーブルを離れかけたのを、ピサロが引き留める。
「落ち着けソロ。進展があれば連絡を寄越すと約束したのだろう?」
ソロの腕を掴んだピサロが、席に戻るよう促すと、しぶしぶといった様子で椅子に腰掛けた。
「そうだけど…でも…」
「あちらに出向くにしても、まずは食事を済ませてからだ。
 奴を見つける前にお前が倒れては、話にならんからな…」
この数日、食事も睡眠もしっかり取れていない事を心配されて、ソロは小さく頷いた。
報告を届けてくれた兵士に礼を伝えて、食事を再開する。
常よりは少なくはあったが、ピサロに課せられたノルマを達成し、ピサロと共に会議室へと移動するのだった。

結局目新しい情報が届かぬまま、夜になり、ピサロとソロは彼の自室へと引き返した。
「オレ…やっぱり天空城に行って来るよ。」
窓辺に立ったソロが、星が覗く空を見上げて、そう切り出し振り返る。
「見つかってなくても、何か進展あったかも知れないし!」
じっとして居られないんだと語るソロが、ピサロをまっすぐ見つめた。
「…そうだな。ならば…」
フッと目線を切ったピサロが立ち上がりかけた時だった。
それまで沈黙を保っていた、金のキメラの翼の宝玉が光り出した。

ソロはピサロと共に天空城へと移動した。
そこにはドランが2人を待つように立っていて、彼の先導で竜の神の私室のある棟へと向かうのだった。
「ありがとね、ドラン。」
案内役を果たした彼に労いの声を掛けると、ドランが応えるよう短く鳴く。
彼を見送った後、2人は重厚な扉の前に立った。
ノックをする前に内側から静かに扉を開いたのは、天空人だった。
「ようこそ。マスタードラゴンがお待ちです。」
案内されるまま、部屋の奥まった場所にある応接セットに向かうと、既に竜の神がソファーに腰掛けている姿が見えた。
「よく来たな。少々長くなりそうなんでな。掛けたまえ。」
向かい席を指し着席を勧められて、一瞬顔を見合わせた2人だったが、結局素直に腰掛けた。
2人が着席すると、用意されていたティーセットが並べられ、天空人は退出した。
扉の閉まる音がして、室内にいるのが3人だけになる。
「まずはお前が一番知りたいだろう件だが…」
「居場所判ったの!?」
「…ああ。見つけた。」
グイッと身を乗り出したソロに微苦笑した竜の神が頷いて返す。
「まあ落ち着きなさい。クリフトの元へ案内するのは、明日朝になってからだ。
 その前に、話しておきたい事がある…」
腰を浮かしかけたソロを身振りで制して、竜の神が厳しい眼差しを2人に向けた。
竜の神は、クリフトの今の状態について、丁寧に説明した。
「そんな…、だって、クリフト…全然変わった様子なかったのに…」
思っていた以上に体力を落としている様子に、ソロが蒼白な顔を歪ませた。
「何か…治療方法はないの?」
ほたほたと涙を落としたソロが、縋るような瞳で竜の神を見た。
そんな彼の眼差しに、竜の神の瞳が僅かに揺らぐ。ほんの刹那の変化であったが、ソロもピサロも見逃さなかった。
「ある…の?」
小さな希望を見つけたようなソロと、何かあるなら話せ…と言いたげな瞳を寄越すピサロに、竜の神が腕を組んだ後、ソファーの背もたれに身体を預け、長い吐息をついた。
目を瞑って、彼にしては珍しい長い溜息が落とされる。
「命を繋ぐ方法がない訳ではない。だが…それは、地上を去る選択でもある。」
「地上を…去る?」
「天界で暮らす事になれば、地上との繋がりが解かれる。あの村には‥地上には戻れないという事だ。」
ソロは竜の神の言葉の意味が上手く飲み込めなくて、隣に座るピサロへと視線を移した。
「それは、地上で暮らせぬ制約が生じるという意味か?」
「そうだ。」
ピサロが確認するよう訊ねると、即座に肯定された。
「これまでのように、ソロがこちらへ足を運べば会う事は?」
「可能だ。ソロが拠点をこちらに移動するなら、共に過ごせもしよう‥」
「それは却下だ。」
どさくさにソロまで誘う竜の神に、ピサロが否定する。
「えっと‥。クリフトに会えなくなる訳じゃ、ないの…?」
そんな2人のやりとりに、再起動したソロが口を挟んだ。
「そうだ。だが…それはお前がこちらにも縁づいているからだ。
 地上の人間は、そうは行かぬ。それが、かつての旅の仲間であっても‥な。」
一瞬ホッとした表情を浮かべたソロだったが。続いた神の言葉に肝を冷やした。
「そう簡単に決断出来る話でもない事は理解したか?」
コクンとソロは神妙に頷いた。
「…クリフトはこの事?」
「…伝えてある。その答えを出す為にも、時間が必要だと思ってな。
 そして同時に、お前達に話しておこうと思ったのだ。」
「分かった。明日の朝、こっちに来れば良いのかな?」
「そうだな。用意が整ったら、また連絡しよう。」

ソロは竜の神に礼を伝えると、ピサロと共に天空城を後にした。

パレスへと戻って来た2人は、そのままピサロの部屋へ移動すると、ソファーにどさっと座り込んだ。
情報過多で、ソロの頭は未だに混乱していた。
クリフトが見つかった事にホッとした。
体調が思わしくない事にショックを覚え。命を繋ぐ方法があった事に安堵したのも束の間。
今までの暮らしには戻れぬ事が確定した。
「…シンシアはさ。天界で目覚めた時に、そこで天寿を全うする選択もあったのを断って、地上に…村に帰って来てくれたんだよね。短くても、生まれ育った土地が故郷だから、そこで過ごしたいんだ…って…」
軽く組んだ手元に目線を向けたまま、ぽつんとソロは語り出す。
「オレは…共に暮らせなくても、もっと長生きして欲しかったけど。
 彼女には、それ以上に譲れないものがあったんだよね…」
やるせない瞳で語ったソロが、こてんと隣に座るピサロに寄りかかった。
「クリフトにとって、譲れないもの…って何だろう?」
ピサロは肩を抱くよう回した腕で、柔らかな翠髪を梳る。
「さてな。ただ…彼女が自分の望みを選択したように。
 奴もまた、より望みに近い選択がどちらかと、吟味しているのだろうな…」
「オレは‥‥‥ううん、もう寝ようか。呼び出しに気付けなかったら大変だ…」
「そうだな…」






          

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